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第6話 いじめゼロ宣言

「……暇だな。」


「そうだな。」


ミネストローネが珍しく俺に同意を示した。


定番の紅茶をすすりのみながら退屈をもて余す。


この職はやはり安定とはほど遠い。


依頼がなければ仕事は成立しない。


その依頼人自体いつ来るかは不明だ。


年中不定期営業状態。


なんか中国語かよってツッコミたくなるほど漢字ぎっしりの文だな。


そんなどうでもいいことを考えるほどやることがない。


「貴様、何か面白い話しをしろ。」


「は~?」


間の抜けた声が口から流れ出ていく。


それ振られたくない話題ベスト3に入るレベルでヤバいやつだぞ。


「そんな無茶ぶりすんなっつの。」


そう言うとミネストローネは盛大にため息をかました。


「全くダメなやつだな。まあ最初から期待していなかったが。」


「お前はなんでそうやって無意味に俺を罵倒するの?」


どうせやることがないから俺に悪口を浴びせたんだろう。


どんだけ暇なんだよ。かまってほしいの?


だらだらと時の進むまま身を任せる。


しばらくすると扉をノックする音が部屋に響いた。


「……今回はお前が行けよ?」


そ、そんな汚ないものを見る目でこっちを見ても行ってあげないんだからね!いや、なんでそんな目してんの?


「それはいつも貴様の役目だろう?」


「何勝手に決めてんだよ。そんな役目請け負った覚えないぞ。」


「つべこべ言わず行け。」


「お前マジで何様なの?独裁者?」


「いいや、この家は元来から絶対王政だ。もちろん私が王で貴様は平民……。いや、奴隷か。」


「お前との地位の差がかけ離れすぎだろ。まあカイジでやってたゲームでは王より奴隷の方が強いからな。よって俺の勝ちだ。」


「何をわけのわからんことを…。」


そこで再びノック音が鳴り響く。


「ほら、依頼人を待たせるのは失礼というものだぞ?」


「どうしても動かないつもりかお前……。」


こんなことしてても埒が明かないので今回はこちらが折れることにした。


はいは~いと言いながら扉に手をかけそっと開く。


「いらっしゃ………。」


?!


