表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
7/55

Phase.07

アルフレッド視点です。












 オペラハウスで化粧室に行ったまま戻ってこなかった妹のナタリーを保護していたのは、ミシェルだった。なんだか、遭遇率が高い気がする。

 どうやらナタリーは歩いている途中でめまいを覚えたらしく、それを収まるのを待っていた時にミシェルに声をかけられたらしい。きっと、彼女は性根が優しいのだろう。具合が悪そうなナタリーを放っておけなかったのだ。アルフレッドの時も、そうだった。


 その一件で、ナタリーはミシェルに興味を持ったらしい。まず、あの人はだれかどういう関係かと聞かれた。

「ミシェル嬢はレミュザ伯爵の息女だ。以前、宮殿の夜会で会った。と言うか、先日のうちでの夜会にも来ていたぞ」

「そうなの? 気づかなかったわ」

 さらりとナタリーは言った。彼女は美しく、しかも公爵令嬢であるのでいろんな男性に言い寄られる。それに辟易していて、あまり社交の場が好きではないのだ。当日もやる気がなかったと思われる。


 ミシェルも、あの仮面なら目立ちそうなものだが、彼女はあまり背が高くない。おそらく、ナタリーよりも背が低いのではないだろうか。小柄、と言うほどではないが、人に埋もれてしまうような体格ではある。なので、探そう、と思わなければ目に入らないのだ。探せば、銀色の仮面が目立つのですぐに見つかるようだが。

「でも、ミシェルさんって、例の仮面姫? そう言えば、お兄様前、レミュザ伯爵邸にお邪魔しなかった?」

 ナタリーの無駄な記憶力に感心しつつ、アルフレッドはうなずいた。

「ああ。晩餐をごちそうになった。彼女、ディオンの従妹らしくてな」

「ディオン様って、ニヴェール侯爵の? でも、レミュザ伯爵夫人は……」

「今の伯爵夫人は後妻で、ミシェル嬢は前妻の子供らしい」

「おおう。複雑ね」

「家族仲はよさそうだったけどな」

 義母とも仲がよさそうだった。なんと言うか、現在のレミュザ伯爵夫人は性格がさばさばしているのである。姉御肌、と言うのか。


「へ~」


 意外そうにうなずいたナタリーは、身を乗り出して「ねえ、お兄様」とアルフレッドに向かって話しかける。

「ミシェルさん、いい子よね」

「いい子……ミシェル嬢は十八歳だと言う話だから、お前より年上だぞ」

「そこ!?」

 ナタリーは十七歳だ。アルフレッドとは七歳差の兄弟になる。ナタリーは椅子に座り直し、もう一度言った。


「ミシェルさん、いい人よね」


 アルフレッドは「どうだろうな」とはぐらかす。ナタリーは言い切った。

「いいえ。いい人だわ。だって、たぶん、あの人人見知りでしょ。なのに具合が悪そうだった私に声をかけてくれたのよ。いい人じゃないとできないわ」

 まあ、確かにアルフレッドも性根が優しいのだろうな、と思ったが。

「それにしても、お兄様の壊滅的な女運の悪さにしては、今回は引きがよかったわね」

 妹に言われるほど、アルフレッドは引きが悪いらしい。まあ、自覚はあるが、アルフレッドのせいではないと思う。たぶん。このあたり、アルフレッドは開き直っているところがある。

「ねえ。今度、ミシェルさんをこの屋敷に呼んでいいと思う?」

 笑顔でナタリーが尋ねた。アルフレッドは「好きにすればいいんじゃないか」とだけ答えた。


 で、本当に呼んだ。ナタリーの行動力に感心したが、やってきてくれたミシェルにも驚いた。


 オペラを観に行った翌日。ナタリーは朝のうちにミシェルに手紙を書いた。表向きは気遣ってくれた礼であるが、よければ遊びに来て下さい、と添えられていた。

 そして、その翌日にぜひうかがわせてください、と返事があったらしい。ナタリーが得意げに手紙を見せてくれたが、書かれている字は震えているように見えた。気のせいだろうか?


 そんなわけで、現在、ミシェルが一人でシャリエ公爵邸に来ている。当たり前だが、仮面は付けたままだ。公爵家からの誘いを伯爵家が断れないのはわかるが、仮面をつけたまま訪問してくるミシェルも結構いい度胸だ。

「ミシェルさん、いらっしゃい! 来てくれてうれしいわ」

「あ、あの、お招き下さり、ありがとうございます」

 少しどもりながらも、ミシェルは意外にもしっかりした声音で言った。おどおどとした態度ばかり見ていたので、ちょっと偏見があったのかもしれない。

 ミシェルが持ってきた手土産を執事に渡し、ナタリーはミシェルの手を引く。

「お礼を言いたかったの。オペラハウスではありがとう」

「いえ……私は、何もしていませんから」

「気遣ってくれたことがうれしいのよ」

 ニコニコとナタリーは言うが、相変わらずミシェルの表情はわからない。ナタリーは突然、アルフレッドに向かって言った。

「お兄様。ボーっとしてないで、ミシェルさんをエスコートしてあげてよ」

 アルフレッドは一瞬ナタリーを睨み付け、ミシェルに向かって手を差し出した。

「どうぞ」

「……ありがとう、ございます」

 きゅっと唇を引き結び、ミシェルはアルフレッドの手を取った。アルフレッドはミシェルの歩調に合わせてゆっくりと歩き出す。来客用の部屋につくと、アルフレッドはナタリーに囁いた。

