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最終話 別れ

数ヶ月後。


「この紅茶おいしいですね!」


「そうだろうそうだろう。」


ミネストローネは得意気に頷く。


「いや、淹れたの俺だからな?なにどや顔してんだよ。」


今日はリンフィアが遊びに来ている。


あのとき以来中々の頻度でうちに来ている。


とってもうれしい!アイムハッピー!


彼女が来るといつも心がぴょんぴょんしてしまう。


今まで見たこともない美しい容姿にそのふくよかなおっ………。いや、なんでもない。とにかく素晴らしい!


俺はいつも以上に気取って優雅に紅茶を飲む。


俺、超カッコいい。


ティータイムを楽しむ自分に酔いしれる。


そんなまったりとした時間を遮るのは一つのノック音。


なーんかだいたいティータイムの時に依頼人が来てる気がするんだけど。


俺はミネストローネを見やる。


もはや無視。


我関せずという態度をとる。


くっそ。ムカつく。


そんな俺たちの気配を察知したのか、リンフィアは素早く立ち上がる。


「あ、あの!私が出ましょうか?」


「いや、大丈夫だよ。リンフィアちゃんはゆっくりしてて。」


俺がそう言うとリンフィアはそうですか…。と言って腰をおろす。


俺はそれを見届けたのち、扉へと向かう。


そしてそっと扉をあける。


するとそこには、見目麗しい美女が立っていた。


白い聖衣に身を包み神々しい光を放つ。


その聖女はゆっくりと口を開いた。


「あなたが、表裏明人ですね?」


「なっ……!」


俺は数瞬の制止を余儀なくされる。


なんで。なんで俺の名前を知っている?こっちの世界でフルネームで名乗ったことなんて一度もないぞ。


「中でお話しをさせてもらってもよろしいでしょうか?」






俺はひとまず中に通して相談用の部屋へ移動する。


ミネストローネは当然だが、リンフィアは何か力になれるかもという理由で同席した。


「それで、あんたは一体なにもんだ?」


聖女は紅茶をたしなんだ後にカップをそっと置く。


「アズリエル、といえば通じるでしょうか?」


「?!」


この一言で全員が驚嘆の表情をしているのが見なくてもわかった。


いつか聞いたことがあった。


確か、ミネストローネと神がいるかと話していた時に出てきた神だ。全世界の調律者だとかなんとか。


「どういうことだ?」


「そのままの意味です。」


ミネストローネとリンフィアは疑念まみれの状態だった。


だが俺はなんとなく、そうなんじゃないかと思うようになってきている。


なぜなら一つの事実。


この聖女が俺の本名を知っていることだ。


「表裏明人。なぜ私がここに来たかわかりますか?」


「……さあな。見当もつかねーよ。」


ぶっきらぼうに言い放つ。


他の二人は困惑の色を隠せないようだが、こっちはこっちで話しが進んでいく。


「単刀直入に言えば、あなたを連れ戻しに来ました。」


「………は?」


思わず口から疑問の声が出る。


連れ戻す?俺を?なぜ?


