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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
36/55

Stage.7

今日はミシェル視点です。









 入場者の一覧が届き、ミシェルがそれをすべて写して返却したころ、彼女の周囲で変化が起こっていた。

 宮殿の廊下を歩いていると、どん、と後ろから背中を押された。あまり強い力ではなかったのでこけることはなかったが、ミシェルはたたらを踏み、持っていた本が手から落ちた。

 急いで後ろを振り返る。ちょうど廊下の分岐点を過ぎたところで、真正面と向かって右側に廊下がある場所だ。その右側の廊下に続く角に、オレンジ色のドレスの裾がひらめいて消えた。


「……」


 さすがにわかる。彼女は、オレンジのドレスを着た女性に背中を押されたのだ。仮面の下ですっと目を細める。

 現状では、何の証拠もない。ミシェルだって怪我をしたわけではない。なので、彼女は何もなかったかのようにその場を去った。あとで、ノートに今日あったことを書いておこう。


 一度だけですめば勘違いかな、で終わらせることができる。しかし、その後もミシェルに対する『嫌がらせ』は続いていた。平坦な廊下や庭で突き飛ばされるならまだしも、階段から突き落とされそうになったときはどうしようかと思った。幸い、そばにいたクロエが支えてくれたのだが。クロエは一見、細身の女性に見えるのに、すごい力だった。


 しかし、この一件でミシェルに対する『嫌がらせ』が露見した。


「どうして黙っていたの」

 さすがに怒った様子でリュクレースがミシェルを叱る。ミシェルは「はあ……」と気のない返事をする。

「今の所、実害はないので」

「突き飛ばされたんでしょう?」

「階段で突き飛ばされたのは確かに危なかったですが、一般貴族令嬢に突き飛ばされてこけるほど軟ではないので……」

「その見た目で、よく言うわ」

 リュクレースがため息をついた。その見た目、とはどういうことだろうか。


「でも、さすがに突き飛ばされただけじゃないでしょ。足を引っ掛けられたりとか、暴言を吐かれたりとかは?」


 リュクレースが確認するように言った。ミシェルは正直に答えておくことにする。黙っていて後で露見すると、このように面倒なことになるからだ。先に終わらせておこう。

「ええっと。足を引っ掛けられたことはないですけど、上から水が降ってきたことはあります。あと、暴言も言われたことはありますが……」

「ちなみに、なんて言われたの?」

「『厚かましいのよ、この醜女しこめが』だったかな……」

「ひどいわね。誰かわかったら、親に指導を入れておきましょう」

 リュクレースがさらりと言った。彼女も彼女で怖い。ミシェルが自己嫌悪に陥る前にさくっと言ってのけた。


「と言うか、ミシェル様、よく覚えていますね」


 クロエがミシェルの記憶力の良さに感心したように言った。ミシェルは「ああ」とうなずく。


「単純に、記録を取っているだけです。裁判で有利になるのだそうです」


 なので、嫌がらせを受けたら記録を取っておきなさい。そう教えてくれたのは、従兄のディオンだ。ちなみに、彼も宮廷勤めをしているので、たまに宮殿内で遭遇する。

「嫌がらせを受けて、よくそんなに冷静に……」

「いえ、リュカ様も相当冷静でしたよ」

 リュクレースにクロエからのツッコミが入る。やはり、王太子妃となったリュクレースも、かつて嫌がらせを受けたことがあるようだ。

 自分に向けられている悪意は、この際どうでもいい。ミシェルがしなければならないのは、リュクレースを狙う人物が誰か、特定することだ。それに。


「顔を焼かれるのに比べれば、全然ましです」


 あの時を上回る恐怖が訪れなければ、たぶん、ミシェルはそれほど動揺しない。手足を押さえつけられて顔に火を近づけられるのは、本当に怖かった。肉が焼ける匂いがして、それが自分の顔だと思うと恐怖で叫ぶこともできなかった。

「……まあ、とにかく、嫌がらせ対策も考えたほうがいいわね……」

 リュクレースが言った。クロエもそうですね、とうなずいた。

「襲撃者対策はしていましたが、単純な嫌がらせの対策はしていませんから」

「ちなみに、ミシェル。心当たりは?」

 尋ねられ、ミシェルは「えーっと」と口ごもる。ないわけでは、ない。リュクレースはため息をついた。

「アルフレッドね。あなた一人では入れる場所が限られるし、危ないかと思って殿下に頼んでおいたんだけど、裏目に出たわね……」

 確かに、ミシェルの行く先々にアルフレッドが同行してくれていたが、そう言った裏事情があったのか。たぶん、嫌がらせはこれが原因である。公爵家の跡取りで顔が良くて仕事ができて、未婚で婚約者も恋人もいないアルフレッドは、貴族の令嬢から見れば優良物件である。


