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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
9/55

Phase.09

今回はアルフレッド視点。













 狩りは、突然中止になった。近くに反王政派の一派が来ていると言う情報が入ったのだ。今回は王太子が同行しているので、早々に狩りを切りあげることにしたのである。

 今夜泊まる別荘の警備も見直さなければ、と考えているアルフレッドに声がかかった。


「アルフレッド殿」


 振り返ると、レミュザ伯爵夫人のキトリだった。何かあわてた様子である。

「どうかしましたか」

「ミシェルを知りませんか?」

 アルフレッドはぴくっと眉を動かした。ミシェルとはチームが違うし、会ったのは狩りが始まる前に一度きりだ。

「いえ。もしかして、まだ林の中に?」

「ええ……途中ではぐれてしまったので」

「……」


 なんというか、時々、ミシェルは運に見放されているのではないかと思う。アルフレッドも人のことは言えないかもしれないが。そこに、ディオンもやってきた。


「何々、どうしたの」

「ああ、ニヴェール侯爵。ミシェルを知りませんか」

 これ幸いとディオンにも尋ねるキトリ。しかし、ディオンも知らないようだ。一応、ナタリーを呼びつけて聞いてみたが、彼女も知らなかった。

 ということは、まだ林の中か。ディオンが苦笑して馬に乗った。

「じゃあ、ちょっと探してくるよ」

「申し訳ない。ディオン殿。夫も探しに行ったのだが……」

 とキトリは顎に指を当てて首をかしげた。それにしても、さばさばとした口調の女性である。だから、夫の前妻の子であるミシェルとも仲が良いのだろう。

 そう思いながら、アルフレッドは口をはさんだ。


「そう遠くには行ってないでしょうし、反王政派や野生動物に遭遇していないかが心配ですね」


 常識的な心配だと思ったのだが、ディオンを見送ったキトリは言ってのけた。

「ああ、そのあたりは大丈夫ですよ。あの子、それなりに護身術も使えるし、基本的に冷静だし、今は銃も持っていると思うし。問題は顔が関わった時だけですね」

「……」

 全く心配されていなかった。なんだか微妙な気持ちになるアルフレッドだった。

「……確かに、ミシェルは落ち着いてるし、頭いいですよね。はぐれたとしてもすぐに合流出来たと思うんですけど」

 ナタリーが首をかしげた。ナタリーは最近、ミシェルと仲が良いのである。


「まあ、その辺がちょっと不自然ではあるんですけどね」


 とキトリも言う。その時、華やかな笑い声が聞こえ、三人の目がそちらに向いた。令嬢三人が楽しそうに笑っていた。

 ナタリーが顔をしかめてずんずんとそちらに向かって行った。キトリが苦笑している。


 そこに、さらに王太子がやってきた。キトリが無言で頭を下げる。

「ああ、レミュザ伯爵夫人か。令嬢はどうした?」

 王太子はちゃんと貴族の顔が頭に入っている。さすがだ。ここだけ見れば立派な王太子なのだが……。それはともかく。

「ミシェル嬢はただいま捜索中です。というか、どうしたんですか」

「捜索中? 林の中か」

「そうですけど、というか、こっちの話聞いてくださいよ」

 こちらの話を聞かない王太子にツッコミを入れつつ、アルフレッドは答える。王太子は顔をしかめた。

「いや、どうやら、林の中で火事が起こったようでな」

 アルフレッドが目を見開いた。思わずキトリを見る。


 ミシェルは社交界に出たばかりの時、顔にやけどを負ったのだという。それから仮面を身に着けているのだが、火に対する恐怖はないのだろうか。

 アルフレッドの言いたいことをだいたい察したのだろう。キトリが難しい顔になった。

「普通に料理もしているし、大丈夫だと思いまずが……私も探しに行ってきます」

 キトリが身をひるがえした。アルフレッドはとっさにその背中に声をかける。

「待ってください」

 キトリが振り返る。アルフレッドは早口に言った。

「私が行きます」
















 森の中はすでに乾燥していて、かすかに煙の臭いが漂っている。先に入ったディオンとレミュザ伯爵にも合流出来ていないので、アルフレッドは一人だった。

 馬を片手で操りながら、ハンカチで口と鼻を覆う。水もいくらか持ってきていた。


 半ば強引に林の中に入ったが、すでにやや後悔している。いや、ミシェルを見つけたいのは本当だが、さすがにまったく手がかりがない。

 キトリから大体のはぐれた位置を聞いていたが、それだけでなんとかなるものではない。すでに林には火が回ってきているから、ミシェルも移動しているだろうし。

 その時、銃撃音が聞こえた。この乾燥した中で銃を放つのは危険であるが、そうしなければならなかったのだろう。アルフレッドはそちらに馬を向けた。動くものが見える。


「ミシェル嬢!」


 はっと動いていたものがこちらを向く。ここまでくればそれが人間で、栗毛であることがわかった。


「ミシェル嬢!」


 もう一度呼ぶと、その人間……ミシェルは何故か顔を覆ってその場にしゃがみ込んだ。

「……何をしているんだ」

「み、見ないでくださぁい……」

 半泣きな声で、アルフレッドは今更彼女が仮面をしていないことに気が付いた。つまり、今の彼女は素顔なのだ。そんなに見られるのが嫌なのか。


 しかし、今はそんな事を言っている場合ではない。


「もうすぐここまで火の手が回ってくる。行こう」

 アルフレッドは馬の上からミシェルに向かって手を差し出した。彼女は足場なしに馬に乗っていたはずだから、補助があれば簡単に馬に乗ってくれるだろうと思ったのだ。しかし、顔から手を放したくないのか、ミシェルはしゃがんで顔を覆ったまま動かない。

