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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
37/55

Stage.8

アルフレッド視点です。









 いつものようにアルフレッドが王太子の執務室で仕事をしていると、王太子が突然「あ」と声をあげた。


「そう言えば、リュカから苦情が入っているんだった」

「今度は何したんですか、殿下」

「俺じゃない。お前にだ」


 アルフレッドは試案書を書きなぐっていた手を止めて顔をあげた。

「私、ですか」

「ああ。ミシェル嬢が嫌がらせを受けているらしいぞ。お前関連で」

 アルフレッドは思わず頭を抱えた。そう言えば、ミシェルがけろりとしているので忘れていたが、彼女はすでに一度、アルフレッドの熱烈なストーカーから命を狙われたことがあるのだった。この宮殿では、そういった女性はより多いだろうに、失念していた。

 頭を抱えたアルフレッドを見て王太子は笑った。

「お前も恋に浮かれるってことがあるんだな~」

「……」

 にやにやと、からかっているのが丸わかりな王太子の口調だったが、アルフレッドは反論することができない。なぜなら、彼自身にもその自覚はあったからだ。


 アルフレッドは今まで恋人がいなかったわけではないのだが、自分から『好きだ』と思ったのは始めてだ。だから、王太子の『恋に浮かれている』と言う指摘は正しいのだと思う。いつもなら気付くことを見逃していた。

 アルフレッドもそうだが、ミシェルも『言うと面倒だ』と考えるような人間だ。まだ一年弱の付き合いであるが、アルフレッドも彼女の性格をそう思うくらいには把握している。

 面倒なことになるくらいなら、自分が我慢した方がいい。そう考えたのだろう。アルフレッドが原因であることは彼女も察していただろうが、迷惑をかけたくないと思って何も言ってこなかったのだろう。

 いや、アルフレッド自身もそう言う人間だと言うのは否定しないが、伝えられないということがこんなにショックだとは。それは、アルフレッドがミシェルを思っているからだろうか。


「まあ、お前も少しくらい頭ん中お花畑の方がいいかもなー。で、とにかく、リュカから『何とかしろ』と苦情が来てるから、ちょっと相談して来い」


 と、王太子はアルフレッドを追い出しにかかった。アルフレッドは驚く。

「殿下は来ないのですか?」

 すると、王太子はなぜか涙ぐんだ。

「今俺が行くと、俺がリュカに怒られるだろ!」

「……」

 完全に尻に敷かれているな、と思った。
















 とはいえ、ミシェルは現在、王太子妃に仕えている。一介の貴族子息であるアルフレッドが王太子妃の居室をおいそれと訪ねることはできない。なので、アルフレッドがミシェルに会おうと思ったら、宮殿を出た後か、王太子が王太子妃を訪ねた時に一緒について行くか、どちらかになる。

 王太子が王太子妃を訪ねて行くと、本当に怒られていた。ついでにアルフレッドも怒られた。


「まったく。恋に浮かれるのもいいけど、ちゃんと好きな子のことを考えてあげないとだめじゃない」


 口調は軽いが、絶対零度の視線を向けられて気のせいだが痛い気がした。王太子は身重の妻に説教をされて落ち込んでいるし、王太子妃の背後では今日も仮面姿のミシェルが顔を俯けてたたずんでいた。彼女も王太子妃に説教をされたのかもしれない。

「……それについては、申し訳なく……」

「まったくね」

「……」

 一刀両断されてアルフレッドは思わず黙り込む。王太子が妃に頭が上がらない理由がわかる気がした。王太子妃は、性格がさばさばしているのだ。もっと簡単に言うと、遠慮がない。


「わざわざ来てもらって悪いけど、それについてはミシェルと二人でよぉく話し合っておいて」


 とりあえず、今日のところはミシェルを保護しておくから、と王太子妃は言った。彼女は、王太子とアルフレッドに怒ることができてすっきりしたらしい。つまり、二人は怒られに王太子妃の部屋を訪れたことになる。


「だから言っただろ! リュカは気に入った子には甘いんだよな……」


 つまり、王太子妃はミシェルを気に入ったと言うことなのだろう。まあ、気に入らなければ側付きにしたりしないか。

「とにかく、お前はミシェル嬢と話し合えよ」

 じゃないと俺がリュカに怒られるから! という副音声がついていた気がした。

「……わかりました」

 言われなくても、一度話し合う必要があるとは思っていた。いろんな意味で。
















 アルフレッドがとった方法は、ミシェルを宮殿からレミュザ伯爵邸に送って行くと言う方法だ。古典的だが、確実である。


「ミシェル」


 定刻に退出するミシェルを捕まえるために、アルフレッドは早めに仕事を切り上げてきた。城のエントランス付近で待ち構えてミシェルを捕獲する。


「アルフレッド様……何してるんですか?」


 こてん、と首をかしげてミシェルが言った。変わらず彼女は仮面をしていた。

「いや、あなたを送って行こうと思って」

「ええっと……ありがとうございます……?」

 とりあえず、と言う風にミシェルが言った。これは、了承と受け取っていいのだろう。アルフレッドはミシェルに手を差し出した。アルフレッドの手に乗せられた手は、やはり小さい。


