Stage.3
今回もアルフレッド視点です。
何度も言っているが、トラントゥール城は美しい城だ。白い外壁に青い屋根。周囲は森。春になると、花畑ができるらしい。そう言いながら城の庭園を案内してくれているのはミシェルだ。今日も銀の微妙に細工の美しい仮面である。ずっと見ていて気が付いたのだが、その日によって彼女の仮面の模様が少し違っている……。
まだ三月の半ばだ。なので、花畑はさすがにない。しかし、天気がよく、温かい日だった。少し暖かくなった風が、ミシェルの栗毛とナタリーの金髪を揺らした。
「ちょうどいいころですし、少し休憩にしませんか」
ミシェルはそう言って、庭園の一角にある東屋を指示した。確かに、外でお茶をするにはちょうど良い気候だろう。
メイドがお茶や菓子類を用意する。男の中には甘いものが食べられない、と言う人も多いが、アルフレッドはどちらかと言うと好きだ。
「えっと。今更ですけど、遠いところまでありがとうございました」
ミシェルがそう言って頭を下げた。それはもう聞いた。
「お友達の誕生日だもの。それに、トラントゥールには来てみたかったし」
ナタリーがティーカップを手にそう答えると、ミシェルは「それならいいのですが」と小首をかしげる。
「ちなみに、ナーシャさんの誕生日はいつですか?」
「私? 七月。何々? お祝いしてくれる?」
ナタリーが身を乗り出してミシェルに尋ねた。彼女はうなずく。
「少なくとも今年一年は王都にいますし、ナーシャさんにはお祝いしてもらいましたし」
ミシェルは結構律儀だ。
「ありがとう! あ、ちなみに、お兄様の誕生日は十月だからね!」
「あ、そうなんですか」
ミシェルが何の疑問も持たずにうなずくが、ちょっと待て。
「なんでお前が言うんだ」
「お兄様が言わないからでしょ」
けろっとしてナタリーが答えた。思わずため息をつくアルフレッドを見て、ミシェルは笑う。
「お二人は、仲がいいですよね」
「どこが?」
ナタリーとアルフレッドの声が重なった。兄妹は目を見合わせる。二人とも顔をしかめていた。ミシェルはそれを見てまた微笑む。ゆっくりとティーカップを傾けるミシェルを見て、ナタリーが首をかしげた。
「ミシェルは、結局仮面を外さないの?」
その問いに、ミシェルはむせた。げほげほと咳き込むミシェルの背中をナタリーがさすった。
「お兄様はもうミシェルの顔を見てるんでしょ。ご家族だって、ミシェルの顔を理由にあなたを避けたり、しないでしょうし」
いろいろと述べているが、ナタリーは結局のところ、ミシェルの顔を見てみたいだけではないだろうか。アルフレッドが先に見たと聞いて、ショックを受けていたし。
「……実は、一度外したんですが」
「外したのか」
思わずアルフレッドがつぶやいた。ミシェルは震える声で言った。
「レオンスに……『姉上じゃない』と泣かれてしまって……」
彼女は仮面の上から両手で顔を覆った。それはショックだ……。
確か、ミシェルは十五歳のころから仮面をつけているのだったか。昨日で彼女は十九歳になったから、着用歴四年目になる。
レオンスは今年で八歳になるのだそうだ。と言うことは、彼が四歳のころからミシェルは仮面をつけているわけで、彼にとって姉は仮面姿なのだと思われる。だが、素顔の姉を見て泣くというのもどうなのだろうか。
「……まあ、レオンスだって大きくなれば気づくわよ」
「そうだな。まだ小さくて、理解が追い付かないのかもしれないな」
ナタリーもアルフレッドも、ミシェルを慰めるように言った。マリウスもレオンスも、年の割にしっかりした子だと思うが、長年積み重ねてきたものと感情はどうにもならない。ミシェルの仮面着用歴が長すぎるのである。
「そもそも……仮面をつけ始めたのも、弟に泣かれたからなのですが……」
両手を顔から放すと、ミシェルはそう言った。ますますミシェルが仮面を手放せなくなる悪循環だ。
「そう言えば、私があげたネックレス、つけてくれているのね」
ナタリーがあからさまに話を逸らした。ミシェルも話をそらされたことに気付き、一瞬間を置いたがすぐにうなずいた。
「はい。ポーラに、せっかくだからと言われて」
浮かべているであろうはにかみ笑いが見られないのが非常に残念である。
「似合ってるわよ。ね?」
とナタリーがアルフレッドに同意を求める。アルフレッドは特に考えずにうなずいた。
「ああ。ナーシャが選んだだけあるな」
「私をほめてどうすんの」
ナタリーが言葉と共に向かい側にいるアルフレッドの足を蹴った。少し遠かったので、つま先しか当たらなかったが。
「でも、ナーシャさんはセンスが良くてうらやましいです」