目の前には身長二メートルほどの大男が立っていた。


いや、性別はよくわからんけど。


ゴツゴツとした体に顔はなぜか鷹。上半身は羽毛がふさふさと生えている。上は何も来ておらず、下に布のズボン一枚を履いているだけ。


間違いない。こいつは関わっちゃいけないやつだ。


「あの~、ここがお悩み相だ」


バタン。


「待って!閉めないで!話しを聞いて!」


ドアに背を預けながら嫌な汗がつーっと頬を伝う。


なんじゃありゃ。


そのやかましい声に気づきミネストローネが歩いてくる。


「何をしているんだ貴様は……。」


ミネストローネは呆れた顔でジトっとこちらを見る。


「いや、なんだろう。なんというか、カオスだった。」


俺の曖昧な返答にミネストローネは小首を傾げる。


「は?」


「ほんとだって。なんか変態がいた。」


「鏡でも見たのか?」


「俺じゃねーよ!」


そんな会話をしている時にも怪しい者ではない!などと言う声が聞こえてくる。


「いいから早く開けるぞ。」


「え~?」


俺は心底嫌そうな顔をする。


だがミネストローネはそんなのお構い無しで俺を手で押し退ける。


そして扉をガチャっと開く。


「もうなんで閉め………。」


そこで鷹男の言葉が途切れた。


顔は驚愕に満ちており細かく震えている。


「む、貴様魔物か。」


「ミレイナ様ぁぁぁぁぁ?!」





確かに魔王側にもチラシを配りはしたが、今まで音沙汰がなかったので魔物は来ないんじゃないかと勝手に思い込んでいた。


ようするにこのわけわらん生き物が魔物最初の依頼人となる。


「いや~まさかミレイナ様がこんなところにいらっしゃるなんて。」


俺が淹れた紅茶を飲みながら感慨深げに呟く。


「知り合いだったのか?」


「いや、あっちが一方的に知っているだけだ。」


「そうなのか?」


普通ならここでガーンとか言ってショックを受けたりするものだがこの鷹男は至って平静だ。


「それはそうですよ。魔物の種類なんて数多ですし私のことを知らないのは当然だと思います。」


「ふーん。」


確かに魔物の種類って多そうだよな。色違いってだけで他の種別になることもあるし。スライムベスしかり。ブラックドラゴンしかり。ドラクエばっかだな。


「あ、申し遅れました。私の名はダンディともうします。」


「お、おう。俺はアキトだ。」


なに反応に困る名前してんだよ。ワシとかならお前は鷹だろ!ってツッコミもできたんだけどな……。まあこいつからダンディ要素なんて欠片も伝わってこないけど。


「ダンディといったな。お父様は何か言っていたか?」


ミネストローネはいくらか曇った面持ちで問いかける。


するとダンディも表情を少しばかり暗くする。


「噂では、今は放っておけ。いずれ時が来れば迎えをよこす。と言っていたそうです。」


「そうか……。」


ミネストローネは目を細め視線を落とす。


重々しい空気が漂う。


だが俺はお父様?と呟き、頭の中に疑問符を浮かべていた。


俺のその呟きがミネストローネの耳に届いたらしく、呆れた様子を見せた。


「最初に説明しただろ。私のお父様は魔王そのものだ。」


「おー、そうだったな。」


そんなのすっかり忘れてたわ。だったらダンディがミネストローネのことを知っているのも納得できる。


「まさか忘れていようとは…。まあいい。それで?依頼とはなんだ?」


ミネストローネは視線をダンディにうつしかえる。


「え、あ、いや、その…。」


ダンディはしどろもどろになり慌てふためいている。


「どした?」


「あの~。ミレイナ様に、それに加えて人間に依頼をするなんて真似自分にはできないというか…。」


ダンディはだんだんと声が小さく縮こまっていく。


「そんなことは気にしなくていいぞ。ここでは貴様は依頼人で私達はそれの手助けをする者だからな。上下関係など存在せん。」


「俺は人間だけど勇者側でも魔王側でもないしな。」


俺とミネストローネはたんたんと告げる。


ダンディはそ、そうですかと言い少し明るくなる。


「では、失礼して。」


ダンディはこほんと一つ咳払いする。


少しばかりの緊張が走り、俺とミネストローネは次の言葉を待つ。


そしてダンディはそっと告げる。


「勇者達にいじめゼロ宣言をしていただきたい。」


ん?


俺はぽかんとした様子で固まった。


なにその教育委員会が掲げている目標みたいなやつ。聞いたことあんぞ。


「どういうことだ?」


ミネストローネは大して動じた様子はなかった。


「聞いていただけますか?」


気づけばダンディの目元はうるうるとしている。


「勇者達酷いんですよ!私の能力が低いからってよってたかって攻撃してきて!たまにこっちが気づいていない時に襲いかかって来ますし!戦ったら戦ったで相手は基本複数人ですしほぼ一方的にやられますし!追いつめたと思ったら逃げたり回復魔法使ったりし放題!あげくの果てにこいつ弱すぎwwwwwとかバカにしてきたり弱っているところを狙ったら最低やらクズやら言われるんですよ!いくらなんでも酷すぎますよぉぉぉぉ!!!」


机をバンバンと叩きながら伏せて泣き出してしまう。


はたから見たら大層不気味な絵面だ。


「ただの愚痴かよ…。でもそれだけ聞くと勇者側の方が性格悪そうだな。」


というか勇者側の人間が人間らしいだけだとも言えるが。


「まあ、人間なんてそんなものだろう。だが、その逆もまた然りなのではないか?」


「人間からしたら魔物も悪人に見える、ていうことか。でも敵同士なんだから仕方ないんじゃねーか?」


敵対すれば相手が憎く見えてしまうのは当然である。


正直、こいつの言っていることは甘えだと思う。


「それにしたってあまりにも酷いですよ!マナーがなってないというかしつけがなってないというか!」


「しつけって犬じゃねぇんだから…。」


「私だって正々堂々とした勝負だったらいくらでも受けて立ちますよ!それでもあの人達は度が過ぎているんですよ!」


「甘えんな。」


「酷い!」


ダンディの目から涙がぼろぼろとこぼれていく。


俺はとりあえずティッシュを渡すと鼻をかみだした。


涙ふけよ。鷹が鼻をかむとか貴重な場面見してくんなよ。


「お前はそういう経験あんのか?」


俺はそう言ってミネストローネを見やる。


「ないな。そもそもまだ戦場に出たことがない。」


俺は少し目を見開く。


暴力を人(主に俺)によく振っているのでてっきり勇者達を蹴散らしていたものだと思っていた。


「そうか。」


「ああ。」


そこで会話が途切れたので話題を戻していく。


ダンディに同情の視線をあてる。


「ま、他はともあれ暴言はちょっとあれだな~。」


「でしょ!そうでしょ!」


俺がわずかばかりの同意の意を示しただけでものすごい食いつきかたをした。


「ああ。まあな。」


「わかっていただけますか?!」


「そこだけはな。勇者として悪口とかはどうかなとは思う。ただいけないことだとは思わなねーな。」


「なぜです?!」


ダンディは声をあらげて疑問をぶつけてくる。


「だって命のやり取りをしているわけだろ?ようするに戦場。俺は経験ないから知らないけどそこにルールやマナーなんて存在しないんじゃないか?」


過程がどうあれ最後に立っていた者が勝利をもぎ取る。


戦いとはそういうものだと思う。


よく知らんけど。


「むむ、そうですね。言われてみればそんな気がします。」


「だんだんこやつが説得されてきているな…。」


ミネストローネは少しばかり呆れた様子を見せる。


「ま、ようするにいじめゼロ宣言なんて無意味であり不可能。以上だ。」


俺はキッパリと言い切る。


そもそも俺らにそんな権利持ち合わせていないため実現は不可能だ。


だから俺は最初から解決ではなく説得の方向へ持っていった。


計画通り(ゲス顔)。


「そうですか……。わかりました。今考えれば無茶な願いでした。」


「悪いな、力になれなくて。」


「いえ、話しを聞いてくださりありがとうございます。」


ダンディは肩を落として気落ちしていく。


なんだか可哀想になってきた。言ってることは甘えだがこいつの気持ちもわからなくもない。


「まあ、あれだ。そういうところは割り切った方がいい。戦いにあんまマナーやらなんやら持ち込むのはよくないだろうしな。あとは何を言われても何をされても挫けない心っつーものを持った方がいい。」


