8 開戦
宿に帰ると主様は気を失うように寝てしまった。風邪をひくと思い布団を掛けてやる。そして意識が落ちるタイミングを見計らったかのようにそいつは姿を現した。
「お前は、いいのか?」
「………………」
そいつは主様の寝顔をちらっと見てから静かに答えた。
「私は、武器。使われる、武器。武器に、心は要らない」
「そうか、せっかくなのにもったいないの」
「あなたは…」
「ん?」
言葉がスラスラと進まない。こいつとは初めて会話したが、こういう奴なんだなと認識を改める。
「あなたは、なんでその姿で接する?」
「なんじゃ、そんなことか」
当たり前のことを聞いてくる。わしは息を吸いこんで少し胸を張って答えた。
「愛しているからじゃよ。ワシは主様を心から愛しておる」
「愛…」
数回繰り返し発している。その様子は自分に問いかけているようだった。
「私には…ない。要らないものだ…」
「ま、どうでもいいがの」
瞬きした時にはそいつは消えていた。こいつが傷ついているのはよく分かる。本当に主様がピンチになった時こいつはどういうアクションを起こすのだろうかという考えが浮かんだが、頭を振って考え治す。それを起こさないようにするのがわしの役目なのだから。
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魔物を倒して、血だらけになって帰ってきて、飯食って寝て、また起きて狩りに行って…そんなこんなしていると気づいたら数日経っていた。今日の日の出と共に魔物たちが押し寄せてくるらしい。高い壁の上でスラさんと日の出を待っていた。
「主様や、寝ておいたらどうじゃ?」
「ん?いいや。いまいい感じだから」
「そうか…」
2人で東の森を見る。ふとみると森の近くでギラギラとこちらを見つめる魔物がちらほら見られる。
「なあ、主様。」
「不安か?」
「え?」
主思いの武器をもっておれは幸せものだなと考えはするが、それを言葉には出さない。言葉に出した瞬間おれの何かが崩れる気がするから話せなかった。
「不安…そうかもな…」
「安心しろ。死ぬ気は無い」
「わしもじゃ、死ぬとはおもっとらんのじゃがな…」
ポツリポツリと二人の間に言葉が交わされる。
「どうしてこんなにも不安になるのじゃろうな…」
「別に、おれを思ってくれていれば不安になってもおかしくないだろ」
「おもってる…か…」
すまんなと苦笑いしてスラさんはおれの背中に体重を預けてきた。おれは小さな背中を感じながら眠りに落ちた。
壁の上に来る人の気配を感じて目を覚ます。魔法でギルドマスターと数人の魔術師たちが魔法で登ってきた。
「早いの」
「まあな」
短い言葉を交わして東を見る。殺気が寝る前より格段に跳ね上がっている。
「準備せい。あと少しで始まる」
「ああ」
スラさんを装備してバイポットを装着。今回は8倍と可変を要求して引き金に軽く指をかける。
(なあ、スラさん?)
(なんじゃ?)
(楽しもう)
いつも笑顔なのは変わらないが、こうやって笑ったのは久々な気がする。スラさんも少し驚いてから軽く笑った。
(はは…狂っておるの。死線で楽しもうとはの…はは)
(いつもそうだっただろ?今回もそうするだけ、何も変わらないよ)
(そうじゃの)
ドドドドドドドという音が聞こえた。おれは深呼吸をしてスコープを覗いて再度驚く。スコープに映る黒い雪崩のような魔獣の群れ。これは国が崩壊するのがわからなく無いなと呑気に考える。
(思ったより数が多い、こりゃ下の接近部隊に当てたら全滅するからおれらで出来るだけ減らすよ)
(了解じゃ!爆発術式組み込んだバレット準備出来たぞい)
(さんきゅ)
「スルトさん、左は任せていいんだな?」
多分名前を呼んだのは初めてなので皆さんもこの爺さんの名前忘れていただろう。爺さんは何やら怪しい魔具を取り出すとにやっと笑った。
「じゃあ始めますか!」
殲滅方法は簡単だ。スラさんの用意してくれたバレットにおれの魔法を上書きする。おれの覚えた新しい魔法はマジックブーストだ。
マジックブースト
魔法を強化でき、1段階では1.5倍、2段階では2倍、3段階では3倍となる。魔力消費は段階に比例する。
魔法を発動させると銃口に3つの魔法陣が浮かんだ。これが3段階の完成の印だ。
(単体じゃなくて範囲で狙うのじゃ)
(あいよー)
スラさんの指示を聴きながら引き金を絞るといつも通りの音でいつも通りの弾がいつも通りのスピードで飛んでいく。感想から言うと、正直度肝を抜かれた。なぜなら、着弾後に爆撃を受けたのではと疑うほどの爆発が起きたからだった。
ズガァァァァァァァァァン
魔獣は進行を止め、魔術師は詠唱の口を止め、おれはスコープから目を離しあんぐりと口を開けていた。
静寂。
先ほどの暴動は何だったのかと思えるほどの静寂は、おれの雄叫びで破られた。
「ヒャッハッーーーー!汚物は消毒だぜぇぇえ!」
(消毒じゃぁぁぁあ!)
