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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
35/55

Stage.6

ミシェル視点です。











 調査するにあたって、ミシェルが最初に訪れたのは庭園だった。できれば薬草園にも入りたいが、そちらは許可がいる。今、リュクレースが王太子に掛け合ってくれているところだ。

 香水に混入されていた毒物は、そのあたりで簡単に手に入るものだった。実際のところ、身近に毒性を含む植物というものは意外と多い。スズランやスイセン、ジャスミンなんかもそうだ。まあ、万が一触れたところで、即死、と言うほどではないはずだが……。


 そもそも、ミシェルは確かに薬に詳しいが、専門家ではない。それに、毒となるとそれほど詳しくない、と言わざるを得ない。しかし、毒も使いようによっては薬になるので、まったく知識がないわけではない。

 だいぶ暖かくなってきているので、花がきれいに咲き誇っている。シュザン城の庭園も見事であったが、やはり、彼の城に行ったときはまだ冬で、単純に宮殿の庭園の方が眼に楽しい。花が咲き誇っているから。

 ざっと見回っただけでも、毒性のある植物はいくつかあったが、どれも違う気がする。

 ミシェルが一人でうーん、とうなっていると、声がかかった。


「ミシェル」


 名を呼ばれてミシェルは「あ」と口を開く。


「アルフレッド様」


 咲き誇る花の中にいるアルフレッドは、なかなかに絵になる。さすがだ。

「どうしたんですか?」

「いや、王太子殿下が様子を見てこいと」

 そう言えば、リュクレースから王太子に話がいっただろうから、彼も話を聞いているのだろう。

「何か分かったのか?」

 アルフレッドに尋ねられ、ミシェルは首を左右に振った。

「それが、よくわからなくて」

 ミシェルは頬に指を当てて考えるようなそぶりを見せる。当然であるが、今日も彼女は仮面をしていて、それだけでも目立つのにアルフレッドが並んだことでより目立っている。ちなみに、この庭園にはそこそこ人がいる。宮殿の庭園は、一般にも公開されているのだ。

 ミシェルが小道を歩きはじめると、アルフレッドがついてくる。


「よくわからない、とは?」


 わざとあいまいな答え方をしたことに、アルフレッドは気が付いたようだ。ミシェルは小さな声で言う。

「毒物は、香水瓶に入っていました。香水って普通、どう使います?」

 ミシェルの間の抜けた問いにも、アルフレッドは答えてくれた。

「それは……肌に付けるな」

「ですよねぇ」

 誰に聞いても、答えは一緒だ。肌に塗るものと霧吹きのようになった吹きかけるもの、が存在するが、どちらも結局、肌に付けるものなのだ。まあ、服につける場合もあるが、今は置いておく。


「だとしたら、妙なんです。経皮毒けいひどくと呼ばれる皮膚吸収の毒もあるんですが、香水瓶の毒は経口摂取でないと毒としての効力が低いんです。ついでに、かなり薄められていましたし」


 クロエには皮膚吸収の毒もある、と言ったが、経皮毒はかなり時間がかかる方法だ。経口摂取よりも確実に体に蓄積されるが、それは毎日のように長年それを続けていなければ効果らしい効果は得られないだろう。腹の子をどうにかしたいのなら、まずとらない気長な方法だ。

 それに、香水瓶に入っているが、どうにも経口摂取っぽい薬物に思われる。まあ、経口摂取の毒物でも、肌から浸透することがないわけではないのだが。


「本気でやっているとしたら、かなり間が抜けている犯行ですねぇ」


 結構辛辣なことを言い、ミシェルは首をかしげた。

「……まあ、何となくわかった。とりあえず、相手の目的は不明、と言うことで伝えておく」

「お願いします~」

 このひとつの毒物からわかることは少ない。だが、何もわからないわけではない。

「そう言えば、薬草園に入る許可はもらえそうですか?」

「現在、殿下が交渉中だ。もう少し待ってくれ」

「わかりました」

 ミシェルは物わかり良くうなずく。やはり、薬草園にも行っておきたいところだ。後学のためにも、どんな薬草が植えられているのか知っておきたい。


「だが、薬草園の植物が使われているとしたら、かなり犯人の選択肢が狭まるな」


 アルフレッドの言葉に、ミシェルはうなずいた。

「そうですね……。許可が下りたものしか、入れませんもんね」

「不法侵入したと言う可能性も、無くはないが……」

「普通に考えて、難しいですよね……」

 何しろ、宮殿の中にあるのだ。手引きするものがいるのなら入れなくはないだろう。しかし、通常、医官や庭師ぐらいしか行かないような場所でもあるので、こっそり向かえば逆に目立つ。アルフレッドとミシェル、二人とも同じ結論に達したと言うことだ。

「あなたと話していると、話が早くて楽だ」

「そ、そうですか?」

 ミシェルは照れてはにかむ。一瞬、アルフレッドは足を止めかけたが、すぐに歩行を再開したので、ミシェルは気づかなかった。

「政治の知識もあるのか?」

 並んで小道を歩きつつ、アルフレッドが尋ねる。ミシェルは反応しがたくて「うーん」とうなる。

「ないとは言えませんが、詳しくはないです」

 大体、政治と言うものの仕組みは知っている。それだけだ。実は父が何の仕事をしているのかも良くわかっていない。だから、詳しくはない。


「なら、物事を合理的に考えることができる、と言うことだな」

 どうしてかわからないが、アルフレッドがそう結論を出した。言いたいこととしては、『物事からわかることを読み取る洞察力に優れ、その情報を組み立てて事実を導き出す』という作業に手慣れている、と言うことだったらしい。回りくどくてわからなかった。

