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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
5/55

Phase.05

しばらく『仮面姫』を連日投稿します。どうぞお付き合いください。


アルフレッド視点に戻ります。













 アルフレッドが仕事をしていると、王太子がこんなことを言ってきた。


「そう言えば、お前、仮面姫と会ったらしいな」


 アルフレッドは馬鹿なことを言いだした王太子を冷たい目で見つめた。

「俺の経験上、お前は冷たい目をしているんだろうが、はたから見たらただの流し目だぞ」

「余計なお世話です。と言うか、仮面姫ってなんですか」

 ディオンも言っていた気がするし、どちらにしろ何となくわかる気がするが、念のため尋ねた。


「何って、仮面姫は仮面姫だ。レミュザ伯爵令嬢のこと。いつも仮面で顔を隠した変わったご令嬢。その顔は焼けただれていると言う噂」


「……ディオンはやけどの痕が残っているとだけ言ってましたけど」

「ディオンってニヴェール侯爵だろ。何、レミュザ伯爵令嬢と知り合いなの? あいつ、既婚者じゃなかった?」

「そのレミュザ伯爵令嬢といとこらしいですよ」

 アルフレッドはさばき終えた書類をまとめ、テーブルでとんとんとして何となく整える。

「藪から棒になんなんですか。確かにディオンと一緒にレミュザ伯爵邸で夕食をいただいたことがありますが」

「マジか。じゃなくて、最近、夜会で見かけるんだよな。ほら、仮面だから目立つだろ。気づいたらいなくなってるんだけど、今までちらっとも姿を見なかったのに、不思議で」

「そこまで仲良くないですよ。そう言うことはディオンに聞いてください」

 一度助けられ、一度食事をとったことがあるだけ。しかも、二人ともコミュニケーション能力に乏しい。その状態で、情報が入ってくると思うなよ。


 ミシェルと初めて会った時の殴られた痕は、すでにすっかり引いている。口の中も切っていたが、それはさすがにすぐなくなった。腫れも引いた。だが、ミシェルにもらった薬はまだ持っている。


 二度目に会ったとき、彼女の歌声を聞いた。不気味な仮面を忘れるほどの美しい歌声だった。


 初対面でかなり暴走していたから、二度目に会ったときはかなりおとなしい印象を受けた。ディオンも、もともと彼女は思慮深いのだと言っていた。たぶん、散々否定されたらしい顔のやけどが関わってくると暴走するのだと思われる。同じ顔の悩みでも、すでに感情が枯れ果てているアルフレッドとは違い、彼女は元気だ。


 王太子は「ふーん」と興味なさそうにうなずいた。これは絶対に聞いていないな。


「案外お前とお似合いなんじゃないか。二人とも外見に特徴あるし、だから話も合うんじゃね?」

 失礼にもそんなことを言ってくれやがった。

「……完全に否定できないから何とも言えないですけど、先方が嫌がるでしょう」

 冷静にそう言うと、王太子が「何故だ?」と首をかしげる。

「顔立ちは整ってるし、仕事もできる。顔のせいで人は寄ってきて、でも不器用だからよく痴話げんかに巻き込まれてるけど、結構純真だし」

「殿下といいディオンといい、二十四の男を捕まえて純真とかやめてください」

 確かに不器用な性格であるし、自分は博愛主義者でもない。妻ができたら、たぶん、他の女性にはなびかない。まあ、嫁が来るかが問題であるが。


 少しだけ、ミシェルが嫁になった場合を考えてみる。うん。結婚どころか、告白した時点で悲鳴を上げて逃げられるイメージしか浮かばない。

「うん。やっぱり無理ですね」

「そうかぁ? 普通の女性じゃ、お前の嫁にはなれんだろ。あれくらい突き抜けてれば行けると思ったんだが」

 ……確かに、通常かわいらしいと言われる女性は、アルフレッドとの結婚に向かないだろう。どうでもよいが、王太子も既婚者である。すでに子供もいる。彼はことあるごとに「結婚はいいぞ」とのろけてくる。正直、うるさい。

「まあ、彼女の顔を見ることができたら考えてみます」

 そんな日は、きっと来ないだろう。
















 その日はシャリエ公爵家で夜会が開かれていた。当然、アルフレッドも強制参加だ。妹も参加している。

 母は国王の従妹だ。つまり、アルフレッドは王太子の又従兄と言うことになる。そんな王太子夫婦もこの夜会に来ているので、かなりの大人数が公爵家の夜会に参加していた。

 そんな不特定多数の者が集まる場所は、アルフレッドは苦手だ。必ず何かしらの事件に巻き込まれる。むしろ、事件を引き寄せる。その事件とは、夫婦喧嘩に巻き込まれたり、ストーカーに刺されそうになったり、不倫相手に間違えられたりなどいろいろだ。


 と言うわけで、早々にホールを抜け出したアルフレッドは、我が家と言うことで部屋に帰ろうかと思った。すでに必要な挨拶は終わっている。あまり人が通らない廊下を通り、角を曲がったところで悲鳴が上がった。


「きゃああぁあっ」


 悲鳴をあげたその口を押さえつける。仮面の奥から、大きく見開かれた淡い紫の瞳がアルフレッドを見つめ返していた。


「静かに」


 アルフレッドが言うと、うなずいた。なので、手を放してやる。悲鳴は上がらなかった。

「ところで、何をしているんだ、ミシェル嬢」

「か、隠れています」

「……」

 だろうな、と思った。初めて会った夜会も、見つからないように庭に隠れていたのだ。王太子が言っていたではないか。『気づいたらいなくなっている』。それは、頃合いを見て会場を抜け出して隠れているからに他ならない。