アルフレッドをフォローするつもりなのか、本当にそう思っているのかは不明であるが、ミシェルがそう言った。胸元のアメジストのネックレスをつまんで眺めている。まあ、確かにナタリーはセンスがいい。
褒められたナタリーはうれしげに微笑む。
「ありがと。でも、私は多才なミシェルがうらやましいわ」
「多才……でしょうか」
ミシェルは小首を傾げて言った。ナタリーの言うように、ミシェルの知識量の多さには目を見張るものがある。
「ええ。だってそうでしょ? だから、王太子妃殿下に呼ばれたんじゃない?」
「そう……でしょうか?」
仮面をつけているが、ミシェルが戸惑っている様子がよくわかる。
ナタリーの言うとおりである。薬学に音楽、芸術など、多岐にわたる知識を持つ彼女は確かに多才なのだと思う。
「引きこもっているときにいろいろな書物を読んだので……広く浅い知識は、あるかもしれませんが」
「じゃあ、やっぱりその知識が必要なんじゃない? 王太子妃殿下には。ねえ?」
と、ナタリーはアルフレッドに同意を求めた。アルフレッドは足を組みかえながら少し考える。
確かに、アルフレッドはミシェルに声がかかった理由について察している。王太子ははっきり名言はしなかったが、察するくらいには情報を与えてくれた。そして、察するくらいにはアルフレッドも洞察力があるつもりだ。まあ、ミシェルの才能を見た後ではあまり自信がないが……。
「確かに、何も聞いていないと言えば嘘になるな。しかし、はっきりと聞いたわけではないから、私からは何も言えない」
「むう」
ミシェルにポットから紅茶を注いでもらいながら、ナタリーが唇を尖らせる。我が妹ながら、そう言う表情が似合う娘だ。自分の分の紅茶も注ぎながら、ミシェルは苦笑した。
「ナーシャさん。私がお会いしたときに自分で聞きますから、いいですよ。あまりアルフレッド様を困らせないであげて」
別にアルフレッドは困ったわけではないのだが、ミシェルがそう言うので否定しないでおく。つっこまれても、答えることができないからだ。
「それに、私も何となく察していますから」
続いたミシェルの言葉に、アルフレッドはちょうど口に含んでいた紅茶を吹き出しようになり、あわてて飲み込んだ。気管に入り込み、アルフレッドは激しく咳き込んだ。
「わ、お兄様、大丈夫?」
「アルフレッド様、大丈夫ですか?」
少女二人に心配されるアルフレッドである。ナタリーに背中をさすられつつ、何とか落ち着いたアルフレッドは、ミシェルに尋ねた。
「何故何も聞いていないはずなのに、状況を察することができるんだ……」
ミシェルは再び小首をかしげた。
「貴婦人が新しい使用人を欲するときは、限られていますから」
「……」
唖然として、アルフレッドとナタリーはミシェルを見た。彼女は二人を見て控えめに笑う。
「でも、アルフレッド様と同じで、ちゃんと聞いたわけではないので私も話すことはできませんね……」
はにかむようにそう言って、ミシェルははぐらかすようにティーカップに口をつけた。
どうやら、彼女はアルフレッドたちが理解できる次元に居ないようだった。
△
「お二人とも、来て下さってありがとうございました」
トラントゥール城の前で、ミシェルがそう言って挨拶をした。休暇をもらってきたとはいえ、アルフレッドはあまり長く王都を空けられない。そのため、今日中にも王都に帰るのだ。ナタリーだけを置いて行くこともできずに、彼女も連れ帰ることにした。
「社交シーズンには会いましょうね! 約束よ!」
「はい」
ナタリーがミシェルの手を取ってそう訴えかけている。どうやら、ミシェルは本当に王太子妃に仕える気があるようだ。アルフレッドがトラントゥールに来た理由の半分は、ミシェルの説得だった。しかし、説得する必要はなかったようだった。そう言えば、ミシェルは王妃に呼ばれてシュザン城にも来ていた。頼まれると断れない性格なのかもしれない。
「世話になった」
アルフレッドもそう声をかける。レミュザ伯爵と伯爵夫人、マリユスとレオンスも見送りに出てきているが、彼らは少し離れたところにいる。ミシェルが、アルフレッドとナタリーの近くまで出てきている、とも言う。ちなみに、レミュザ伯爵はもう少し領地にとどまってからミシェルと共に王都に出てくるらしい。
「いえ、さしたるおもてなしもできなくて」
こういう時の常套句を口にして、ミシェルは笑う。アルフレッドは、少し迷って、言葉を付け加えた。
「では、王都で会おう」
これに、ミシェルはうなずいた。
「はい」
アルフレッドはミシェルの手を取り、その指にキスをして一時の別れを告げた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
次回から王都に行きます。




