Stage.20
今回はミシェル視点。
「私は、ことを起こすにおいて、初めが肝心だと思います」
ミシェルは、クロエと共に集まった面々にお茶を出しながら言った。いつもはリュクレースの他の侍女がやるのだが、いろいろあってその侍女たちが捕まってしまったので今はミシェルとクロエしかいないのだ。ミシェルとしては何かしている方が考えがまとまるので、これで良いのだと思う。
「何の予兆もないのに突然起こる出来事に人は戸惑います。だから、事件が起こるなら今シーズン最初の夜会の可能性が高いと思いました」
集まっているのは王太子に王太子妃リュクレース、ヴェルレーヌ公爵エリクに、レミュザ伯爵夫人キトリ、シャリエ公爵子息アルフレッドにその妹ナタリー。ミシェルの父ランベールは事件の処理をしている。押し付けてきたとも言う。
王妃も乱入しようとしたが、そこは遠慮してもらった。だが、あとから国王夫妻にも説明が行くだろう。
「まず、王太子妃様……と言うより、そのおなかの御子を狙っていた人たちは、まあ、理由がはっきりしていますよね」
「……まあ、そうね。リゼットのことは結構気に入っていたのに」
リュクレースがため息をつきながら言った。王太子が彼女の肩に手をまわしたが、ぺい、とはじかれた。
「王太子妃様の御子を狙っていた人たちは、もともと一枚岩ではありません。たまたま王太子妃様の侍女をしていたリゼットさんにその役割を担わせたようですけど、まあ、人選的に失敗です。普通の女性に出来ることではありません」
バッサリとミシェルが切り捨てると、何人かが引いた。ちなみに、今日のミシェルは仮面着用だ。夜会が行われた日の翌日である。
自分の家から未来の国母を出したい、という者は多いだろう。この辺りはミシェルの仕事ではないので完全に丸投げであるが、それらの人々は、自らの影響力を強めるために、自分の縁者を王太子の側室に押すだろう。つまり、その時点で結束できないのは目に見えているのだ。ただ、利害が一致しただけ。たまたま王太子妃の近くにいたのがリゼットであったので、彼女にその役割が回ってきただけと思われる。
彼女の犯行はお粗末だった。おそらく、彼女はリュクレースを慕っていたのではないだろうか。しかし、家族や自分より上の立場の者から言われたら、少なくともその人たちには『命令に従っている』ように見せないと自分が危ない。でも、リュクレースを傷つけたくはない。だから、彼女は経口毒を化粧水などに混ぜた。化粧品類に混ぜたのは、単純に自分の担当場所なので混ぜやすかったのと、自分が関わっていると言うことに気付いてほしい、という心理の表れだったのだと思う。
含まれていた毒物も、カロライナジャスミンだった。比較的簡単に手に入るものだ。だって、宮殿の庭に普通に咲いている。咲いた花をつんできても、侍女ならば不思議に思われないだろう。
極めつけは薬草園への出入りの許可だ。アルフレッドが同行していたミシェルですら、入るのに時間がかかったのに、リゼットにはすぐに許可が下りたようだった。もう、犯人を名指ししているとしか思えない。やはり、リゼットは初めから捨て駒にされていたのだと思う。リゼットならば、リュクレースの化粧品に混ぜるのだ、と言えばさほど怪しまれずに入ることができただろう。
「人選、と言う意味では、テレーズさんは完ぺきでした。仕事に私情を挟まないし、社交界での経験もあるので、『振る舞う』ことに慣れているようでしたから」
アルフレッドには言ったが、テレーズが間者かどうかは微妙なところだった。さすがのミシェルも、証拠を押さえきれなかったのでさすがと言える。まあ、ミシェルが彼女の背後関係を洗って行かなかったせいもあるが。
「テレーズの亡夫の家は、反王政派への加担が疑われていた。本人は夫亡きあと、実家に戻っていたから関係ないと思っていたのだが……」
エリクが眉をひそめた。テレーズは、亡き夫の思いにしたがって行動を起こしたのだろうか。本人に聞いてみなければわからないが、本人が答えるとも思えない。
しかしおそらく、テレーズは亡き夫を愛していて、その家族に愛情を返すために犯行に手を貸したのではないだろうか。他人には理解できない、絆のようなものが、夫の家族との間には合ったのかもしれない。
「ミシェル、いいかしら」
リュクレースが手をあげた。というか、何故ミシェルに向かって聞くのだ。
「じゃあ、あの見取り図は? リゼットかテレーズが落としたっていうこと?」
「おそらく、落としたのはテレーズだと思います。落ちていた場所から考えて、落とした、と言うより置いた、と言うことなのだと思いますが」
