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第3話 穏やかな日常

瞼の裏に浮かぶは元の世界での記憶。


楽しそうにはしゃぐクラスメイト。


その輪の中に俺もいた。


今の俺からしたらてんで笑いを誘わない話しに俺は吹き出していた。


それは、たぶんこの話しは面白い話しなんだ。だから笑うんだと自分に言い聞かせて実行していたんだ。


そうしてなければ不安だから、自分がつまらない人間と思われたくないから。


だから俺は友達という存在のやることなすことに喜怒哀楽を示している。


それは、無意識の中で意識的にしていることだ。


あるとき俺はみんなで連れションというものに行った。


俺はそのときふとトイレの鏡に映る自分の姿を見た。


そこにいる俺という存在が浮かべているのは、偽りに塗りたくられた笑顔。


その表情はひどく気持ち悪く、歪んでいた。


そのとき、唐突に腹に激痛が走り空ろな夢が吹き飛ばされた。


「ぐほぉあ?!」


ひどい呻き声と嗚咽をもらす。


少し落ちついたところで痛みの原点の腹に目をやる。


するとそこには深く俺の体に沈みこんだ拳があった。


とてもそんな威力を放つとは思えない華奢な腕。


その持ち主はもう察していた。


「朝っぱらから何すんだよ!」


体を起こし腹をさすりながら抗議する。


「いや、表情を歪ませながらひどく呻いていたからとりあえず起こしてやろうと思ったのだ。」


ミネストローネはいつも通りの表情で俺の寝ているときの様子を告げた。


俺は、うなされていたのか。あんな下らない思い出に。


「それに、もう昼前だぞ。」


やっと読めるようになった掛け時計を見ると、すでに朝とは言えない時刻になっている。


「ああ、悪い。昼飯の準備を…。」


いつも通り昼食の用意をしようとすると、ミネストローネは踵を返しながら告げた。


「私がやるからいい。簡単なものなら私にだって作れる。貴様は少し休んでいろ。」


そう言い残してミネストローネはこの部屋から出ていった。


体は嫌な汗をかきじめじめとしている。


頭痛がひどく身体はだるい。


最悪な目覚めだった。






しばらくするとミネストローネから声がかかりリビングに赴く。


テーブルに並べてあるのは大皿に乗せられた日本で言う野菜炒めと焼肉のようなものだった。


どっちも焼くだけじゃねーか。


本当に簡単な料理が並べられている。


朝はミネストローネが作り昼と夜は俺が作るというのが定番になっている。


俺もほとんど料理はしたことなかったが、この世界の料理本を読んで見よう見まねで作っている。


「悪い、昼飯任せちまって。」


「気にするな。いつも貴様が二食作っているから今日はその埋め合わせとでも考えておけばいい。」


イスに座りながら平然と言うミネストローネ。


これはこれでこいつなりの優しさなのだろう。


「早く食え。」


「あ、ああ。いただきます。」


俺は取り皿に野菜炒めを取る。


なぜかミネストローネはそんな様子を眺めるだけで食事に手をつけようとしない。


不審だったが気にせず野菜を口に運ぶ。


すると一瞬の旨みのあとに訪れたのは火を吹くほどの異常な辛味だった。


「ぐぁぁぁぁ!かっれぇぇぇ!!!」


口内全てにジンジンとした鋭い痛みが走る。


辛いとか通りこしてただの激痛だった。


「あははははははは!ひっ、ひっかかったぞ!ふははははは!」


そんな俺を見てミネストローネは机をダンダンと叩きながら大笑いしている。


「お前、の仕業、か。」


息も絶え絶えにながら恨めしそうにミネストローネを見る。


俺はとりあえず脇においてある水を手に取り一気に流し込む。


だが………。


「き、消えねぇ。」


辛味は全く引かず、むしろ他の味が消えて痛みだけが口の中に残った。


「ははははははは!そんなもので直るわけがないだろう!あっはははははは!」


嬉々として俺の様子をバカにしながら爆笑する。


「お前せっかくの料理を台無しにしてまで俺にこんなことを…。」


野菜炒めは確かに旨かった。


それをいたずらのために自ら壊すのはいくらなんでもやりすぎだ。


「安心しろ。お前側の方にしかスパイスはかけていない。ほとんどは普通の味だ。」


笑いが収まりだしたミネストローネが説明した。


ようするに俺はこいつがスパイスをぶっかけた部分を見事に一発で引き当ててしまったらしい。


