表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
3/55

Phase.03

本日最後の投稿。

ミシェル視点です。















 夜会が開かれた次の日の朝。レミュザ伯爵令嬢ミシェル・クレマンは肩をゆすられるのを感じた。

「お嬢様。朝ですよ。起きてください」

「んー……」

 もぞもぞと動き、シーツに顔をうずめる。起こしに来た侍女はため息をつき、シーツを引っぺがすと、遮光カーテンを思いっきり開いた。入り込んできた朝日に、ミシェルは悲鳴をあげた。


「ぎゃああぁぁぁあああっ! 目がっ」

「ちょっとまぶしいだけですよ、大丈夫」

「と、溶けるっ!」

「人間そんな簡単に溶けません」


 長くミシェルに使えてくれている侍女のポーラは冷静にそんなツッコミをしてくる。ミシェルの性格を熟知しているのだ。叫び終えたミシェルは肩で息をしながら言った。


「か、仮面」

「はいはい。私しかいませんし、気にしなくてもいいと思いますけどね」


 そう言いながら、ポーラはミシェルに銀色の美しい紋様の描かれた仮面を渡す。もう三年も、ミシェルは仮面とお友達をしている。

 仮面を装着してやっと顔をあげたミシェルは言った。

「ポーラは気にしなくても私は気にする! こんな醜い顔を、日の下にさらせないわよぉ!」

「……重症ですね」

「どうせ私は重症の変人よ! でも、この世に存在していることも申し訳ないと思うくらい勝手じゃないのぉ!」

「……」

 ポーラは何も言わなかった。ミシェルだって、自分が面倒くさい性格をしている自覚はあるのだ。だが、今更やめろと言われても無理。性格はそう簡単に治らない。

 仮面をつけるまで、つまり、顔にやけどができるまではもう少しましな性格だった。今ではこの面倒くさい性格に加えて人間不信で引きこもりである。


 もうミシェルも十八歳だ。今後の身の振り方を考えなければならない。おそらく結婚は無理だし、そうなると貴族の女性がどう生きていくかなど限られる。平民として生きていくか、修道院に入るか。前者は無理だと判断したミシェルは、十八歳の誕生日に修道院に入る、と言った。

 すると、猛反対された。特に反対したのは母である。ミシェルの現在の母は、生みの親ではない。父親の後妻だ。父の先妻がミシェルの母なのである。しかし、義母との関係は良好だった。


 ミシェルが顔を焼かれた時も、付きっきりで看病してくれたのは義母だった。最新の治療を受けさせてくれ、やけどによいと言うものを調べて取り寄せてくれた。ちなみに、ミシェルが薬の調合にはまったのは義母の影響だ。自分のやけどの痕を少しでもどうにかできないか、と思ったのもある。

 まあ、そんなわけで、ミシェルは義母に対して頭が上がらない。修道院に入る、と言ったミシェルに、義母は言った。


『これから一年、次の誕生日までに修道院に入る以外の選択肢が見つからなかったら、修道院に入りなさい』


 修道院に入る以外の選択肢。つまり、結婚する、平民として働く、その他エトセトラである。つまり、自立しろ、と言うことなのだろう。何度も言うが、顔にやけどがある限り、結婚は難しい。

 自立するにしろ結婚するにしろ、ミシェルの人間不信、対人恐怖症を何とかしなければならない。そんなわけで、昨夜義母に強引に夜会に連れて行かれたのだが……。


 すきを見て逃走したミシェルは、庭の茂みに隠れていた。見つからないのをいいことに、薬草を探していた彼女はふと、人の気配に気づき、そちらをうかがった。女性を交えた喧嘩のようだが、男性のうち一人が殴られた。

 カップルらしい男女を見送り、ミシェルは倒れたままの男性に近づいた。自分から他人に近づいたのは、やけどをして以来初めてかもしれない。

 殴られた頬が痛々しくて、思わず持ち歩いていた腫れに効く薬を渡してしまった。余計なことをしたかな、と思ったが、もう遅い。

 そのうち、義母がミシェルを探す声が聞こえてきてそちらに向かおうとしてこけたミシェルを、その男性が助けてくれた。うっかり仮面が外れて取り乱してしまったが、よく考えれば暗かったので顔は見えていなかったと思う。ミシェルも、男性の顔を覚えていない。


 あの人、大丈夫だったかな、薬、効いたかな、と思いながらミシェルは髪を梳かれていた。仮面をしているので、基本的にミシェルは髪を結ばない。


「そう言えばお嬢様。イヤリングが片方ないのですが」


 ポーラに指摘され、ミシェルは「あっ」と声をあげた。

「たぶん、転んだときに落としたんだと……」

「何してるんですか。お母上の形見でしょうが」

「す、すみません。ドジで愚図ですみませぇんっ」

「そこまで言ってません!」

 ふう、とため息をつきながら髪をとかし終え、ポーラは今度はミシェルを着替えさせ始める。他にも使用人はいるのだが、ポーラは一人でミシェルの身の回りの世話をしてくれる。ミシェルも自分のことはだいたい自分でできるので不自由はしていない。

「宮殿で落としたのなら、おそらく拾われていますね。旦那様を通じて問い合わせてもらいましょう」

「お願いします……」

「かしこまりました」

 ポーラがうなずき、ミシェルにワンピースを着せて後ろのひもを締めた。今日の服は後ろでしめるタイプのものなのだ。

「できましたよ」

「ありがとう、ポーラ」

 ミシェルが着せてもらったのは、淡いブルーのワンピースだ。趣味のいいワンピースであるが、確認しようとはしなかった。そもそも、この部屋には全身鏡がない。ミシェルが自分の顔を見るのが嫌なためだ。化粧台に三面鏡はあるが閉じられており、ミシェルは自分が現在どうなっているのかよくわかっていなかった。


