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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
6/55

Phase.06

今日もこちらを投稿! 第6話。ミシェル視点です。













「ミシェル。今夜、オペラを観に行かないかい」

「行く」


 義母のキトリに誘われ、即答したミシェルであったが、重要なことを思い出して尋ねた。


「個室ですか?」

「個室だよ。っていうか、気にするのはそこなんだ。演目じゃなくて」

「私にとっては重要です。それに、いま上演しているのは『シャーロット』か『王の指輪』でしょう? キトリさんの性格なら『王の指輪』を選ぶはずです」

「……相変わらずの洞察力」

「考えたら誰にでもわかります」

 『シャーロット』は悲恋のオペラだ。『王の指輪』は神話を元にしたオペラで、楽曲が優れているとしてコンサートにもなっている。選ぶならこちらだ。

 チケットを見せてもらうと、キトリが持っていたのは『四日目』のチケットだ。『王の指輪』は長いため、四夜に分けて上演される。『四夜・黄昏』は『王の指輪』の中でも最も楽曲が優れていると言われている。

「楽しみです。お父様も一緒ですか?」

「いや。ランベールはお偉いさん方と晩餐なんだと。だから、私とミシェルで、どう? お望みなら男装してあげよう」

 長身のキトリは男装がよく似合う。元騎士であるからしっくりくるところもあるのかもしれない。ちなみに、ランベールとはミシェルの父のことだ。ミシェルは首を左右に振った。


「そこまでは望んでません」

「クールだね、ミシェルは」


 顔が絡まなければミシェルは基本的に落ち着いている。キトリが落ち着いていないわけではないが、何と言うか、いたずらっ子の気質があるのだ。

「それじゃあ、今日の夜七時からだからね」

「わかりました」

 ミシェルはうなずき、そのまま屋敷にある書斎に向かった。
















 『王の指輪』四夜上演時間。個室から身を乗り出すようにしてオペラを観ていたミシェルは、キトリにツッコミをいれられる。

「前から思っていたけど、仮面をつけていると視界が狭くない? 見づらくない?」

「顔をさらすよりは、多少視界が狭い方がましです。そもそも、私のこ、こんな顔を誰も見たくないでしょう?」

「や、気にするほどじゃないと思うけどねぇ。私だって、背中に斬られた傷が残っているけど」

「背中だったら、普通、見えないじゃないですかぁ」

 顔は普通、見える。曝す。場合によっては背中を大きく開くドレスを着ることはあるが、キトリの背中の傷はわき腹から斬り下ろされるようにある。そんなところまで、普通は見えない。

 ミシェルは目を閉じてその合唱を聞いた。演奏とよく合っている。よく練習を積んだのだろう。ミシェルはその歌劇の物語性よりも音楽を重視する。観て楽しむのもいいが、聴いて楽しむのも好きだ。


「本当に好きだね、ミシェルは」


 キトリの苦笑気味な言葉にうなずいた。

「はい。もちろんです」

 音楽は、ささくれ立った心も癒してくれる。聞いている間は、幸せな気持ちでいられる。だから、好き。

 演目が休憩に入った。この四夜『黄昏』は長いので、何度か休憩をはさむのである。ミシェルはお手洗いに立ちあがった。キトリが一緒に行こうかと申し出てくれたが、ミシェルは断った。お手洗いくらい、一人で行ける。


 何のことはない。このオペラハウスでは顔を隠している高貴な方が多い。お忍びで訪れる人が多いのだ。そのため、顔を隠している人に声をかけるのはタブーであると、暗黙の了解になっていて、ゆえにミシェルもあまり怪しまれないのである。


 化粧室からの帰り道、ミシェルはうずくまっている少女と遭遇した。


「……」


 長い金髪の少女で、背を向けているが淡い青のドレスを着ているのがわかる。腰のあたりには大きなリボンがついていた。具合が悪いのか、その状態から動かない。


 ど、どうするべき……? 声、かけたほうがいい?


