Stage.16
今回はアルフレッド視点です。
アルフレッドも夜会に参加していた。王太子の側近であり、護衛を兼ねているアルフレッドは、王太子妃と共に出席している王太子の側にいた。妊娠中の王太子妃は、しばらくしてから退場する予定だ。
そんな王太子妃の側にいる侍女は二人だ。クロエと、テレーズと言う名だったか。年少の二人、つまり、ミシェルとリゼットは家側の人間として参加している。
あまり交友のないリゼットはともかく、ミシェルはすぐに見つかった。何しろ、ディオンと共に入場してきたときから目立っていた。ディオンも目立つし、そして、素顔で入ってきた彼女だ。人目を引くくらいには、彼女は美人だ。
見なれない美女であるミシェルに視線が集まっている。ミシェルの正体がわかっていないとはいえ、彼女が噂のように醜くはなく、美人であるということを周囲に知らしめることができてうれしい気もする。だが、彼女が美しいことを知られて悔しい気もする。わかっている。独占欲と嫉妬心だ。
本当のことを言うと、彼女をエスコートしている友人のディオンも気にくわない。しかし、二人が向き合ってダンスを始めると、二人を見慣れているはずのアルフレッドにも二人が良く似ていると感じられ、嫉妬することがばからしくなってため息をついた。
「アル、お前、見とれてんのか? まあ、確かに客観的に見て美人だよなぁ」
王太子がにやにやと言った。視線を集めているので、彼にもすぐにミシェルを特定できたようだ。彼女はやけどの痕が残っている顔の右側を髪で隠すように結っているが、それも不自然でないような髪型になっている。何より顔半分だけでも彼女は美人だ。外見だけがすべてではないが、顔立ちが整っている方がどちらかというとよい。いや、アルフレッドの主観だが。一応言っておくが、アルフレッドはミシェルがミシェルだから好きになったのであって、彼女が美人だから好きになったわけではない。実際、仮面をしている頃からその兆候はあった。
「王太子妃様、そろそろ」
王太子とアルフレッドが不毛な争いをしている間に、侍女のテレーズが王太子妃に声をかけた。クロエもうなずいている。その様子に気が付いた王太子も微笑んで王太子妃の手を取った。
「そうだな。リュカ、もう休んでいろ」
王太子は微笑んで彼女の耳元で何かをささやいた。王太子妃はその言葉に微笑み、一つうなずく。それから、彼女はじっとアルフレッドを見た。
「お願いね」
「……はあ」
王太子妃の謎の言葉に、アルフレッドは首をかしげて気の抜けた返事をした。いや、何のことかさっぱりわからなかったのだ。
王太子妃は侍女二人を伴い、会場の奥にある個室に入って行った。そこでしばらく休んでから部屋に戻るのだろう。むしろ、そこから会場の様子を見ている可能性もある。
言い方は悪いが、王太子妃がいなくなったことで王太子とアルフレッドは比較的自由に動けるようになった。そこにディオンがやってきた。彼はいつものへらっとした気の抜けたような笑みではなく、きりっとした笑みを浮かべて優雅な動作で近づいてきた。
「ご機嫌麗しく、王太子殿下」
やはり優美に礼をするディオンは、その外見には似合っているが本性を知っているアルフレッドは思わず白い目で見てしまった。
「元気そうだな、ニヴェール侯爵。よく来てくれた」
王太子が鷹揚にうなずいた。それからちらっと会場の方に目をやる。
「君の連れは、面倒なことに巻き込まれているようだが?」
その言葉に、アルフレッドとディオンはほぼ同時にそちらの方を見た。ディオンの連れは、もちろんミシェルだ。彼女の方を見ると、数人の女性に囲まれていた。
「……あー……放っておいても大丈夫でしょう」
ディオンが薄情にも言った。しかし、アルフレッドもちょっと同じことを考えていたので人のことは言えないが。
「……いいのか?」
「むしろ、男どもに囲まれた時が問題ですね」
やはりさらっとディオンは言った。これもアルフレッドと同意見だ。女性に囲まれている間はおそらく、楽しくおしゃべりしているわけではないだろうが、男どもは寄ってこない。つまり、嫌味を言われるより男に口説かれる方が問題なのだ。ミシェルにとっても、アルフレッドにとっても不都合だ。思いを通じ合わせたアルフレッドとミシェルであるが、自分から女性を好きになったのが初めてであるアルフレッドは、いまいち自信がないのだ。
「では、殿下。失礼いたします」
仲が良いからと言っていつまでも同じ人と話しているわけにはいかない。ふざけているように見えて、わりとまじめなディオンはそう言って礼をとった。去り際、アルフレッドがディオンに声をかけた。
「ディオン」
「ん?」
「何かあったらフォローを頼む」
ディオンはすでに侯爵で、権力も金もある。そして、いざと言う時にためらわないところを評価できる男だ。少し考えて見たら、性格もミシェルに少し似ているかもしれない。忌々しい。
そのディオンは、アルフレッドの肩を軽くたたいてふっと笑った。
