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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
31/55

Stage.2

アルフレッド視点です。










「アル。リュカがミシェル嬢を側付きにしたいと言っているんだが」


 王太子にそんなことを言われたのは、今から二週間ほど前だった。アルフレッドは「は?」と首をかしげる。

「私に言われても困るんですが。本人に確認してください」

「いや、もう手紙は出した。リュカが」

「……」

 それならいいが、何故アルフレッドにも言うのだろうか。解せぬ。


「……側付き、と言うことは侍女ですか。いいんじゃないですか。ミシェルは落ち着いていますし、理知的です。顔が関わらなければ」


 顔が関わってくると、ミシェルは途端にパニックになる。素顔を見たアルフレッドに言わせれば、そんなに気にするほどではないと思うのだが、本人が嫌がるのだから仕方がない。


「高評価だなぁ。まあ、男だったら役人に欲しいところではあるよな」


 そう言う王太子も結構な高評価だ。ミシェルの博識ぶりはかなりのもので、最も評価できるのは非常事態に冷静でいられるところだろう。いくら頭が良くても、取り乱すようではだめなのだ。まあ、彼女は代わりに顔が絡むとパニックになるという弱点があるのだが。


「しかし、彼女がうなずくかはわかりませんね」


 それが正直なところだ。彼女は、次の誕生日が過ぎれば修道院に入ると言っていた。彼女の誕生日は三月で、あと二週間もすればその日になる。

 アルフレッドの手元で、書類がくしゃくしゃになった。王太子はそれを横目で確認したが、なにも言わずにそっと視線を逸らした。


 去年末の王妃のサロン。ミシェルも招待を受けて参加していた。その帰り際、アルフレッドにとって精いっぱいの口説き文句を並べてみたのだが、彼女は本気に取らなかったのか、それとも遠回しで気づかなかったのか、その返事はない。ただ、動揺したようには見えたので、意図的に無視している可能性が一番高い。

 こうしている間にも、ミシェルがアルフレッドの手の届かないところに行ってしまうかもしれない。想像するだけで恐ろしかった。

 書類を巻き込み握りしめた拳が震えだしたのを見て、王太子がこほん、とひとつ咳払いをした。

「お前、動揺するのはわかるが、顔が女をたぶらかしているような感じになってるぞ」

「どんな感じですか、それは」

 王太子にわけのわからないたとえを出され、少し冷静になるアルフレッドだ。とりあえず、書類はしわを伸ばして机に置いた。

 王太子は苦笑すると、「話が戻るが」と前置きしてから言った。


「お前、ちょっとミシェル嬢の所に行って、彼女の承諾をもらってこい」


 その命令が頭を貫くのに少し時間がかかる。

「……つまり、王太子妃様の側付きになる件を納得させて来いと言うことですか」

「ああ。リュカもお前を行かせるのが一番いいだろうと言っていた」

「……」

 最近、アルフレッドは、王太子妃はうまい具合に王太子を操作しているな、と思う。もっと簡単に言えば、王太子を尻に敷いているのだ。

 アルフレッドは少し考えた。その命令は、はっきり言って魅力的である。放り出すわけにはいかない王太子の側近の仕事であるが、命令であれば離れることができる。だが。

「……殿下。二週間後、休みをいただいてもよろしいですか」

「なんだ、藪から棒に。真剣な顔してもただの色男だぞ」

「余計なお世話です。いえ、二週間後、ミシェルの誕生日で、妹がお祝いに行くと言っていたので、それに同乗しようかと」

「ああ、それいいかもな。自然だし」

 王太子があっさりと許可を下した。若干忙しい時期ではあるので、休暇を取るのは難しいだろうと思い、ダメもとで言ってみたのだが、言ってみるものだ。アルフレッドがあまりそういうことを言わないから、本気に取ってもらえたのだろうか。

「代わりに、仕事は先に片づけて行けよ」

「……わかっています」

 やはり、そう来るだろう。わかっていた。アルフレッドは目の前に積まれた書類の入った籠を見てため息をついた。
















 そして、現在。アルフレッドはおとぎの城シャトー・ド・フェとも呼ばれるかわいらしい童話の中のお城のようなトラントゥール城にいた。ミシェルの生家であるレミュザ伯爵領の領主館になる。

 ミシェルの誕生日にトラントゥール城に突撃訪問をかけることに決めていたナタリーは、一度王都に来てからレミュザ伯爵とともにトラントゥールに向かうことになっていた。アルフレッドは事前に伯爵に許可をとり、妹と共にここまできた。


 二か月半ぶりに会ったミシェルは、相変わらず仮面姿だった。今日はそんな彼女の十九歳の誕生日である。貴族の中では、誕生日には盛大にパーティーを開くのが主流であるらしいが、ここにはナタリーとアルフレッドの二人の客人のみ。小さな晩餐会を開いて、誕生日を祝おう、という趣旨であるらしい。

 そもそも、ナタリーが飛び込み参加で、それにアルフレッドが乗っかった形だ。ミシェルたちは友人を呼ぶつもりはなく、内輪だけで誕生日を祝うつもりだったのだと思われる。

 まあ、レミュザ伯爵には事前に伝えていたので、キトリ夫人にも伝わっていたと思われる。ただ、ミシェルは本気で驚いているように見えたので、彼女には秘密にしていたのだろう。


