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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
39/55

Stage.10

今回もミシェル視点です。











 その日、ミシェルが宮殿に上がってすぐ、クロエが彼女に声をかけてきた。


「ミシェル様。これを」


 すっとクロエに差し出されたものを、ミシェルは受け取った。クロエが四つ折りにされたその紙を開くように言うので、ミシェルは紙を開いた。大判の本ほどの大きさになった、それは。

「見取り図、ですか」

「やはり、あなたにもそう見えますか」

 むしろ、そのほかの何に見えると言うのだろうか。これはどう見ても見取り図、もしくは図面だ。

「どういうものかわかりますか?」

 クロエに問われ、ミシェルは首をかしげた。さすがの彼女も、建築学の知識はなかった。建築史の知識なら多少あるのだが。とりあえずわかったのは。


「……でもこれ、この宮殿の見取り図ですね」


 このマルモンテル宮殿は今から百年ほど前に築城された、当時最先端の技術とデザインを集めた豪華な城である。典型的な『見せる城』であり、防御のことはあまり考えていないと言ってよい。

 といっても、どこがどうなっているのかミシェルにもよくわからないのだが。

「やはり、そうですか……。部屋を掃除していたのですが、ソファの下から見つけました」

「……そうですか」

 掃除をしたのですか、と突っ込みそうになって、やめた。クロエは侍女である。掃除をしてはいけないわけではないのだが、やはり、掃除などはもっと身分の低い使用人の仕事だと思われるのだが。

「というか、どうしてこんなものが王太子妃様の部屋に?」

「わかりません。いくつか、考えることはできますが……」

 そう言ってクロエはわずかに眉をひそめた。質問をしたミシェルもわかっている。


 一応、この宮殿は最重要機密になる。国王は平民の謁見なども受けているが、それでもこの宮殿の間取りを図面に描き起こすことはほとんどないと言い切れる。歩くだけでは見えないものが、図にすることで見えてくることがある。国の頂点たる国王が住まう宮殿の仕組みを知られるのは致命的だ。いざと言う時、王族を守れない。

 そんな見取り図がここにあるのは、どうしてか。もちろん、誰かが落としたか、置いたかしたのだろう。


 では、落とした、もしくは置いたのは誰か。


 まず、この部屋に出入りしている誰か。それだと選択肢が広い。侍女の中の誰かか、他のメイドか、それとも王太子についてきた誰かか。

 それか、誰かがミシェルたちが気づかないうちにこの部屋に侵入した。これだと、さらに選択肢が広がってしまう。

「ミシェル様。この紙から、犯人を見つけることはできますか?」

「無理です」

 これは即答した。たった一枚の紙から、犯人を捜し出すなど不可能だ。少なくとも、ミシェルの能力ではできない。だが。

「何故、この見取り図が必要だったのでしょうか」

「何故、ですか」

 クロエが首をかしげた。少し視点を変えて、考えてみるのも大事だ。


 何故この部屋に見取り図が落ちていたのか、ではなく、何故この見取り図が必要だったのか。


 それがわかれば、犯人もおのずとわかるのではないだろうか。ミシェルはそう考えた。

 リュクレースに少しそばを離れる許可をもらい、ミシェルは見取り図に描かれた場所に来ていた。さすがのミシェルも、この宮殿の見取り図を見たことがないので、場所を探し出すのに苦労した。だが、発見した。議場に近い、中庭に面したホールの付近だ。

 暖かな日差しの差し込む渡り廊下に立ち、ミシェルは見取り図を見て考え込むように指で顎に触れた。そのまま目を閉じたところで声がかかった。


「ミシェル」


 半分だけ振り返ると、金髪の青年が近づいてきていた。アルフレッドだ。

「アルフレッド様。どうしたんですか」

「……いや、それはこちらのセリフだ」

 アルフレッドはミシェルを見て言った。

「仮面はどうした」

 指摘されてミシェルははっと顔に手を当てた。今日のミシェルは仮面をしていなかった。仮面をつけるようになって三年強。自分の意志で仮面を外して出歩くのは初めてかもしれない。

「……いえ。仮面だと、目立つので」

「……そうか」

 そう。仮面は目立つ。それくらい、ミシェルにだって自覚はある。仮面舞踏会とかならまだしも、何もないのに仮面をつけていれば目立つに決まっている。庭園を歩いているくらいならともかく、宮殿内を探る仮面の女性なんて目立ちすぎる。


 それに、仮面の印象が強いからか、ミシェルの素顔は割れていない。なので、彼女は素顔で出歩くことにしたのだ。リュクレースにミシェルが仕えていると言う話は広まっている。なので、仮面の女性がいたら、まずミシェルだと思われる。王太子妃に仕える人間が何をしているのだ、と言われたら困る。素顔は割れていないので、素顔で出歩いていればただ宮殿に上がってきた令嬢がうろついていると思われるだろう。まあ、職質かけられる可能性は考慮していたが。だが、職質をかけられる前にアルフレッドに声をかけられた。

 正直、やはり素顔で出歩くのは抵抗がある。だが、仮面だと目立つので仕方がない。いや、いつぞやのように顔の右側は髪で隠し、左側だけが露出している状態て、完全に顔が見えているわけではない。以前は髪をポーラに結ってもらったが、今回はクロエにやってもらった。以前と同じように髪は三つ編みにして右肩から前にたらしている。