 なんだか前にもこんなようなことがあったな、と思う。あの時は、声をかけた。だから、今回も声をかけてみようと思った。

「あ、あの。大丈夫ですか……?」

 少女が声に反応して顔をあげた。深い海のような青い瞳が驚いたように見開かれた。

「あ、あの……」

 じっとこちらを見つめてくるので、ミシェルは焦った。やはり、この仮面か? 仮面のせいかのか? でも、素顔をさらすのは嫌だ。


 しばらく互いに無言で見つめ合っていると、「ナーシャ!」と男性の声が聞こえた。ミシェルの名ではない。と言うことは、この少女の名だろうか。

「あら、お兄様」

 少女が歩いてきた青年を見て声をあげた。ミシェルは少女と同じように青年を見て驚いた。知っている人だった。

「……ミシェル嬢。妹が何かご迷惑を?」

「……妹?」

「ナーシャ……ナタリーは私の妹だ」

 と、やってきた青年ことアルフレッドは言った。ミシェルは少女ナタリーとアルフレッドを見比べてみる。言われてみれば、似ている気がした。

「え、お兄様の知り合い? あっ……」

 勢いよく立ちあがったナタリーは、ふらりと倒れかける。アルフレッドとミシェルはあわてて彼女を支えた。

「大丈夫か? めまいか」

「うん。ごめんなさい。ありがとう」

 なんとか自力で立ち上がったナタリーは微笑んでうなずいた。さすがはアルフレッドの妹と言うか、かわいらしい少女だ。ミシェルはナタリーを見て気づいた。

「あの、差し出がましいようですが……ナタリー様、貧血なのでは?」

「え……っと。そうなのかしら?」

 ナタリーが首をかしげた。ミシェルは勢いよく謝る。


「ごめんなさい。余計なことを言ってすみません……!」

「い、いえ! 怒ってないのよ!」


 ナタリーが動揺してミシェルに言った。アルフレッドがため息をつく。

「ミシェル嬢、ナーシャ。もうすぐ開演時間だ」

「ふわっ」

 ミシェルはあわてて懐中時計を確認する。確かに、ここで時間をとられ過ぎたようだ。

「え、えっと! ちゃんと食べて眠って、急に動いたりしなければ大丈夫だと思いますっ! そ、それでは、失礼しますっ」

 言いたいだけ言って言い逃げしたミシェルは、キトリのいる個室に入ってほっとした。


「ミシェル、どうかした?」


 キトリがミシェルの様子を見て首を傾けた。見ると、どこから調達してきたのか彼女はワイングラスを傾けていた。そばにはボトルがある。ミシェルはそれを見ながら首を左右に振る。

「い、いえ。何でもないです……」

「そう? ならいいけど」

 とキトリはもう一つのグラスにワインを注ぎ、ミシェルに渡した。ミシェルは黙って受け取る。一人がけのソファに腰かけ、ミシェルはちびりとそのワインに口をつけた。

「……おいしいです」

「ならよかった」

 ミシェルの感想にキトリは満足げに微笑んだ。その間に、オペラが再開する。臨場感のある音楽を聴きながら、ミシェルはちびちびとワインを飲み続けていた。隣のキトリは飲み過ぎではないか、と言う勢いで飲んでいる。キトリは酒好きで酒豪なのだ。放っておいても大丈夫だろう。


 オペラが終幕することには、キトリはほとんど一人でワインのボトルを一本空けていた。それでも呂律は回っているし、足取りもしっかりしているのだからすごい。帰りの客が少し落ち着いてから出ようか、と言うことになって、しばらく二人でしゃべりながら待つ。

「そろそろいいかな。ミシェル、帰ろう」

「はい」

 キトリが差し出した手を取って立ち上がる。

「楽しかった?」

「はい」

 ミシェルがうなずくと、キトリは「それはよかった」とうなずいた。

「誘ったかいがあったというものだよ」


 その時ふと、ミシェルは思った。もしかしたら、キトリは初めからミシェルを誘うつもりでこのオペラのチケットを手に入れたのではないだろうか。

 事実はわからない。聞こうとも思わない。だが、いつもキトリが引きこもりがちなミシェルを心配してくれているのは事実だ。だから、ありえないことではないと思う。

 ちょっぴり幸せな気持ちになったミシェルは、個室を出た途端に大声で「ミシェルさん!」と名を呼ばれて硬直した。金髪の少女……ナタリーが笑顔で手を振っているのが見えた。

「おや。知り合い?」

 キトリが尋ねてくる。ミシェルは「知り合い……かな?」と首をかしげた。ナタリーがずっと手を振ってくるので、ミシェルも少しだけ手を振ると、彼女ははじけるように笑い、最後に大きく手を振って帰っていった。

「なんだったんだい?」

「さあ……」

 それは、ミシェルにもわからない。
















「お嬢様。朝です」


 今日も今日とてポーラにゆすり起こされた。シーツから顔を出す前に、ミシェルはベッドサイドのローテーブルを探った。仮面が乗っているはずなのだ。見かねたポーラがミシェルの手に仮面を乗せてくれて、それを装着してから顔を出した。

「おはよう、ポーラ」

「おはようございます。お嬢様。顔は洗ってくださいね」

「わかってるわ……」

 さすがに顔を洗う時くらいは仮面を外す。寝る時も外しているが、それ以外の時はずっと仮面とお友達だ。

 朝からマリユスの襲撃にあったり、レオンスのわがまま攻撃にさらされたりしながら午前中はいつも通りに過ごす。つまり、ゴリゴリと薬の調合をしながら過ごした。午後になり、昨日のオペラの感動が抜けきらないのか、音楽室に行ってピアノを弾こうと思い立った。


 ミシェルはピアノからヴァイオリン、コントラバス、フルート、ハープなどなど。様々な楽器を弾くことができる。だが、やはり一番親しみやすいのはピアノだろう。

 ピアノは、母が弾き方を教えてくれた。母とはキトリではなく、ミシェルの生母のことだ。

 キトリは優しいし、大好きだ。だが、時々とてもさみしくなる時がある。キトリは好きだが、彼女はミシェルにとって姉のようであって、母ではないのだ。

 だが、自分は恵まれているのだ。そう思うと、文句も言えない。言おうと思わない。


 自由に頭の中にある曲を弾きながら楽しんでいると、執事が遠慮がちに音楽室に入ってきた。

「どうしたの」

「お嬢様。お嬢様に、お手紙です」

「わ、私に?」

 ミシェルは動揺しつつ震える手で手紙を受け取った。ミシェルに手紙を出す人間など、ほとんどいない。封筒についている印を見て、ミシェルは「あ」と声をあげた。


 シャリエ公爵家の紋章だった。

















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ミシェルとアルフレッドだけだと話が進まないので、アルフレッド妹が登場しました。

ちなみに、この話の中に出てきたオペラにはモデルになっている実在オペラがあります。まあ、雰囲気だけですけど。


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