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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
50/55

Stage.21

最後はアルフレッド視点!










 王太子妃の侍女二人がいなくなってしまったので、必然的に残った侍女であるクロエとミシェルは忙しくなったようだ。侍女業に慣れているクロエはともかく、正直ミシェルは役に立っているのかとひそかに案じていたアルフレッドであるが、頭が良く器用な彼女は重宝されているらしい。センスはないのですが、と本人は笑っていたが。


 今シーズン初めの夜会が終わってしばらくたつが、面白いほどミシェルの言うとおりになった。協力関係が破綻した二派は関係を絶ち、身内争いを始めたのだ。反王政派はすぐに持ち直したが、反王太子妃派はこのまま崩壊するだろう。王太子ではないが、アルフレッドはちょっとミシェルが怖い。

 反王政派は、ミシェルの予言通り、王太子を狙ってきた。王太子に出された酒の中に、毒物が入っていたのだ。それを調べて「ジギタリスです~」とミシェルは言っていた。一応、酒を出した侍従は捕らえてあるが、そこから先を追うのは難しいと思う。


 一方の王太子妃は、階段から落ちそうになったらしい。突き落とされたとかではなく、階段に敷かれたカーペットが滑りやすくなっていたのだ。クロエが先に気付き、事なきを得たらしい。

 落ち着きを見せている反王政派はこのまましばらく動きはないだろう。ちなみに、これはミシェルの意見ではなく、王太子とアルフレッド、エリクの一致した意見だ。

 だが、反王太子妃派はどうだろう。やけになって、何か仕掛けてくるのではないか。クロエと言う武力と、ミシェルと言う頭脳がそろっているのでめったなことはないとは思うのだが、多少の不安はぬぐえない。考えてみれば恐ろしい組み合わせだ。さらに王太子妃が加わって、この三人なら国家転覆も可能かもしれない、とアルフレッドは若干失礼なことを考えていた。


「王太子殿下、ご在室ですか!」


 いつものように王太子とアルフレッドが執務室で書類と格闘していると、扉の外から侍従の声が聞こえた。王太子と目を見合わせたアルフレッドは、彼の代わりに「入れ」と返事をした。「失礼します」と侍従が入ってくる。

「どうした」

 アルフレッドが尋ねると、侍従はまっすぐ王太子の方を見ながら口を開いた。

「王太子妃殿下に毒が盛られました!」

 ちらっとアルフレッドと王太子は目を見合わせる。

「至急、王太子殿下に来ていただきたいと……!」

 せっぱつまったこの態度が演技だとしたら、大した演技力である。しかし、彼が本当に何も知らない可能性もあるし、単純に王族に嘘をつくことにためらい、緊張している可能性もある。


「わかった。すぐに行こう」


 当初の予定通り、王太子はそう言って席を立った。アルフレッドも王太子に続いて執務室を出る。侍従が先頭を歩き、その後に続いた。

「……リュカの様子は?」

 王太子の問いに、侍従は答えなかった。突如として振り返る。そして――。

 手に持った短剣を王太子に向かって振り下ろした。アルフレッドはその腕をつかむと、腕を背中にひねりあげた。痛みに侍従が声を上げる。

「うーん。まさか本当に襲ってくるとは」

「かなり投げやりですね」

 王太子もアルフレッドも呆れて言った。床にうつぶせに倒して拘束したその侍従は、血迷った反王政派の一人だろう。何もしてこない、と考えたが、それは主力派についての予想で、切り捨てられた者たちが王太子を狙ってくるかもしれない。それも、宮殿内で、という推測が当たっただけだ。

「ってことは、やっぱりリュカも危ないか」

「襲われてる可能性はあると思いますが、まあ、王太子妃殿下にはミシェルもクロエもついていますから」

「最強の頭脳と最強の武力だな」

 どうやら、王太子もアルフレッドと似たようなことを考えていたようだった。アルフレッドは駆けつけてきた近衛兵に侍従を引き渡すと、王太子妃の元へ向かった。この時間なら、王妃の庭を散歩しているはずだ。つまり、先ほど王太子たちを連れ出そうとした侍従は、この時点で嘘を見破られていたということになる。


 王太子妃の安否を確認するために王太子妃の居室に向かうと、すでに王太子妃を含む三人は戻ってきていて部屋にいた。

「あら。あなたも無事だったのね」

「まるで無事なのが残念みたいな言い方だな……」

「そんなことないわ。襲われて怪我でもしたら面白……いえ、大変だもの」

 王太子妃、心の声が駄々漏れである。妊娠中でストレスがたまっているのかもしれない。


 聞いてみれば、王太子妃も王妃の庭で襲われたらしい。ちょうど日陰で休んでいる時だ。ケーキナイフを持った侍女が斬りかかってきたらしい。気づいたクロエが彼女を拘束して事なきを得たらしいが、こちらも本当に襲ってくるとは。


「……投げやりにもほどがあるだろう……」


 思わずアルフレッドがつぶやくと、その呟きをミシェルが拾い上げた。

「ですから、隙だらけなんです。おそらく、夜会で行われた犯行の計画を立てた人とは、別の人が糸を引いているのでしょうね」

「つまり、大元はたどれない、ということかぁ」

 王太子が嘆くと、ミシェルが「トカゲのしっぽ切りですね~」とのんびりした口調で言った。

「そもそも、夜会での計画を立てたのはおそらく、反王政派の人間です。私の予想では、かつての王家の末裔だと言われている人間でしょう。そういう手合いは、自分が動かず他人を動かすのが得意なものです」

