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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
44/55

Stage.15

今回はミシェル視点です。












 その日、鏡のないミシェルの部屋に等身大の鏡が持ち込まれていた。鏡を見るのが嫌いなミシェルも、今日に限ってはまじまじとその鏡を覗き込んでいた。だが、見るに堪えなくなってきて視線を逸らした。


「なんで目をそらすんですか。すごくきれいですよ。ほら、ちゃんと見て」


 ポーラが鏡を移動させてミシェルの姿を無理やり映した。ミシェルは再び鏡に向き直る。

 ミシェルが鏡から視線を逸らしたのは、今日は仮面をしていないからだ。仮面を外す時はいつも、右目を隠すように髪を結っている。たいてい、右肩から前にたらす三つ編みが多いのだが、今日は夜会に参加するために結い上げていた。だが、ちゃんとやけどの痕が隠れるように顔の右上半分は隠されていた。

 今まで、夜会に参加することは何度かあったが、いつも髪はおろしていた。仮面をしていると、髪を結ぶのが難しいのだ。


 だが、今回はミシェルが『ミシェル』とわからないようにするために、仮面を外している。彼女が『ミシェル』だとわからない方が身動きがとりやすいからである。

 濃い紫のドレスは、あまりスカートのふくらみがない。動きやすさを重視したために、パニエはあまり膨らんでいないものを選んだのだ。だが、それが背は高くないが、理知的な容姿のミシェルにはよく似合っていた。

 デコルテも大きく開き、夜会に出席する貴族令嬢として正しい姿だ。いや、今までも正しくなかったわけではないのだが。ネックレスやブレスレッド、イヤリングなども今までより派手なものを身に着けている。間違いなく目立つ。


 ポーラが選んだのだから、ミシェルに似合わないわけがないだろう。間違いなく、ミシェル自身が選ぶよりは似合っているはずだ。鏡を見ても、それなりに似合っているのではないかと思う。

 ミシェルはつつっと視線をあげて、自分の顔を見た。右半分がうまい具合に髪に隠れている。髪を結い上げられると、いつもより大人びて見える気がした。いや、いつもは仮面をしているし、鏡をあまり見ないけど。

 花や銀細工の髪飾りを飾られ、若干頭が重い。化粧をされた顔はそこそこみられると思った。だが、やはり、化粧をしてもやけどをしたひきつれた皮膚はごまかされない。ミシェルはため息をついて鏡に手をついてうなだれた。


「何故そこでうなだれるのですか。大丈夫です。ちゃんと美人に仕立て上げましたから」


 ポーラがぐっと指を突き立てて言った。そう言う問題ではない。

「今日の夜会には、伯爵様もキトリ様も行くんですよね。大丈夫ですよ。何かあれば助けてくれます」

 何しろ、父ランベールも義母キトリも強い。それに、ミシェルだって護身術を習った。十五歳のころの、ただの力のない少女では、もうない。


 そう。ミシェルは素顔で夜会に行くのが怖かった。顔を焼かれた記憶がよみがえるようで、怖い。しかも、今日のエスコート役はよりにもよってディオンだ。ミシェルが顔にやけどを負ったのは、ディオンの熱心なストーカーの女性に逆恨みされたからだ。

 すでにディオンは結婚しているし、熱心なファンも落ち着いてきている。しかし、今、彼の妻であるフェリシテが妊娠しているので、女性は寄ってきそうだけど。

 フェリシテの子とリュクレースの子は同世代になるだろう。だから、同性なら学友、異性なら婚約者候補になると思われる。ディオンはニヴェール侯爵なので、身分的にもちょうどいい。


 話を戻して。


 結婚している以上、ディオン狙いの女性は落ち着いているし、大丈夫だとは思うのだが。むしろ、ミシェルが愛人だと思われる可能性もある。……いや、愛人と思うには、ディオンと顔立ちが似ているけど。

 そんなこんなでディオンの迎えが来たので、彼と宮殿に向かう。今日のミシェルは、リュクレースの侍女としてではなく、招待客の一人として夜会に参加する。リュクレースとは関係のないふりをしなければならない。ついでに、見てわかるだろうがフェリシテの代理でもある。

「うん。遠い親戚ってことでごまかせそうだね」

「それは……そうでしょうけど」

 馬車の中で向かい合って座りながら、そんなどうでもよい会話をする。従妹なのだから、似ていて当たり前だし、ごまかされてくれないと困る。嫌がらせを受けるだろうが、それについてはあきらめた。

 ディオンは微妙な表情になったミシェルを見て、何を勘違いしたのか言った。


「本当は、エスコートは恋人のアルの方が良かったよね。従兄のお兄さんでごめんね」


 何故ディオンまでアルフレッドとミシェルの思いが通じ合ったことを知っているのだろうか。いや、ディオンはアルフレッドの友人だからおかしくはないのか? ミシェルは家族にも話していないのだが。

「いえ、それはいいんですけど」

「いいんだ……。アルが聞いたら泣くぞ」

「今はそれどころではないので」

 ディオンからツッコまれたが、ミシェルは恋に浮かれている場合ではない。この今シーズン最初の夜会で何かが起こる可能性が高いのだから、できるだけその真相に迫っておく必要がある。

「それに、アルフレッド様でもディオンお兄様でも、私がねたみの対象になると言うことは変わらないので」

「あー……否定できないね」

 ディオンは苦笑して謝った。いや、謝られても困るのだが。それにしても、相変わらず怜悧な顔立ちなのに、へらっと笑う人だ。

「先に謝っておきます。すみません」

 そう言って向かい側のディオンが頭を下げた。ディオンはミシェルが顔にやけどを負ったことを気にしているようで、こうして彼女を気にかけてくれる。それが、ミシェルにはちょっとくすぐったい。


