Stage.18
今回もミシェル視点。
4年ぶりの2月29日ですね~。だからと言って、なにかあるわけではないですが。
ミシェルは手を伸ばして仮面を奪い取った。ミシェルもやられたことがあるが、自分がやるとは思わなかった。仮面を奪われた彼女は顔を覆って膝をつく。
「最初から、あなたが諜報官であることはわかっていました」
ポワソン子爵令嬢リゼット・ノエは現在十七歳。一年ほど前から王太子妃リュクレースに仕えており、仕事はゆっくりだが正確だ、と言うことで重宝されていたらしい。
熱心に仕える人間には二種類いる、と言われている。本当にその主を思っているものと、そして、敵対関係にあるところから派遣されてきた者。この二種類だ。
リゼットは、後者の方なのだろう。
リゼットは王太子妃の化粧や入浴などを担当していた。毒物が混ぜ込まれていたのは、化粧品の中。リゼットなら簡単だ。あからさま過ぎる。
「でも、さすがに実行者であったのは意外です。確かに、私と体格は似ていますけど」
「……!? あなた、ミシェル、さん……!?」
リゼットが驚いたようにミシェルを見上げた。ミシェルはリゼットから奪った仮面を自分の顔に当てる。
「今気が付いたのですか? ちょっとショックです……」
ここ四か月ほど、毎日のように顔を合わせていたのに。いや、顔は見えなかっただろうが、口調や声は同じはずだ。まあ、それだけで判断できるものなど少ないが。ミシェルも、仮面の女性がリゼットだと知らなければ彼女を見ても確証は得られなかっただろう。
だから、半分冗談だ。しかし、半分は本気である。
「とりあえず、ここから出ましょう。詳しい話を聞きたいですし――」
リゼットに歩み寄ろうとしたミシェルは、はっと振り返って持っていた仮面を取り落した。あわてて座り込んだリゼットを引っ張って立たせる。先ほどまでリゼットがいた場所を銃弾が貫いた。危なかった。
「な……っ」
殺されそうだった恐怖にリゼットが身を震わせている。ミシェルはあわてて武器を探すが、仕込んでいた短剣はどこかで落としてしまったようだった。ふと、先ほどリゼットが持っていた短剣が眼に入る。ないよりはましだと、ミシェルはそれを拾い上げた。
空気を斬り裂くような音が聞こえた。ミシェルはそちらに振り返り、振り下ろされた剣を短剣で受け止めた。腕がビリビリとしびれた。
一人で乗り込んだつけだろうか。何人いるかはわからないが、相手は銃を持っているし、この状況なら簡単にミシェルとリゼットの口止めをできるだろう。戦っても勝ち目はない。
「~~っ!」
ミシェルは一か八かで身を沈めて相手に足払いをかけた。女だと油断していたからか、思ったよりもうまく行き、目の前の人間は体勢を崩した。
「行きますよ!」
ミシェルはリゼットに声をかける。だが、リゼットは動かない。ミシェルは彼女の肩に手をかける。
「リゼット!」
ミシェルが声を荒げた時、背後でどさりと誰かが倒れた。驚いて振り向くと、開いた扉から差し込む月明かりに照らされて、人影が浮かび上がる。細身の人物だ。
その人は手にした得物で近くにいた一気にその場を制圧する。
「ミシェル、怪我はない?」
「……キトリさん」
何となくわかっていたが、現れたのはキトリだった。長身を近衛兵の軍服に包み、髪を簡素に結い上げている。手には長剣を持ち、騎士の装いだ。引退して久しいはずだが、その格好はどう見ても。
「キトリさん、かっこいいです!」
「おや、ありがとう」
そう言ってキトリは微笑み、ミシェルの手にぽん、と無造作に何かを乗せた。見ると、銃を手渡されていた。
「全員倒したわけじゃないからね。ランベールたちが来るまで、まだ時間がかかるだろう。ミシェル、ためらうなよ」
「……はい」
うなずいてミシェルはリゼットをかばうように膝立ちになり、手にした銃の安全装置を外した。
「いい子だ」
キトリは微笑み、ミシェルの頭をひと撫ですると立ち上がった。剣を持ったキトリは、本当に強かった。暗くてかなり視界が悪いのに、一瞬で相手に迫り、剣を振るう。しばらく眺めていたが、眼が追い付かないのでやめた。
しかし、さすがにキトリ一人ですべてを片づけるのは難しい。相手は銃を持っているし、何度か彼女に銃弾がかすめている。傍観していたミシェルは腹をくくって銃を構えた。キトリを狙っていた敵に銃口を向けた。そのまま引き金を引くが、外した。暗い上にミシェルは左目しか見えていないためだ。距離感がわからない。
「きゃあっ」
