大切な姉上
宣言通りマリユス視点。超絶短いです。相変わらずヤマもオチもない。
レミュザ伯爵家の長男マリユスには姉がいる。母親の違う姉だ。小さいころはよくわからなかったが、マリユスももう十歳だ。どういうことかはさすがに理解できる。
九歳年上の異母姉ミシェルは、仮面をつけている。マリユスがもっと幼いころは素顔を見ていたはずなのだが、何しろ、記憶がはっきりするころにはミシェルはもう仮面姿だったため、同じ屋根の下に暮らす姉であるのに、マリユスはミシェルの顔を知らなかった。
しかし、マリユスにとってそれは些細な問題だった。マリユスにとってミシェルは、優しく頼りになる姉だった。マリユスがねだれば、嫌がらずに遊んでくれたし、基礎的な勉学を教えてくれたのはミシェルだ。
本人は後付けの知識だと言っていたが、マリユスは、ミシェルはとても頭がいいと思う。何を聞いても返事が返ってくるところは単純にすごい。
マリユスは今十歳だ。来年には寄宿学校に入ることになる。だが、噂に聞く寄宿学校の勉強よりも、ミシェルの話を聞いている方がためになる気がする。彼女の話は分かりやすいのだ。
と言う風に思うマリユスも、さすがは半分だけとはいえミシェルと血のつながった弟だ。彼も頭は良い方だろう。血のつながりと言うか、単純にミシェルの教え方がうまかった可能性もある。
そんなマリユスが最近力を入れているのがチェスだ。ここ一年ほどは待っているのだが、これもミシェルの影響だろう。彼女は頭がいいだけでなく、チェスも強い。
変人であることが十歳のマリユスでも理解できるミシェルは、しかし、それほど常識から逸脱しているわけではない。どちらかと言うと、浮世離れしている感じだ。
「男性に生まれたからには、チェスを覚えておいて損はないわ」
そう言って、ミシェルはマリユスにチェスを教え込んだのだ。ちなみに、そのころにはすでにミシェルは仮面をしていた。
ミシェルが仮面をつけ始めたのはマリユスが六歳のころだ。顔にやけどを負って引きこもりがちになったミシェルに、キトリがそう頼んだのだ。
実の母娘ではないが、二人は仲が良いと思う。キトリは、ふさぎがちになったミシェルに役割を与えることで前を向かせた。
そんなわけでミシェルからチェスその他勉学を教わるようになって三年以上たつが、ミシェルの知識の深さは底を知らないようだった。ついでに駒落ちで何度対戦しても勝てないし。
年の割にしっかりしていると言われるマリユスである。というか、これくらいの年になれば理解できるものだが、貴族に政略結婚はつきものだ。その慣例に従って、マリユスはミシェルもそのうち嫁に行ってしまうのだろうと思っていた。そして、嫁に行くかもしれない、という考えは正しかったが、少し雲行きが怪しい。
レミュザ伯爵もキトリも、ミシェルに政略結婚を強要することはなかった。遠回しに聞いてみるとミシェルは「私を結婚相手に望む人なんていないよ」と笑っていた。ミシェルはちょっと自己評価が低いと思う。
だが、そんな異母姉にもついに恋人ができたらしい。ミシェルがそう言っていたわけではないが、見ていれば何となくわかるものだ。マリユスもあったことがあるシャリエ公爵家のアルフレッドだ。というか、彼以外にミシェルに付き合える人間がいるとは思えない。まあ、マリユスには姉に付き合うことはできると思うけど。
まあ、とにかく何が言いたいかと言うと、外に出ても姉が幸せそうでうれしいと言うことだ。そして、このままうまく行けば、ミシェルは嫁いで行ってしまうのだろう。
アルフレッドは子供のマリユスにも対等に付き合ってくれた。とてもいい人だと、思う。だが、姉をとられると思うとちょっとムッとしてしまう。
変人であることは否定できないが、ミシェルの性格はよい方だと思う。マリユスはまだ子供同士の付き合いしかしたことはないが、十歳前後でも性格の悪い女の子と言うのはいるものだ。マリユスの母親は無駄にさばさばしているし、姉は姉でおっとり気味なので家族内にそういう女性はいないことになるが、女性の使用人の中には性格の悪い意地悪な女性と言うものはいる。
計算だとしたら恐ろしいが、ミシェルの場合はおそらく天然だろう。たぶん。アルフレッドは趣味が良いと思う。たぶん。
その日、王太子妃に仕えているミシェルが一時帰宅した後、アルフレッドがレミュザ伯爵家に迎えに来た。これから夜会に行くらしい。ちなみに、身支度をしていたはずのミシェルは、仮面をとられたらしく屋敷の奥で悲鳴を上げていた。
その隙にマリユスはアルフレッドに会いに行った。エントランスで待つアルフレッドも正装で、それが良く似合っている。彼は、同性のマリユスから見てもかなりの美形だと思う。
「こんばんは、アルフレッド様」
「こんばんは、マリユス。お邪魔している」
マリユスが挨拶をすると、アルフレッドが丁寧に返してくれた。こういうところに生真面目さを感じる。
「ミシェルは支度に時間がかかっているようだな」
アルフレッドが言った。彼が訪れる時間は知らされていたのだから、それに間に合うように準備をしていただろうに。仮面をするしないでまたもめているのだろう。
マリユスはどちらでもいいと思う。仮面をしていてもしていなくても、ミシェルはミシェルで、マリユスが大好きな姉であることに変わりはない。まあ、久しぶりに仮面を外したミシェルを見て、弟のレオンスは泣いていたけど。やけど痕が怖かったのだろうか。
「そうですね。でも、アルフレッド様は待っていて下さるのでしょう」
アルフレッドは支度に時間のかかる女性に愛想を尽かすような人ではない。なんと言うか、根気強い人だと思う。
「そうだな」
短くうなずいたアルフレッドを見上げ、マリユスはずっと言いたかったことを口にした。
「ミシェル姉上は僕の大切な姉上です。姉上がいやだって言ったら、奪い返しに行きますから」
一回り以上年下の少年の強気の言葉に、二十代半ばの美青年は動揺していた。動揺したまま「ああ」とうなずいた。
この人に姉を任せても大丈夫かな、と一瞬思ったマリユスだが、よく考えればおっとりしている割にミシェルはしっかり者なので大丈夫なような気もした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
十歳児に負けるアルフレッド(二十五歳)。自分の子供でもおかしくない年齢差。頑張れよ(笑)
根性はあるが甲斐性はないアルフレッド。これが書きたかったのです。
次は番外編最終話。最後はミシェル視点でしめます。