 庭園を一周し、ミシェルたちは宮殿の建物の側に戻ってきた。分かれる前に、アルフレッドはミシェルを見て言った。

「何かあれば、言ってくれ。できるだけ力になろう」

 ありがたい申し出に、ミシェルも微笑む。

「ありがとうございます。それなら、さっそく、一つ、いいですか?」

 遠慮なく言ってのけたミシェルにうなずき、アルフレッドは少し身をかがめる。ミシェルは小さな声で言った。


「庭園と薬草園への入場者の一覧を見たいのですが」


 変わった要求に、アルフレッドは戸惑いながらもうなずいてくれた。
















 アルフレッドに頼んだ入場者一覧が届く前に、薬草園に入る許可が出た。その日もアルフレッドが一緒だった。


「アルフレッド様、私に付き合っていていいのですか?」


 仕事はいいのだろうか、と思って尋ねると、彼は「殿下が今、王太子妃殿下の所にいるからな」とさらりと答えた。王太子は、今日もリュクレースの様子を見に来ているのだ。

 薬草園は庭園の近くにある。まあ、庭園もいろいろなところにあるのだが、基本的に『王妃の庭園』と呼ばれるところの近くにある。高い壁で、庭園と区別はされているのだが。

 薬草園に入るには、名簿に名前を書かなければならない。危険な植物や希少な植物を育てているので、盗まれないようにするためだ。この名前の書かれた名簿を、ミシェルは見たいと言っているのである。

 当たり前であるが、薬草園は庭園のように見栄えを気にしていない。だから、どのあたりにどんな植物が植えられているかがわかる立札があり、わかりやすい。奥の方に行くにつれて、危険な植物が植えられているようだ。


「あ、すごい。この薬草、本物は初めて見た」


 貴重な薬草を間近で見ることができてテンションの上がるミシェルである。アルフレッドはよくわからない様子で薬草園を見渡している。よく自分に付き合ってくれるものだ、とミシェルは思う。

「すみません、はしゃいでしまって」

 一応、謝ってみると、アルフレッドは「いや」と首を左右に振った。

「見るくらいなら構わない。目的を忘れないようにな」

「はい」

 アルフレッドの指摘に、ミシェルはうなずく。もう少し見ていたい気もするが、アルフレッドも一緒なのではしゃぎすぎるのもどうかと思い、彼女はそのまま温室に向かった。ガラス張りの広い温室である。

 温室にはさらに貴重な薬草や、温かいところでしか育たない薬草が植えられている。ミシェルはそれらを見て回り、うーん、とうなった。

「何か気になることがあるのか?」

「そうですね……」


 アルフレッドに尋ねられ、ミシェルは小首を傾げて彼を見上げた。


「毒性が弱すぎて、何の有毒植物か、特定することができないんです」

「だが、あなたは経口摂取の毒であると言っていなかったか?」

「触ると皮膚炎症を起こし、飲んでも毒になる植物など、いくらでもあります。あ、ほら、そこのジキタリスなんかもそうですね。うっかり飲むと死んでしまうこともあるので、気を付けてくださいね」

 そう言うと、アルフレッドはその場から後ずさった。

「何故そんな危険な毒草が!?」

「薬草でもあるんです。強心剤の効果があると聞いたことがあります」

「……つまり、使い方によって薬にも毒にもなると言うことか」

「そういうことですね」

 アルフレッドの言葉にミシェルはうなずく。危険なので、ミシェルもジキタリスには触れないようにして温室から出た。

「だが、ミシェルでもわからなかったか……」

「すみません……でも、医者や薬師の方に頼めば」

 とミシェルは言うが、アルフレッドは首を左右に振った。

「それができれば、初めからそうしているだろうな。医者たちは正直、あまり信用できない」

 金をつかまされれば、すぐに裏切る、と言うことだろうか。まあ、確かにこういうことはできるだけ身内だけで何とかしたい、と言う気持ちは分からなくはない。

 ミシェルは仮面の下で目を細めた。

「……いっそ、飲んでみるとか……」

「やめてくれ、頼むから」

 アルフレッドが必死の表情で止めにかかるので、ミシェルは「冗談です」と笑う。

「でも、毒性も弱そうですし、死ぬことはないと思うのですが……」

 せいぜい、腹を下すぐらいだと思う。たぶん。心臓毒でなければ。

「駄目だ。そんなことをしてみろ。多方面から怒られる。私も怒る。巻き込んでおいてこんなことは言えないが、あなたを危険な目には合わせたくない」

 肩をつかまれて真正面から見つめられ、ミシェルは呼吸を止めた。その真剣な、なのに色っぽく見える顔を見てミシェルは自分の敗北を悟った。

「わかりました。別の方法を考えます」

「ああ」

 ミシェルが折れたことで、アルフレッドも納得した。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ミシェル、楽しそうです。


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