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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
33/55

Stage.4

今回はミシェル視点!







 春になり、だいぶ暖かくなってきたころ、ミシェルは父について家族よりも一足早く、王都のレミュザ伯爵邸に来ていた。春に王都の屋敷に来るのは久しぶりだった。


「さて、お嬢様。よろしいですね?」

「……」


 いつになく気合の入った様子のポーラに、ミシェルはたじろぐ。王都の屋敷のメイドたちもニコニコと楽しげだ。


「王太子妃殿下に拝謁するとなれば、それなりの恰好で行かなければなりませんからね」


 ポーラがもっともらしく言う。いや、確かにそうなのだが。

「なんでみんな、そんなに嬉しそうなの……」

「自分の仕える女性を着飾らせるのが楽しみでない使用人は少ないですよ」

「そ、そう」

 キトリもそれほど着飾る人ではないし、みんなストレスでも溜まっていたのだろうか。


 ドレスは、誕生日にランベールとキトリがくれたドレスを選んだ。若葉色のドレスは、落ち着いた印象でミシェルによく似合うデザインだ。さすがは両親。春ならば桃色などを着てもいいのだが、残念ながら、ミシェルは桃色が似合わない。仮面云々の話ではなく、素顔の状態で似合わないのだ。

 例によって仮面をしているので、髪が結べない。一部を編んで髪飾りをつけ、化粧までしたが、ミシェルは仮面を外す気はない。


「……お嬢様。宮殿に行くんですよね?」

「そうね」


 ポーラに尋ねられ、ミシェルはうなずいた。王太子妃に会いに行くのだから、宮殿に行くに決まっている。


「仮面、失礼になりませんか?」

「……王太子妃様が外せと言ったら、外す」


 シュザン城でも、王妃が外せと言うのなら外すつもりだった。わかりにくいが、王妃は外さなくていいと言ってくれたので、付けたままだったが。

「……まあ、そうですね」

 ポーラはあきらめた様子でミシェルを見送ってくれた。馬車に揺られつつ、宮殿に向かう。王太子妃からの手紙を見せると、まっすぐ王太子妃の元へ案内された。

「お久しぶりね、ミシェル」

 微笑んで、王太子妃が立ち上がった。ふわりとゆったりしたデザインのドレスの裾が揺れる。

「元気そうでよかったわ。頼みを聞いてくれてありがとう」

「いえ。お久しぶりでございます、王太子妃様。私ごときでよろしければ、精いっぱい勤めさせていただきます」

 スカートをつまんで頭を下げたミシェルを見て、王太子妃は柔らかい声音で「頭をあげてちょうだい」と言う。


「あなただから必要なのよ」


 王太子妃の言葉に、ミシェルはじん、と胸が熱くなるのを感じた。自分が必要だと言われて、うれしかった。

「ありがとう、ございます」

「こちらこそ。しばらくよろしくね」

 まずは仕事仲間を紹介するわね、と微笑む王太子妃に、二十代半ばほどの女性が口をはさんだ。

「申し訳ありません、王太子妃殿下。一つ、よろしいでしょうか」

「あら、何かしら」

 王太子妃がニコリと微笑んで首をかしげる。女性はミシェルをちらりと見て言った。


「このような、仮面をつけた怪しいものを、本当に側に置かれるのですか? 彼女が本当にレミュザ伯爵令嬢なのかもわからないのですよ。もしかしたら、成りすました暗殺者かも……」


 まあ、確かに、顔を隠す者にはやましい気持ちを持つ者が多い。この女性の指摘は尤もで、ミシェルが自分を見ても、怪しい、と思うだろう。

 ゆったりとソファに腰かけた王太子妃は、頬に手を当てて、「そうねぇ」と首をかしげる。

「まあ、その可能性はないとは言い切れないけど、かなり低いと思うわよ? でも、そうね。ミシェル」

「はい」

 ミシェルは名を呼ばれてとっさに返事をする。王太子妃が尋ねた。


「あなたがシュザン城のギャラリーで謎解きをしたとき、私が尋ねた絵は何の絵だった?」


 な、謎解き。ミシェルにとっては謎解きと言うほどではなかった。ただ、順序立てて考えていけばわかることだったからだ。

 そう言えば、あの時、王太子妃は王太子の足をぐりぐり踏みつけていたな、といらないことを思い出した。


「初代国王ヴィルジール王の戴冠式の絵画でしたが……」


 ちなみにその後、その絵は元のシュザン城の絵に戻されたそうだ。その回答に、王太子妃は満足したらしくうなずいた。


「間違いなくミシェルよ。これでいい?」


 先ほど指摘してきた女性は、王太子妃がそう言っても眉をひそめた。

「ですが……顔を見せたがらない者など」

「妃殿下もこれでよいと言ったそうよ。わたくしも妃殿下も大丈夫だったけど、女子供には、彼女のやけどの痕を見て顔をしかめる人も多いそうよ。そんなことになったら、彼女がかわいそうじゃない」

