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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
4/55

Phase.04













「ミシェル、久しぶりだね」


 そう笑顔で手を振ってきたのは、ミシェルの従兄であるニヴェール侯爵ディオン・ヴァレリーだ。黒髪にアイスグリーンの瞳をした怜悧な顔立ちの青年だが、愛想がよく社交的だ。

 ニヴェール侯爵家は、ミシェルの生母の出身家だ。古い歴史のある家で、侯爵家の中でも一目置かれる存在である。ディオンは二十四歳であるが、前侯爵が爵位を譲ったので、その年齢で侯爵なのである。ちなみに、新婚さんだ。

 彼は、ミシェルが社交界デビューをしたときにいとこ同士の縁でパートナーを務めてくれた。むしろ、ミシェルがやけどを負ったのは彼がパートナーを務めてくれたせいだともいえる。ミシェルの顔を焼いてくれやがったのは、ディオンの怖いストーカーだった。


 しかし、ミシェルは本気でディオンのせいだとは思っていない。少しは恨む気持ちはあったが、ディオンは謝ってくれたし、本気で申し訳ないと思っているようだった。恨まれていることがわかっていて、単独行動したミシェルも悪い。

 必要以上に気を使わずにいてくれるディオンは、むしろありがたかった。しばらく姿を見せなかったのは、やはり気まずかったからだと思う。ミシェルだって気まずい。

 それでも、一応従兄なわけで。父にとっては甥。ミシェルの生母の血縁なので、義母たちには関係ないのだが、先妻の関係者だからと嫌がることはないだろう。


 だから、ディオンは問題ない。問題は、ディオンとともにいる金髪の青年だ。金の髪に、紺碧の瞳。甘い顔立ちの青年だった。その割には表情が無く、硬そうな雰囲気を漂わせている。ミシェルは、何となくその姿に既視感を覚えた。


「どっ、どちら様っ?」


 背の高い義母の後ろに隠れ、ミシェルは問う。明るい茶髪の義母は苦笑してミシェルの頭を撫でた。


「あ、ミシェル。昨日君が遭遇した青年。俺の友人でアルフレッド・ル・ブラン。シャリエ公爵のご子息」


 義母にしがみついたまま観察してみる。しかし、覚えがない。だが、待てよ。そう言えば、庭で殴られていた彼。あの人も確か、金髪だった気がする。

「……えっと、一応、納得?」

「あ、納得できたんだ」

 義母が笑って言った。ミシェルはぎゅっと義母のドレスをつかむ。

「こらこらミシェル。そんなにつかむとしわになるだろ」

「あ、ごめんなさい。キトリさん」

 ミシェルは握っていたドレスを放した。ミシェルは、義母を名で呼んでいる。母と呼ぶには年が近くて抵抗があるため、名で呼ぶことにしたのだ。

「今日、アルフレッド殿がお前が落としたイヤリングを持ってきてくれてな。せっかくだから食事に誘ったんだ」

 と、レミュザ伯爵。いや、伯爵家の家に公爵家の子息を誘うってどうなのだろう。ディオンまでは親族だから、でなんとかなると思うが。今頃、厨房キッチンは阿鼻叫喚だろう。

「へえ。ほら、ミシェル。受け取っておいで」

 キトリがミシェルの背を押す。ミシェルは動かない。押す。動かない。押す。動かない。

「……」

 キトリがミシェルを睨む。ミシェルも仮面越しに見つめ返した。

「隙あり」

「!」

 仮面が剥がれた。ミシェルは顔を押さえて絶叫する。


「いやああああぁぁあぁぁあっ!」


 そして、そのまま屋敷の奥に向かって逃走した。
















 逃走の途中でポーラに捕まり、そのままドレスに着替えさせられてすでに全員集合している食堂に放り込まれると、まずキトリが謝った。

「いや、ごめんごめん。いつも家族でいるときのノリでやっちゃった」

「こちらこそごめんなさい。ずうずうしく存在していてごめんなさいぃ……」

「いや、そこまで言ってないから。と言うか、君、仮面いくつ持ってんの?」


 ミシェルの顔には、新しい仮面があった。


 まあ、それはさておき。お子様組、マリユスとレオンスはいないが、レミュザ伯爵と伯爵夫人のキトリ、伯爵令嬢のミシェルに客人のディオンとアルフレッドが食卓に着いていた。

 食前酒が配られ、晩餐が始まる。仮面をつけたミシェルはひたすら無言。自分が対人能力に問題があることは自覚済みである。これもあって顔が焼かれる事態になったのだから。それ以降はさらに重症化しているけど。

 主にしゃべるのは父と義母と従兄殿。ミシェルとアルフレッドは無言。親族ばかりの中に放り込まれたアルフレッドは、居心地悪いのかもしれない。


 ちらっと眼をやる。殴られた頬は、赤みが引いていた。昨日はかなり腫れていたので、少しほっとする。と、目があった。気がした。

 ミシェルとアルフレッドは対角線上に座っているので、遠い。だが、目があった気がした。と言っても、ミシェルが仮面をしているので本当に合ったかは不明である。だが、ミシェルの方は視線をそらし、メインである肉を睨み付けた。どうでもいいが、仮面をつけていると視界が狭い。取らないけど。

 晩餐がデザートに差し掛かったころ、ディオンがこんなことを言いだした。


「ミシェル。最近も歌ったりしてるの?」


 ミシェルの趣味は薬だけではない。薬の調合は、やけどを負った後からの趣味だが、それ以前からの趣味もある。音楽だ。なんと言うか、全般が好きで、聴くのも演奏するのも作るのも好きだ。もちろん、歌うのも好き。

「ええ……たまに。最近は作曲の方に力を入れていますけど」

 ミシェルが首をかしげるのを見ながら、ディオンは微笑んだ。

「せっかくだし、一曲歌ってくれないかな」


 なんですと!?