 レミュザ伯爵家は伯爵ではあるが、かなり歴史の古い伝統ある家だ。今でもそれなりに力はあるし、シャリエ公爵家の夜会に呼ばれていても不思議ではない。

「あ、アルフレッド様こそ、何をしているんですか」

「……逃げてきた」

「……」


 互いに沈黙。たぶん、二人とも同じことを思っていた。何か、似てる。


 ここはあまり人通りがない。使用人もほとんど来ない、屋敷の外れだ。二人は壁に背中を預けて並んで座っていた。

「シャリエ公爵邸に来るのは初めてじゃないのか? こんな人目につかないところ、すぐに見つかるもんじゃないだろう?」

 何となく話しかけると、返事があった。

「いえ、初めてです。でも、貴族の屋敷なんてだいたい似たような作りだし、外から見ればどこに何があるかくらい、何となく予想がつきますから」

「……」

 アルフレッドは自分が頭がいいと思っていたが、もしかしたら、ミシェルはそれを越えるのかもしれない。なんと言うか、洞察力のレベルが違う気がした。

 アルフレッドは両膝を抱えてすわり、顎を膝に乗せているミシェルを見た。仮面を身に着けているので、表情はわからない。しかし、落ち着いた彼女はただの少女のように見える。仮面はつけているし、なんかとんでもない発言をした気がするが、考えないことにしよう。

「ご家族は心配していないか?」

「大丈夫、だと思います。たぶんそのうち、義母ははが迎えに来てくれますし」

 ああ。レミュザ伯爵の後妻。なかなか豪快な人だった記憶がある。宮殿での夜会でミシェルを探しに来たのも彼女なのだろう。


「あの。イヤリングのこと、本当にありがとうございました。実は、あれ、私の母の形見で」


 そう言えば、ディオンがミシェルの母親は亡くなっていると言っていた。あまり喜んでいるようには見えなかったが、大切なものを無くして実はショックを受けていたのかもしれない。アルフレッドはふっと微笑んだ。

「いや。たまたま拾っただけだからな。こちらこそ、あの時は変な場面を見せてしまったな、すまない」

「あ、いえ。何となく、アルフレッド様は巻き込まれたんだろうなって、わかりますから」

 そう言ったミシェルの口元にも笑みが浮かんだが、本当に笑っているかはわからない。なぜなら、目元は仮面で見えないから。


「大変ですね、アルフレッド様」


 本当にそう思っているのかわからない口調だった。


 そこから何となく他愛ない話をした。その会話の中で、ミシェルは無駄に多才であることがわかった。

「ミシェル嬢は歌うのが好きなのか」

「音楽全般、好きですよ。ピアノもヴァイオリンも弾けますし、作曲もしています」

「……作曲」

「作曲です」

 貴族の令嬢の中には、たしなみで楽器の演奏を習うものも多いが、多数弾ける人間は珍しい。さらに、歌を歌える令嬢も珍しく、作曲ができると言うのは聞いたことがない。


 ほかにも、薬の調合ができたり、地図や海図を読めたり、チェスもできると言う。まあ、音楽家にチェスの愛好者は多いので、これはさほど不思議ではないかもしれない。

 話が少し盛り上がってきたころ、「ミシェル!」と何となく聞き覚えのある声が。ミシェルの肩がびくっと震えた。


「き、キトリさんっ」


 ミシェルの義母だ。あわてて立ち上がろうとするミシェルを見て、アルフレッドは嫌な予感がした。自分も腰を浮かせる。


「うぎゃっ」


 ミシェルがドレスの裾を踏んづけて前のめりに倒れた。ちょうど立ち上がったアルフレッドは彼女の胴に手をまわして何とか床に倒れるのを防いだ。またも顔面からつっこみそうになったミシェルは何故か仮面を押さえていた。

「あ、ありがとうございます……」

 助けられた形になったミシェルが小さな声で礼を言った。アルフレッドはほっとしながら言った。

「ミシェル嬢、一ついいか」

「は、はい」

 彼女を立たせてやりながら言った。

「仮面の前に、自分をかばえよ……」

「すみません……」


 微妙な雰囲気になったところに、人影が現れた。ミシェルの義母のキトリだ。三十歳前後ほどに見える彼女は、ミシェルの母と言うより姉のような感じだ。


「そろそろ帰ろうかと思ったんだけど……もしかして、お邪魔だった?」

「い、いえっ。帰ります」

 ミシェルは声を上げるとキトリの元へ走った。何となくショックだった。

「では、失礼いたします。お招き下さり、ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 キトリがミシェルの背に手を当て、軽く頭を下げる。ミシェルは少し不自然な格好でスカートをつまんで礼をした。アルフレッドは迷った挙句、言った。

「お気をつけて」

 キトリが微笑み、ミシェルを連れて行く。キトリにからかわれたのかびくっと肩を震わせているミシェルを見て、何となくさみしくなったアルフレッドであった。















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ミシェル、無駄に多才。というか、いろいろ手を出しすぎ……。引き籠っていた間、よほど暇だったんでしょうね……。


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