「あなたは一度死にました。それはわかっていますね?」


アズリエルは俺を見据えて問いかける。


ミネストローネとリンフィアは一体何の話しだ?などと言い全くついて来ていない。


「ああ、確かに俺は死んだはずだ。」


その一言で二人は驚愕の表情を浮かべながらこちらに視線を向ける。


「何を言っているんだ貴様は?」


「どういうことですか?!」


俺はその問いかけに真摯に答える。


「ミネストローネには前話したけど、俺は元々違う世界の人間なんだ。そっちの世界で俺は死んで、唐突にこっちの世界に来たんだ。転生…。いや、転移に近い形でな。」


俺の説明に対して二人は開いた口がふさがらないようだった。


それもそうだ。


こんな突拍子もない話しに普通の人間がついてこられるはずがない。


「あなたは死したあと、黄泉の国へと送る手筈でした。ですが手違いで他の世界へと飛ばしてしまったのです。」


「そんな手違いなんてあんのかよ?」


目を鋭くさせ問い詰める。


そんなことあってはならないはずだ。


一体何を考え何を為そうというのか。


「あなたの強い思念が入り交じったのも原因かもしれません。」


「思念?」


「あなたは自分の世界を強く憎んでいた。違いますか?」


「……………。」


俺はふと目をそらす。


心当たりは確かにあった。


「それが私のミスと相まってこのような事態になったと思われます。申し訳ありません。」


アズリエルは小さくお辞儀をする。


「で、俺を天国へと送るってか?」


「そうです。あなたは本来ここにいるはずではない人間。その異点は調律者として取り除かなければなりません。遅くはなりましたが、迎えにあがったというわけです。」


「そう、か。」


俺の目線が自然と下がっていくのがわかる。


それが意味するところを俺はわかっていた。


ようするに……。


「貴様………。」


「アキトさん……。」


この人達との別れだ。


「では、早速」


「待ってくれ。」


俺は静かにアズリエルに告げた。


「少し、猶予をくれないか?」


「………まあ、こちらの手違いでこうなってしまったわけですからね。それくらいは容認します。ですがあまり未練が多くなると、辛いですよ?」


「このままいなくなったらそれこそ未練が残る。きっちりと、伝えなきゃな。」


アズリエルはゆっくりと頷く。


「わかりました。では、暫しの時間をお与えします。それでは。」


アズリエルは光の粒子となってしばしののち消えた。






「はあ……。まさかこんなことになっちまうとはな。」


俺は大きなため息と共にソファーにガバッともたれる。


「どう、いうことだ…。」


ミネストローネはゆらりと立ち上がる。


「どういうことだ貴様!!!」


獰猛な獣のごとく俺の胸ぐらをつかみ睨み付けた。


「どうもこうもない。そのままの、意味だ。」


沈鬱な表情を浮かべて告げる。


「俺には、どうすることもできない。」


そう言うとミネストローネは力なく俺から手を離した。


すると彼女は勢いよく駆け出した。


「ミネストローネ!」


ミネストローネはドアをバンッと力強く開けて飛び出していった。


「…………………………くそっ!」


ミネストローネがあそこまで取り乱すとは思わなかった。


あの表情。


あれは、怒りと悲しみだった。


「アキトさん……。」


リンフィアが心底心配そうにこちらに視線をあてる。


「悪い、リンフィアちゃん。色々話すことがあるけど、まずはミネストローネを追いかけるのが先決だ。」


俺は立ち上がり、ドアへ向かう。


「私も行きます……!」


背後から力強い声がする。


振り返ると今までにないほど固い決意の目をした少女が、そこにいた。


「……わかった。行こう!」


「はい!」





あてはあった。


可能性は高くなかったが。


必死に走っているとミネストローネが視界に写った。


そこは俺とミネストローネが出会った場所。


めいっぱいの自然が広がる人通りの少ない道端。


風に揺られ、後ろ姿から悲哀の感情が流れ出ている。


「ミネ、ストローネ……。」


息を切らしながら彼女の名を呼んだ。


彼女は振り返らずそのまま何かを語ろうとする。


「私は」


「ちょっと待ってくれ。」


俺はミネストローネの言葉を遮り、話し始める。


「まず、俺の話しを聞いてくれないか?」


この問いにミネストローネはこくりと頷き振り返る。


俺は、自分の記憶を掘り返していく。


「俺は、あっちの世界にいた頃。引きこもりだったんだ。がっこ……仕事もせずずっと家にいる日々が続いていた。そのきっかけは突然じゃなくて、積み重なった結果からだったんだ。」