 でも、それでいい。素顔を見るのはもちろん、仮面をつけた姿を見るのも嫌だ。衝動的に鏡を壊したくなってしまう。やけどしたばかりのころ、実際に鏡を壊してしまったこともある。それ以降、ミシェルの部屋には鏡は増えていない。

 ミシェルの顔は、右上半分が焼けてしまっていた。眼は見えるし、当初に比べて痕もだいぶ薄くなっていると思う。しかし、それでもひと目でやけどしたとわかる肌をしていた。赤くなっていて、皮膚が引きつれている。これ以上はよくならないだろうと、医者には言われている。


 一生、顔を隠し続けるしかない。顔を曝せば、醜いだの気持ちが悪など言われるに決まっている。もしかしたら、修道院ならそんなことはないかもしれないと思ったのもあり、ミシェルは修道院に入ることを希望したのだ。聖職者は心が広いものが多い。だから、ミシェルでも受け入れてくれるのではないか、と思ったのだ。

 ミシェルは、どちらかと言うと幸せであると思う。顔を焼かれた娘を、ここまで大事にしてくれる親はいないだろう。先妻の子と後妻は仲が悪いことが多いらしいが、ミシェルと義母はそんな事もない。家族と仲はいいし、この家にいる限り、彼女は守られている。

 だからこそ、この家を出なければ、と思う、独り立ちしたいのはやまやまであるが、ミシェルの対人能力では不可能だ。


 ミシェルはゴリゴリと薬草をすり鉢でつぶしていた。薬を作るのだ。何か考え事をするときは、薬の調合をするか無心でピアノを弾くに限る。


「姉上ぇ!」


 突然部屋に入ってきたのは上の弟のマリユスである。異母弟で、後妻の子だ。ミシェルの母は彼女が四歳の時に亡くなっているのである。ちなみに、マリユスは現在九歳。

「マリユス様。突然入ってきては駄目です。お姉様のお部屋であろうと、必ずノックをしてください」

「はい。ごめんなさい」

 ポーラに叱られ、しゅんとしながらマリユスは答えた。しかし、ミシェルが声をかけるとすぐにパッと顔を輝かせる。

「ミシェル姉上! またチェスの相手をしてください!」

 ミシェルがうっかりチェスを教えてから、マリユスはこうしてたびたび対戦をねだるようになった。まあ、彼女もチェスは好きだからいいのだが。

「いいわよ。でも、勝つまで、とかはなしね」

「はい」

 負けず嫌いなのか、マリユスはミシェル相手に勝つまで勝負をしようとする。一応、マリユスにハンデを与えているのだが、さすがに九歳の子がチェスで勝つのは難しい。まあ、たいてい途中で義母が止めに来てくれるのだが。


 マリユスとチェスを楽しんでいると、昼食の時間になった。父は宮殿に官職を持っていていないし、義母は出かけたらしい。なので、ミシェルは異母弟二人の面倒を見つつ、昼食をとった。今回はマリユスは結構いい線まで行ったので、ぐずらなかった。

 ちなみに、マリユスももう一人の弟レオンスはミシェルの仮面を不気味がらない。まあ、これだけ一緒にいれば当然ともいえるのだが、そもそも、ミシェルがこの仮面をつけ始めたのは、人々に醜い、気持ち悪いとさげすまれたからだけではない。やけどの痕を見た弟二人が大泣きしたのだ。弟二人をかわいがっていたミシェルはショックを受け、それなら隠せばいいんだろ、とばかりに仮面を身に付けたら泣かなくなった。そして、現在に至る。

 午後のおやつの時間になったころ、義母が帰ってきた。弟たちはあっさりと姉を捨てて母親の元へ行く。まあ、異母姉より母親の方がいいよね。それに、ミシェルも義母のことは好きだ。どちらかと言うと、母親と言うより姉っぽいけど。母と言うには年が近すぎるし。さばさばした性格で、必要以上にかまってこないところが特にいい。


 弟たちが義母に狙いを変えたので、ミシェルは部屋で薬を作り始める。やけどを負ってから、すっかり肌にいいものに詳しくなってしまった。おかげで肌はすべすべだ。やけどは治らないけど。

 無心で薬を作り続けていると、父が帰ってきたようだ。と言うことは……もう夜か。いつの間にか、ランプの明かりがつけられている。


「お嬢様」


 部屋の外からメイドが呼ぶ声がする。ちなみに、侍女はその家の個人に仕える女性使用人で、メイドはその他、雑用などを行う女性使用人だ。しかし、場合によってはメイドも侍女の真似事をする。

「どうかしたの?」

 ポーラが部屋の扉を開けたので、ミシェルが尋ねた。手にはすり鉢を持っている。メイドはいつものことだからか気にせず、がしっとミシェルの腕をつかんだ。

「な、なに?」

「行きましょう。旦那様がお帰りです」

「う、うん」

 それはわかっている。ポーラにすり鉢を取り上げられ、ミシェルはやっと、これは出迎えに行けと言われているんだな、と思った。

 何故かポーラにも背中を押され、ずるずるとエントランスまで引きずられていく。何だと言うのだ。

 そして、エントランスまで来たとき。


 父親の隣に、二人、年若い男性がいるのを確認した。















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


とりあえず、初回連続投稿はここまでです。次からは隔日更新になりますので、次は12月13日日曜日になります。よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