なにも考えずにただただ敵のまとまっている所に引き金を引く。着弾すると広範囲爆発が起こり、魔獣が砕ける。何匹か小物が壁の近くまでたどり着くが、そいつらは下の兵士が処理してくれているようだ。
「よしっと、準備完了じゃ」
床に魔法陣や供物が沢山整えられ、その中央でスルトさんは呪文を唱え始めた。おれは引き金を絞りつつチラチラと隣を見ていると左半分に巨大な魔法陣が生成された。
「ライトニングアルモス!!」
すると上空に巨大な雲が生成され、そこから無数の稲妻が魔物を襲った。しかもその魔法陣は消えずに残り続け、左半分では1匹もその魔法陣を超えられていなかった。
「いいな…それ…」
(便利じゃの…あれ…)
あれが欲しいと思った。ならばものは試しだ。
「スルトさん!右半分頼んだ!」
「ちょっとまてい!ワシ魔力ギリギリなんじゃがぁ!」
何か言っているが気にせずにスラさんの装備を解いて両手を合わせているスラさんの上に手を合わせる。
「バレット生成」
「魔法陣生成」
スラさんが弾を作りつつ、おれが魔法陣を練り込む。
(種類は雷魔法。時間は永続。範囲は超広範囲。威力、速度、魔力回路生成……………)
バチバチと魔力のはじける音を聴きながらゆっくりとゆっくりと弾は出来ていく。
「くそっ!おい!はよせい!もう持たんぞ!」
「おっけ!出来た!」
急いで弾を装填して引き金を引こうとするが、引き金がめちゃめちゃ重かった。
「っ!なんでだ!?」
(主様!魔力が足りておらん!MP薬を飲むのじゃ!)
「了解!」
急いでビン1本を飲み干し、引き金を引くが引ききるまでには至らずギリギリで動かなくなってしまう。
「っ!ぬぐぉぉおおおおおお!」
気合で引き金を引ききる。発射された弾は魔物の群れの真ん中当たりに着弾。
「はじけろクソッタレ」
すると着弾地点から直径1km程の大きさの魔法陣が出現した。そしてその魔法陣から無限と思われるほどの雷が魔物達に降り注いだ。次々と魔物が黒焦げになっていく。
「これは…いや、もしやワシ以上の…」
隣でスルトさんがブツブツ言っているが、気にしている余裕などなかった。スラさんが取ってきてくれたMP薬をガブ飲みして何とか息を整える。
「さすがじゃの…1度見ただけで技をここまで正確に真似るとはな」
「MPが足らなかったけど、まあよく出来たと思います」
「あのな…この魔法は普通何人もの魔術師でやるものなのじゃよ。1人で発動させるなど聞いたことないわい」
「スルトさんだって1人じゃん」
「ワシには供物があるからの」
「ま、おれたちは1人じゃないしな」
そう言って銃化している相棒をポンポンと叩く。
「ま、こうやって話している余裕も出来たんじゃし後は時間が過ぎるのを待つだけじゃの」
「いや…」
まだだ。本命が出てきていない。あの全身を刺激されるような大きな気配がこの程度で死ぬとは思えない。おれは森の方向にスラさんを向けた。
「な、なんじゃ…あれは…」
やっと来た。1匹だけ雷の雨を傘もささずに歩いてくる奴がいる。それはとても大きな亀だった。その厚い防御壁の前には雷の雨は全くの無力だった。
「さてとっ、アレを倒してしまいにしますか!」
「あれは、古代龍のアルタイ・カスラという怪物じゃ。ワシらでどうにかなる代物ではない…」
スルトさんは膝を落とし脱力してしまう。
「なんであいつ倒せないんだ?」
「あいつのコアは硬い甲羅の下にあるのじゃよ…更に甲羅の前には恐ろしく厚い魔法防御壁…物理攻撃は恐ろしいスピードで回復される…」
「ふむ…」
スルトさんがこれで分かったじゃろと言って生気のない目でこっちを見るがおれは不敵に笑って呟いた。
「ああ、これなら勝てるな」