ヴィルエッド・グリフォン
ジェルトとアデルは二人並びあって
校内を探検して回ることにした。
夕方の下校時刻までは自由に校内を歩き回れるのだ。
3年生からの上級生は、今年度の選択科目で
それぞれガイダンスの時間となるらしく
校内の3階にある各教室で、それぞれがこもっているらしい。ミーゼル先生は3階には近づくことがないようにときつく言い聞かせた。
どうやら先ほどまで生徒達が集められていた真偽の間は、隣接する小さな塔の中だったらしい。
普段は立ち入りが禁止されていて、玄関口を入ってすぐの大きな階段も、丈夫なロープが下げられているそうだ。
アデル達が階段を降りると、ミーゼル先生は
『ここに戻ることはありません。見学も禁止ですよ』と言って再び階段を登って行った。
それぞれの生徒達が思い思いに散らばって行って
アデルとジェルトは顔を見合わせた。
『どうしよう、アデルはどこに行きたい?』
ジェルトは寄宿寮の規則項目の後ろに、プリント一枚ほどの凝縮された学校内の見取り図を見つけた。それをアデルに向かって広げて見せる。
アデルは首を傾げた。
『どうしようかな。大き過ぎて迷いそうだ』
ぐるりと玄関口を見渡しただけでもとても広い。
玄関口の大きな扉から真っ直ぐ奥に行くと
巨大な食堂があるらしい。
そこから左右に大きな通路があって、その奥には各階に繋がる階段がある。右が東校舎、左が西校舎に繋がっている。東校舎の階段を登らずに通り過ぎると、外に一度出る形となり、剣術や護身術で使う闘技場、その他実習授業に使われる実習小屋がある。
アデル達が立つ巨大な階段より奥の、西校舎へ向かう階段を通り過ぎると庭園がある。
東校舎と西校舎を繋ぐ連絡通路が4階のクーリングスペース(休憩なんかに使われる事が多いらしく、椅子やデスクも揃えたフリースペースらしい)にのみ置かれているそうだ。
庭園の奥には図書館塔があって、そこを通り過ぎると寄宿寮となる。学校は大きなコの字型になっていて食堂から中庭に出る事が出来るようだった。
『庭だらけだね......』
アデルは見取り図を一通り眺めると、思わず呟いた。
ジェルトももう一度視線を見取り図に向けると、
目をまん丸にして頷いた。
『本当だ......庭に行こうか?』
アデルは少し考えると、先に西階段を上がってクーリングスペースまで行ってみようと提案した。
ジェルトは頷くと、二人は歩き出した。
『そういえば、相部屋には誰かいた?』
アデルは思い出したようにジェルトに聞いてみる。
『えっと、ちょっと待って。忘れてたよ』
渡された規則項目に挟まれた小さな少し厚いカードを取り出すと、ジェルトは名前を確認した。
『あ、あったよ。......ライラス・ジェミニ。誰だろう』
ジェルトは首を傾げた。
アデルはその名前に聞き覚えがあった。
『ジェミニって、さっき呼ばれてたよ。二人いたな』
『双子なのかな?珍しい!でも、兄弟で同室じゃないならもう一人は女の子なのかな』
今度はアデルが首を傾げる。
『双子?双子って、どうゆう事を言うの?』
ジェルトはびっくりしてぴたりと足を止めた。
『え?双子って言うのは......君、知らないの?』
『分からない。おかしいこと?』
『おかしいわけじゃないけど......。えっと、双子って言うのは、同時に同じお母さんから産まれた兄弟の事だよ。ジェミニが双子かどうかは、分からないけど』
アデルはそんな事もあるのか、と不思議に思って首を傾げた。
二人はまた歩き出す。
西階段に辿り着いて、階段を登り始めた。
『いいなぁ。双子って、羨ましいや』
ジェルトは髪の毛を指でくいっと絡めながら呟いた。
『どうして?』
『僕、昔から友達作るのが苦手なんだよ。同い年の兄弟がいたら、心強いのに。君とこんなにたくさん話せるのは、すごく珍しい』
アデルは少し驚いて、ジェルトの顔を向き直った。
『そうなふうには見えないよ』
ジェルトはくすっと笑って
『君が特別なんだよ、きっと』とアデルを見返した。
二人がせっせと四階まで上がりきった時には、
もうクーリングスペースは何人かの新入生で騒がしかった。
窓に沿われて置かれた四人がけのテーブルがいくつか置かれている。その横で一人の生徒に群がるように、小さな人集りが出来ていた。
そのうちの一人が、感動するように声を上げる。
『貴方の、それ。学年色のタイ止め。他のと違うみたいだわ』
声を上げた少女は興味深そうに手を伸ばした。
それを、中央に立つ少年が素早い動作で掴んで少しばかり乱暴に払い捨てた。払われた少女は、よろけて隣の男の子にぶつかってしまう。
