第4話 母との仲違い 前編
日は変わり、次の日。
今日俺は、とても興奮している。いや、言い方がまずいな。テンションが上がっている。
数日ぶりに依頼人が来ていた。
その人の名はリンフィア・ルーレイムと言うらしい。
年は俺と同じくらいで身長は俺より少し低い。
滅多に見ないふくよかな果実を持っている。
そして、白髪の超絶美少女。
これは、神様からのご褒美か。いやもうほんとにね。嬉しすぎてヤバい。可愛いだけならこいつもそうだが、なにせ幼女なもので。全くそそられない上にこの性格の悪さといったらムスカ級だ。
だが、この子は違う。
「あ、あの!ちょっとご相談がありまして……。」
リンフィアは顔を赤くして下に目を向ける。
惚れてまうやろーーー!
「なんでも言ってくれたまえ、マドモアゼル。」
俺はルルーシュばりのスタイリッシュなポーズと精一杯の決め顔を向けた。
ヤバい俺カッコよくない?今世紀最大にカッコつけてるんだけど。
「なんだその顔と喋り方は。」
ミネストローネは気色悪そうに顔を歪めている。
おい、空気読めアホ幼女。
「その、相談というのは、ですね。」
「なるほどなるほど。母親とケンカをして仲直りがしたいと。」
家はパン屋を経営しているらしい。
物心がつく前から彼女は魔導師に憧れた。
そのための修練も積み始めた。
だがあるとき母親に突然、そんなことをするなら家業を継ぐよう言われたそうだ。
しかしリンフィアはそれに反抗するように母に隠れて魔法の修業に明け暮れていたそうだ。
それが先程母親にバレてしまい、ケンカになってしまったらしい。
その相談がしたいとのことだ。
「俺が言うのもなんだけど、そういうことは友達とかに相談しないの?」
わざわざここに来ずに、近しい人に相談する方が手っ取り早いだろう。
うちは金がかかるんだし。
「いるにはいるんですが……。今は町にいないんです。」
リンフィアは沈鬱気な表情で告げる。
「そっか…。ごめんな、変なこと聞いて。」
「いえ、全然大丈夫です!気にしないでください!」
リンフィアは腕を前でぶんぶんと振りながら首も振り、必死に否定する。
うん、可愛い。
「早く話しを進めたらどうだ?」
ミネストローネは面白くなさそうにこちらを見る。
「ああ、そうだな。リンフィアちゃんは今回の件についてどう思ってるの?」
俺はリンフィアにしっかりと向き合い今の気持ちを問う。
「お母さんの反対を黙っておしきっていたのは悪いと思います。でも私はどうしても魔導師になりたいんです。」
リンフィアが話し途中で拳をギュッと握ったのが見てとれた。
そこからは強い意思が伝わって来た。
「少し話しが変わるけど、リンフィアちゃんが魔導師を目指すきっかけになったものってなに?」
様子を見る限りだと魔導師への思い入れがかなり強く見てとれる。
とりあえずそれから聞いていくことにした。
「私は、お父さんに強い憧れを抱きました。私のお父さんは、魔導師だったんです。お父さんは色んなパーティーからひっぱりだこの優しく強い人でした。ですがあるとき、魔族の討伐に行ったっきり帰って来ませんでした。お母さんに話しを聞くと、私が寝ている間にお父さんと大喧嘩になりそのまま離婚してしまったらしいです。お母さんに理由を聞いても答えてくれませんでした。そのときです。お母さんが魔導師になるのを反対しだしたのは。」
リンフィアは沈鬱な表情で説明する。
この様子を見るだけでリンフィアがどれだけ辛かったのか見てとれる。
いや、それは傲慢な考えだな。俺ごときでは想像できないほど辛かっただろう。
それにリンフィアは気弱で、優しそうな子だ。人一倍悲しかっただろう。
煩悩がスッと消えて真剣な面持ちに変わっていくのが自分でもわかる。
「お母さんはたぶん、お父さんが嫌いになったから。だから私が魔導師になるのを反対しだしたんです。」
リンフィアはか細く、吹けば飛んでしまいそうな声を出した。
「母親自らそう言ったわけではないだろう?」
久しくミネストローネは口を開いた。
「はい。でも、そうとしか考えられなくて…。」
暗い表情から戻れないリンフィアを見て俺と、たぶんミネストローネも心苦しい気持ちになった。
「ケンカってそのとき以外にもあったの?」
俺はできるだけ穏やかな口調で問いかける。
「ありました…。それは決まってお父さんが討伐に行く前でした。ですが、毎回すぐに収まっていました。でもその日のケンカはいつもより長く、激化していたと思います。」
リンフィアは沈むような表情で下を向く。
このとき俺はリンフィアの話しぶりに疑問が浮かんだ。
「その場にリンフィアはいたの?」
「いえ、両親がケンカをするときは決まって私がそこにいないときか、自分の部屋の二階にいるときでした。と言っても私がいなくてもしない時がありましたけど。」
リンフィアの少し他人事のようなものいいの理由がわかった。
毎回ケンカをしているわけではなかった。リンフィアがいなくてもしない時があった。
ようするに、どういうことだ?