クロエがその見取り図を発見したのは、ソファの下だと言っていた。正確には、ソファと床の間に半分ほど挟まっていたらしいのだが、落としただけでただの紙がそんなところに挟まるとは思えない。クロエも大きくうなずいた。
「確かにそうですね。見取り図を持っていた人物が、あえてそこに挟んだと考える方が自然です」
「でも、わざわざそんなことをする理由がわからないぞ?」
王太子が口をはさむ。ミシェルは少し考えてから言った。
「おそらく、捜査をかく乱するためではないでしょうか」
はじめ、ミシェルは見取り図はリゼットが落としたものだと思ったのだ。しかし、落ち着いて考えてみれば、見取り図が落ちていた場所があからさま過ぎる。捨て駒として考えられていたであろうリゼットにそんなことをさせるとは思えないから、消去法でテレーズ、ということになる。
「……そんなことをして、どうするの?」
リュクレースが小首を傾げて尋ねた。ミシェルが口を開く前に、キトリが「ああ」と声をあげた。
「ミシェルが宮殿に上がったからか」
「そうですね」
キトリの意見にうなずき、ミシェルは言葉を続けた。
「春、私は王太子妃様の侍女として宮殿に上がりました。これは反王政派、反王太子妃派にとっても都合がよかったのだと思います」
何故なら。
「私は、仮面をしていて素顔が割れていないからです」
その言葉に、ほぼ全員が納得の声をあげた。
顔がばれていない、というのは味方にとってもメリットだが、敵側にとっても好都合だ。しかも、ミシェルは顔が割れていない状態で、仮面をつけたまま宮殿内をうろうろしていた。敵が利用するにも都合の良い相手であるだろう。
仮面の中の顔を誰も知らない。そして、宮殿内をうろついていた。それだけで、かなり怪しい人物である。そして、実行日に誰かが仮面をつけて行動を起こせば、その仮面の人物はミシェルだと思われる。
さらに、逃亡に使う隠し通路の見取り図が王太子妃の部屋に落ちていれば、犯人はかなりしぼられる。その中でも怪しい人物がミシェルだと言うわけだ。ミシェルだって、自分が怪しい自覚はあるのだ。何度も言っているけど。
「毒物だって、全て宮殿内で調達できるものでしたし……家から持ってくれば足がつきますからね」
家の関与を疑われないように、宮殿ですべて準備したのかもしれない。
「なあ、ミシェル嬢」
「はい」
王太子に名を呼ばれて、ミシェルはとっさに返事をする。
「黒幕は誰だと思う?」
「わかりません」
即答に、王太子がガクッとこけた。キトリも「もう少し考えてもいいんじゃないかい」と呆れた表情になった。
「それは私が考えることではないです。なので、丸投げします」
丸投げも何も、初めからミシェルは巻き込まれた方なのだ。少なくとも、犯人を捕まえるのはミシェルの役割ではないはずだ。
「昨日も言いましたが、どちらにしろ放っておけば、協力関係の崩壊した両派は争い始めるでしょう。どちらが勝っても、待っているのは内部崩壊です。下手にこちらが手出しをするとまた団結するので、放っておいた方がいいでしょう」
「……」
ミシェルがそう言うと、全員がどん引きした。昨日、議場で暴れまわったキトリにすら引かれた。ちょっとショックだ。
「……そんなに引かなくてもいいじゃないですかぁ」
「いや、引っ込み思案の可愛い私の娘はどこに行ったのかな、と」
「引きこもりなのは認めますが、別にかわいくはないですよ?」
ミシェルが小首をかしげる。立ち上がったキトリがよしよしとミシェルの頭を撫でた。訳が分からない。
「……ついでに、宮殿の警備体制を見直すことを進言します」
「ついに私にまで余波が」
宮殿の警備責任者であるエリクが、ミシェルの言葉にそんなことを言った。まじめそうに見えて、この人結構面白い人だ。
「今回の件でもわかりましたが、宮殿の内部を我々も完全に把握していない、ということに問題があるのではないでしょうか。彼らが隠し通路を見つけたように、少し探せば隠し部屋とかも普通に見つかりそうですよね」
ずっと黙っていたアルフレッドがさらっと言った。うん。それはミシェルも思っていたことだ。
「お前、突然冷静になるなよ。怖いだろ、その顔で言われると」
「この顔は元からです」
王太子とアルフレッドのやり取りに、ミシェルは苦笑した。
失敗したものの、この一連の計画を考えた人物はそれなりに頭がいいのだろう。このまま終わるとは思えない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
あと一話で完結です。よろしくお願いします。




