Stage.13
ミシェル視点です。
貴族と言うのは、自分の誕生日を盛大に祝うのが普通らしい。ナタリーの誕生日会に招待され、参加していたミシェルは、すでに半泣きであった。
さすがはシャリエ公爵令嬢。ナタリーは美人で、婚約者もいない適齢期の女性だ。彼女の心を射止めようと、多くの独身貴族男性が会に参加していた。そう言えば、確かに公爵令嬢であるナタリーに、十八になるまで婚約者がいなかった理由は謎だ。アルフレッドにもいないが、男性は二十代後半になっても結婚しない人はよくいる。女性はだいたい、二十歳前後で結婚するのがこの国の結婚事情だ。
それはともかく、まだ社交シーズン前なのに本当に人が多い……。全体的に年齢層が若いのは、やはりナタリーの婚約者選びを兼ねているからだろう。誕生会前に会ったナタリーは、「今年の社交シーズンはお見合いになりそうだわ」と言っていた。本当にお見合いになっていた。
友人であるナタリーを祝いたい気持ちもある。しかし、こんなに大勢の人がいるところにあまり長時間いたくない。まあ、みんなナタリーを見ているので、仮面をつけた変人令嬢がいてもあまり目立っていないと言うのもある。それに、最近のミシェルは宮殿に上がっているので、あまり物珍しくなくなってきていると言うのもある。慣れと言うのは恐ろしい。
見事に壁の華となっているミシェルは、華やかな白いドレスを着たナタリーを見た。花嫁衣装のようにも見えるそのドレスをまとったナタリーは可憐だった。
ナタリーとは会場に来たときに話しただけだ。すぐに、彼女のまわりに人垣ができてしまったからである。その人々を突破していくだけの度胸は、ミシェルにはなかった。
そもそもこの誕生会、ナタリーには無理に来なくてもいいと言われたのだ。彼女はミシェルがあまり人前に出るのが好きではないことを知っている。だが、行く、と言ったのはミシェルだ。だから、帰るわけにはいかないと思う。
ナタリーは、わざわざミシェルの誕生日を祝いにレミュザ伯爵領トラントゥールまで来てくれた。だから、ミシェルもせめて、誕生会くらいは参加しなければならないと思ったのだ。
だが、やはりお言葉に甘えてこなければよかった、とも思う。女性たちには冷笑されるし、男性たちはあからさまに侮蔑の視線を向けてくる。慣れてはいるが、嫌だ、と思うのは当然だろう。
そう言えば、もう帰ったがヴィクトワール王女が来ていた。彼女の暫定恋人のデザルグ侯爵子息ルシアンとその妹ベルナデットもいた。ベルナデットはまだどこかにいると思うが、ヴィクトワールはルシアンに連れられてすでに宮殿に戻っている。いくら『友人』の誕生会とはいえ、王女があまり外出しているのが好ましくないのだろう。まあ、ヴィクトワールだし。思ったよりおとなしかったが。
ちなみに、ヴィクトワールには涙目で睨まれた。どうやら、仮面が目立つようですぐにミシェルは発見されたらしい。対照的に、ルシアンとベルナデットにはびくっとされた。心外だ……。
たぶん、ルシアンはこのままヴィクトワールと結婚すると思う。それが一番の彼女に対する復讐になるからだ。
そんなことを考えていたら、プラチナブロンドの青年と目があった。ヴェルレーヌ公爵エリクだ。彼もナタリーの婚約者候補らしい。シュザン城での出来事はすべてナタリーに話してあるが、いい人がいなかったら、エリクがいい、とナタリーは言っていた。何故か、と問うと。
「だって、ミシェルに弱みを握られてるんだから、友人である私に下手なことはできないでしょ」
ミシェルはナタリーの心の強さに感心した。まあ、どちらにしろエリクならば政略結婚でも妻になった女性をむげにはしないと思う。エリクは王弟の息子であるし、シャリエ公爵夫人のジョゼットは、国王の従妹だ。エリクとナタリーたちはまたいとこと言うことになる。問題ない。
ミシェルはエリクから目をそらしてもう一度ナタリーを見る。彼女はやはり、男性たちに囲まれていた。すると、エリクがその輪の中に突入し、眼が死んで来ていたナタリーをダンスフロアに連れて行った。国王の甥であるヴェルレーヌ公爵に、誰も逆らえなかったようである。
人垣から脱出すれば、シャリエ公爵夫妻が何とかしてくれるだろう。会場の真ん中まで行く勇気のないミシェルはそろそろとベランダに移動し、そのまま庭に降りた。遅咲きの薔薇の香りがした。ミシェルはドレスを引っ掛けないように注意しつつ、薔薇の花の側にしゃがみ込んだ。
すると、声が聞こえた。何となく既視感のある状況だが、前回とはちょっと違った。
「ねえ、考え直して下さらない? お願い」
女性の声だ。よく見えないが、たぶん、ミシェルとそう変わらないくらいの年齢の女性と思われる。こちらに聞き覚えはなかったが、もう一人、男性の方の声にはとても聞き覚えがあった。
