Stage.19
今回はアルフレッド視点。
ミシェルの姿が会場から消えていた。おそらく、犯人を追って行ったのだろう。それが合図となり、アルフレッドたちも犯人探しに移った。
ミシェルは初め、王太子妃が狙われているように見えるのはミスリードかもしれない。と言った。しかし、彼女はこの言葉を後から訂正した。ミスリードであるのは確かだが、それに気づくことも計算に入れられているだろうと。
そして、忘れてはならないのは、結局、王太子自身も狙われている可能性が高いと言うことだ。ミシェルの推察では、王太子妃を狙っているのは反王政派ではないようだが、一方が動いているからと言って、もう一方が動いていないとは限らない。
「捕らえました」
「おう。ご苦労様」
王太子の護衛を務める近衛兵の言葉に、王太子がからりと笑って言う。
「リュカは?」
「王太子妃殿下は現在、妃殿下と共にいらっしゃいます」
「じゃあ大丈夫だな」
王太子はそう言って納得の様子を見せた。
近衛兵の中に、反王政派がいたのだ。いや、必ず諜報員はいると思っていたのだが、思ったより近くにいた。そしてもう一人、どうやらリュクレースの侍女の一人であるテレーズも反王政派の一人のようだった。一人、と言うか協力者と言った方がいいのだろうか。
反王政派を近衛兵として宮殿に侵入させたのは彼女だった。大きな夜会などが開かれると、普段は王都を巡回している近衛兵なども、宮殿に集められることがある。ミシェルではないが、見慣れない人がいてもあまり気にしない状況になると言うわけだ。
奥にさがった王太子と王太子妃を狙う。くしくも、反王政派と王太子妃を狙う一派の思惑が一致した。というか、王太子妃を狙う者たちにしてみれば、王太子が死ぬのは困るのではないだろうか。しかし、手を組むことで得られる利点を優先したのだろう。小さな派閥では、宮殿内で争いなど起こせない。
「ここまでミシェル嬢の読み通りだな。いよいよ彼女が末恐ろしいんだが」
「……まあ、今に始まったことではないでしょう」
アルフレッドも正直、王太子と同じことを思っていたが、彼女に限って敵に回ると言うことはありえない。いくら頭の回転が速くても、彼女の根は善良なものだ。
しかし、万が一敵に回ってしまったら、誰にも止められない気がする。アルフレッドには、彼女の考え方は官僚と言うより軍師に近く思えた。
王太子を襲った偽の近衛兵を牢屋に入れた後、アルフレッドたちは夜会会場の近くにある議場付近に向かった。そこにも、警備の近衛兵たちが多数出入りしている。招待客には知られないように、こちら側の出入り口は封鎖されたようだった。
「うおーい、エリク。首尾はどうだ?」
王太子が従兄のエリクを見つけて声をかけた。振り返ったエリクは「問題ない」と答える。
「念のため、隠し通路内も調べているが」
「ああ。助かる」
ぽっかりと口を開ける暗闇の場所が、隠し通路だ。その近くには栗毛の女性がいて、興味深そうに壁の穴を眺めている。
「ミシェル」
声をかけると、彼女は振り返った。最初に見たときはきれいに結われていた栗毛が、今ではすっかり乱れてしまっている。見られたくないだろうに、顔の右側を隠す髪も少し持ち上がり、やけどの痕が見えていた。まあ、少しだし、暗いので知らなければわからないだろう。
「ああ、アルフレッド様。うまく行ったんですね」
「ああ……君の読み通りだ」
助かった、と礼を述べると、ミシェルは微笑んで「わかることを話しただけですよ」と答えた。その『わかること』がすでに常人のレベルを越えているのだが、本人は自覚がないのだろうか。
「通路の中に、誰かいそうか?」
並んで暗闇を覗き込みながら言うと、ミシェルは首をかしげた。
「連絡員が一人か二人くらいいると思いますが、それ以外は誰もいないでしょう。ここの通路は早急に封鎖することをお勧めします」
「そうだな」
この知れ渡った通路は、すでに隠し通路の意味をなさないだろう。ならば、封鎖してしまう方がいい。宮殿への出入り口は、少ない方がいいのだから。
「なら、何を見ていたんだ?」
「お父様とキトリさんが中に入っていて……私も行きたかったんですけど」
「それはダメだろう」
「って言われたので、こうして待っています」
ミシェルは合理的な思考の持ち主であり、護身術も多少は使えるようだがそれだけだ。彼女の父と義母の判断は正しい。
「そちらはどうでしたか? テレーズは……」
「ああ。自分が手引きしたと自白した」
「……そうですか」
ミシェルはうなずくと、後ろで手を組み、アルフレッドを見上げた。
「テレーズはリゼットと違って、しっかりしていたので、なかなか確証が得られなくて。賭けだったのですけど」
「その賭けに勝ったわけだな。つくづく、君が敵でなくてよかった」