「すみません……」


 何となく謝罪を口にすると、リュクレースが「ミシェルのせいじゃないでしょ」と苦笑を浮かべた。

「嫌がらせ対策も大切ですが、ミシェル様。何か分かったことはありますか?」

 クロエが突然そんなことを言いだしたが、話は通じた。つまり、リュクレースの元にもぐりこまされていた毒物について、だろう。

「最初の香水瓶から始まって、化粧水、洗顔液など……だんだん、毒の成分が強くなってきていたので、中身が判明しました。カロライナジャスミンです」

「ジャスミン? でも、ジャスミンティーってあるわよね?」

 リュクレースが尋ねた。東方のお茶の一種に、ジャスミンティーは確かにある。だが。

「ジャスミンとカロライナジャスミンは別物です。私は学者ではないので、詳しくは知りませんが、通常は経口摂取で毒物として取り込まれるもので、皮膚吸収毒ではありません」

「ミシェル様、皮膚吸収の毒もあると言っていましたよね?」

 クロエも口をはさむ。ミシェルはそれにもうなずいた。

「ええ。ですが、これは違ったようですね。誤飲しない限りは、毒としての役割を果たさないでしょう」

「何それ。意味ないじゃない」

 リュクレースが呆れたように言った。あれ以降、毒物はたびたび忍ばされていたが、やはり経皮毒ではなく、経口摂取の毒だった。ミシェルは目を閉じて考える。


「相手は、王太子妃様を殺す気はないのだと思います。かといって、今回のような毒では腹の子を殺すこともできません……」


 その辺に生えているようなもので、堕胎薬になるようなものはいくらでもある。ミシェルはゆっくりと目を開いた。


「おそらく、今回忍び込ませた毒は本気で使わせようと思って忍ばせたのではないと思います。どちらかと言うと、陽動……?」


 何かから目をそらさせるために、あえてわかりやすいように毒物を忍ばせた。そうだ。そもそも、毒をひそかにリュクレースの化粧台に置くことができたのなら、もともとあった瓶に毒をこっそり入れることだってできた。その方が、リュクレースが使用する可能性が高い。

 なのに、毒は別の瓶に入れられて、すぐに気づく形で置かれていた。これは、こちらに『気づかせたかった』からではないだろうか。

 仮面の下で、ミシェルは目を細めた。

「思ったより、ややこしい状況になっているのかもしれませんね」

「……毒が関係している時点で、結構ややこしいと思うけどね」

 リュクレースが苦笑してミシェルの言葉にツッコミを入れた。

「ところで、カロライナジャスミンってどんな毒なの?」


 聞かれたので、答えることにする。


「飲むと呼吸困難を起こすそうです」

「……」

「飲む量によっては死に至ることもあるそうですが、死んだという話はあまり聞きませんね」

「そ、そう」

 リュクレースが動揺気味にうなずいた。ちょっと引いた彼女に対し、クロエは冷静だった。

「しかし、そんな危険なものが簡単に手に入るものですか? 裏ルートなどを通っているのなら……」

 こちらの領分ではない、王太子たちに助力を求めるべきだ、とクロエは言った。だが、ミシェルは首を左右に振る。

「いえ。それが、カロライナジャスミンは割と簡単に手に入るのです」

「そうなのですか?」

「ええ。だって、庭園に普通に咲いてました」

「……うそ」

「ええ。触るだけでは、毒が体に入ることはありませんから、安全です」

 口に含むのはやめたほうがいいですけど、とミシェルは付け足す。食べられる花と言うのもあるが、カロライナジャスミンは危険なのでやめておいた方がいいだろう。いや、誰もしないか。ここは宮殿だ。


「というか、本当に詳しいのね、あなた……」


 リュクレースが半分感心したような、半分呆れたような口調で言った。ミシェルは小首をかしげる。

「趣味と言うのもありますが、普通に調べたと言うのもあります」

 さすがにミシェルは毒草にはそこまで詳しくないのだ。だから、普通に調べた。

「毒の件もだけど、やっぱりミシェルの嫌がらせ対策もしないと、あなた、調べにくいわよねぇ」

 話が戻った。ミシェルはうーん、とうなる。


「でも、今のところ大した被害はないですし、このままでも大丈夫かなと……」


 ミシェルは調査にかこつけていろんなところをふらふらしているが、基本的に図書館か庭園にいることが多い。図書館は静かなところで、庭園は人目がある。嫌がらせをするにはあまり向かないところだ。嫌がらせの内容もかわいらしいものなので、危険は感じていないのだが。

「放っておくとエスカレートするわよ。とりあえず、殿下に報告しておくからね」

「……わかりました」

 そう言われて、ミシェルにうなずく以外にどうしろと言うのだろうか。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ミシェルさん、やけに冷静です。

薬草、毒草について、私はあまり詳しくありません。間違っているところがあったらすみません。


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