Stage.12
今回はアルフレッド視点です。リア充爆発しろ。
仮面をしていない素顔のミシェルと宮殿で遭遇した三日後、ナタリーはいつもよりも早めに王都にやってきた。たぶん、すでにミシェルが王都にいるからだろう。
「お帰りなさい、お兄様」
「あら、お帰り、アル」
妹と母が宮殿から戻ってきたアルフレッドを出迎えてくれた。母もオフシーズンは領地で過ごすのだが、ナタリーと共に早めに王都に出てきたようだ。アルフレッドはとりあえず、「ただいま」とあいさつをする。
「道中、何もなかったか?」
「大丈夫よ。快適だったわ」
尋ねてみれば、ナタリーが笑ってそう答えた。ならいい。二人はのんびりくつろいでいるが、父はまだ帰ってきていないようだ。いや、アルフレッドの父も宮殿に出仕しているのだが。
「私たちはともかく、お兄様は何か進展があった?」
「進展?」
「うん。ミシェルと」
ナタリーの言葉に、アルフレッドは動きを止めた。母のジョゼットも「気になるわね」と背を向けていたはずなのにこちらを向いた。
一度、告白まがいのことをした、と思う。そして、やはり返事はない。これで相手がミシェルでなければ、男をその気にさせて振り回す悪女であるが、彼女に限ってそれはないだろう。顔立ちはともかく。
だが、三日前の議場の側の庭で、抱きしめた時も嫌がらなかった。いや、状況的に嫌がることはできなかったのかもしれないが、怒ったり、おびえたりしているようには見えなかった。
それに、噂になると言ったとき、彼女は恥ずかしそうに頬をほてらせていた。照れていたのだと、思う。アルフレッドのうぬぼれでなければ、ミシェルに好かれていると思う。
「……お兄様。顔がゆるんでて気持ち悪いわよ」
ナタリーが引いたような表情で言った。いや、確かに多少表情が緩んでいた自覚はあるが、そんなに引かれるほどだったのか?
「……お前、仮にも兄に向かって」
「本当のことよ。妄想も大概にしてズバッと言って来れば?」
「ズバッと言っても返答がない場合は?」
ストレートに「愛しているから結婚してくれ」と言っても、ミシェルから返答がない可能性が高い。そう思って尋ねてみたのだが、ナタリーとジョゼットが目を見開いた。
「言ったの!? お兄様が!?」
「ついにうちの子にも春が来ると言うこと!?」
「ヘタレで残念で乙女なお兄様はどこに行ったの!?」
ナタリーとジョゼットが過剰に反応している。とりあえず、言ってくれようか。
「ナーシャ。さすがにひどいだろう」
しかし、アルフレッド自身にも自分がヘタレで残念で乙女であることが否定できないのがつらい。
「あら、つい興奮して」
そう言ってナタリーははぐらかすように笑って口元に手を当てた。だが、それも一瞬だった。
「それで、言ったの?」
「……聞いてみただけだ」
途端に、ナタリーとジョゼットががっくりする。こいつら、人の恋路を楽しんでいる。
提案の一つとして婚約しないか、とは言ったが、ミシェルは遠慮してうなずかないだろう。しかも、素顔のミシェルと一緒にいたことで、仮面のミシェルとのうわさが風化した可能性が高い。嫌がらせを受けなくなれば、提案の意味はなくなる。
思わずため息が漏れた。
そんな兄をさすがに憐れんだのか、ナタリーが頬に手を当てて首を傾けた。
「ミシェルって控えめだから、お兄様が本気ならちょっと強引に推し進めたほうがいいのかもしれないわね」
幸いと言っていいのだろうか。ミシェルは伯爵令嬢で、アルフレッドは公爵子息。アルフレッドが望めば、無理やり手に入れることはできる。だが。
「……たぶん、それでは彼女を悲しませる気がする……」
軽蔑されることはないだろう。ミシェルはそう言う人だ。ただ、自分の意志が無視されたことを悲しむ。きっと、そう。
アルフレッドの言葉に、ナタリーが「あーっ」と大声を上げる。
「なんなのよ、あんたたち! そんだけ通じ合ってるならさっさとくっつけ!」
ついにナタリーが爆発した。あれか。やはり、ミシェルが卑屈すぎるのと、アルフレッドの押しが弱いことが原因だろうか。すでにもう、このままの関係でもいい気がしてくる。危険だ。
「……そう言えば、父上がナーシャの婚約者を決めにかかってたぞ」
「なんですって!?」
話をそらすように情報提供すれば、ナタリーだけでなくジョゼットも悲鳴をあげた。
△
アルフレッドの不用意な一言のせいで、父シャリエ公爵の帰宅後、緊急家族会議が開かれたが、どうでもいい。ナタリーも貴族令嬢として政略結婚に出される覚悟はできているだろう。ついでに父にもミシェルとのことをつつかれた。
「よく宮殿で二人で歩いている姿が目撃されているようじゃないか」
顔だけはまじめに、父は言った。基本的にシャリエ公爵は無表情である。顔立ちは母親に似ているアルフレッドであるが、こういうところは父に似たのだと思っている。ナタリーはその逆で、顔立ちは父親に、性格は母に似ている。
