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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
40/55

Stage.11

今回もミシェル視点です。











 近づいてくる靴音は、どうやら軍靴のようだ。ミシェルとアルフレッドは顔を見合わせ、そろって近くの茂みに隠れた。やってきた人物を拝んでやろうと顔をのぞかせようとしたら、アルフレッドに引っぱられて抱え込まれた。


「見つかるだろう。おとなしくしていろ」


 これはアルフレッドに理がある。ミシェルはおとなしくうなずいて、意識だけを茂みの向こうに向けた。

 どうやら複数人のようだが、さほど多くない。せいぜい二人か、三人。おそらく巡回の近衛兵だ。巡回は単身では行わない。必ず、二人か三人で行う。だから、今そこにいる人数と一致する。

 見つかったらどう言い訳しようか。それを考えておく必要がある。見つからなければそれでいいが、見つかった時、何をしていたのか言われて、アルフレッドに向かって言ったように「隠し通路を探していた」などと言うことはできない。


 最悪、リュクレースに泣きつく算段までたてながら、ミシェルは「そのまま行け!」と心の中で思った。ギュッと両手を握りしめるミシェルの肩をアルフレッドが強く押さえつけた。ミシェルが動くことを警戒しているのだろう。

 不意に、足音が聞こえなくなった。どうしたのだろうと思い、覗こうとするがやはりアルフレッドに止められた。それから耳元で小さな声で言われる。

「あとで殴ってくれても構わない。少し耐えてくれ」

「はい?」

 謎の言葉にミシェルが首をかしげると同時に、腰のあたりに腕をまわされ、強い力でアルフレッドに引き寄せられた。そのまま芝生に座りこんだアルフレッドの膝に乗せられ、腰に回されていない方の手で顎を持ち上げられる。

 端正な顔が近づいてきて、鼻先が触れる寸前で止まった。ミシェルは目を見開き、羞恥と緊張で体が震えるのを自覚した。


 実際にキスをしているわけではないが、角度によっては口づけているように見えるだろう。ミシェルとアルフレッドがともに出歩いているのを見て恋人同士だと思われたのと同じように、人気のない場所で逢瀬を楽しんでいると思われただろう。これなら、人気のない場所にいた理由になる。そして、たいていの人は避けていく。恋人や夫婦のふりは、情報集めでよく使われる手法だ。色仕掛けよりも効果的。


 状況が状況なので、思考がそっち方面に向かっているミシェルであった。


 しばらく同じ体勢で静止。長い時間のような気もしたが、実際はそんなに長くないのだと思う。アルフレッドが口を開いた。

「……行ったか?」

「た、たぶん……」

 互いの息が唇にかかる状況だ。ミシェルは自分の顔が赤くなっている自覚があった。ようやく離れた端正な顔にほっとするも、少し残念な気もする。

 ミシェルはひょこっと茂みから顔を出した。きょろきょろと見渡すが、やはり近衛兵の姿はなかった。アルフレッドも立ち上がり、まだしゃがんでいるミシェルに手を差し出した。彼女がその手を取ると、そのまま引っ張られて立ち上がらされる。


「何をしているんですか、あなた方は」


 すぐそばからそんな声が聞こえて、ミシェルはとっさに顔を逸らした。それに気が付いたアルフレッドが再びミシェルを抱き寄せて彼女の顔を自分の胸に押し付けた。確かに、こうしていれば、無理に顔を見ようとはしないだろう。


「恋人との逢瀬を邪魔するとは、無粋な奴だな」


 さらっとアルフレッドは言った。いや、たぶん、そんなことは思っていないだろうが、セリフが顔に似合いすぎて困る。きっと、彼はいざとなれば手段を選ばずに自分の顔を利用するから、妙な噂が絶えないのだろう。

 ミシェルはアルフレッドの胸に額を押し付け、彼の服の裾を握った。そうしなければ、赤くなった顔を見られてしまう。

「……これは失礼しました」

 背中に視線を感じる。スルーしていたが、おそらく巡回の近衛兵だ。隠れた人間を見つける訓練くらいは受けているか。そうか。

「ですが、場所は選ばれた方がよろしいかと」

 そんな冷たい言葉に対し、アルフレッドも冷たい、それでも色っぽく聞こえる声で言った。

「人に見られる趣味はないからな」

 あ、これ絶対、不倫相手との密会と思われた。そのあたり、ミシェルもだんだんわかってきた。アルフレッドの言ったことはつまり、『見られたくない』ということだ。つまり、都合の悪い相手と会っていた、と言うことになる。ミシェルが顔を隠したのも大きいだろう。


 何とか近衛兵を振り切ったが、疑惑が残ってしまっただろう。近衛兵を見送ったアルフレッドが腕の力を弱めたので、ミシェルはそこから彼を見上げた。

「あの、ごめんなさい」

「何がだ?」

 しれっとしたアルフレッドに、ミシェルは神妙な口調で言った。

「その……また、アルフレッド様に根も葉もない噂が立ってしまいます……」

「いや、今回は根も葉もなくはないな」

「う……っ」

 ミシェルは火照った頬を押さえてうつむいた。確かに、今回は根も葉もなくはなない。火のないところに煙は立たないと言うが、それでも噂がたつのがアルフレッド。決定的現場が押さえられている今、大炎上する可能性すらあった。