 ミシェルを迎えに来ていたレミュザ伯爵家の馬車は先に帰らせることにして、アルフレッドはシャリエ公爵家の馬車に彼女をいざなった。馬車が動き始めてから口を開く。


「私のせいで嫌がらせを受けていたようだな。すまない、気が付かなくて」


 ナタリーが知ったら、確実にアルフレッドは彼女から蹴りを食らうだろう。

「あ、いえ。嫌がらせと言っても大したことはないですし」

 やはりけろりとしてミシェルは言った。

「それに、アルフレッド様のせいと決まったわけでは……」

 彼女はそう言ったが、ほぼ確実にアルフレッドのせいだろう。

 今までアルフレッドが付き合った女性は、たいてい「あなたの浮気癖には耐えられない」と言って去って行ったが、アルフレッドに覚えはない。だが、少し考えればわかる。

 この女性の存在を邪魔に思ったほかの女性が、事実無根なことを吹き込んだのだろう。その噂が広がり、結果に至ったのだと思われる。ついでに、事実無根なことを吹き込むのと同時に嫌がらせもしていたと思われる。


 放っておいたアルフレッドも悪い。だが、今回ばかりは無視できない。なぜなら、今回ばかりはアルフレッドの方が好きになった相手だから。

「だが、やはり、何か対策をしておかないと調査に差し障りがあるんじゃないか?」

 ミシェルが宮殿に呼ばれたのは、王太子妃を狙うものを調べるためだろう。それに差支えが出ては問題がある。

「いえ……私が気にしなければ、さして問題はないのでは?」

「あなたが気にしなくても、私が気にする」

「アルフレッド様だって、何言われても気にしないじゃないですかぁ」

 ミシェルが心もち頬を膨らませて言った。ミシェルも宮殿に上がるようになったので、彼の周囲で起きている泥沼現象は聞いているらしい。つい最近も、恋人気取りの女性に絡まれたばかりだった。


「……私も、あなたが気にするなら気を付けるが」


 今まで、面倒くさいので無視していたのは事実だ。だが、ミシェルが気にするなら気を付けようと思う。

「……まあ、いい気はしませんけど……」

 そう言ったミシェルは途中ではっとして、「今のはなしです~」と言った。

「いや、ちゃんと聞いた」

 アルフレッドがそう言うと、ミシェルはぐっと唇を引き結んだ。よく見ると、頬が赤らんでいた。

「それで、話を戻すが」

「あ、はい」

 ミシェルがうなずいたのを確認し、アルフレッドは話を進めた。

「ミシェルはどうすればいいと思う?」

「えー……別に私は気にしていないのですがー」


 うん。そう来ると思った。


「私が考え付く方法は、あなたが気にしないならこのまま私が付き合う。あなたが一人で調査をする。人を変える、の三つだな」

「……ざっくりしてますね」

「そうだな」

 それはアルフレッドも認める。大まかに分けてこの三つだ。どれもデメリットがある。


 このままアルフレッドが付き添い続ければ、彼女はより嫌がらせを受けることだろう。かといって一人で歩き回れば、それはそれで不審であるし、彼女は伯爵令嬢で、王太子妃の侍女と言う身分しかない。当然、入れないという場所も多い。だから、官僚などの付添があるのが好ましい。

 なので、人を変える、と言う方法は良いように思われるが、代わりにだれを派遣するのか、と言う話になる。ミシェルが気づいていたかはわからないが、王太子やディオンの意見によると、ミシェルとアルフレッドの組み合わせは恋人同士に見えて、いい目くらましになっていたそうだ。


 アルフレッドがダメだとすれば、誰にするか。ミシェルの事情を理解し、口が堅く、王太子妃ひいては王太子を絶対に裏切らない人物……そんな都合の良い人がいるだろうか。そう考えると、アルフレッドは都合の良い人間だったのだ、と自分で思う。

 男性だと、今度はミシェルが男をとっかえひっかえしている、などと噂になるだろう。要するに、アルフレッドの女性バージョンだ。

 なので、同行人は女性だと好ましいのだが、女性官僚はほとんどいないし、騎士にもほとんどいない。そう言えば、彼女の義母キトリは元騎士だったのか。


 いっそのこと、ミシェルの父であるレミュザ伯爵が同行すればいいのではないかとも思ったが、それもどうだろう。彼は軍務省の副長官だ。同行人にしてはちょっとおかしいか。いや、でも、親子であることを考えれば、不自然ではないのか?

「なら一人で、って言いたいところですけど、どう考えても私一人では入れないところが多いですよね……」

「そうだな」

「じゃあ、父に……」

「軍務省副長官にか?」

「む、無理ですね……」

「だが、たまに付き合ってもらえれば、目くらましになるかもしれないな」

「それ、アルフレッド様が同行してくださるってことでいいんですか?」

 ミシェルが首をかしげた。アルフレッドとしてはその方がうれしいので、否定はしない。

「私もそうしたいが、だが、私とともにいれば……」

「嫌がらせは気にしないですよ。私も変な人が来るよりは、アルフレッド様の方がいいですし……」

 ミシェルの言葉を聞いて、アルフレッドは思わず彼女に向かって手を伸ばした。ミシェルが驚いて腰を浮かせる。と、馬車が少しはねた。バランスを崩したミシェルがつんのめると、アルフレッドはそれを抱き留め、そのまま抱きしめた。


「ちょ、あの……」


 動揺したミシェルの声が耳元で聞こえた。アルフレッドも緊張しないわけではなかったが、ここで手放せば後悔する気がした。

「提案があるんだが」

「え?」

 囁くと、ミシェルから間抜けな声があがった。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


なんでこう……私の書く男どもはヘタレるんでしょうか。いや、アルフレッドは今回割と頑張っていましたが。


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