 煙の臭いが強くなってきた。ここでレミュザ伯爵が来てくれれば話は早かったのかもしれないが、あいにくと現れない。

 アルフレッドは馬から降りると、着ていた外套を脱いで彼女の頭からかぶせた。


「失礼!」


 アルフレッドは無理やりミシェルを抱え上げる。彼女は抵抗もせずにおとなしくしていた。たぶん、このままでは自分もアルフレッドも危険である、という自覚はあったのだ。だったら動いてほしかったが。

 迫りくる炎とは反対の方向に馬を走らせる。しばらくして、ディオン、レミュザ伯爵と合流した。二人が馬をアルフレッドの左右に付ける。


「ミシェルか!?」


 レミュザ伯爵がアルフレッドが抱えている塊に問うと、「ふぁい!」と気の抜けた返事が返ってきた。彼女は、わざとやっているのだろうか。普段の冷静な時と、パニックになっているときの性格が違いすぎる。

「見つかったのか。よかった」

 ディオンもほっとした様子で言った。上着で顔を隠したミシェルが「ご迷惑をおかけしましたぁ」とやはり気の抜けたような口調で言った。

「ミシェル!」

 別荘の近くに戻ってくると、ほとんどの貴族たちは城の中に入ってしまったようだが、キトリとナタリーが待っていた。声をあげたのはキトリである。というか、何故顔を隠した状態で彼女だとわかるのだろうか。


「キトリさぁん」


 半泣きで馬から降りたミシェルは、キトリに抱き着いた。レミュザ伯爵が「父でもいいぞ!」と両手を広げているが、ミシェルは義母がいいらしい。

「キトリさん、仮面」

「そっちか!」

 キトリとレミュザ伯爵がツッコミを入れた。この親子、仲いいな。

「というか、さすがに仮面なんて持ってないし」

「ええ~」

 キトリにそう言われ、ミシェルは残念そうな声を上げる。まあ、顔は見えていないけど。


 ミシェルは迷うように足踏みをした後、上着を頭からとり、アルフレッドに差し出した。

「ありがとうございました。それと、助けてくださってありがとうございます」

 礼を二回言った。両手で上着を差出し、頭を下げているので残念ながらミシェルの顔は見えなかった。

「……いや。たまたまだしな」

 そう言いながらアルフレッドは上着を受け取り、腕にかけた。ミシェルは顔を伏せたままキトリの背後に隠れた。やはり顔は見えない。顔は死守するらしい。そんなにやけどの痕がひどいのだろうか。

「っていうか、仮面どうしたの?」

 ディオンが誰もが思っていたことを尋ねた。ミシェルはキトリの後ろに隠れたまま「壊れたから手に持ってたんですけど、どこかで落としました」と言った。つまり、彼女のあの微妙に細工が見事な仮面が、林の中のどこかに落っこちていると言うことだ。

「それについて、何だけど」

 何故か起こった様子でナタリーが口を挟んできた。みんなが彼女の方に視線を向ける。


「騒がしかったエルディー侯爵令嬢たちを問い詰めたら、ミシェルを林で置き去りにしてきたっていうじゃないの。それに、はっきりとは言ってなかったけど、彼女たち、ミシェルを足蹴にしたらしいわね」


 淡々とした口調だが、これは怒っている。というか、それが事実ならだれでも怒る。

「そう言えば、馬だけ先に帰ってきてたしね。ミシェルがうっかり逃がしちゃったのかと思ったんだけど、もしかしてそのご令嬢たちが?」

「そう」

 ナタリーがうなずく。一応、キトリの問いかけは彼女の背中に引っ付いているミシェルに向けられていたのだが、ミシェルは反応がなかったのだ。


 レミュザ伯爵もディオンも、さすがに顔をしかめている。侯爵家なら、伯爵家の娘に何をしてもいいと思っているのだろうか。ナタリーによると、現在、王太子による説教中らしいが。

 アルフレッドは、ミシェルの栗色の頭を見つめながら言った。


「置き去りにされて足蹴にされたら、普通、怒らないか? なんでナーシャの方が怒ってるんだ」


 ミシェルが最近、ナタリーと仲がいいので、アルフレッドにも身近な存在になりつつある。それゆえの言葉だった。ミシェルがびくっと肩を震わせた。

 また反応はないかな、と思っていると、ミシェルは言った。

「殴られても黙っているアルフレッド様には言われたくありませんーっ」


 確かに。


 アルフレッドは納得したが、他の四人が爆笑した。失礼な。ディオンがぽん、とアルフレッドの肩をたたく。


「お前とミシェルって、似てるのかもな」


 それこそ余計なお世話である。













ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ディオンではないが、根本的なところでミシェルとアルフレッドは似ているのかもしれません。

破れ鍋に綴じ蓋的な感じで。違うか。


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