確かに俺は大皿に乗せられているおかずは手前にある方から食べるけど。てかみんなだいたいそうだろうけど。それでもピンポイントになんで引き当てちゃうんだよ俺。


自分の行動を悔やんでいる俺にミネストローネは見下しているようなスッキリとしたような表情を向ける。


俺は再認識した。


こいつは優しくなんかない。


とんだクズやろうだ。






昼食を終えた俺は出かける準備をした。


先っぽに固い糸をつけたよくしなり丈夫な木の棒を持つ。


準備と言ってもこれだけなんだけどね。


「釣りに行くのか?」


「ああ。」


竿を持って玄関に向かう俺にクズ幼女が話しかけてきた。


「依頼人が来たらどうする?」


「いつも通り俺を呼びに来てくれ。俺は前と同じ場所で釣りしてっから。」


「わかった。」


ミネストローネが一つ頷くのを確認してからドアを開ける。


「じゃ、いってくるわ。」






穏やかな雰囲気に包まれている空間。


肌触り柔らかな風や響く動物の鳴き声は自然というものをより強く主張している。


流れる水の音は耳に心地よく思わず聞き入ってしまう。


透き通った水は快晴の空を映しキラキラと光っている。


俺が来ているのは家の近くの川だ。


今回が初めてではない。


この森の中をてきとーに探索していたときにここを見つけ、心を奪われたことを俺は覚えている。


それから俺はちょくちょくこの川で釣りをしている。


今日は夕食のたしにするために来た。


定期的に行っている買い物だが、その定期直前のときは食料が足らなくなることがあるからだ。


まさにそれが今なのだ。


普段普通に釣りをするときはキャッチアンドリリースをしているが今回は別だ。


釣り自体は小さい時親に連れていってもらったとき以外まともにやってない。


竿はしなるがしっかりとした木を見つけ、俺の曖昧で微妙な知識でなんとか形にはなった。


餌だが、こういうときは幼虫などを使うことが多いだろう。


そうすれば女の子と一緒に釣りしにきたとき「キャー!こんな虫触れない!」「はは!怖がりだなー。慣れれば簡単だよ(キラキラドヤーン)。」「いやーん。頼りになるぅ~。」というイベントが起こり男の株が上がるからだ。


くっ、リア充滅びろ。


俺はそんな自慢するような相手はいない。魔王の娘?なにそれおいしいの?


俺はそこら辺で捕まえてきた幼虫を針につける。


結局虫なんだよこれが。ルアーとかが良かったけどリールが無きゃ機能しないっぽいもんな。知らんけど。


幼虫は苦手だったが、慣れれば平気になった。リア充の男の言っていることも何気に真理かもしれない。でもやっぱ許せんな。爆発しろ。


俺はしっかり餌が針にはまっていることを確認する。


そののち俺は竿を振ってヒュンと針をできるだけ飛ばす。


ポチャンと落ちたことを確認したのちに、座りながら待つ。


ひたすら待つ。


こうしていると、森と自分が一体化したような感覚に陥る。


まるでこの世界に自分しかいないような、特別な時間と空間。


それはただただ気持ちよく、心が高揚しながら静かになっていく。


夢うつつな気分にふけっていると、竿に反応が見られた。


その瞬間俺はバッと立ち上がり、一気に竿を引き上げる。


「よっ、と」


そのまま引かれる方向に従って何かが飛んでくる。


陸に引き上げられたのは、ピチャピチャと活きのいい魚だった。


俺はこの魚を釣ったことがあった。


だが、そのときのものとは一回りも二回りも小さかった。


まだまだ子供なのだろう。


「さすがに、こんなに小さな魚の命は奪えねぇよ。」


魚を針から外し、魚をそっと手に持つ。


そして川にゆっくりと浸けて離した。


これからの未来がたくさんあるものの命は奪えない。


子孫繁栄や食物連鎖を壊しかねないからだ。


だからといって大人なら殺していいという理由にはならない。


だがこっちも生きるためだ。


そこはもう割りきるしかない。


こうして実際に自分でとった食料を食べるということをすると、命の重さというものが感じてくる。


裕福な暮らしをしていないということも原因の一つだと思うが。


だから前より食べ物に感謝するということを重んじることにした。というか無意識にしていた。


よく食事ができること、自分達の食べ物となっているものに感謝をしろということを聞いたことがある。


当時の俺には全くわからなかったが、その意味がようやく少しわかった気がする。


そうして俺は今日も釣りをしていた。

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