「いえ……見せろと仰せでしたら、仮面は取りますが……」

 ミシェルが思わず口をはさむと、王太子妃は「取らなくていいわ」と返した。

「妃殿下もいいと言ったのでしょう? なら、わたくしの返答も同じだわ」

「……ありがとうございます」

 王族の皆さんは心が広いようだ。ひとまず話がひと段落し、さて、と王太子妃が部屋にいる女性に言った。

「リゼット。のどが渇いたから水をもらってきてくれる?」

「承知いたしました」

「テレーズはミシェルに見せる宮殿の行事予定表を持ってきてくれる?」

「……かしこまりました」

 おとなしそうな女性と、問題提起した女性が出ていく。残ったのは三人。王太子妃とミシェルと、もう一人侍女と思しき女性だ。


「改めて、ミシェル。本当によく来てくれたわ」


 王太子妃がもう一度言った。ミシェルが反応を示す前に、彼女は言葉を続ける。

「ちなみに、水をもらいに行ったおとなしそうな侍女がポワソン子爵家のリゼット。もう一人の出て行った侍女がラコルデール侯爵家のテレーズよ。そして、こちらがわたくしの家から連れてきた侍女で、クロエ」

「お見知りおきを、ミシェルさん」

「よ、よろしくお願いします」

 少し緊張してミシェルが残っている侍女クロエにむかって言った。侍女は褐色の澄んだ目をしていて、少し怖い印象を受ける。


「えっと……三人だけ、ですか?」


 紹介された侍女の人数だ。王太子妃であれば、もう少し侍女がいてもいいと思うのだが、意外にこんなものなのだろうか。

 すると、王太子妃は苦笑を浮かべた。

「本当は、もう三人いたの。だけど、一人はわたくしに毒を盛ろうとして、もう一人は暗殺者の手引きをして、最後の一人はカジミールに言い寄っていたから解雇したわ」

「……そうですか」

 なんというか、思ったより差し迫った状況であるようだ。侍女と言う立場にスパイを送り込むものは多い。王太子妃ほどの人物の侍女になると、名家の出身者が多いだろう。リゼットは子爵家の出身らしいし、テレーズは侯爵家の出だと言っていた。クロエは王太子妃の実家から連れてきたらしいが、王太子妃の領地に住む豪族を親に持つらしい。


 そして、王太子妃の対抗勢力の家から、侍女として入り込んでくるものがいた、と言うことなのだろう。おそらく、受け入れる前に調査はするだろうが、そんなに簡単に全員の素性を見極めることはできない。

 この様子では、王太子妃はクロエ以外の侍女を信用していないのだと思われる。

「だけど、あなたに求めるのは、本来の侍女としての働きではないの」

「はあ……」

 ミシェルは小首をかしげる。なら、何を求められているのだろうか。王太子妃はミシェルを手招きし、そばに座らせた。背後にはクロエ。完全に密談に入る体勢である。

「勘づいているかもしれないけど、わたくし、身ごもったのよ」

 王太子妃が身ごもるのは二度目だ。一人目の子は、現在二歳の女の子である。

「おめでとうございます」

 ミシェルがとりあえず祝辞を述べると、王太子妃は言った。

「ありがとう。でも、世間にはそう言えない人も多いのよね」

 王太子妃の懐妊を喜ばない者、と言う意味だろうか。確かに、そう言う人はいるだろう。自分の娘に次の王を生ませたい人とか、きっと多い。


 この国では、女性でも王位を継ぐことができる。しかし、男児がいた場合、そちらの継承権が優先される。現在、王太子の子供は女児だけなので、彼女の継承権はさほど高くないのだ。

 しかし、ここで王太子妃が男児を生めば、その継承権はかなり高い。王太子カジミールはすでに王位を継ぐことに決まっているし、もう一人いた現在の国王の王子はすでに他国に婿に行っている。と言うことは、王太子に男児が生まれれば、その子がそのまま次の次の王になる可能性が高い。正当性から言っても、王太子のこの方が王としてふさわしい。それを気にくわない人がいるのだろうか。


 なぜそこまでして権力が欲しいのか、ミシェルにはよくわからない。

「……王太子妃様が生む子が、男児であったら困る、と言う人がいると言うことですか?」

 尋ねてみると、王太子妃は「話が早くて助かるわ」と笑った。

「可能性は、できる限りつぶしておきたい。そう言う人がいるのでしょうね。すでに、三度も毒を盛られそうになっているのよ」

 毒、と王太子妃は言ったが、おそらく堕胎薬と言うやつだろう。ここにきて、ミシェルは自分の役割をはっきりと認識した。

「わかりました。私は、王太子妃様が口になさるものに何も入っていないか確認すればいいんですね」

「そうだけど、そうじゃないわ」

 あら、違った。王太子妃は「それは毒見役のメイドがやるの」とさらっと言った。高貴な方が考えることはよくわからない。


「あなたがやるのは、混入された薬の種類と、出所を調べること。クロエを使ってもいいわ。彼女、武術の心得があるから」


 思わず、ミシェルはクロエを見た。つまり、彼女は王太子妃の護衛も兼ねているのだろう。だが、ミシェルも護身術程度なら使える。

「……帯剣許可を出していただければ、大丈夫です」

「と言うことは、引き受けてくれるのね。ありがとう」

 王太子妃はにっこり笑ってうなずいた。ついでに、帯剣許可もくれた。もちろん、剣を持ち歩くわけではなく、短刀か銃を持ち歩くことになるだろう。

 それにしても、自分も信用されたものだな、とミシェルは思った。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


王都にやって来ました。予想していた人も多いでしょうが、ミシェルは妊娠した王太子妃の手駒のひとつとして呼ばれました。


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