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角が生えた少年  作者: 紅いろ 葎
第二部
21/31

ジェミニの過去

夕日も暮れ出したころ。

寄宿生徒はそれぞれの自室に入り、荷解きやルームメイトとの語らいの時間である。




寄宿寮の玄関口で左右の女子寮、男子寮へと別れていた。三人はそこで一度別れることとなる。



ライラスは着丈に振舞ってフィオナの背中をとんと叩いて見せたが、フィオナがいつものようなふんわりと暖かい笑みを見せることは無かった。

その一歩後ろに佇んだジェルトも、どこか罰の悪い表情で俯いたまま。

一人足早に去っていくフィオナに、ついに声を掛けることはできなかった。





ジェルトとライラスは、簡単な入寮式に参加して細かな規則の確認と、寮監やそこに務める人々との挨拶を交わした。

そうして一連の気だるい用事を済ませ部屋に辿り着いた時には、二人とも思った以上に疲れ込んでいた。






先程校内の階段前で、フィオナとの一件があってから

ジェルトは気まずい思いを引きずったままだった。

フィオナは少しばかり涙を見せたものの、それ以降取り乱すことなく三人でここまで歩いて来た。けれどジェルトに向かって笑いかける事は無かった。


そんな様子をライラスも気遣って、二人の間で歩いていたけれど、三人の間には妙な緊張が残ったままだった。






部屋の入口から入ると左右の壁際にベッドが置かれて、窓際にそれぞれデスクと棚が置かれている。

ライラスが先に右のベッドに足を進ませたので、ジェルトは何も言わずに左のベッドに座り込んだ。




学校の日程は明日が休息日になっていて、生活用品は大概の生徒が明日届けられるようになっている。

ジェルトもライラスも、今日抱えて来たのは最低限の荷物だけだった。

学校に到着した時に預けてあった小ぶりのトランクは、部屋の入口、クローゼットの前に届けられている。




しかし、しばらくは荷解きをする気になれない気がする。

ベッドに一度座り込んでしまうと、柔らかく沈みきった身体はなかなか動く気になれない。首元のタイ止めをしゅっ、と引き抜くと、ネクタイと一緒に枕元に置いて一度足を思い切り伸ばして、ジェルトは俯いた。





しばらく沈黙が部屋を包んだが、ジェルトはふと気になって、向かいのベッドに座り込むライラスをちらりと盗み見た。するとライラスもこちらを見ていたようで、目がばっちりと合ってしまった。


『これからは一緒に暮らすんだな、改めて宜しく』

ライラスはそう言って笑って見せた。屈託の無い笑顔だった。

食堂で初めて話した時と何も変わらず、ライラスは気さくな口ぶりのままだ。


『うん。......宜しくライラス』

しかしどうにも、今は居心地が悪かった。

歯切れの悪い返事になってしまう。

それはライラスにもすぐに伝わったようだ。

よいしょ、と呟くとライラスはジェルトの隣に腰掛けた。




『そんな気にすることないさ。フィオナはなんでも素直に動いちゃうんだよ。いつもはほんわかしてるのに、変に我が強いというかさ』

ライラスに気を使わせている事はすでに分かりきっていたが、こうして言葉にされることでジェルトはますますいたたまれない思いを噛み締めた。


ライラスはそう言ったが、ジェルトの複雑な苦い感情は止まることなく膨らみ続ける一報だ。フィオナのふわふわとした柔らかい雰囲気からは、想像も出来なかったからかもしれない。



そしてそれ以上に、自分がそれほどまでに心無い人間なのだろうかと思うと、何も言葉が出てこなかった。





『いや......僕が悪いんだ。フィオナにも、もちろんアデルにも』

そう呟くと、ジェルトはそれきり俯いて縮こまった。



そんなジェルトを見て、ライラスは思わずジェルトの肩を片方の手で叩いてやった。

軽く体制が崩れたジェルトは驚いて、声も出せず咄嗟にライラスを見上げる。

しかし、その表情は怒っているわけでは無いようだった。


『ジェルトは良く物事を考える人なんだな。それは正しい選択が出来る長所ってやつだ』

『いつでも正しいかなんて、わからないよ』

ジェルトは咄嗟にそう答えた。

ライラスはにこにこと笑っている。


『そりゃあ、もちろん。たまには間違って貰わなくちゃな。友達にも活躍のしがいがあるってもんだ』


そして、続けた。

『ジェルト、昔話になるんだけどさ』

そうして、ライラスは語り始めた。


ジェルトは内心訳が分からないと思ったが、体制を戻すと静かにライラスの話に耳を傾け始めた。




『僕らは、元はひとつの部族の出らしいんだ。

だから生まれ育った街でもすこし特殊な家だったらしい。生活は何も変わらないし、まわりの子供達とも変わらないんだけど。田舎だから土地だけは広くて、小さな時から良く外に出て近所の子達と遊んだりしてさ。......初めて僕らに冷たい視線を向けたのは、そんな近所の子供達の親だったんだよ。


