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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
8/55

Phase.08

今回はミシェル視点。ちょっと人としてどうなの、という行為が出てきます。ご注意ください。













 さまざまな夜会に連れ出された今年の社交シーズン。後半になると、今度は狩りが行われるようになってくる。レミュザ伯爵邸にも狩りの招待状が来ていた。


「ミシェル。一緒に行く?」


 今回も、誘いをかけてきたのはキトリだった。レミュザ伯爵ランベールにこの招待状は来ているが、家族であるキトリとミシェルは便乗していくことができる。まだ子供であるマリユスとレオンスは置いていくしかないが。狩りとなると、狩猟場の森の近くの城に泊まることになるので、数日帰れないだろう。

「い、行きません」

「ナタリー様も来るみたいだけど」

「……」

 ミシェルは、最近仲良くなったシャリエ公爵令嬢を思い出した。

 おおよそ公爵令嬢とは思えない、元気で明るい少女だ。年齢はミシェルより一つ年下であるが、ミシェルと臆せず付き合ってくれる相手は初めてである。友達……と言っていいのだろうか。


「……じゃあ、行きます」

「そうこないとね」


 ニコリと笑ってキトリがうなずいた。早速、参加名簿に名前を書いている。これを送り返し、参加する人数と名前を伝えるのだ。


「狩りかぁ。楽しみだな」


 本当に楽しそうにキトリが言った。彼女は、そう言ったスポーツ的なことが好きなのだ。

「調子に乗って狩りすぎたらだめです」

 主催者の顔をつぶすことになるし、何より生態系が壊れてしまう。キトリは笑って「さすがにそこまでしないよ」と言った。

「でも、ミシェルだって銃が撃てるじゃないか」

 この世界には『銃』と呼ばれる武器が存在する。キトリは射撃の名手であり、命中率はまだあまりよくないが、ミシェルもそんな彼女に射撃を習っていた。

「私は見ているだけでいいです」

 きっぱりと言った。撃てば目立つから、こっそりついて行くだけでいいのだ。でも、森の中は危険だから拳銃は持って行く。

 キトリは肩をすくめると、もう一度「楽しみだね」と言った。ミシェルはうなずく。


 狩りはともかく、ナタリーに会うのは楽しみだった。
















 狩猟場となったのは、王都の北西部に位置する森だった。王家が別荘を所有しており、その城に参加者は寝泊りすることになる。ミシェルは一人部屋をあてがわれた。キトリが一緒に寝てあげようか、などと言ってきたが、今回はレミュザ伯爵も一緒だ。夫婦を離れ離れにするほどミシェルは無粋ではないつもりである。

「ミシェル!」

「ナーシャさん」

 狩りに同行すべく馬の手綱を引いていたミシェルは、早速声をかけられて心もち頬を緩ませる。やってきたのは金髪の少女。今日は髪を結い上げている。格好もドレスであるが、華美ではない動きやすいものだ。それでも、気品が損なわれていないところはさすがである。


「やっぱり来てた! あー、よかった。一人だったらどうしようかと思ったの」


 シャリエ公爵令嬢ナタリーはミシェルの空いている手を取って上下に軽く振った。ミシェルもうなずく。

「私も、ナーシャさんがいるなら行ってもいいかなと」

「ホント? うれしい!」

 何故か今夜は一緒に寝ましょうとか言われるが、それについてはあいまいにはぐらかしておく。

「ナーシャ。……と、ミシェル嬢……今日もその格好なんだな……」

 次にやってきたのはナタリーの兄、アルフレッドだ。ミシェルとナタリーが最近仲が良いので、ミシェルとアルフレッドの交流も続いている。

「こんにちは、アルフレッド様」

 挨拶をするミシェルの恰好は通常営業だった。銀色の仮面に深緑のドレス。ナタリーが着ているものと同じ乗馬用のドレスで、その上から外套を羽織っている。フードつきで、必要とあれば目深にかぶるつもりだ。いつもおろしている髪は一本の三つ編みに結ってあった。


 通常営業で怪しい恰好である。むしろ、外套を羽織っている分、怪しさは上がっているかもしれない。


 どうやら、アルフレッドとナタリーは家族四人での参加らしい。なら、公爵夫人のジョゼットもいるはずなのだろうが、近くには見当たらなかった。

「ミシェルはレミュザ伯爵の付添としての参加よね。だったら、私たちと別のチームね」

 この国で狩りと言えば、いくつかのチームに分かれて狩った獣を競い合うものだ。チームの人数はだいたい同じくらいにそろえなければならいので、仲がいいからと言って同じチームであるとは限らない。

 今回は六チームに分かれているらしい。ちなみに、チームは色で分けられている。ミシェル、というかレミュザ伯爵家は青らしい。シャリエ公爵家は緑らしいが。

「それじゃあ、またあとで」

「はい」

 ナタリーが手を振るので、ミシェルも振りかえした。ミシェルはそのまま馬の手綱を引いてキトリたちに合流した。

「おう、ミシェル。遅かったね」

「すみません……あの、ナーシャさんたちにお会いして」

「あー、なるほどね。シャリエ公爵家も来てるもんね」

 キトリが納得した声をあげた。一緒にいたレミュザ伯爵も口を開いた。

「だが、チームが違うだろう。遊ぶなら狩りが終わった後だな」

「……わかってます」

 ミシェルはそう答えると足場もなしに馬に横座りに騎乗した。本当はまたがった方が安定するのだが、今日はドレスなのでできない。キトリですらいわゆる『淑女座り』なので、ミシェルもまたがっての騎乗は断念した。


