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角が生えた少年  作者: 紅いろ 葎
第二部
22/31

思惑

からん、と乾いたベルの音を立てて

キャンベル家のドアは開いた。


主人が小さなドラゴンの末裔を肩に乗せて入口にを跨ぐと、その後を帽子を深く被り込んだアデルがとぼとぼと続いた。

外はすっかり夕日も暮れて、ひっそりと夜を告げていた。昼間よりもいくらか冷たい風が身体を撫でる。



エイムは玄関口で一度振り返った。

アデルは俯いたままで、その表情は見えない。




エイムは面倒がりはしなかった。

学校の医務室で散々に泣きじゃくったアデルを

優しく抱きしめ続けたし、ぽつぽつと事情を説明し出した時だってエイムは深く暖かい眼差しで真剣に話を聞いていた。



正直なところ、エイムは嬉しかったのだ。

アデルが来てから三年と少し、その時間を振り返ると、それは実にあっという間だった。

その間、アデルは目まぐるしく変化を見せてきた。


初めて家に来た頃は、心が乾ききったかのようで

まるで何も感情の無い人形のような子供だった。

言葉も分からず、瞳は濁りきって、ただ座っているだけだった。

時々、思い出したかのようにぽつりと『あでる』と呟く。


だからエイムはこの子をアデルと呼ぶ事にした。



エイムは根気よく言葉を掛け続けた。

いつも笑って見せた。

そうしていると、アデルの顔に少しずつ表情が浮かぶようになった。初めて言葉を話したのは、ある朝おはようと声を掛けた時。

アデルもあどけない顔で、エイムに朝の挨拶をした。


それからはあっという間に、言葉を話し出すようになった。子供の成長としては目を見張るほどに、何もかもを飲み込んでいった。


1年も経つ頃にはなんの差支えもない、年頃の子供のように生活が出来るようになったのだ。



それから今までの時間、アデルは純粋で健全ないい子だった。物分りはとてもいいし、無邪気な一面も見せる。

何よりも心がとても綺麗だった。

ただ思えば今日まで、アデルが泣く姿は見たことが一度も無かった。



もちろん、事情を聞くまで心のうちでは大混乱だった。しかし、それはエイムの予想を少しばかり超えていた。

初めての学校で友人を作り、ほんの些細な事件だったとはいえ、こうしてひとつまた感情を覚えたのだ。それは成長を見守ってきたエイムにとって、喜ばしい経験とも思えた。エイムはこの三年間、すっかり親になってしまったのだ。




アデルは心が綺麗な分、洞察力があると思っている。

そんなアデルが友人だと思った相手ならば、アデルの抱える角の秘密も必ず理解を得られるだろう。

エイムはそう思ったのだ。





『しかし、あれほど見つからなかったジャックテリーが、まさかアデルの鞄に潜んでいたとは』

エイムはいつも通りの口調で、そう言って見せた。

アデルの方にちらりと目をやって、その表情を伺う。


玄関で佇んだままのアデルは、少しだけ顔を上げると小さな声で答えた。

『ジャックテリーは、とても心強かったよ。......みんな可愛いって言ってくれた』

アデルの声はいくらかいつもより沈んでいた。






アデルがリビングのテーブルに腰掛けると、

エイムは温かいホットミルクを差し出した。

アデルはありがとう、とマグを受け取って

向かえの椅子に腰掛けるエイムをじっと見た。

アデルの両目はまだ、うっすらと赤く腫れていた。


エイムはすっかり落ち着いたアデルを一度見た。マグを両手で掴み、その中で波を立てるミルクを眺めながら口を開くと、ゆっくりとアデルに問い掛けた。


『嫌われてしまったと思うかい?』

アデルは黙り込んだ。


『私はそうは思わないよアデル』


アデルは少し驚いて見せた。

エイムを見て、きょとんとした顔で質問する。

『どうして?』


『例えば昔の戦争で、足を無くしてしまった人。肌の色が他の誰よりも黒く産まれた人。そうやって、なかなか無い個性を持つ人はこの世界には少なからずいるんだ。アデルはもしそんな人に会ったらどう思う?』


