6 生還と服屋
目を開けると日は沈みかかっていた。おれは確か森にクエストに来て、キングゴブリンと戦闘になって……
「主様!やっと起きよったか!」
胸元でスラさんが泣いていた。どうやらスラさんが直してくれたらしい。
「スラさん、おはよ…」
「おはよじゃないわいダァホが!!どれだけ心配したと思っとんじゃボケェ!!」
「あはは…」
おれのために泣いてくれる人がこの世にいるなんて、おれはどこまでも幸せ者らしい。だが、悪いが今はこんなことをしている場合ではない。暗闇では野生の獣が危険だ。一刻も早く森を離脱しなければいけない。
「スラさん、行こう。ここは危険だ」
「ぐす、そうじゃの。こんな森2度とゴメンじゃ」
森はまだ浅かったようですぐに抜けられた。その後、見るも無残なボロボロな姿を見た門番に心配され、街の人に注目されながらも何とかギルドにたどり着いた。
「クエスト、終わりましたよ」
「ちょ、黒さん!どうしたんですかそれ、大丈夫何ですか!?左腕とか変な方向に曲がってますけど!?」
ギルドに着くなりアルミアさんが猛烈に心配してくれた。
「大丈夫です。生きてますから、それよりもこれが納品物です。」
「生きてるから大丈夫って…はぁ。納品物、確かに受け取りました。これがクエスト報酬です。」
そう言って小さな袋を渡される。中には銀貨が5枚と銅貨が数枚入っていた。
「あと、納品とは別に素材を売りたいのですが」
「分かりました。ここで受取りますので出してください」
「あ、はい」
おれは事前に受け取っていたマジックポーチから剥ぎ取った素材を全て出した。そしてある素材を見てアルミアさんの目が変わる。
「こ、これってキングゴブリンの皮じゃないですか!?こ、これどうしたんですか!?」
「え?あの、殺しちゃったんですけど…まずかったんですか?」
「って、え?キングゴブリンの出るような深いところまで行ったんですか!?」
「いえ、比較的浅い所までしか行ってませんが…そんなに驚く事なんですか?」
「ちょ、ちょっと待ってて下さい!」
そう言ってアルミアさんは奥に走っていく。そして少ししてギルドマスターが出てきた。
「まず、驚くことは2つある。お主がキングゴブリンを討伐してきたことが一つ。もう一つはキングゴブリンが浅瀬で確認された事じゃな。」
「キングゴブリンって討伐が難しいんですか?おれも結構苦戦したんですけど。」
「ああ、A以上でないとソロ討伐は出来ないと言われているモンスターじゃな。それを討伐してくるとは…」
「まあ、そこは置いといて…キングゴブリンが何で浅瀬にいたんですか?」
「そこなのじゃよ…非常にまずい事態かもしれん。」
ギルドマスターの顔が曇る。なにか大変な事態が起ころうとしているらしい。
「まあ、そこは後々話すとしよう。今日は疲れただろう。家に帰ってゆっくり休むといい。これが今回の報酬だ。受け取れ。」
渡された大きめの袋の中には銀貨が数十枚入っていた。
「ついでと言ってはアレなんですけど、ここら辺の安めの宿を教えて貰えますか?」
「宿取ってなかったんですか?それでしたら、ここを真っ直ぐ行った所にある"飯宿"と言うところがオススメですね。」
「分かりました。ありがとうございます。」
「傷の治療でしたらギルドの医療チームに寄ってください。腕のたつ方ばかりですから。」
おれは軽く会釈をし、折れた足を引きずってギルドを出ていく。無視していたがギルドに入った時から視線とザワザワという声がちょっと痛かったな。
辺りを見渡しながら歩いているとギルドから数十メートルも離れていない所に"飯宿"を見つけたので早速入る。
「あ、いらっしゃいませー!」
明るい挨拶で女の子が出迎えてくれる。ぱっと見るにこの店は家族で営業しているらしい。従業員の数がかなり少なかった。だが、それに比べて席に座る客は満員。かなり大忙しだった。