「何よ。ちゃんとデートしてるんじゃない」
ナタリーはそう言ったが、宮殿を歩くことのどこがデートなのだろうか。ついでに、彼女といるときは、必ず何かを調べている時だ。アルフレッドは、ミシェルの調査に付き合うことで情報をもらい、それを王太子に報告していることになる。
「だが、数日前、別の女性と議場の裏にいたとも聞いたな」
シャリエ公爵がいらんことを言う。おかげで女性陣から睨まれた。
「……仮面をしていなかったからわからなかったんだと思いますが、その女性もミシェルです」
「え、ミシェル、仮面外したの!? お父様も見たの!?」
ナタリーは興奮して言った。彼女は、友人であるミシェルの素顔を見ることに執念を燃やしている節がある。しかし、性格の良い友人であるミシェルに強く出られず、結局、今までナタリーは彼女の素顔を見たことがなかった。
「いや、私は見てない」
シャリエ公爵がそう言って首を左右に振った。ナタリーがうれしいような、残念なような微妙な表情で椅子に座りなおした。
「アルもだが、ナーシャもそろそろ覚悟を決めろ。候補はあげておいたから、あとで目を通して好きなのを選んでおけ」
「……」
兄妹は沈黙した。どうやら、今年の社交界は、ナタリーのお見合いの場になるようだった。
△
議場とホールの間の庭。渡り廊下の燭台の、議場側から三番目のもの。その燭台を手前に倒すと、ミシェルが言った通り隠し通路が現れた。どうやら、古い時代のもののようで、おそらく、宮殿が襲撃された時などに城の中の者が逃げるための通路だったのだろう。
この通路を、何に使うのだろう。王太子妃の部屋に落ちていたと言う見取り図はすでに王太子の手に渡っていて、そこから国王の元に持って行かれた。今、王太子やアルフレッドの前にある見取り図は写しのものだ。
「まあ、普通に考えたら襲撃だよな」
「場所的に、今年最初の夜会が狙われると考えていいんですかね」
「まだリュカを狙っている相手だってわかってないのになー」
王太子が机の上に頭を乗せた。アルフレッドはちらっとそれを見てから、もう一度見取り図を見る。
「……ミシェルが、王太子妃殿下が狙われているのは、別の目的から目をそらさせるためかもしれない、と言っていました」
「ミシェル嬢が?」
王太子が顎を机にくっつけ、視線だけこちらに向けた。とてもだらしない恰好であるが、ツッコまないでおいてやろう。
ミシェルは言った。そろそろ、王太子妃も安定期に入っている。と言うことは、この時期に流産はありえないわけではないが、そうなれば確実に誰かの陰謀が疑われる。それなのに、王太子妃には相変わらず堕胎薬の入ったお茶や、毒の化粧品などが置かれている。特に、妊婦はあまり化粧品を使わない。なのに、わざわざ毒物を用意することはおかしいだろうと、ミシェルは言った。
確かに、わざわざ疑われるようなことをする必要はないのかもしれない。用意するのも大変だし、リスクが大きい。それよりも、出産時に死産と言うことにしたり、生まれてから事故死に見せかけたほうがまだ簡単だろう。それは、アルフレッドにも理解できた。
なら、王太子妃の元に毒物が定期的に届けられるのはどういうことか。それは、何かから目をそらすためのミスリードなのかもしれない。ミシェルはそう考えたらしい。
「なるほどな……いやはや。彼女は本当に頭がいいな」
王太子が称賛を贈る。アルフレッドは「本人は順序立てて考えただけと言っていましたが」と答えた。
「そして、相変わらず謙虚なのな」
「それが彼女の美点です」
さらりと言うと、王太子がどん引きした。
「お前……変わったよな」
「そうですか?」
「前は間違ってもそんなことは言わなかったぞ、お前」
「そうかもしれませんね」
ミシェルがあまりにも己を否定するので、アルフレッドも素直にそう言うことを言うようになったのかもしれない。
「ところで殿下。反王政派の動きが怪しいのですが」
「あいつらの動きが怪しいのはいつものことだろ」
それはそうか。だが、なんと言えばいいのだろう。いつにもまして、動きが怪しいのだが。
「もしかしたら、社交シーズン中に何か騒動が起きるかもしれません」
「……うーん。反王政派と言っても、昔、権力争いに負けた王朝の末裔を祭り上げようとしているだけなんだがなあ」
王太子がそう言った。その末裔が、共和制を唱えているために『反王政派』などと言われているのだ。アルフレッド的には、王政も共和制も善し悪しだと思う。
「やることと不安がいっぱいだ……」
子供っぽい口調でうなだれる王太子に、アルフレッドは苦笑した。
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