 ミシェルは思わず仮面越しにディオンをじっと見つめた。それに気が付いたらしいディオンは「そんなに見つめられたら恥ずかしいよ」と恥ずかしがった様子も無く言う。せめて、ふりくらいすればいいのに。

「いいんじゃないか、ミシェル」

「そうだね。最近、引きこもりがちだから、気晴らしになるかもよ」

 引きこもりがちどころかがっつり引きこもりであるが、遠回しに指摘してくれるキトリはたぶん優しいのだと思う。少なくとも直球には言わないから。

 父も同意しているし、これは逃げ場がない。まあ、歌うのは好きだし、いいかな、と思った。

「それじゃあ、一曲だけ」

 ミシェルは立ち上がると、テーブルから少し離れた。一度深呼吸してから、歌いだす。この国で広く知られる聖歌だ。

 ミシェルの声は少し低めだ。メゾソプラノくらいだろうか。歌と言うのは声量が必要だ。声量は、肺活量に起因する。そして、腹式呼吸でなければのどを痛めてしまう。キトリに武術を習うミシェルは、それなりに腹筋もあるし肺活量もある。そこ、引きこもりらしからぬとか言うな。

「お粗末さまでした」

 歌い終わったミシェルは、スカートをつまんで挨拶する。四人が拍手をした。

「いや、さすがだね。聴きほれちゃったよ」

 ディオンは相変わらず調子がいい。ミシェルはさっさと椅子に腰かけると、「ありがとうございます」と答えて柔らかいガトーにフォークを入れた。
















 謎の晩餐会が終わり、ディオンたちがさて、帰るか、と言う頃。

「ミシェル嬢」

 聞きなれない声で名を呼ばれた。ミシェルは自分を呼んだ男、アルフレッドを見上げた。

「こちらをお返しする。直接返してくれと言われて」

「あ、ありがとう……ございます」

 ミシェルは手を差し出して、アルフレッドが持っていたイヤリングを受け取った。眼の高さまで上げてよく見ると、うん。やはりミシェルのものだった。

「それと、あなたにもらった薬、よく効いた。ありがとう」

「いえ……ただの趣味で。むしろ、変なものを押し付けてすみませんっ」

「いや。うちの医者もよくできていると言っていたが……」

 アルフレッドが少し引き気味だ。申し訳ない。家族と違って、彼はミシェルの感情の起伏に慣れているわけではないのだ。


 顔のことが関わらなければ、ミシェルは落ち着いた思慮深い性格だと言われる。しかし、卑屈になった精神が時々顔を見せて面倒くさくなるのだ。時々、ではなく半々くらいかもしれない。

「それではミシェル嬢。失礼した」

「いえ……さしたるおもてなしもできなくて……」

 一応、礼儀としてそう言った。歓待ができなかったのはミシェルが逃亡したからであるが、これは礼儀として言うものなのだ。なんと言うのだろうか。決まり文句?

 ディオンとアルフレッドが屋敷を出て行った後、何故かにやにやする父と義母を見た。


「どういうことですか、お父様」


 彼らを連れてきた父に向かって文句を言うと、父はけろりと笑って見せる。

「いや、お前もたまには他人と交流した方がいいと思ってな」

「……まあ、否定できませんが」

 唇をとがらせてうなずく。キトリが「自覚はあるんだね」とミシェルの頭をなでる。

「にしても、シャリエ公爵子息、かなりの遊び人だって聞いたけど、結構普通の人だったね」

「ああ。あれは噂が独り歩きしているのと、あの整った容姿と、彼の来るもの拒まずの性格のせいだな、おそらく」

 父がそう言いながらうなずいた。


 きっと、アルフレッドも顔に釣られて様々な女性が寄ってくるのだろう。顔で苦労していると言うところでは、ミシェルとアルフレッドは同士なのかもしれない。

「人を見た目だけで判断するなんて馬鹿げています」

「お。ミシェルが言うと切実だね」

 キトリが微笑んで言った。切実に決まっている。心からそう思っているのだから。しかし。


「……でも、人の印象の八割は外見で決まるのです。そして、第一印象と言うのはなかなか覆らないものです……」


 だから、人がミシェルを見て『仮面の変人』と思ったらその印象はちょっとやそっとじゃ覆らない。仮面を外したとしても、ミシェルはその人にとって『仮面の変人』なのだ。

 かといって仮面を取ればどうなるか。醜い、気持ち悪いと言われ、子供には怖がられる。仮面をつけると不気味さが増すが、ただの『変人』ですむ。なので、素顔でいるくらいなら、変人で結構だ。もともと変人のきらいはあった。

「今日も安定的にネガティブだね」

「ただ事実を述べているだけです」

 たいてい、義母キトリと義娘ミシェルの会話はこんな感じである。レミュザ伯爵は、それを楽しげに見守っているのだった。
















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ミシェルの性格がつかめなくてつらい。


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