「逆に目立たなかったか?」


 アルフレッドがそんなことを言いだして、ミシェルは首をかしげた。

「いいえ? 見覚えのない貴族令嬢くらい、この時期はたくさんいるでしょう」

 折しも、もうすぐ社交シーズンに入るのだ。と言うことは、もうすぐナタリーの誕生日でもある。彼女の兄であるアルフレッドを見ていたら思い出した。

「……そうだな。それより、何をしているんだ?」

「隠し通路を調べています」

 即答すると、アルフレッドは顔をひきつらせ、周囲を見渡した。先ほどミシェルも確認したが、この辺りには誰もいない。誰かが潜んでいたら、気づかない可能性もあるけど。

「……何故、そんなことを?」

 アルフレッドが少し身をかがめ、囁くように尋ねた。どうやら、クロエが見取り図を発見してからミシェルが行動を起こすためのスパンが短くて、まだ情報が彼の元に届いていないようだ。

 ミシェルは目を細めて言った。


「お話しする前に、どうしてアルフレッド様はこちらに?」


 アルフレッドを疑っているわけではないが、先ほども言ったように、この辺りにはミシェルとアルフレッドのほかに人気はない。つまり、この場所にいることが不自然なのだ。いや、それはミシェルも同じだが。

 ミシェルの問いに、アルフレッドは口ごもった。思わず胡乱気に見てしまう。

「……先ほど、殿下と王太子妃の部屋に行ったのだが、あなたがいなかった」

「……ええ、まあ、そうですね」

 むしろ、いたらびっくりだろう。ミシェルはここにいたのだから、リュクレースの部屋にいないのは当たり前である。

「そうしたら、殿下と王太子妃にあなたを探して来いと追い出された」

「そうですか……いえ、でも、それはここにいる理由にはなっていません」

 王太子やリュクレースからミシェルの居場所を聞いたのならともかく、彼女は誰にも言わずにこの場所に来たのだ。この場所がほとんど使われていない今、簡単にたどり着ける場所だとは思えないのだが。

「目撃情報をたどってきた」

「目撃情報、ですか?」

 ミシェルは首をかしげた。仮面をつけた怪しい女性の目撃情報ならすぐに集まるだろうが、今のミシェルの目撃情報はそう簡単に集まらないだろう。髪はありふれた栗毛であるし、何より素顔だ。はっきり言って目立たないだろう。


「確かに、仮面の女性の目撃情報はなかったが、挙動不審な栗毛の令嬢の情報はすぐに集まった」

「……ひどい」


 いや、自分でも挙動不審であった自覚はあるのだが、他人の口からきくとより惨めだった。アルフレッドが手を伸ばしてミシェルの頬に触れた。

「冗談だ。悪かった……あなたの行方はレミュザ伯爵に聞いた」

「お父様に?」

 確かに、父にはここに来る途中で遭遇した。だが、どこに行くのかは伝えなかったはずなのだが。

「あなたがレミュザ伯爵と出会ったのは執政棟の側だった。だが、あなたは執政棟の中には入らず、大広間のほうに向かって行ったと聞いた。なら、行きつく場所は議場の近くだろう」

 ミシェルはこの宮殿のつくりを思いだし、ようやく納得した。

「なるほど。確かに、執政棟からこちらに向かえば、行きつくのは議場の側ですね」

 納得して繰り返したミシェルは、それからふと思った。

「逆に言えば、ここから居住区に向かうには、執政棟の側を通るしかない、と言うことですね」

「……まあ、そうだな」

 アルフレッドがうなずいたのを見て、ミシェルは持っていた見取り図を彼に見せた。


「クロエさんによると、これが王太子妃様の部屋に落ちていたそうです」

「……見取り図?」

「おそらく、この辺りの見取り図だと思うのですが、どうでしょう?」


 アルフレッドはざっと見取り図を確認し、うなずいた。

「ああ。この辺りの見取り図だ。だが、宮殿の間取りは書庫の禁書部屋の最奥に隠されていはずだ」

「たぶん、これは宮殿の間取りを写したものじゃないのでしょうね。私は詳しくないのですが、空間能力に優れた人は、歩き回っただけで地図を書くこともできるそうです」

「それはすごいな……。だが、どうやって描いたかは今は問題ではないな」

「そうですね」

 アルフレッドとミシェルは向かい合ってうなる。

「何故、この辺りの見取り図が王太子妃様の部屋に落ちていたのでしょうか」

「あなたは、王太子妃の私室からここまでどうやってきたんだ?」

 アルフレッドが尋ねた。ミシェルは目を閉じて思い出しながら言う。

「最初からこの場所だとわかっていたわけではないので、結構歩き回りました。でも、ここから最短で王太子妃様の元に戻ろうと思ったら、やはり、執政棟の外にある庭園を突っ切っていくのが一番早いでしょうか」

「ああ。私もそう思う」

 アルフレッドはうなずいてホールの方を見た。


「今年最初の夜会は、そこのホールで行われることになっている」


 宮殿の中にはいくつかのホールがある。その中のどこで夜会を行うかは、国王や王妃たちが相談して決めるのだそうだ。

 そして、今年最初の夜会は、すぐそこのホールで行われるのだと言う。

「と言うことは、下見?」

「……かもしれないな」

 どうやら、ミシェルとアルフレッドの意見は一致しているようだった。


 その時、こちらに向かってくる足音が聞こえた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


アルフレッドまでも疑うミシェル。というか、アルフレッドの行動がイケメンじゃなかったらストーカーで訴えられるよ……。


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