「食事ですか?それとも宿をご希望ですか?」
「食事は要らないので部屋をお願いします。」
「分かりました!こちらにどうぞ!」
おれの格好を全く気にせずにレジに通される。
「えーっと、1泊銀貨5枚になりますが、何泊されますか?」
「1週間でお願いします。」
「了解しました!銀貨35枚になります!はい、確かに受け取りましたそれではこちらが鍵になります!階段を3つ上がって3番目の部屋になります。」
「ありがとうございます」
「あと、旅館での揉め事は深く禁止しております。布団はなるべく汚さないようにお願いします。あまりにも酷く汚れた場合には料金が発生しますので」
「分かりました」
女性店員と別れて部屋に入る。外装は少し汚れていたが、部屋の中は綺麗に管理されていた。ベットは2つあり、大きな机や棚に本が少し置かれていたがそんなことよりも疲れた。
ベットを汚さないようにパンツ以外の服を脱ぎ捨てておれはベッドに身を預け、意識を手放した。
ちなみにスラさんは服が消失して全裸で寝ていた。
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起きた時にはもう日が沈みかかっていた。おはようと言うにはだいぶ過ぎた時間である。
「んんっ…」
スラさんも起きたようであくびをしながら起き上がる。
「おはよスラさん。」
「おはようじゃ主様。して今日は何をするのじゃ?日はもうすぐ沈むが」
「そうだな。この世界に来て1日たったんだしとりあえず状況確認するか」
「そうじゃの」
「ええっと、まず第1にこの世界は夢説はまあ無いよな」
あんな事があったのだ。絶対に夢であってたまるかよ。スラさんも同意なようで軽く頷く。
「帰る方法は今のところわからない。装備はスラさんにキルさん(サバイバルナイフ)ナインさん(M9ピストル)。服はさっきの戦いでボロボロだし、スマホはどっかいっちゃったし…」
「装備品はまあいいじゃろう。して主様よ、今後の目標はなんじゃ?」
「とりあえず元の世界に帰ることでいいだろう。おれたちのいる場所はここじゃないと思う。この世界で暮らしている間に気が変わったら別だけどな」
「ふむ、ではステータスの確認をしようかの」
「おっけ、ステータスオープン」
名前:無し
レベル:47
HP:1500
MP:2000
スキル:捕食、スキルダッシュ、成長+
「ふむ、レベルの割にステータスが高いのはこの成長+のおかげじゃろうな」
「スラさんのはあんまり変わってなかったね。キルさんとナインさんもだいぶ伸びてたけど」
「まあ、それは後でテストすればいいじゃろう。」
「そうだね。んじゃあとりあえず…買い物行こうか」
見るとおれの腕と足は変な方向に曲がっていてやばいし、服はもはや上半身とかないのと一緒だし。行くならもうすぐ日もくれるし急がないといけない。とりあえずこの腕と足を治すことにした。
治癒
傷がなおる。レベルMAXで再生に変化。
なんとも簡潔なスキルである。おれは薄い青のボードをいじって治癒スキルを取得。MAXまで上げる。このスキルはこの先もかなり重宝すると思うしなによりスキルポイントが余って仕方がなかったからだ。
スキルポイント
スキルを習得、グレードアップできる。1レベルアップにつきスキルポイントを1獲得できる。通常消費は1だが、スキル変化の時に5消費する。
初期のスキルポイントは47あった。治癒をレベル10まで上げて再生に変化する際に5消費したので残りは32ポイントになる。こういうのは変に残しておいても無駄だと思う。死んでしまっては元も子も無いのだから強化する時にした方がいいと思うが、いざというときにも少し取っておきたい。使い方が難しい。
「再生」
