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角が生えた少年  作者: 紅いろ 葎
第二部
12/31

New fall - A -

入学式当日は、見事な快晴だった。

秋口に差し掛かり風が段々と涼しさを増していく、

9月のはじめである。




アデルは昨夜、何かそわそわとして

思うように寝付けなかった。

カーテンが閉じられた窓の方に目を向けたり

ジャックテリーが寝転がるクッションへと気を散らしたり、朝になったら袖を通す新品の指定服を眺めたり......

とにかく落ち着かなかった。


エイムはさっさと寝付いたかと思うと

気持ち良さそうに身体を大の字にして、たまに鼻をすんすんと鳴らす。

外の音は何も聞こえない。

やっと寝付けるかと思うと、ジャックテリーが寝言がわりに口からちりちりと火花を散らすので、やはりなかなか寝付けなかった。



そうしてあっという間に朝は来てしまうのだ。

寝不足である。



それでも幾らか寝付けただろうか。

窓の外が白んでいることに気付く事はなく、

次にアデルが目を開けたのはやはり、ジャックテリーの尻尾がばたんと照明器具を叩いた時だった。


もう朝が来たのか。

眠気が気だるさを通り越して頭が妙にすっきりしていたアデルは、いつものようにひっそりとベッドを抜け出した。


そして静かに寝室を後にすると、手際良くお湯を沸かしに取り掛かった。

小さめの食器棚からマグを1つ取り出したところで

アデルはぼんやりとため息をついた。



人との関わりがほとんど無かったアデルにとって

今日から始まる生活は重い試練に思えた。

学校というものや、同年代の子供だけで溢れかえるような世界が想像すらできない。



沸いたお湯をプレスに突っ込んで、リビングのカーテンを開け放つとアデルはとぼとぼと寝室に戻って行った。






エイムは相変わらずすぐには起きない。

揺らして、叩いて、カーテンを開けて日差しを注いで、

やっとこと目を覚ました。


大きな欠伸を漏らしながら、

『朝食を用意するあいだに、着替えておいで』

とエイムはアデルに言った。

アデルは観念したように頷いて、真新しいシャツとカーディガンに袖を通して黒いズボンを履いた。


事前に教わった通りにネクタイを首に巻いて

鏡の前でくるりと回ってみた。

表情にはあまり見えないが、実は新しいものが嬉しい。

......ほんの少しだけ。


仕上げに帽子を被ってもう一度鏡を見直して......