二人は至って真剣な顔で話しを聞いている。


一呼吸置いてから続きを話していく。


「俺は世界が嫌いだった。規則で色んなことが縛られる。そのくせ理不尽にまみれている。上下関係なんかも嫌だった。ふさわしい人にへりくだるのだったらいくらでもそうする。けど、それほど能力も人徳もない人間にちょっとした立場や歳の差だけで偉そうにされ、口だけ達者なやつに下からものを言うのがとんでもなく嫌いだった。そして、そんな世界に順応しようとする自分も嫌いだった。小さな社会に放り込まれ、その中で愛想よく振る舞い、嫌われないよう、省かれないよう必死になっている自分が大嫌いだった。そんな世界に俺は何の望みも抱かなくなった。ようするに絶望したんだ、この年で。そうなった後だんだんと社会からフェードアウトしていった。俺は世界の鉄則と常識のストレスに耐えられなかったんだ。バカみたいだろう?」


俺は苦々しく笑ってみせる。


だが二人は自分がひどい目にあったような面持ちをしている。


これは、心の底から同情してくれてるのだと思う。


他人からこんな思いを向けられるのは初めてだからよくはわからないけど、きっとそうだ。


こいつらはそういう人達だからな。


「ていうのが、俺の過去の話しだ。いつか話そうとは思ってたけど、俺が異世界人っていうのがそもそも信じてもらえなかったら意味がないからな。」


二人は暗い顔から戻らない。


そんな二人を順番にポンポンと頭を軽くなでる。


「とりあえず、一回戻ろうぜ?」


その俺の一言で二人は顔を上げて俺と共にあの家へ戻っていく。





俺たちはとりあえずいつもの紅茶を入れ直して落ち着く。


しばしの沈黙。


それを破ったのはミネストローネだった。


「私は、今の自分の感情が理解できない。」


ミネストローネは先ほどの続きを話し始めるようだった。


「貴様のことはどうとも思っていなかった。だからいなくなっても何とも思わないはずなのに、なぜか私はとても胸が痛い。この感情はなんなんだ?」


ミネストローネの表情は翳り曇る。


俺はその問いに答えかねた。


予想はできたが、そんなことはないと心の中で思っていたから。


そんな俺の考えを、リンフィアが代弁してくれた。


「それは、ミレイナさんがアキトさんを大切な人間だと思っているからですよ。」


「え?」


ミネストローネは目を見開きリンフィアを見やる。


「どうとも思っていない、というか居て当たり前だと思っていたんじゃないですか?それほどミレイナさんとアキトさんの仲は深くなっていた。そう、家族のように。その家族を失うのが悲しいのは当たり前のことです。」


リンフィアは少し涙目になりながら話した。


リンフィアも父親を失ってその傷みがわかるのだ。


それがどれだけ辛いのかも。


こんなに説得力があって、悲しいこともないだろう。


その説明にミネストローネは疑問と驚きの表情で返す。


「私にとって、こやつが大切な人間?」


そしてミネストローネは数瞬俺の顔を見た。


その後すぐにバッと顔をうつむかせる。


「そんな……はずは……。いや、そうなのだろうな。でなければ、こんな思いになる、ことも、ない。」


ミネストローネの声がだんだんと震えていく。


そしてこぼれる大粒の涙の雨。


すすり泣く声が耳に届く。


「ミレイナ、さん……。」


するといつのまにかリンフィアも大量の涙を流していた。


俺はただ、呆然とその光景を見ていた。


俺のために、涙を?リンフィアも、ミネストローネまで……。


理解が追い付いてくると自分の目頭に潤いを感じてきた。


俺はそれをこらえる。


「アキト……。いかないでくれ……。」


ミネストローネは震える声で言った。


その一言に俺は口角を上げて優しく声をかける。


「やっと、名前で呼んでくれたな。ミレイナ。」


ミレイナはゆっくりと顔を上げ、少々の笑みを浮かべる。


「貴様もな。まあ、ミネストローネでもいいぞ。許可してやる。」


「なんだよそれ。」


はは、と俺は笑い飛ばす。


「いや、そうではない。私が行くなと言ったんだ。もちろん行かないよな?」


懇願するように言うミネストローネに俺は暗い表情しか向けられなかった。


「私からもお願いします!行かないでください!」


リンフィアも同じように願いの眼差しを向けてくる。


「私、アキトさんとミレイナさんには本当にお世話になりました。私がこうして毎日母と笑いあえるのも、魔法の勉強ができるのも、幸せな気持ちでいられるのも……。全部全部、お二人のお陰です。ですから、また色んな人に手をさしのべてほしいです。私にそうしてくれたように……。そして、これからもいつものようにお喋りしながら紅茶を飲んで笑いあいたいです。ですから!」