「……いえ。大丈夫です。もう十五歳の無力な私とは違います」


 半分自分に言い聞かせるように、ミシェルはそう言った。ディオンは「うん。そうだろうけど、無理はしないでね」と微笑んだ。笑うときつめの顔立ちが柔らかく見えるから不思議だ。

 宮殿に到着し、先に降りたディオンがミシェルに手を差し出す。ミシェルは唇を引き結び、そっと手を差し出した。大丈夫。四年前とは違う。状況は一緒だけど。


 社交界デビューしたばかりのころよりも、今の方が外見的にはディオンとお似合いだと思われるだろう。しかし、成長したミシェルは、よく見ればディオンとよく似ている。久しぶりに自分の顔を見たら、従兄のお兄さんに似ていてびっくりした。

 うん。だから大丈夫。ミシェルはディオンの手を取って馬車から降りた。あちこちに明かりが設けられ、ちょっとまぶしい。議場の側にあるホールが会場であるが、そちら側からは入れない。議場が公開されていることはあるが、今日は閉鎖されているはずだ。

 夜会の時に開かれる門を通り、ミシェルとディオンは会場に入った。既婚者であるニヴェール侯爵が夫人ではない女性を連れているので、注目を浴びること。しかも、あまり見覚えのない女性だ。招待客たちは、ミシェルがディオンに似ていることに気が付いただろうか。


 途中、何人かの知り合いにすれ違った。みんな、ミシェルを物珍しそうに見ているが、彼女がミシェルであるとは気付かなかったようだ。

 その中にエリクとナタリーの姿を見つけた。アルフレッドによると、二人の婚約話が進んでいるらしいので、当然と言えば当然のことなのかもしれない。エリクには顔を曝したことがあるが、ナタリーはミシェルのことがわからないようだ。目が合って会釈したのだが、『誰だろう』という表情をされた。

 すでに夜会会場はにぎわっていた。すぐに隠れるように壁の華になろうとするミシェルだが。「いやいやいや」とディオンに引き留められた。

「一曲くらい踊らないか?」

「……でも、フェリシテさんに悪いですよ」

「いとこ同士で悪いも何もないだろー。それに、フェルにも『ミシェルをよろしく』って言われてるしな」

「……」

 ミシェルはフェリシテに怖がられていると言う自覚がある。しかし、嫌われているわけではない。仲が悪いわけではない。心配してくれているのもわかる。だからこそ、微妙な気持ちになるのだが。なんと言うか、反応に困る。


 しかし、確かに、エスコートしてもらったのに断るのも悪い。そう思い、ミシェルは従兄殿と一曲踊ることにした。あまりダンスが得意ではないミシェルであるが、幸い、今演奏されているのはゆったりとしたワルツだ。ディオンもリードがうまいので、問題なく踊れた。だが。


 視線が痛い……。


 仮面をしていればしているで注目を浴びるのだが、素顔で出れば、今度は見なれない女として注目を浴びる。とても引きこもりたい。

「俺はちょっと挨拶に行ってくるけど、どうする?」

 踊り終わった後、本来なら先にするはずの挨拶回りをディオンが口にした。ミシェルは首を左右に振る。ついて行くほど図太くはなれない。ディオンはおそらくミシェルの返答を予想していて、そのために挨拶を後回しにしたのだろう。

「了解。俺は言ってくるから、変な男につかまらないようにな。俺が方々から怒られるから」

 ディオンの言い草にミシェルは笑った。

「わかりました」

 そうして無事に壁の華になったミシェルであるが、その視線は鋭くホールを見渡している。理知的な顔立ちと相まってかなりの迫力だ。壁に寄りかかって腕でも組んでいそうな雰囲気である。あくまで雰囲気であり、実際にしているわけではない。

 今の所、怪しい人はいない。と言っても、不審人物を見つけるのは警備の役目なので、ミシェルは本気で探しているわけではなかった。どちらかと言うと、会場の『違和感』を探している。

「……っと。ちょっと、あなた」

「あ、はい」

 話しかけられていることに気が付いたミシェルは振り返り、うっと息を詰まらせた。昨シーズン、王家の別荘で行われた狩りで、ミシェルを足蹴にしたエルディー侯爵令嬢だった。彼女は濃い化粧をした顔をしかめる。


「あなた、見かけない顔だけど、どこの家の方かしら」


 どうやら、ミシェルが『ミシェル』であると気付いていないようだ。

「ニヴェール侯爵の縁者です。あなたは? 失礼ですが、どなたでしょうか」

 本当は知っているが尋ねておく。エルディー侯爵令嬢は不遜に家柄を名乗った。ミシェルは「よろしくお願いしますね」と微笑んで話を打ち切ろうとした。彼女と話していても、楽しくないことは明白だった。

「あなたね。ちょっと美人だからって調子に乗らないでよね」

「……はあ」

 ミシェルはキョトンと首をかしげた。彼女に自覚はなかったが、ホールに入ってきたときから、彼女は独身男性の視線を集めていた。ミシェルは、見慣れないから珍しいのだろう、ぐらいに思っていたが。

「まじめそうな顔して、男漁りにでも来たの? それとも、わたくしたちを非難しに来たのかしら」

「……」

 ミシェルは、この時、顔で勘違いされるアルフレッドの気持ちが良くわかった気がした。












ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


アルフレッドに比べて、ミシェルはやや落ち着いている気がします。


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