 頬を押さえたミシェルの手に重ねるように、アルフレッドが手を置いた。

「いつものことだ。あなたは気にしなくていい」

 どこか達観した様子に、ミシェルは頬を押さえていた手を離した。自動的にアルフレッドの手も離れて行くが、ミシェルはその手を取った。


「……私が気にするから、言ってるんです」


 以前、アルフレッドはミシェルに対する嫌がらせを「自分が気にする」と言っていた。同じように、ミシェルもアルフレッドに対するいわれのない噂を気にする。だから言ったのだ。

 何とも言えない雰囲気が漂ったが、それを振り切るように、アルフレッドは口を開いた。

「だが、これでミシェルの嫌がらせ問題が解決するかもしれないな」

 アルフレッドの言葉に、ミシェルは「えっ」と声をあげた。

「どうしてですか?」

「……今の君は、仮面のレミュザ伯爵令嬢には見えないと言うことだ」

「……なるほど」

 ミシェルは納得して手をたたいた。確かに、『レミュザ伯爵令嬢ミシェル』は仮面の印象が強く、素顔が知られていない。現在、仮面をしていないミシェルは、『レミュザ伯爵令嬢』と同一人物とは思われない可能性が高い。


 つまり、『レミュザ伯爵令嬢』に向けられていた悪意が、そのままそっくり『正体不明の令嬢』に向けられる可能性が高いわけだ。

「万事解決ですね」

「いや、まだ解決していないだろう。隠し通路はどうなった」

 アルフレッドに冷静につっこまれて、ミシェルは「そうでした」とうなずいた。

 ミシェルは顎に指を当てて目を細める。軽く首を傾けたその様子はいかにも傲慢そうな女性に見えた。ただ考えているだけなのに。


 ふと、隠れていた茂みに目を向ける。少し時期を過ぎているからか、黄色い花が咲いていた名残しかない。カロライナジャスミンだ。

「……アルフレッド様、今年最初の夜会はあのホールで行われるって言ってましたよね」

「ああ……言ったが」

 ミシェルは顎に当てていた指を外して、アルフレッドを見上げてにこりと笑った。


「なら、これは私の領分ではありませんね」


 おそらく、この紙に関することは、リュクレースには直接関係ないことだ。ミシェルが頼まれているのは、突き詰めれば王太子妃を狙うものを探し出すこと。隠し通路の件は、どちらかと言うとアルフレッドに頼んだ方が良い案件のような気もする。

「……だが、王太子妃の部屋にあったのだろう?」

「ええ。つまり、今年最初の夜会で何かをたくらんでいる人物の関係者が、王太子妃様の部屋に出入りしていると言うことです」

 わざわざ、リュクレースと何も関係のない人がこの紙を持って王太子妃の部屋に行って、これを落とすのにはリスクが大きすぎる。おそらく、もともとリュクレースの部屋に出入りしていた人が、渡された見取り図を落としたのだろう。これが一番しっくりくる。まあ、ミシェルの予想でしかないので、事実はわからないが、一応そう言うことで仮説を立てておく。


 アルフレッドはにっこりと笑うミシェルを見て、ため息をついた。憂いの表情もあでやかだ。

「いつも君には驚かされる。君の頭の中は一体どうなっているんだ」

「ただ順序立てて考えているだけです」

 なのに、何故そんなに驚かれなければならないのだ。パズルのピースを組み合わせるように、順番に考えていけば絵が見えてくる。

「この紙は後で王太子妃様から王太子殿下に渡してもらいます」

 そう言って、ミシェルは見取り図をしまった。アルフレッドも「その方がいいだろうな」と納得する。

「隠し通路は見つかっているのか?」

 少し身をかがめて、アルフレッドがミシェルの耳元でささやいた。ミシェルはどきりとしたが、平静を装って言う。


「議場側から三番目の燭台。あれだけ、他の燭台と取り付け方が違います。たぶん、あのあたりに隠し扉があるんでしょうけど……」


 残念ながら、ミシェルは背があまり高くないので、その燭台まで手が届かなかったのだ。

「進言しておこう」

「お願いします」

 さすがに、いつまでもここにいるわけにはいかない。アルフレッドが手を差し出した。

「送って行こう」

 エスコートしてくれるつもりらしい。ミシェルは王太子妃の部屋にたどり着く前に仮面をつける予定だ。彼女の素顔を知る人は少ない方が動きやすい、と言うことだ。

「……ありがとうございます」

 こうして手を取って礼を言えるくらいには、ミシェルも社交性が出てきた。

「もうすぐ、ナーシャが王都に来る。楽しみにしているだろうから会ってやってくれ」

「社交シーズン、もうすぐですもんね。わかりました」

 ミシェルも楽しみだ。ミシェルの誕生日に会って以来だから、三か月ぶりくらいだろうか。


 七月はナタリーの誕生日だ。何を贈ろうか考えなければなるまい。家族にしかプレゼントを贈ったことがないミシェルは、頭を悩ませた。












ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


何やってるんですかね、この二人は(笑)

この話は王道をぶち込めるので結構楽しいです。


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