腕に再生を使うと腕が普通の形に戻った。足にもかけてみると一瞬で戻るので驚かざるをえない。
「これは…思った以上に凄いな…」
「ふむ、再生は会得できる人が限られているうえに治癒とはレベルが違うからの…会得出来たのはラッキーじゃな」
「再生か…」
おれはサバイバルナイフを手に取り指を落とす。そこに再生をかける。すると指が生えてきた。
「やばいなこれ…」
「ああ、MPはどれ位減っておるのじゃ?」
MPは480減っていた。指1本と複雑骨折を2箇所なおしてこれはかなりいいのではないだろうか。
「再生は使えるということが分かったし、血を拭いて買い物行こっか」
「そうじゃな」
ささっと血を拭いて螺旋状の階段を下ると食堂は大賑わいだった。あの女の子は気づいたら声かけてくるだろうし気づかれないようにドアを出る。
大通りを少し歩いて目に入った服屋に入る。
「いらっしゃい」
若い男の子が迎えてくれる。おれより少し年上ぐらいだろう。だが、耳が尖っている。エルフで間違いないだろう。
「なんだいお客さん、おれの耳になんか付いてるかい?」
「いや、そんなことはない。珍しいものを見たもんでつい見入ってしまった。立派な耳だな」
「はははっ!エルフが珍しいとは面白いことを言うな!まあ、耳を褒められて悪い気はしないし、サンキューな!」
短く切った髪がサラッと揺れる。こういう爽やか系がモテるのだろう。まあ、おれには関係ないことだが。
「早速だが、服を見繕ってくれ」
「了解っと、とりあえず持ち金を見してくれるか?使える金でいいんだ、服を選ぶ基準にするからよ」
金の入った袋を渡す。中を開けて確認すると右足を引いて後ろを向いてあれこれとみて回る。
「ふむふむ、これだとアレが良いかな…うん」
「……」
そして左足を引いてこっちを向いた。
「決まったぜ旦那!冒険者だから黒のローブと中は少し丈夫な素材の布を選んでおいた。後は寝巻きが数着。こんなもんか?」
「ああ、ところで。あんた、なかなかいい度胸してんな」
「え?」
すっとぼけた面してる店主を胸ぐらを掴んで地に這い蹲らせる。
「ちょ、旦那!何するんすか!」
「ここまで来てすっとぼけられるお前の根性は認めてやるよ」
そう言って胸ポケットの銀貨を数枚取り出してみせる。
「これはなんだ?」
「こ、これはいつも数枚持ち歩いてんだよ。何かあった時ようにさ」
「まあ、数枚ならその言い訳も通じたかもな。だが、欲張りすぎだ」
掴んでいた20枚近くある銀貨を床に落とす。
「流石にこれだけ入っていれば少し凝視すれば気づくさ。まあ、この後お前になんか理由付けられて奥に入られたらアウトだったがな」
「く……そ…」
「なにか事情があるんだろうが、どうあれこの始末はしっかりとしてもらわないとなぁ」
「た、頼む!憲兵にだけは!それだけは辞めてくれ!」
この男、盗みを働いてさらに罰も限定してくるのか、と呆れているとスラさんが腹減ったとお腹を摩っている。それを見ると怒りがスっと収まっていった。
「はぁ、今回は許してやるよ…」
「ほ、ほんとですか!?ありがとうございます!」
「ああ、こいつに感謝するんだな。それと、もう1回同じこと誰かにしたら殺すからな」
「は、はい!ありがとうございます!」
「んじゃあな。スラさん、飯食いいこう」
「あ、ちょっと待ってくださいよ!」
出ていこうとすると呼び止められる。まだなんかあるのかと呆れた目を向けると、
「代金!貰ってないっす!」
本気の殺意が湧いた。ここまで善意を働かせたのは初めてなのにさらに代金を取ろうとするとは…もう殺意を通り越して呆れが勝っていた。
おれは銀貨を握って投げつける。
「釣りはいらん。もうこの店には二度と来ることはないだろうしな。」
「え、ええええーー!!」
振り返らずに扉を閉める。なんとも言えないうるささだ。二度と関わりたくない。