「姉上! おめでとうございます!」


 そう言って最初にプレゼントを差し出したのは、ミシェルの上の弟であるマリウスだ。ミシェルの誕生日会も兼ねているので、今日の晩餐会にはミシェルの異母弟二人も参加していた。アルフレッドはミシェルの異母弟たちと初対面であったが、すぐに懐いてくれて助かった。別に子供好きと言うわけではないのだが、やはり、初対面で泣かれると言うのは、結構つらいものがあるのである……。


「まあ、お花ね。ありがとう」


 まだ自分より背の低い弟から花束を受け取り、ミシェルはマリウスの頭をよしよし、となでた。異母兄弟であるのに、仲が良いな、と思う。アルフレッドの知り合いにも母親の違う兄弟がいる者は多いが、たいてい、それほど仲が良くないものだ。ミシェルの性根が優しいことと、弟たちと年が離れていることが要因かもしれない。

 それと、義母か。レミュザ伯爵の後妻であるキトリは、よくできた人物だと思う。さっぱりとした性格である彼女は、細かいことを気にせず、単純にミシェルをかわいがっているように見えた。まあ、母親、というより姉の印象が強いのは否めないが。


「姉上! 僕も!」


 と、今度は下の弟レオンスが何かを差し出した。小さいので何だろうか、と少し身を乗り出してみてみると。


 ……ハンカチだ。


「僕が刺繍したんだ!」

「あ、ありがとう……」

 さしものミシェルも戸惑った様子を見せて、それでもレオンスからハンカチを受け取った。まあ、戸惑うのも当然だろう。貴族令嬢に刺繍をたしなむ人は多いが、男性で針と糸を持つ人は珍しい。でもまあ、全くしないわけでもないし、刺繍を趣味にする男性がいてもおかしくはない……かな?

 ちなみに、あとでレオンスが刺繍したと言うハンカチを見せてもらったが、ミシェルの名前と小さな花がきれいに刺繍されていた。

「私とキトリからはドレスだ。一式用意して、部屋に置いてあるからな」

「……」

「王太子妃殿下に仕えるなら、必要だろう?」

 レミュザ伯爵とキトリが言った。間に挟まれた沈黙はミシェルである。アルフレッドは彼女の沈黙の理由もわかる気がした。ドレスを一式用意するのは、意外に時間がかかる。いくらミシェルが平均的な体格をしているとはいえ、まさか可愛い娘の誕生日に既製品を贈ったりしないだろう。オーダーメイドと思われる。

 だが、つい二週間ほど前まで、ミシェルは本気で修道院に行くつもりだった、と言っていた。だから、レミュザ伯爵夫妻は修道院に行くつもりだった娘に、修道院では必要ないドレスを用意したと言うことになる。


 しかし、まあ、深く突っ込むのはやめた。この辺りは、あとでミシェル自身が両親に突っ込むのだろう。

 これに関して、アルフレッドは王太子妃がミシェルに手紙を出してくれてよかった、と思った。王太子妃に仕える、と言う話がなければ、ミシェルはすでに修道院にいた可能性があった。気が付いたら手の届かないところに行っている。これほど恐ろしいことはないだろう。

 期限は一年。それまでに、ミシェルとの関係に決着をつけろと言うことか。


「ミシェル。私からはこれ」


 はい、と今度はナタリーが小さな包みを差し出した。今度のミシェルは微笑んで「ありがとうございます」と礼を言って受け取った。ナタリーが「開けてみて」とせかす。

 小箱に入ったそれは、しずくの形をしたネックレスだった。ちなみに、アルフレッドもナタリーが選んだものを初めて見た。彼女の趣味の良さに感心する。

「おそろい!」

 と、ナタリーは笑って自分がつけているネックレスをつまんだ。確かに、石の色が違うだけで同じ形のネックレスだった。驚いたミシェルがはにかみ笑いを浮かべた、ように見えた。そんな少女二人をレミュザ伯爵夫妻は微笑ましげに見ていた。ちなみに、レオンスがすでに船を漕ぎ始めている。

「お兄様。お兄様も用意してきたんでしょ」

「……ああ」

 ナタリーにそそのかされ、アルフレッドもミシェルに包みを差し出した。ナタリーのものよりは大きいが、それほど大きな包みではなく、掌に乗るくらいのものだ。

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 ミシェルが礼を言って受け取る。これまでの流れからして、開けるしかないミシェルは包装を開いた。中に入っていたのは。

「オルゴール?」

 ミシェルが首をかしげて尋ねた。アルフレッドはうなずく。


「すまない。年ごろの女性に何を贈ればいいのかわからなくて」


 ナタリーや母にヘルプを求めたのだが、自分で考えろ、と突き放された。結果がこれである。いろいろ考えた結果、ミシェルは音楽が好きだったな、と思い出してここに至る。

 ミシェルがオルゴールの蓋をあけて、ゼンマイを少しまわした。有名な『王の指輪』の曲が流れる。オルゴールに目を落としたまま、ミシェルが口元に笑みを浮かべた。


「……いえ。ありがとうございます」


 その様子を見ながら、ナタリーが「ここだけ見てれば恋人同士みたいなのに」とつぶやいたが、アルフレッドには聞こえなかった。













ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


アルフレッドからのプレゼントは花束ではありません。プリムラの花束は、単純に手土産みたいなもんです。たぶん、ミシェルの部屋に飾ってあると思う。


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