「ナーシャ。あまり迷惑をかけるなよ」

「つまり、ちょっとならいいのね」

「……」

 この妹、本当にどうにかならないだろうか。
















 アルフレッドが一度宮殿に上がり、戻ってくると、ミシェルはまだいた。しかも、ナタリーだけでなく公爵夫人である母も参戦していた。

「……母上。何してるんですか」

「あら、お帰りなさい、アル」

「お帰り~」

 母とナタリーが振り返ってアルフレッドを出迎えた。ミシェルは「お邪魔しています……?」と首をかしげている。屋敷に来たときに一度会っているので、これで挨拶があっているのかわからないのだろう。アルフレッドも、ちょっとずれていると思った。普通に、おかえりなさい、でも構わないと思うのだが。


「ミシェルさん、とても薬学に詳しいのよ。いろいろお話聞いちゃった」


 母はアルフレッドとよく似た顔に笑みを乗せる。アルフレッドは甘い顔立ちだと言われるが、母は天使のような美貌、と言われていたらしい。今でも美人であるが、昔ほどではないと言う。そんな母に似たから、アルフレッドは甘い顔立ちなのだ。ちなみに、ナタリーはシャリエ公爵である父親似。


「ミシェルったら本当に物知り! うらやましいわ」


 ついにナタリーがミシェルを敬称なしで呼んでいる。時間の問題だと思っていたが、思ったより早かった。

「い、いえ。屋敷にいる時間が長いので、本を読んでいることが多いんです」

「ナーシャ。ちょっとは見習いなさい」

「えー。頭痛くなるんだもん」

「いえ……私はただの引きこもりで」

 ナタリーもナタリーだが、ミシェルも自分で言うな。それにしても、母も含めてだいぶ仲良くなっている。

 さすがに日も暮れてきていると言うことで、ミシェルは帰ることにしたようだ。夕食を食べていってもいいと言われていたが、かたくなに遠慮していた。そりゃあ、ほぼ初対面の公爵家の人間の中で食事をしてもおいしくないだろう。


 当然のように送って行け、と言われたアルフレッドは、ミシェルと向かい合わせに馬車に乗っていた。ミシェルは子供っぽく馬車の窓から外を眺めている。

「珍しいのか?」

 何となく声をかけると、ミシェルから返答があった。

「しばらく引きこもっていたんで、その間に王都の様子が変わっていて……」

 王都の様子が変わるほどの時間、引きこもっていたということなのだろうが、一体どれだけの間屋敷から出なかったのだろうか。外を眺めるミシェルだが、通行人が見えるとびくっと頭をひっこめた。

「今日は妹のわがままに付き合ってくれてありがとう。母のことも、すまないな」

 そう言うと、ミシェルは首を左右に振った。

「私も、楽しかったですから。ナーシャさんもジョゼット様も優しい方でしたし」

 ミシェルは首をかしげた。その口元が少しだけ笑みの形を描いた気がする。

「シャリエ公爵家の方は、みなさん優しいですね。アルフレッド様も」

「無理に付け加えなくてもいいぞ」

「いえ。本当にそう思っていますから」

 思わずミシェルの方を見つめると、彼女もまっすぐにこちらを見ていた。淡い紫の瞳が、こちらを見つめ返しているのが感じられた。


 急にアルフレッドは気恥ずかしくなり、視線を逸らした。


「私の噂を知らないのか?」

 意地悪くそんなことを言ってしまい、アルフレッドは後悔した。しかし、ミシェルは冷静に言葉を返してくる。

「噂は、ただの噂です。私は、自分の目で見たものを信じます」

 きっぱりと断言したミシェルに驚くと同時に、納得もした。彼女はその外見で偏見を受けている。アルフレッドと一緒だ。だから、噂や外見で判断することが愚かしいとわかっているのだ。

「それに、アルフレッド様もナーシャさんもジョゼット様も、私の顔のことを一度もお聞きになりませんでした」

 その言葉に、アルフレッドは思わず眉をひそめた。

「人が気にしていることをわざわざ尋ねるような無粋な真似はしない」

 主に、自分も聞かれたくないからだが。

「ところが、世間にはそう言ったことを冗談半分に聞いてくるやからが多いのです」

「ああ……そうだな」

 思わず納得の声をあげてしまうアルフレッド。社交界では、人を傷つけるような噂が平気で語られる。貴族たちに『何をしても面白ければ許される』と言う傲慢だ。その『面白い』に入ってしまう者たちはたまったものではない。


 そうこうしているうちに、レミュザ伯爵邸に到着した。アルフレッドは先に降りて、ミシェルの手を取り馬車から降りる手伝いをした。意外に身軽な動作で、ミシェルは馬車から降りた。

「ありがとうございました。アルフレッド様」

「いや。あんな妹だが、よかったらこれからも付き合ってやってくれ」

 ナタリーも、友達は少ないのだ。仮面をつけた変人であることは誰にも否定できないが、ミシェルはいわゆる『性格美人』だ。友達にするならこういう子がいいだろう。ナタリーがぐいぐい引っ張っていくタイプなので、少し大人しめなミシェルと相性がよさそうだ。

「私の方からもお願いします。ナーシャさんによろしくお伝えください。それでは、よい夢を」

「ええ。よい夢を」

 アルフレッドはミシェルの指先に軽く口づけを落とし、再び馬車に乗り込んだ。

















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


どうでもよいですが、アルフレッドの顔は母親のジョゼット似。ナタリーの性格はそのまま母親。どんな兄妹。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