「了解。ま、大丈夫だとは思うがな」
そうだといいのだが。ちらりとミシェルを見ると、どうやら女性の群れから脱出した様子で、さらに会場の隅の方に行っていた。もっと正確に言うと、壁際で料理を食べているようだ。人が多いので、よくは見えないのだが。
少し高くなっている段から降りると、次々に人がやってきて王太子に話しかける。アルフレッドにも何人か話しかけてきたが、彼の妹であるナタリーが近づいてくると人が割れた。いや、どちらかと言うと、彼女の連れであるヴェルレーヌ公爵エリクに遠慮した可能性が高い。
「お兄様」
エリクはそのまま王太子と話をしているが、挨拶だけ済ませたナタリーはそのままアルフレッドに話しかけてきた。今日のナタリーは落ち着いた緑のドレスを着ている。
「ナーシャか。どうかしたか?」
アルフレッドが尋ねると、ナタリーは整った顔を怒らせた。
「どうって、どうしてお兄様、ミシェルを誘わなかったのよ」
下から睨みあげられた。両手を腰に当てて、顎をそらして兄を威嚇してくる。思わず足を一歩引くと、ナタリーは逆に前に足を一歩出した。
「チャンスじゃない! ミシェルは家側として参加することになってたんでしょ。お兄様が誘っても不思議じゃないわ。少なくとも友達なんだし」
「……まあ、そうだな」
「お兄様が誘わないから、ミシェルはすねてこなかったんじゃないの」
「……」
そう言えば、ナタリーはミシェルの素顔を見たことがないのだった。ホールの中には人が多いし、顔を知っていても見つけられなかったとは思うが。
「……まあ、そうだが、ちょっと事情があって」
アルフレッドはナタリーに作戦を話すわけにもいかずに言葉を濁した。ナタリーがドレスのスカートの下でアルフレッドの足を踏みつけた。
「何言ってるのよ」
じとっと睨まれてアルフレッドはたじろいだ。ナタリーはさらに尋ねる。
「何隠してるのよ」
ぐりっと足をひねられた。何だか既視感があると思ったら、よく王太子が王太子妃にやられているやつだ。女は強い。
「……アル。お前も女の尻に敷かれるタイプか……」
「私は殿下にその自覚があったことの方がびっくりです」
王太子に指摘されたアルフレッドもさらりとひどいことを言いかえした。いや、これは王太子が弱いわけではなく、王太子妃が強いのだと思われるが。
「というがナーシャ。お前、婚約者候補の前だぞ。もう少し取り繕え」
「あ、俺の前ってのはいいのか」
思わずナタリーを叱るアルフレッドに、王太子がツッコミを入れた。確かに王太子の前でもあるが、こちらはもう今更のような気もする。
「……いえ。今更だわ」
エリクを見上げて言うナタリーに、アルフレッドは戦慄を覚えた。
「お前、公爵に何をしたんだ、何を」
「別に何もしてないわよ、失礼ね」
ナタリーが頬を膨らませて言った。どうでもよいが、そろそろ足をどかしてほしいのだが。
「安心しろ。ただ単純に、最初から素で接しているだけだ」
何故かエリクからフォローが入った。ナタリーは気が強めなのだが、その状態で最初から接しているのだろうか。いや、悪いことではないのだが、ナタリーはこの気の強さで求婚相手に引かれているのだ。
でも、まあ、うまく行っているのなら、いいのか? どちらにしろ、アルフレッドが干渉することではないと思ってはいるのだが。
「あっ」
ナタリーが唐突に声をあげた。さすがに足をどけてくれてアルフレッドはほっとする。ナタリーがホールの入り口の方を振り返ったので、アルフレッドもそちらを見る。
「……」
アルフレッドは思わず、王太子の方を見た。必然、並んでいたエリクも視界に入る。二人とも険しい顔をしていた。入り口付近に、仮面をつけた女性を見つけたからだ。
アルフレッドは視線を先ほどミシェルを見た場所に移す。今度は男に絡まれていたが、彼女はちゃんとそこにいる。もう一度仮面の女性を見る。ミシェルを見た後だと、明らかに別人だとわかる。そもそも、同じ茶髪でも色の濃さが違う。
だが、ミシェルの素顔を知らない人にしたら、仮面の女性が『ミシェル』に見えるだろう。思い込みとは恐ろしい。実際、ナタリーは彼女をミシェルだと思ったようだ。
「ちょっと挨拶に行ってくるわ」
というナタリーを押しとどめる。さすがに、近づいて話をすればナタリーもミシェルではないと気付くだろうが、そもそも近づくのが危険だ。
「アル。俺はリュカのもとに行く。あとは頼んだ」
「わかりました」
王太子はそう言って王太子妃の安否を確認に行った。アルフレッドも、現れた仮面の女性を監視しなければならない。
「そんなに見つめるなら、会いに行けばいいじゃない」
ナタリーがげんなり気味に言う。それにエリクがつっこんだ。
「ナタリー。そうだが、そうではないんだ……」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ナタリーが出てくると話がそれてしまう。危険な女です(笑)