アデルはしばし考えた。

『どうしていいのか、わからないや』

『そうだね。ならばきっと、そのお友達も同じように思ったんだろう』


アデルははっとして顔を上げた。

エイムはそのまま、話を続ける。

『私はね、アデル。本当にアデルが嫌いになってしまったのなら、医務室でアデルが目を覚ます時に、そこにいてはくれなかったと思うんだよ』


そう言って、エイムは口元にマグを運ぶと

ホットミルクを一口飲み込んだ。

それを見て、アデルも無意識にホットミルクを口に運んだ。

それは暖かく、ほのかにキャラメルの甘さを感じる優しい味だった。

心の中に、ほんわかと優しい熱を生み出してくれる。



『僕はどうしたらいいだろう』

『時間はたくさんあるんだ。ゆっくり考えたらいいさ』



そうして、しばしの沈黙が流れた。

アデルは不安と期待を織り交ぜて、ジェルトを思い返していたし

エイムはただ、そうして悩むアデルの姿を内心微笑ましく見守った。







同じくその夜、グリフォン家では

ヴィルエッドが得意気に父の書斎へと足を運ぶ所だった。今しがた帰ってきた父へと、本日の報告をするためである。




屋敷の中でも一際奥へと作られた、広い廊下の先。

ヴィルエッドは扉の前で一度身なりを確認し直すと、大きく静かに深呼吸してドアを二回ノックした。


『父様、ヴィルエッドが参りました』


しばらく返事を待っていたが、返事が無いことこそ合図だろうと思い立つ。

失礼します、ともう一度声を掛けてヴィルエッドは扉をゆっくりと開けた。



薄暗く、仄めかしいキャンドルで僅かに甘い香りが漂った書斎を、ヴィルエッドは目線で一瞥した。

部屋には、先客がいたようだった。

客は振り返ると、ヴィルエッドの姿を見て深々と頭を下げた。

『こんばんは、ヴィルエッド様。夜分に失礼をしています』

『これはグリッグスさんでは無いですか。お邪魔をしてしまいましたか?』


ヴィルエッドも深々と頭を下げた。

グリッグス氏の姿を、ヴィルエッドは良く見掛けていた。このような夜の時間にも、良く現れるのだ。なんの不思議も無い。


その様子を見ていた父が、構わぬ。と言ったので

ヴィルエッドはそのまま足を進めて、グリッグス氏の隣に直立した。



『学校はどうであった、ヴィルエッド』

『はい、父様。父様がお探しの少年を、見つけたかもしれません』

ブリムフォルンはぎろりと目を向けると、ほう。と相槌を打った。それは続けろ、というサインである。


『正確に言うと、アデルと呼ばれる学生が二人おりました。一人は同学年、一人は兄様とおりました。しかし、父様があのご老人の店で見掛けたのは、同学年の方かと思います』


ヴィルエッドははきはきと、言葉を吐いた。

しかし、それを聞いて隣のグリッグスはお待ちください、と声を上げた。

ブリムフォルンを一心に見つめて、あっさりとヴィルエッドの意見を否定した。



『それは御座いません、グリフォン様。グリフォン様に手渡された本をかの親に見せた時。あの焦り具合は、関係があると言っているようなものでした』


ブリムフォルンは口元を撫でながら、ふむ。と頷いた。

『ヴィルエッド、角は見たか』

『いいえ、父様』



ヴィルエッドは隣に立つグリッグス氏を睨み見た。

グリッグス氏は気付くこともなく、真っ直ぐにブリムフォルンを見つめている。



しばし唸ったブリムフォルンは、二人の顔を交互に見やると、低い声を響かせて言った。

『良い。二人ともの意見を尊重しようではないか。折を見て私自ら赴こう』


そう言ったブリムフォルンには、既に何か考えが浮かんだようだった。




グリッグス氏が静かに息を飲んだ横で、

ヴィルエッドはどこか不満そうに父の姿を眺めた。

ブリムフォルンはそんなヴィルエッドの視線に気が付いていたものの、それきり何を口にする事も無かった。



グリッグス氏と揃って書斎を後にすると、

ヴィルエッドは何も言わずに自室へと足を進めていった。

ドアを乱暴にこじ開けて中に入り込むと、今度は勢いを付けて思い切り閉めた。


今日一日の成果を、グリッグス氏が無駄にしたかのように思えた。

何よりもあのように畏まって見せる癖に、いともあっさり蔑ろにされたようで無性に腹が立った。



学校内の事ならば、自分がまだこれから役に立つであろうものを、あのグリッグス氏の発言のおかげで父の手を煩わせてしまう事態になった。


グリッグス氏は父の側近の中でも郡を抜いているのだろう。それはわかる。

だがしかし、あれが役に立ったと言えるのか。




自分が将来正式に、この家の当主となった時には

あんな不快な奴は追い出してやる。

ヴィルエッドはもくもくと広がる不満を、静かに噛み殺した。

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