まだ結論がでない。
ひとまずリンフィアがいないときにしかケンカをしていないのだから会話内容などを聞くことはできないだろう。
情報が足りない。
もう少し踏み込んでいく。
「普段の両親はどんな感じだったの?」
「とても仲が良かったです。私の前だからかもしれませんが。」
そこまで険悪な仲ではなかったのだろう。
本当に仲が悪かったのなら仲良しの演技もできないだろうし、無理してしたところでリンフィアに見抜かれてしまうだろうからな。
だとするとますます要因がわからない。
話しを聞く限り色々なものが積み重なった結果、離婚になったとは考えにくい。
だとすれば、決定的ななにかが起こったのだ。
リンフィアの知らないところで、なにかが。
「それじゃ、離婚の明確な原因はわからないってことか。」
俺は一息ついて状況を確かめた。
「すいません……。」
リンフィアは泣きそうな鼻声で謝罪する。
「いやいや、謝ることじゃないよ。リンフィアちゃんのせいじゃないんだし。」
俺は即座にフォローして気休め程度だが慰める。
「はい。ありがとう、ございます。」
リンフィアはようやく顔を上げてこぼれ落ちそうな涙を拭う。
「それで、なんでそこまで深く聞いたんだ?」
「わかってなかったのかよ。」
ミネストローネは今更な疑問をぶつけてくる。
お前も話しに乗っかってたから理解してんのかと思ったよ。やっぱあんま頭よくないのかな?
「このままじゃ仲直りのしようがないだろ。リンフィアは魔導師になりたい。母親はそれに断固反対している。二人の意見は平行線を辿ったままだ。それにもし上辺だけ。または形としてだけ仲直りできたとしても何の意味もないし長く続かないだろ。」
ミネストローネはお~と感心している。
それと同時に目を見開いて驚きの表情に変わる。
「貴様はもっとてきとーでこの仕事を業務と割りきっているものと思っていたぞ。意外と情を向けるのだな。」
こいつはその場その場の解決だけを見出だして相手の先のことなぞ考えないやつだと思ってたらしい。
「俺、いつもけっこうちゃんと考えてるぞ。」
今まではあまり表に出てないだけで、そこはしっかりと考えている。
確かに最初はお金のためにてきとーにやり過ごして報酬を貰おうとした。
だが、いざ依頼人と向かいあって見るとそんな思いは消えてしまった。
本気で悩んでいる人が本気で相談に来ている。
その表情を見ると、とてもぐだぐだとやって終えようとは思えない。
お金のためだし仕事だからしっかりやる。
それも当然ある。
だけど、身近な人に相談できず困っている人の。なんというか、力になりたいと思った。
俺は善人でも優しくも決してない。
これは謙虚な心などではなく紛れもない事実だ。
そんな俺でもなにか手助けがしたいという感情が湧き出てきた。
この感情はただの偽善で生まれたものかもしれない。
それでも、こんな気持ちは初めてだから。なんかよくわからないけど、その思いを大切にしたいと思った。
だから毎回ひねくれながらも気づけば真剣に悩み相談をしているんだと思う。
今回も同じだ。
この子の力に、ただなりたいと思った。
俺はふー、と息を吐いて一つ決断する。
この問題を解決するには、これしかない。
「リンフィアちゃん。君のお母さんに会わせてくれないかな?」
「え?」