ミシェルが反撃したからだろう。こちらに向けて発砲された。幸い外れたが、近くの床をえぐってリゼットが悲鳴を上げる。ミシェルは座り込んでいるリゼットを立たせようと引っ張ったが、彼女は床に丸くなったまま動かない。横目で此方に銃口が向いたのを認識し、ミシェルはそちらに向かってもう一度撃った。また外した。
一般的に、小型の銃の銃弾の装填数は六である。二発撃ったので、あと四発だ。本当はミシェルたちがこの議場から出ればいいのだが、リゼットは動かないし、そもそも入り口付近に誰かいる。
奥の方はキトリが何とかするだろう。ミシェルは入口の方に銃口を向けた。そちらの方が少し明るいが、やはり片目では距離感がつかめない。少し迷ったが、ミシェルは右目のあたりにかかっている髪をかきあげた。これだけ暗ければ、ミシェルのやけどの痕も見えまい。というか、気にしている場合ではない。
「っ!」
両手で構えた銃の引き金を引く。少しそれたが、狙われた相手は驚いて銃を取り落す。拾われる前に相手の腕を撃ちぬいた。あと二発。
もう一人。仲間が倒されたのを見て、こちらに銃口を向けてくる。ミシェルはとっさに引き金を引く。外した。どうしても、片手で撃つと反動に耐え切れずに着弾が散ってしまう。腕力がないから当たり前か。
最後の一発だ。両手で構える。これは外せないと、ぎりぎりと引き金を引き絞り――――。
ミシェルが引き金を引ききる前に、その男が後ろからふっとばされて前につんのめり、床に激突した。
「!?」
ミシェルも、震えていたリゼットも驚いて顔をあげた。
「ミシェル、無事みたいだな」
そう言って笑ったのは、月明かりが逆光になっているが、どうやらディオンのようだった。ディオンは入り口付近にいる二人を気絶させると、まっすぐにミシェルたちの方にやってきた。
「ああ、ニヴェール侯爵、ご苦労様」
「ああ、キトリさん……いや、キトリさん、ちょっと待とうか。まず顔の返り血拭いてから明るいところに出てこようか」
こちらも制圧し終えたキトリがにこやかに近づいて来ようとするが、ディオンに止められていた。返り血を浴びたキトリがいい笑みで近づいてきたからだ。さすがのミシェルも引く。と言うか、どう考えてもやりすぎだ。
「すまん。ちょっと遅れたな。お嬢さん、立てるか?」
ディオンがリゼットに声をかける。ミシェルは銃の安全装置をかけると、リゼットの肩を抱いて立ち上がらせた。彼女は少しふらついたが、ちゃんと立ってくれた。
返り血をぬぐったキトリもミシェルたちに続いて議場を出てきた。そこには、近衛兵を含めて数人の人物が集まっていた。場違いなミシェルやリゼットを見て、近衛兵たちがいぶかしげな表情をしている。ミシェルは髪に手をやり、顔の右側を隠すように髪を梳いた。たぶん乱れているだろうが、隠さないよりましだと判断した。
「全員無事だな」
父のランベールがやってきて、キトリとミシェルを見てほっとした表情になった。ほっとするにしては、来るのが遅すぎる。
ちなみに、父ランベールは軍務省の副長官だが、近衛兵を統括しているのはヴェルレーヌ公爵エリクだ。ミシェルも、宮殿に上がるにあたってその辺の組織図くらいは頭に叩き込んでいる。宮殿で起こったことは近衛の領分。そのため、エリクが様々な指示を出しているようだ。
「お父様。王太子妃様はご無事ですか?」
ミシェルが尋ねると、父は力強くうなずいた。
「ああ。お前の読みが当たっていたな」
「そうですか」
ミシェルはほっとして息をつく。
身重のリュクレースは、必ず夜会を早くに切りあげて奥に引っ込む。そして、その時に水を勧めるのは難しくない。おそらく、リゼットはもともと金色の髪をミシェルに合わせて茶色に染めたのだと思うが、その状態で仮面をつけていけば誰もが彼女はミシェルだと思うだろう。
もしかしたら、リュクレースやクロエ辺りは気が付いたかもしれないが、今回は気づいてもそのまま泳がせるように頼んでいた。
リュクレースを狙っている相手は、頭のいい人だ。飲むかわからない水に堕胎薬を混ぜる。それで終わるか? 終わるはずがない。だって、実際にリュクレースはその水を飲んでいないのだから。
なら、どうするか? ミシェルなら、事故に見せかけて階段から突き落とす。いや、事故でなくてもいい。犯人が捕まるのを覚悟でやれば、確実だ。
ただ、こちらは報告待ちだ。その間にリゼットが近衛兵に拘束されて事情聴収に連れて行かれる。さすがのミシェルもかばえないなと思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ミシェルの危機に駆けつけるのは恋人ではなく義母。キトリさんは無駄にイケメン設定。
ちなみに、あと3話で完結予定であります。