「……それ、ほめられてます?」
ミシェルが首をかしげた。称賛の言葉としては不自然なセリフではある。いや、アルフレッドに悪気はないのだが。どちらかと言うと、ほめている。たぶん。
「詳しい解説が必要ですか?」
「いや、それは後でいい」
遠回しに説明が欲しいと伝えると、ミシェルは再び微笑んだ。二人で視線をぽっかり空いた暗闇に目を向けると、ぼんやりとした明かりが見えた。
「あ、キトリさ~ん」
ミシェルが嬉しそうに出てきたキトリに手を振った。この二人、本当に仲がいいな。
「はい、お留守番、ご苦労様」
キトリが笑顔でミシェルの頭を撫でた。キトリの後から、レミュザ伯爵を含む男性四人が出てきたが、アルフレッドは思わずキトリを凝視してしまった。彼女は近衛兵の制服を着ていた。いわゆる男装だ。顔立ちは女性らしいのだが、背が高いのでよく似合っている。もしかして、ミシェルはこの姿に惹かれたのだろうか。ちなみに、話を聞いたところによると、キトリは元軍人ではあるが、近衛に所属していた事実はない。
「中はどうでした?」
「聞くのがそれなんだね。ミシェルらしいね。ああ、君の推測通り、二人、連絡員がいたよ」
「そうですか」
納得したようにミシェルがうなずいた。ここまで来ると、ミシェルが犯人なのではないかと思ってしまうほどの一致具合だ。
「でも、彼らは反王政派? それとも、王太子妃殿下を狙っていた一派?」
「そこまではわかりません。でも、今となっては、どちらでも同じことです」
ミシェルはバッサリと言い切った。アルフレッドはミシェルを見下ろす。彼女がキトリの方を向いていたので、ちょうど彼女の結い上げた髪が見えた。栗毛に映える銀色の髪飾りをしている。そして、うなじがまぶしい。
「利害が一致すれば、彼らは手を組むでしょう。もともと、王家に瑕疵があるわけではなりませんから、クーデターは難しいです」
「そう言うものなのか?」
王太子の問いに、ミシェルは一瞬びくりとしたが、うなずいた。
「少なくとも、現状で政権転覆は難しいと思います。それに、このままだと協力関係に亀裂が入った反王政派と反王太子妃一派が互いに争い始めるでしょうし……」
そこで、ミシェルは自分が注視されていることに気が付いたらしく、言葉を切ってキトリの後ろに隠れた。アルフレッドではなく、キトリの後ろに。まだそこまで頼られないと言う事実に、アルフレッドはひそかにショックを受けた。
「お兄様っ、ヴェルレーヌ公爵!」
どうやって警備を突破してきたのかわからないが、ナタリーがこちらに向かってかけてきた。アルフレッドが顔をしかめる。
「どうやって出てきたんだ」
アルフレッドの記憶違いでなければ、出入り口は封鎖されているはずだ。
「そんなの、かわいく上目づかいで『公爵様の所に行きたいの』って言って突破してきたに決まってるわ」
さらっとナタリーは言ってのけた。ナタリーには悪女の才能が有るのかもしれない。悪用していないのが救いか。引き合いに出されたエリクが顔をしかめた。
「私か」
「何をしているんだ、お前は……」
エリクとアルフレッドでツッコミを入れる。呆れる二人を見て、ミシェルがキトリの後ろから顔を出した。
「でも、ナーシャさんがこちらに来てくれたのは、ある意味幸運かもしれません。ナーシャさんは今の所、ヴェルレーヌ公爵の最有力婚約者候補ですし、その身を狙われる可能性が」
「なるほど」
「って、ミシェル!?」
ナタリーがキトリの後ろにいるミシェルを見て驚いた顔をした。ミシェルが再びキトリの後ろに引っ込む。かわいらしいが、理知的な面差しの十九歳の娘がやっていると思うと……可愛いか。
「わあ。美人! 本当にニヴェール侯爵に似ているのね」
「……」
ミシェルが沈黙した。いや、ナタリーの言うことは事実だ。本当に、ミシェルとディオンは似ているのだ。いとこだが、兄弟と言っても通じるくらいには似ている。
「それで、何があったの?」
ナタリーがいきなり核心をついてきた。アルフレッドは思わず王太子、エリクと顔を見合わせてしまった。ナタリーは完全に一般人なのだが、ここまで来た以上、どこまで話せばいいのか迷ってしまったのだ。
「じゃあ、ナタリー嬢も後で王太子妃殿下と話を聞こうか」
何故か勝手にキトリが決めた。ナタリーがうなずく。
「キトリさん、かっこいいですわね」
「ありがとう。近衛兵の制服はかっこいいよね」
どうやら、女性陣はとても強かなようだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ミシェルの中では今のところアルフレッド<キトリ。アルフレッド、ドンマイ。そして、ナタリーは空気を読もう。
そんなこんなであと2話。