俺はゆるゆると首を横にふる。


「それはできねーよ。さっき言っただろ?俺はこの世界の人間じゃない。理から外れた存在は正さなきゃいけないんだ。」


「そんな……。」


二人は先ほどよりもっと強く悲しい涙を流す。


顔を下に向け、涙を向かうままに流す。


俺はそっと口を開いた。


「ありがとう。」


「え?」


二人は一度泣くのをやめてこちらに目を向ける。


「俺のことを、そんなに思ってくれる人なんて今までいなかった。だから、俺はすげー嬉しいよ。お前達に出会えて、本当によかった。」


感慨深げに静かに呟く


すると、唐突に光の粒子が現れ収束していく。


「準備はできましたか?」


アズリエルが問いかけてくる。


「……ああ。」


俺は立ち上がりアズリエルに近づく。


「アキト!」


「アキトさん!」


二人は勢いよくこちらにむかってくる。


ミネストローネは俺に抱きついてきた。


「嫌だ嫌だ。いかないでくれ。ずっと……一緒に居てくれ。」


俺の服をギュッと掴む。


「ミネストローネ。お前なら大丈夫だ。」


そんな彼女の頭を優しく撫でる。


ミネストローネは泣きじゃくりながら顔を上げる。


「お前はなんだかんだで根は真面目だし、気遣いもできないことはないし、能力だって俺より高いからな。まあでもイタズラしたりするのは俺以外にはするなよ?あと飯ももう、ちょいしっかり作、らないと体に、悪いぞ……。」


「アキト……。」


気づけば涙を流していた。


止めどなく、強く、儚く流れていく。


こうやって話している途中で、この世界での思い出が溢れて来てしまった。


「ミネストローネ。今までありがとうな。お前と過ごした時間、絶対忘れないからな。」


「ああ、私もだ。」


二人は強く抱き締めあう。


しばしの時間のあと、ミネストローネと離れてリンフィアに視線を向ける。


「リンフィアもありがとうな。本当に楽しかったぜ。リンフィアん家のパン、すげー美味しかったよ。」


「こちらこそ、今まで、ありがとう、ございました。」


リンフィアは涙を流しながら、掠れた声で告げた。


俺はそののちアズリエルと視線を交わした。


別れの時だ。


光の粒子が俺とアズリエルを包んでいく。


三人は大粒の涙を流しながらもなんとか笑顔を繕った。


泣き顔の別れが嫌なのは三人とも一緒らしい。


「アキト、少ししゃがめ。」


「ん?ああ。」


ミネストローネのその言葉通り少し身を低くする。


すると急にミネストローネの顔が近づいてきた。


唇に当たる柔らかな触感が心身すべてを覆っていく。


しばらくすると、彼女は唇を離した。


「今までありがとう。愛しているぞ、アキト。」


「ああ。俺もだ。」


俺は笑みを浮かべながら体勢を戻していく。


光の粒子が強くなっていく中、一言の呟きを届けた。


「たくさんの思い出を、ありがとう。」







いつものように紅茶をすすりのみながら、時に身を任せる。


アキトのようにはいかないが、自分も上手くなったものだ。


すると響くノック音。


今日もティータイム中に訪問客である。


ドアに向かい、ガチャリと開く。


「ようこそ、お悩み相談所へ。」

今まで読んでくださりありがとうございました!

続編を書くことがあるかもしれません。

そうなったら別れまでのところに割り込み投稿で書いたり、もしくはまた新しい最終話を書くということになると思います。

何はともあれ、本当にありがとうございました!

次回作にご期待ください。

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