 発砲音がして、狩り開始された。といっても、ミシェルはキトリについて行くだけだ。キトリも狩りに参加しないことにしているらしく、ミシェルのもっぱらの役割は彼女の話し相手だった。


 と言っても、キトリが話すことに相槌を打つくらいである。話せと言われればいくらでも話せるが、ミシェルの趣味は常人には理解しがたいのである。

 チームの最後尾で馬を歩かせていると、不意にミシェルの馬が少し暴れた。幸い、ミシェルが落馬することはなかったが、足を引きずるようにして馬は歩いている。

 ミシェルは手綱を引き、馬を止めさせる。鞍から滑り降りると、引きずっていた足をつかみ、足の裏を見た。


「あらら」


 蹄鉄が取れ、鋭い枝が馬の足の裏に刺さっていた。

「ミシェル。どうした?」

 少し先に行っていたキトリが戻ってきた。ミシェルがいないことに気が付いたらしい。見ると、チームはだいぶ先に行っていた。

「馬の足裏に枝が刺さってしまって。すぐに追いかけますので、キトリさん、先に行ってください」

「君を一人にはできないだろ」

 キトリが眉をひそめて言ったが、ミシェルは首を左右に振った。

「この辺りにはほかにも人がいますし、私一人なら慣れていないので迷子になりました、ですみます」

 キトリはレミュザ伯爵夫人なのだ。夫の側を離れるのは不自然である。対して、ミシェルは社交界に慣れていない仮面姫。ミシェルが一人で『迷子になった』方が現実味がある。


 何とかキトリを説得して行かせてから、ミシェルは馬の足裏に刺さった枝を引っ張る。

「……抜けない」

 ある程度わかっていたことだ。だから、キトリに先に行けと言ったのだから。どこかで裂けて引っかかっているのかわからないが、枝が抜けない。時間をかけて引っ張ったりひねったりして何とか抜いた。馬の足を放して周囲を見ると、見事に誰の気配もなかった。

「……」


 本当に迷子になった。どうしよう。


 こういう時は、下手に動かない方がいいと言う。でも、周囲を見回るくらいはしようか、と手綱を手に取った時、馬の足音が聞こえた。顔を上げると、三期ほどの騎馬がこちらに向かってきていた。騎乗している人物を見て、ミシェルは目を細める。嫌な予感しかしなかった。

 やってきたのは、ミシェルと変わらないくらいの年ごろの令嬢三人だった。令嬢と言うのは普通、足場がなければ馬の乗り降りができない。そのため、横座りに馬に腰かけたままつん、と顎をあげて地面に立ったままのミシェルを見下した。

「ちょっとあなた。醜いくせにずうずうしいのよ。アルフレッド様に付きまとって」

「……」

 ミシェルにとっては、アルフレッドに付きまとっていると思われていることよりも、醜いと言われた方が問題だった。常々言われているが、ミシェルは顔が関わると途端にダメになる。

「ご、ごめんなさぁい……」

「はあ? 謝って済む話じゃないのよ。あんたにはみんな迷惑してるんだから、とっとと修道院に入るなりすればいいのに」

 二人目の令嬢が言った。これはミシェルも自覚があることなので、冷静であったとしても反論できなかっただろう。

「その仮面も怪しいのよ。ああ、でも、素顔は見られないくらい醜いんですものねぇ」

 三人目の令嬢の小馬鹿にした声に、ミシェルはうつむいた。と、がっと左のこめかみに何かが当たった。蹴られたのだ、とすぐに気が付いた。仮面の金具は割れ、地面に落ちた。ミシェルは顔の右上半分を手で押さえ、その場にうずくまった。耳障りな笑い声が響いた。

「いいザマね!」

「そのままそこに居なさいよ。その方があんたもみんなも幸せよ」

「分不相応な真似をするからよ。自業自得ね」

 ミシェルの馬が甲高い鳴き声を上げて、走り去っていくのを感じた。たぶん、乗馬用の鞭で馬をたたいたのだ。満足したのか、令嬢三人は来た道を戻っていく。


 おそらく、あの三人の後について行けば、みんなに合流できる。しかし、三人は馬に乗っているが、ミシェルの馬は放されてしまった。ミシェルは顔を覆ったまま近くの木の下に座り込んだ。

「……大丈夫。キトリさんが探しに来てくれるはずだし……」

 たとえキトリやレミュザ伯爵がいなくても、この会場にはナタリーもいる。件のアルフレッドもいるし、従兄のディオンだっている。誰かが、ミシェルの不在に気づいて探しに来てくれるはずだ。

 みんなに迷惑をかけている。わかっている。もしかしたら、このまま見つからない方がいいのかもしれないとも思う。そう思うと、目じりに涙が浮かんだ。


 どれくらいそうしていただろうか。ふと、空気が乾燥していることに気が付いた。顔を上げると、何かが燃えているようなにおいがする。


「っ」


 山火事だ、と思った。いや、正確にはここは林だから、山火事ではないが……とにかく、火事だ。ミシェルはあわてて立ち上がると、火元から離れるように駆け出した。


 取れた仮面のことはすっかり忘れていた。















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


迷子になったら、動かない方がいいと言いますけどね……。

キトリはミシェルの義母ですが、関係的には姉妹みたいな感じ。


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