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角が生えた少年  作者: 紅いろ 葎
第一部
2/31

Prolog - B -

自分とそっくりな人間。

ドッペルゲンガー。


この世界ではしばしばそのドッペルゲンガーが、子供を戒める鬼のように語られることがある。自分にそっくり瓜二つで、悪い子を食べてしまうのだと。そして自分のかわりになってしまう。


会ってはいけないものなのだと、少女アデルはそう思う。


真っ黒い肩までのサラサラの髪。

淡い深緑に少しだけ黄色が混じった瞳。

白くすべすべした身体。


傷ひとつもなく、大切に大切に育てられた自分。



鏡を良く見てアデルはいつも思う。自分とそっくりな人に出会ったら食べられてしまうから、この姿を忘れてはいけない。ドッペルゲンガーが現れたならば、その時は絶対に逃げきってみせるのだから、と。




少女アデルはごく平凡な家庭で産まれて、平凡にすくすくと育てられている。しかし1つだけ不可思議な事が1つ。


少女アデルは生まれてからずっと、男の子として育てられた。



纏う(まとう)衣類はいつも、髪や目に良く映える黒や緑やブラウンの子供服。可愛い色をあしらったものは自分の手元には見当たらなかった。


少女アデルはまだ五歳。

実は白や赤や母に良く似合うオレンジが気になってはいたけれど、少女アデルは本当の事を両親に言ったことはない。



この世界での子供たちは七歳になったら学校に通う。

少女アデルは今日が六歳の誕生日なので、学校に通い出すまでにはまだ一年の時間があった。


身近に女の子がいないのだし、街で可愛い女の子を見たって母はいつも見向きもしない。男の子として可愛がられる自分にそれほどの疑問は感じていなかった。





少女アデルは自室の窓からぼんやりと外を眺めていた。

小さな子供用のベッドから足を投げ出して。

自分と同じほど大きいふかふかの枕を握りしめて。


雨は嫌いなんだよなぁ......と不貞腐れている。


誕生日だから、今日は楽しい一日のはずなのに。父はお仕事へと朝から忙しなく家を出て、お買い物に行くと言った母も「雨がやんだらいくからね」とアデルに優しく言い聞かせた。


なんて寂しい一日の始まりなのだ。ただでさえブルーな気持ちがぐるぐると渦を巻いているというのに。さらなることに少女アデルの自室は二階にあって、打ち付ける雨の音がよく響くのだった。




しばらくうだうだと寝転んだり窓を眺めたり

雨が止んでくれます様にとお祈りをしてみたり。


昼下がりにさしかかる頃、次第に雨はやみだした。





「お母さん!お母さん......」


窓の景色を見るや否や少女アデルの心は踊り出し

、一気に階段を駆け下りる。そうして、深いソファに沈む母へ飛び込んだ。



「雨!止んだよ!お母さん!!」


母はびっくりしながら、目を通していた本をそばのテーブルに置いた。深いオレンジがかった目を優しそうに細めて、少女アデルの頭を撫でた。



「そうね、アデル。お買い物に行く支度をしましょ」

「お母さん!アデルに飴を買ってくれる?」

「えぇ、そうね。いい子に待っていたのだから」



やったぁ!と飛び跳ねるアデルを横目に見ながら、母はダークブラウンの髪をさっと梳かした。台所から手提げの籠を取り出して、少女アデルの手を引くと玄関を開けて、三段の小さな階段を降って、雨に打たれてひんやりした空気の中歩き出したのだった。







店が所狭しと立ち並ぶ大通りは、雨上がりに乗じて多くの人が行き交っていた。先ほどの雨とは打って変わって、がやがやと賑やかを取り戻した大通りは少女アデルにはお気に入りの光景だった。


少女アデルはどの店からか漂ってくるふんわりとした甘い香りが大好きだったし、たくさんの人が通る大通りだ。自分ほどの子供達がはしゃぐ姿もうきうきとして好きだ。



やんちゃな男の子達に混じって、立派なパステルのエプロンドレスを纏った髪の長い女の子が、水たまりの上をぴょんと飛んだ。


びしゃ、と飛び跳ねた雨水でせっかくの可愛いエプロンドレスが所々汚れているが、そんなのお構い無しに水遊びに夢中である。


少女アデルはそんな可愛いお洋服を見るとつい、自分にはなぜ?と思ってしまうが、幼心に自分が男の子でいなくちゃいけないような不思議な両親の期待を感じていたからだろう。それを母に尋ねる事は今日もしなかった。



あれこれと食材を買い求め、父のためにお酒を買って

、いい子な少女アデルにと飴を買い足して。


そこでふと、母は声をかけられた。


「あら、リンデルさんじゃないの」

「まぁ、まぁグリッグスさん」



グリッグスさんは少女アデルにちらと目を向けると「こんにちは」と微笑む。

少女アデルもこんにちは、と答えた。



母は少女アデルに、先ほど買い足した棒付きのおおきな飴を手渡して「ちょっと待っていてね、あまり離れないで」と言った。


少女アデルは棒付きの飴玉を片方の頬で頬張って、いい子に母の前に立っていた。



しばらく母とグリッグスさんを眺めていたが、そんな見比べにも飽きてきて。通りの様子を眺めたり、石畳の数を数えてみたり、ぼんやりと空に浮かぶ虹を見上げたり。


そうして何故だか遠くに意識が向いたかと思うと、店と店の隙間にある小さな小道にぽつり、とボロボロな少年が疲れきった顔をして佇んでいるのを見付けた。



不思議な子だなぁ......と少女アデルは思った。

靴は履いていなくて、足は所々黒くかじかんで。着る服も、手に抱える毛布も、至る部分においてぼろついている。


そしてその目は顔へと映り......



「あ......」


少女アデルはヒヤリと背筋が強ばるのを感じた。

まさか....そんな。


冷静に、冷静に少年の姿を凝視する。

顔も髪の色もそっくりなだけで恐ろしいというのに、その少年のおでこよりやや上、つむじよりやや下にはつん、と髪をかき分けるように生えた骨のような角がある。




「ぼく......が、いる?」



ぽっかりと口が開いて、力の抜けた手から棒付きの飴がぽちゃ、と水たまりに落ちた。少女アデルの身体はびくんと跳ねて、酷く強ばって。


ドッペルゲンガー......


そんなわけ、そんなはずは!



混乱した少女アデルは後ろの母にびたりとくっついて少年から身を隠すように、何も見ないように、顔を突っ伏した。




「あらまぁ、男の子がどうしたのかしらね」

グリッグスさんは少女アデルを見て笑う。


「しかしまぁ、残ったのが男の子で本当に良かったわね。子供はみーんな可愛いけど、貴方のお家では特に。そうでしょう」

グリッグスさんは手を頬に当てて困ったように母を見た。


「えぇ......。そうね。心配かけたわ、グリッグスさん」




びたりとくっついて離れない少女アデルを母は優しく人撫でして、「帰ろうか」とアデルに言った。


やがて母はグリッグスさんに簡単な挨拶をすると、少女アデルの手を引きながら元きた道を戻り始めた。

少女アデルは肩口から、ちらと後ろを振り返って見たくなったが、もう一度見てしまったら今度こそ......そう思うと、どうにもその勇気は出ないのだった。






夜。母の作った暖かいお料理と父が作った小ぶりの木剣で、ささやかに六歳を祝ってもらい、あれこれと他愛のない語らいをして。少女アデルは少しずつ、少年の事を忘れて行った。


そして鳥も鳴かない静かな夜、少女アデルは家族の幸せな愛に包まれて眠りについたのだった。

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