「考え直すことなどない」
突き放すように言ったその声はアルフレッドのものだ。冷たくしているはずなのに甘いこの声音。聞き間違えるはずがない。
女性はしつこかった。
「どうして? 愛してくれていたじゃない!」
少し涙声の女性に、アルフレッドがため息をついて言った。
「確かに、好ましいとは思っていたが、あなたと付き合っていたのはもう一年以上前の話だ。それに、わかれたときだってあなたからだっただろう」
「それは……そうだけど」
女性が言葉を切って鼻をすする。おそらく、泣きそうになっているのだろう。男性は女性の涙に弱いらしい。
どうやら、この女性はアルフレッドの元恋人のようだ。そして、アルフレッドとよりを戻したいと思っているようだ。
……なんだかもやもやする。こう、ぎゅっと胸が痛くなると言うか、息が詰まると言うか。ミシェルは膝を抱えて顔をうずくめた。
「でもっ。あんな怪しい女より、私の方があなたの隣にふさわしいわ!」
女性が叫んだ。怪しい女、と言うのはどう考えてもミシェルのことだ。彼女も、自分の仮面姿が怪しいという自覚はあるのだ。
「外見で人を判断するな。それに、彼女は王太子妃にも気に入られているからな。めったなことは言わない方がいい」
……まあ、確かにリュクレースならミシェルの対する誹謗中傷に怒ってくれると思う。ミシェルはぎゅっと膝を抱きしめた。
「でも、私……本当に、あなたのことが好きで」
女性が今度は情に訴えようとした。再び、アルフレッドのため息。
「悪いが、私はそうではない。あなたのことはもう何とも思っていない以上、あなたとよりを戻すことはありえない」
「そんな……っ」
今度こそ女性がさめざめと泣きだした。それでもアルフレッドはぶれなかった。
「悪いが、あきらめてくれ。政略結婚ならともかく、私が再びあなたに恋心を抱くことはないだろう」
通常、アルフレッドほど身分が高ければ政略結婚が普通だ。結婚は家同士を結び付けるものであり、少しでも条件の良い家の相手と結婚しようとするのが普通だ。
なおも女性は粘ったが、アルフレッドは取りつく島もなかった。しばらくして、女性を探しに来た男性が、彼女を連れ帰った。
「……で、ミシェルはそこで何をしているんだ?」
唐突に声をかけられて、ミシェルは顔をあげた。ゆっくりと立ち上がり、薔薇の茂みから顔を出す。
「えっと……盗み聞き?」
ミシェルの言葉にアルフレッドは少し笑った。
「また逃げてきたのか。とりあえず、出てきたらどうだ」
アルフレッドに手招きされ、ミシェルはスカートを軽く払うと、茂みを回り込んでアルフレッドのそばまで行った。少し離れたところで立ち止まる。
「どうした?」
ミシェルの様子がいつもと違うことに気が付いたのか、アルフレッドが首をかしげる。彼は、今日も麗しい。ミシェルはスカートをつかみ、アルフレッドを見上げた。
「あの……さっきの人……」
「ああ……わかったと思うが、私の元恋人だな」
「……」
やっぱり。いや、アルフレッドほどの美青年、これまで恋人がいないと思う方がおかしい。理性ではわかっているのに、感情的にはショックだった。
「よりを戻してほしいと言われたが、断った」
それも見ていた。正確には、聞いていた。
「もう彼女のことは何とも思っていないし、何よりあなたのことを悪く言ったのに腹が立った」
静かに言うアルフレッドに、ミシェルは言葉を返せない。ぐっとのどが詰まって何も言えなかった。
わかっていた。何度も言うが、アルフレッドはシャリエ公爵子息で美形でまじめだ。結婚相手として理想的だろう。女性にモテることはわかっていた。わかっていると思っていた。
「もし、またあなたに嫌がらせがあったらすまない。その時は私が対処するから言ってくれ」
「……そう言うことじゃ、ないんです」
ミシェルはスカートを握ったままうつむいた。そう。そう言うことではないのだ。また嫌がらせがあるかもしれないことが嫌だったのではない。むしろ、それはどうとでもなるのでどうでもいい。
どうにもならないもの……つまり、自分の心が彼女にとって今一番の問題だった。
「ミシェル?」
アルフレッドが不思議そうにミシェルの顔を覗き込んだ。ミシェルは唇を引き結ぶ。言わなければ後悔する。だが、言うのが怖い。
「大丈夫か?」
アルフレッドが手を伸ばしてくる。ミシェルは意を決して顔をあげた。
「私! アルフレッド様のことが好きです!」
のちに、アルフレッドはこう供述する。ストレートな告白が胸を貫いた、と。ちなみに、この言葉を聞いた彼の妹には爆笑された。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
言った。言った(笑)
ミシェルも何かが吹っ切れたみたいです。
 