俺は少々ぶっきらぼうに述べる。


戦ったことがない奴が偉そうにべらべら喋るのは癪に触るだろうが、解決できないならせめて何かアドバイスをと思ったのだ。


「そんな強い精神、私には持てません。」


「まあそんな簡単に持てたら苦労しないわな。」


実は誰もが一番欲しているのは強い精神力なんじゃないかと俺は思う。


心の持ち次第でその人の人生が決まってくることもあるし物理的体力の限界をも越えると言われている。


すぐに悩んだり落ち込んだりする人が喉から手が出るほど欲しいものだろう。


だが求めれば手に入るものではない。


全ては自分次第なのだ。


「でもまあ一般的に言われていることは、己としっかり向き合う。楽観的に物事を考える。常に幸せでいようとしない。こういうことができる人が精神力が強い人らしい。これを少しでもいいから真似してみたらどうだ?」


俺は一般論を語り提案を出す。


これさえできればメンタルが強くなるはずだ。


だがそんなのできれば苦労しないというのが普通の反応だ。


それでも、少しでもその要素を取り入れれば自分自身を変えれるのではないだろうか。


俺はそう考える。


ダンディは考える仕草をして静かだが興味津々といった顔でこちらを見る。


「それはいい考えですね。でも具体的にはどうすれば?」


「人生云々は漠然としていて真似しづらいだろうな~。とすればやっぱポジティブシンキングが大事だな。例えばさっきの話しで考えると、奇襲をするのは自分を脅威だと認めているから。複数人で来るのも自分を恐れているから。回復魔法を使うのはまだ自分と戦いたいという意思があるから。まあ、こんな感じかな。あ、でも自惚れたりはするなよ?前向きな考えをすることと自分に酔うことは違うからな。」


言い終わるとミネストローネはほおと感嘆の声を上げる。


ダンディは数秒の硬直のあと俺の方にバッとよってきて俺の手を手に取り握手を交わす。


「おおおおおお!!!すっっっばらしい考えだ!それを実行してみますよ!ええ、もうすぐにでも!」


熱く固く握手を交わされる。


ダンディからは感動の涙が垂れ流れていた。


どうやら俺の意見がそうとう気に入ったらしい。


よかったよかった。で、そろそろ離してくれない?指の二、三本はいっちまうくらい痛いんですけど。………いや、もう無理離して!死んじゃうから!


「うおおおお!こうしてはいられない!」


ダンディはようやく手を放し空に雄叫びを上げる。


俺は握られていた手にフーフーと息を吹きかけ労った。


「お礼金はここに置いて置きます!」


バンっとテーブルの上にお金を置く。


もう少し優しく扱って!


「それではこれで!ミレイナ様、アキトさん!」


手を掲げ去ろうとするダンディ。


だがそれをミネストローネはちょっと待て、と言って呼び止める。


「どうしました?」


「一応、その。お父様には……。」


ミネストローネは消え入りそうな儚い声でもごもごと言う。


ダンディはそんなミネストローネを見て優しく笑いかけた。


「大丈夫ですよ。魔王様にはここにミレイナ様がいることは言いません。」


ミネストローネは嬉しそうに口角を上げた。


「そうか。礼を言うぞ、ダンディ。」


「おお、名前で読んでいただけるとは光栄の至りに存じます。礼には及びません。どうか、これからもがんばってください。」


そう言い残してダンディは去っていった。





「魔物ってもっと凶暴で危ないやつらかと思ったけど、あんなやつもいるんだな。」


ダンディが去っていった方角を見つめながらそっと呟く。


今回は茶番になると思ったがわりと真面目な感じで終わったのは意外だった。


「まあ、そうだな。」


ミネストローネはフッと笑いどことなく優しい雰囲気を放つ。


こいつのこういうところを見ると可愛いというか、美しく思えてくる。


「?何をジロジロと見ているんだ気持ち悪い。」


ゴキブリでも見ているかのような目でこちらに視線を送る。


前言撤回。こいつはダメだ。


窓越しに伝わる温かい日射し。


ふんわりと紅茶が薫る馴染みの部屋。


今日もなんとか依頼人の手助けが出来たようだ。


言葉に表せない満足感を胸に抱きつつ、今日も今日とて緩く過ごしていく。

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