「ミシェルみたいに?」

「いえ、私は違うと思うのですが……」

 王太子妃のツッコミに、ミシェルは首をかしげて一度話を途切れさせた。いや、ミシェルも自分が動かずに他人を動かすタイプだ。彼女の助言が具体的過ぎるのが悪い。


「まあ、今回の犯人は別だと思うので、すぐに捕まると思います。侍従も侍女もおそらく、雇われただけでしょう」

「……」


 四人とも沈黙した。ミシェルは相変わらず仮面をつけているので表情がわからない。彼女は、いつもどんな顔で自分の推論を披露しているのだろうか。


「正直、時々君が怖いと思うこともある」


 夜会会場から逃げ出したアルフレッドとミシェルは、弱い明かりの下で並んでベンチに腰かけていた。くしくも、二人が初めて出会ったときと同じホールだ。

 本当に犯人が捕まった、という報告をミシェルにするためだ。彼女が言った通り、血迷った一部の人間が引き起こした事件だった。爵位の低い人間が、邪魔なものを殺そうとした典型的な事件だった。王太子妃の方は、自分の娘を王太子妃にしたい人間が起こしたのだが、王太子の方は、侍従の背後の人間が過去の王朝の末裔だという男のために、と勘違いして襲われたらしい。信仰心とは怖い。

 そんなわけでどちらも切られてしまったのだが、この時のミシェルの言葉がさらりと怖い。


「まあ、その末裔の人が本気を出していれば、今頃王太子様は王太子妃様に顔向けできない事態になっていますね」


 マジか。そこまで言うか。ミシェルがいる限り、そのような事態にはならないと思うが、微妙に現実味があって反応に困るのである。

「はっきりものを言いすぎだとは言われます」

 今日も安定の仮面姿であるミシェルは笑っているようだった。出会ったばかりのころに比べれば、彼女も少し明るくなったような気がする。まあ、振り切れる方向が間違っている気はするが。

 だが、これが再び引っ込んでしまえば、ミシェルはまた引きこもりに戻ってしまうだろう。それはアルフレッドも避けたいところなので、ミシェルの変化はそのまま受け入れようと思っている。少々変な振りきれ方だが、悪いわけではないだろう。たぶん。


「結局、次の侍女が見つかるまで続けることになったのか?」


 さすがに王太子妃の侍女が一人なのはどうかということで、ミシェルは侍女を続けている。彼女に言わせれば「最初から一年契約です~」とのことらしいが、その先も続ける可能性が高くなってきた。

「そうですね……これもある意味自立なのでしょうか? 王太子妃様が許して下さるのなら、このままお仕えしてもいいかもしれません」

「……そうだな……」

 王太子妃リュクレースにクロエとミシェル。やはり、何度考えても最強な組み合わせだ。そんな失礼なことを考えるアルフレッドである。

 とりあえず、修道院に行くのはあきらめてくれたようだ。いや、アルフレッドも昨日ナタリーに突っ込まれるまで忘れていたが。


 どちらからともなく手が触れあった。そのまま指が絡みあう。二人は顔を正面に向けたまましばらく停止する。

 何も話さなくても通じ合っているような、この時間が心地よかった。ミシェルが控えめにアルフレッドの肩に頬を寄せてきた。その控えめな甘え方がいとおしい。

 今なら行けるかもしれない、と思った。何が、と言われても困るが。ミシェルの仮面に手を伸ばすが、彼女はおとなしかった。調子に乗ってそのまま仮面を外してみる。

 ミシェルが視線だけアルフレッドの方に向けた。顔は頑として見せないらしい。


「あの……」


 恥じらうように震える声だった。アルフレッドはミシェルの頬に触れた。ミシェルが拒否しなかったことをいいことに、アルフレッドはそのまま彼女に顔を寄せた。


「~~っ」


 ミシェルが顔を赤らめてぎゅっと目を閉じる。心もち顎を持ち上げ、鼻先が触れるまで顔を近づける。


「……」


 なんだか無性に恥ずかしくなったアルフレッドは、急遽方向転換してミシェルの額にキスを落とした。

「ふへっ」

 ミシェルの引き結ばれた唇から間抜けな声が聞こえた。いや、自分もかなり間抜けだと思う。そこからかナタリーの「このヘタレが!」という声が聞こえるようだった。


 だが、ある意味初心者であるアルフレッドとミシェルは、少しずつ進んでいく方がいいのかもしれないとも思った。









―間章―








「あんのヘタレがっ!」


 アルフレッドの予想通り、ナタリーは吠えた。少し離れたところから、二人の様子をうかがっていたのである。

「ナタリー……お前、仮にも兄に向かって」

「何言ってるんですか、公爵! ミシェルは引き気味だから、ちょっと強引なくらいでいいんです。悪いのはうちの兄です!」

「……」

 とんでもない暴論を持ち出したナタリーに、エリクはため息をつきそうになった。彼はナタリーに巻き込まれたのである。でもまあ、ナタリーではないが、あれを二十五歳のそれなりに人生経験のある男がやっていると思うと、もの悲しい気持ちにもなる。

 だがまあ、特に障害もない二人だ。恋人から婚約者になって、たぶんそのまま婚姻を結ぶ。時間はある。ゆっくり進んで行け……。怨念を込めた視線で兄を睨むナタリーの横で、エリクはアルフレッドにエールを送った。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この話で『仮面姫』は完結です。ここまでお付き合いくださった皆さま、本当にありがとうございました。

それにしてもヘタレ! アルフレッドが本当にヘタレ。この二人の関係が進むまでに、二人ともいい年になってる気がします。ナタリーの気持ちもわかります。

ミシェルが迫ってもいい気もしますが、それができないのがミシェルなので、これでいいのかもしれません。

たぶん、ナタリーの縁談がまとまるときに、この二人も強制的にまとまる気がします。


ともかく、ここまでありがとうございました!


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