やっぱりそこでも双子なんてのは滅多に産まれないし、大人達もみんなドッペルゲンガーの話をされて育ったみたいだった。僕らが元は離れた部族の一族だって言うのが有名な事もあって、ずいぶんと気味悪がられた』



ジェルトはライラスの話をじっと黙り込んで聞いていた。

ライラスは懐かしむような目で、ゆっくりと話を続ける。




『子供は大人の変化に敏感だ。あっという間に僕らは浮くようになった。公園にいっても、誰も駆け寄って来ない。だけど僕らはお互いがいたから、なんてこと無かったんだよ。最初はね。


だけど、そんなふうに振る舞う僕らを気に食わない子供がいてね。その子が発端になって、意地悪をするようになった。そうなると、やっぱり子供心にお互い悲しくてさ。イライラもしたし落ち込みもした。





一度フィオナと喧嘩した事があってね。フィオナが先に、家に帰っちゃったんだ。そしたらすかさず一人になった僕のところに、子供達が駆け寄ってきて。ドッペルゲンガーが子供を食べたぞって僕に言うんだよ。それはだんだん激しくなって来て、石や泥を投げられて退治してやる!なんて言われてさ。ボロボロになった僕は、とても家には帰れなかった。惨めで、日が暮れても公園に残ってた。




あんまりに帰りが遅いから、両親とフィオナが探しに来た。フィオナは必死に泣くのを我慢してたみたいだった。僕が見つかった瞬間に、洪水みたいに泣き出して。だけど僕のおでこを見て、それはぴたりと止んだんだ』




そこでライラスは一度黙り込んだ。

『何があったの?』

ジェルトが恐る恐る聞いてみる。

ライラスはジェルトに向き直ると、一呼吸置いて前髪を片手でぐっと上げた。


露になった額に、ジェルトは思わず息を飲んだ。

ライラスの右目側、髪の毛の生え際あたりから眉毛の少し上までに、酷いケロイドが残っていた。


顔を強ばらせたジェルトを責める事無く、ライラスは前髪をさっと元に戻した。

長く重めの前髪は、その傷跡を元通り綺麗に隠した。




『それ......それは、その時の傷なの?』

『あぁ、そうさ。どこもかしこも痛いから、フィオナの顔を見るまで気付かなかったよ』

ジェルトは自傷気味に笑って見せた。

その笑顔が、どうにも少しばかり痛々しい。




『フィオナには限界だったんだろう。それから何も喋らなくなった。外にも出なくなったんだ。いつも僕に張り付いて、離れなくなった。しばらくして、両親はその土地を離れる事にした。だけど元は部族から降りてきた名も無い小さな家だ。僕らが産まれて、やっと下級世帯に繰り上げられたくらいだからね。お金なんか無いから、ほんの少し首都に近付いたくらいだけど』




ジェルトは一連の話を聞いて、自分がどれほどフィオナの傷を開いてしまったのかと考えた。

フィオナは自分を責めたかったのでは無い。ただ悲しかったのだ。アデルと双子の過去が、重なって見えたのかもしれない。






ライラスはジェルトの肩にがっしりとした両手を乗せると、いつもの明るい声で言った。

『フィオナは今はあの通り元気だ。

ただ、わかって欲しい。ジェルトを責めたかったわけじゃないと思うんだ』


ジェルトは思わず、目頭が熱くなった。

すぐにでも謝らなければならない気がした。

怖くなって、アデルに向き合いもしない自分が

酷く浅はかに思えた。

こうして寄り添ってくれるライラスの暖かさもまた

ジェルトの胸を膨れさせた。



『僕は......酷いことをした。本当に』

ジェルトは知らずに拳を握りこんでいた。





そんなジェルトの様子に安心したように、ライラスは立ち上がった。ぐっと背伸びをすると、ジェルトに振り返る。

『時間はたくさんあるさ。とりあえず、夕食にでも行こうか?』





外はもうすっかり暮れていた。

明るく振る舞うライラスにジェルトは救われた想いだった。

立ち上がって一度大きく背伸びをすると、二人は夕食のため部屋を後にした。

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