『なんだろう』
アデルは首を傾げた。
中央に立つブロンド短髪の少年は、哀れむような顔さえ見せて余裕のある口ぶりで言い放つ。
『これは父様が入学の記念に特別に作らせた特注品なんだ。学校も特例でこれを付けることを許可したような大事なものなのさ。それを許可なく触るなんて』
よろけた少女はバツが悪そうに顔を伏せた。
隣の男の子がそんな少女の肩を思わず抱いた。
そこで、ブロンド短髪の少年はふいに顔を上げると
アデル達が見ていることに気が付いた。
少年が一瞬、目を見開いたように見える。
アデルの隣でジェルトがひっ、と小さく声を上げた。
少年は目の前で顔を伏せる生徒達を軽く押し退けると、アデルの前につかつかとやってきた。
アデルは思わず、半歩後ずさる。
『そんなに怖がらないで欲しいな。初めまして、僕はヴィルエッド・グリフォン。君のその帽子がとても素敵で驚いたんだ』
短髪の少年もといヴィルエッドは、困ったようにアデルの顔を見た。先程の光景とは打って変わって、
人当たりの良い好青年に見える。
『君の名前は?』
ヴィルエッドが続けた。
アデルはふう、と肺の空気を一度吐くと
両の手をいつの間にか握りしめるようにして
『アデル・キャンベルだよ』
と小さく名乗った。
ヴィルエッドはにやりと満足そうに口角を上げると
アデルの前に片手を差し出した。
アデルは一歩遅れて、握手を求められている事に気がついて、慌てて片方の手を差し出した。
『よろしく頼むよ、キャンベル君』
ヴィルエッドは愛想のいい笑顔でもう一度アデルに笑いかけると、満足したように東校舎へと繋がる連絡通路へと去っていった。
アデルはしばらくその背中を眺めていたが、
ジェルトの方はと言うと、怯えたようにも、心配の色が隠しきれないともいった様子で、アデルの姿をじっと見ていた。
その頃。
剣術や護身術に特化した授業のガイダンスを受けながら、突っ伏して窓の外を眺める少年と、それを呆れたように隣で睨みつける少年がいた。
二人揃って、重要なガイダンスには微塵も興味がないらしい。
『リヴ。弟君が入学してきたな』
背後からそう投げ掛けられたが、窓の外をぼんやりと眺める少年は、ぼーっと外を眺めたままだ。
アディはため息をひとつ吐き出すと、持っていたペンの先っちょを、リヴの頭にちょいっ、と突き刺した。
リヴは驚いてびくんと小さく跳ねると、隣のアディをじめっぽく睨みつけた。
『なんだよ』
不貞腐れたようにアディを睨み付けると、リヴはぐっと背伸びをして身体を伸ばした。
教室の先頭で、授業について話をひたすらに進める先生が、ぎろりとリヴを睨み付ける。
気が付かなかったわけではないが、リヴはそれを受け流して、窓の向こうに視線を戻す。
『ヴィルは父様のお気に入りだからなぁ......だけどそれよりも』
『それよりも?』
『こんな自堕落な兄を崇拝していて怖い』
アディは、きょとんと不意を付かれたような顔を見せる。そして思わず、くすくすと笑い出す。
リヴは相変わらず不貞腐れたまま、
アディを向き直った。
『お前、そんな事よりもさ』
リヴは一度発言を躊躇うように見えたが、
何かを察したようなアディの顔を見て言葉を続ける。
『アデル・キャンベル。偶然だと思うか?お前のあの日記の話......』
今度はアディが、気になっていた事の本質を突き付けれてリヴに不貞腐れた顔を見せた。
『やっぱ、男でアデルってのは珍しいよな』
ぼそりと呟いく。
そんなアディにリヴは困った顔を見せる。
『まぁ、でももしお前の兄貴なら今年入学ってのは不思議な話だしなぁ。生きてるかも、わかんないわけだろ』
『日記を読み進めたら分かるかもしれない』
二人は揃って窓の外に視線を向けると、
今度は二人で黄昏始めた。
『訳が分からない。関係あるのか?』
アディはまた、ぼそりと呟いた。
そんなアディのつぶやきを、リヴは真横で聞きながら同じく考え込んだ。
この様子じゃ、今年はなかなかに波乱かもしれないな。と心の内でため息を漏らす。
アデル・キャンベルか。偶然だろうか?
男の子でそんな名前を、リヴは親友以外に聞いたことがないし......リヴは知っている。
この親友が、本当は男なんかじゃないことを。
アデル・キャンベルが何か関係あったとしても、
逆に無関係だったとしても、アディの心はまだまだ晴れないだろう。そう思うと、リヴはそれが一番気がかりだった。
ガイダンスの授業はまだまだ続く。
ページを捲る乾いた紙の音がそこらじゅうから響いたが、二人の耳には届かなかった。