我ながら大人っぽい。なんて思ったところで

リビングの方からエイムの呼ぶ声が聞こえてきた。



アデルは帽子を1度脱いで教科書や文具を詰めた鞄を抱えると、急いでリビングへと向かっていった。

鞄の中にジャックテリーが入り込んでいることに気付くこともなく。




『おお、なかなか似合うじゃないか』

エイムはテーブルに皿を並べ終えたところだった。

テーブルの脇に立って、珈琲を入れたマグを口に運びながら大人っぽいぞ、とアデルに笑いかけた。


アデルはほっぺたを赤らめてエイムに笑い返した。





いつも通り、簡単にお祈りを済ませて

2人は食事をスタートさせる。

今日はハムとスクランブルエッグ

インゲンと玉ねぎのミルク炒め、それにパン。


黙々と食べ始めたところでエイムは気が付ついた。

『ジャックテリーはどうした?』

ハムを口いっぱいに頬張りながらアデルに問いかける。

あれ?とアデルもそこらへんを見渡したが

どうにも見つからない。

『おかしいな。朝起きた時には寝室にいたけど』

アデルは一度席を立って、寝室まで探しに行ったが

やはりジャックテリーの姿は見つからない。


リビングに戻ってもう一度席に着くと、いないみたい。とエイムの顔を見た。



そうこうしているうちに家を出るぎりぎりの時間が

迫ってきて、エイムはアデルの背中をぽんと叩いた。

『ジャックテリーは自分が探しておこう』

エイムは仕方なしにそう告げた。



本当は鞄の中に潜んでいるだなんて二人とも想像すらしていない。




アデルは後ろ髪を引かれるようにエイムに見送られると、深々と帽子を被り直した。

渡された簡単な地図を片手に学校までの道を歩き始める。


そうして地図の通りに歩いていくうちに

アデル達の住むキャンベル家の位置が、実は結構都会なことに気が付いた。

わかりやすい目印のつもりなのだろう。

通らないはずの道の先には田舎、と雑に書かれている。まるでそこはハズレだとでも言うように。


エイムの地図通りに行くと、学校までの距離もそう遠くはない。イリニスタ市場の直前を左に曲がって、あっという間に学校に到着したのだ。





アデルは敷地の一歩手前で立ち止まると、

うわぁ......と声を漏らした。

出迎えるようにそこに建っている学校は想像を飛び越える程大きかった。

黒くゴツゴツの門は今は開かれて、たくさんの子供達が吸い込まれるように中へと入って行く。


しばらく茫然と立ち尽くして眺めていたが、

アデルはある事に気が付いた。

タイ止めの青い学生は、門を潜ってしばらく進んでいくと入り口よりも手前にわらわらと集まっている。


アデルはそこを目指して、一歩足を踏み入れた。




ひとりでそわそわと歩いて、広い玄関口の庭を

突き進んで行くと、その集団は誰かを囲んでいることに気が付いた。


『1学年の生徒はこちらです、聞こえますか。1学年の生徒!』


しわがれて掠れた、お婆さんのような声が

集団の中から聞こえてくる。

アデルはそこに向かうと、集団の後ろから中を覗こうとしたが、あまり見える気配が無い。

声はひっきりなしに叫んでいる。


『名簿を確認した生徒は下がりなさい!......あぁ、もう......1学年の生徒!名簿にチェックしてない学生はこちらにいらっしゃい!』


アデルはその声を聞くと、何とか学生達をかき分けて中央へと進んだ。

するとどうだろうか。年齢にしては40を超えそうに見えたが、自分と同じかそれより小さな背丈しかないだろう女性が背伸びをして声を上げている。


『君は?もう名簿を確認したの?』

女性はアデルに気がつくと、きびきびとアデルに問いかけた。


アデルはびっくりやら緊張やらで、声が上手く出ない。

女性はそんなアデルを見てひとつ深呼吸すると

『ごめんなさいね、あなたの名前を教えてちょうだい』

なるべく声のトーンを抑えて、もう一度アデルに尋ねた。


『あの、えっと。僕、アデル・キャンベルです』

アデルは知らずに両の手を握りこんでいた。

女性は、キャンベル......キャンベル、これね。と名簿を確認すると、あと3人ね。と呟いた。


そうしてアデルから興味を逸らすと、また

『1学年の生徒、1学年の生徒はこちらに来て名簿を確認しますよ!』と叫び出した。





結局、1人の生徒が見つからないままのようだったが

時間も迫ってきていたのだろうか。

その小さな女性はアデル達1学年の生徒を引率して

大きな学校の建物へと案内していった。


ひとつの教室に案内されると、女性は黒板の目の前にある大きな踏み台に登って

静かに!と一度声を荒らげた。


生徒が前方に注目したところで、

女性はこほんっ、と咳払いをして話し始めた。

『私はミーゼル・ユニアムです。1学年の生徒指導を担当しております。以後お見知り置きを。これから在校の生徒達にお目見えを致しますよ。身なりを整えて。呼びかけがあるまでは静かに待っているのです。』





生徒達が静かに頷くと、教室のドアを誰かが開けた。

続けて、アッシュグレーの髪をした小柄な少年と

厳かな雰囲気たっぷりの背の高い女性が入って来る。



少年が足早に生徒の中に紛れていくのを確認すると

背の高い女性がミーゼルに向き直った。

『ミーゼル、1学年の生徒が一人在校生の教室で迷子になっていましたわ。それから、受け入れの体制が整ったので、真偽の間に集まるようにとのことです』


背の高い女性は、その見た目とは打って変わって

深く落ち着きのある慎み深い口調で、ミーゼルにそう伝えた。


ミーゼル先生は生徒の群れに向き直ると、

『全員聞きましたね。これから真偽の間へと向かいます。全員はぐれずに、しっかりと付いていらっしゃい』


背の高い女性の教師が教室から出ると、ミーゼル先生は続けて廊下へと出た。

生徒達もぞろぞろと教室を後にする。


教室もそうだが、廊下も白を基調としたシンプルなデザインだ。天井はどこもとても高い。

ミーゼル先生を先頭にして、生徒は列をなして真偽の間へと向かっていった。




アデルはその集団の尻尾の方で、列から外れないように静かに歩いていく。

そうしたアデルの少し手前を、先程遅れて先生に連れられてきた小柄な少年が、おどおどと歩いている事に気が付いた。


くりくりのアッシュグレーの髪がとてもよく目に付く。





玄関口から左にある、大きな階段を登っていくと

アデル達はいよいよ、真偽の間へと招き入れられた。

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