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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
28/55

Phase.28

今日もミシェル視点です。










 シュザン城を去る日がやってきた。すでに、年末まで十日となっている。前の日のうちに荷物を確認したミシェルは、朝食をとりに食堂に向かった。最終日にしてやっと軟禁状態から解放されたのである。


「あ、ミシェル」


 こちらも回復していたらしいナタリーが、食堂に向かう廊下の途中で声をかけてきた。当たり前と言えば当たり前なのだが、ナタリーの側には彼女の兄、アルフレッドがいる。

 いいえ、大丈夫。彼が告白もどきの言葉を言うなんてありえない。私の聞き間違い。よし、大丈夫。……大丈夫、かな。

「ミシェル、よかった。元気になったのね!」

「それは私のセリフです。ナーシャさん、回復されてよかったです」

「うん。お互いね」

 ナタリーはにっこりとミシェルに笑いかけた。

「ねえミシェル。お兄様がミシェルの顔を見たらしいわね」

「!」

 ミシェルはとっさに仮面に手をやった。両手で仮面を押さえる。


「い、いくらナーシャさんの頼みでも、ダメです。こんな、こんな顔……!」


 人に見せるものではない。ミシェルはそれほど外見にこだわる方ではないが、好んでやけどの痕を見たい人なんていないだろう。そう思っての言葉だが、アルフレッドが口を挟んできた。

「いや、言うほど目立つものではないだろう。顔立ちも整ってるし。まあ、仮面を外したら外したで、別の問題が発生するだろうが」

 少女二人からの視線を受けたアルフレッドが「なんだ」と顔をしかめる。そんな表情ですら美麗なアルフレッド。さすがだ。

「べ、別の問題?」

「そこなのね!?」

 ミシェルの問いに、ナタリーが思いっきり突っ込みを入れた。いや、他に何を聞けと。

「ミシェルが美しいと知って、声をかけてくる勘違い男が現れるだろうということだ」

「お兄様!?」

 先ほどから、ナタリーがツッコミに忙しい。ミシェルも思わずぽかんとしたが、その時、一つむこうの廊下を通り過ぎて行ったヴィクトワールとルシアンを見つけてそちらに気がそれた。

 ミシェルの視線に気が付いたのだろう。ナタリーとアルフレッドもそちらを見る。


「……そう言えば、王女殿下、お兄様に気のあるそぶりを見せてなかった?」


 ナタリーが首をかしげた。確かに、ミシェルにもそう見えた。当の本人、アルフレッドは首をかしげているけど。だが、この理由は簡単だ。

「たぶん、ヴィクトワール殿下は自分の気持ちが他人に移ったように見せかけて、ルシアン様の嫉妬心をあおりたかっただけですよ」

「……ああ。なるほど」

 いくら『悲劇のヒロイン』気取りの少女であっても、根っこの部分は女だと言うことだ。そうやって、男性を試してる。


「計算高いヒロイン気取りの王女様かぁ」


 ナタリーが嫌そうに言った。ミシェルはくすりと笑う。計算高いのは王族として魅力的であるが、ヴィクトワールは相手をいらだたせる天才だ。やはり、王妃の判断は間違っていなかったのだろうと思う。


「あの二人、あのまま結婚するのだろうか……」


 アルフレッドがそうつぶやくのが聞こえた。彼は、ギャラリーでのミシェルの言葉を聞いているから、ルシアンがヴィクトワールに近づいたのは、かつての恋人・ソランジュの復讐のためだと感づいているのだろう。ミシェルは彼を見上げて首をかしげた。

「どうでしょうか。でも、ルシアン様が本気で王女殿下を恨んでいるのなら、それが最も復讐になるんじゃないですか?」

「どういうことだ?」

「つまり、殿下は決して自分に思いを向けてくれない相手と一緒になると言うことです」

 自分が愛しているのに、相手が思いを返してくれないのはつらい。だか、愛情の反対は無関心ともいうし、と言うことはルシアンに愛情ではないにせよ、思いを向けられているヴィクトワールはある意味幸せ……ではないか。本人が気づかなければどうと言うこともないだろうが、ヴィクトワールの場合はどうだろうか。

「……なるほどな」

 アルフレッドが納得した声をあげた。ミシェルは仮面の下でニコリと笑った。

 そんなミシェルを、アルフレッドが横目で見降ろした。

「……ミシェルは、私が思えばあなたも同じものを返してくれるか?」

「……ど、どうでしょうか」

 はっきりとその思いを口にされたわけではないのに、ミシェルは動揺して口調がぶれた。ナタリーが驚いた表情でアルフレッドとミシェルを見比べている。


「どうしたの? なんか、一気に親密そうになってるんだけど……」


 今度はアルフレッドとミシェルが顔を見合わせた。そんなつもりはなかったのだが、ナタリーがそう言うのであれば、そうなのかもしれない。

「……まあ、少し素直になってみようと思ったのはあるな」

 そう言って、アルフレッドはミシェルの栗毛を一房持ち上げて口づけた。ミシェルがたじろいで赤くなる。ナタリーが口元を押さえて「きゃー」と小さな悲鳴を上げる。

 動悸が激しくなってきたミシェルは、数歩後ずさる。そして。


「かっ、勘違いしそうな言動はやめてください!」


 それだけ叫ぶと、身をひるがえして逃げ出そうとした。だが。


「ふわぁっ」


 ドレスの裾を踏みつけて、こけた。
















「ミシェル嬢」


 エントランスで馬車を待っていると、声がかかった。あまり聞きなれない声だったのだが、振り返ったミシェルは微笑んだ。

「ブリアック様」

 サレイユ伯爵ブリアックだ。シュザン城に滞在中、なにとれなくミシェルを気遣ってくれた人物である。ミシェルはスカートをつまんで挨拶をした。

「お世話になりました。お先に失礼いたします」

 ミシェルの挨拶に、サレイユ伯爵は鷹揚にうなずいた。

「ええ。あなたと知り合えて楽しかったですよ。ついては……」

 一度言葉を切ったサレイユ伯爵を、ミシェルは小首を傾けて見上げた。サレイユ伯爵はさらににっこりと笑って言った。


「分かれる前に一度、踏んでいただけませんか」

「」


 ミシェルは無言で後ずさり、身をひるがえして本日二度目の逃走を図った。
















 エントランスから城内に駆け戻ったミシェルを保護したのは、妻であるフェリシテと帰宅準備に入っていたディオンだった。ディオンとフェリシテは戸惑いつつも、ミシェルを元のエントランスの所に連れて行ってポーラに事情を聞いたディオンは口の端をひきつらせた。フェリシテがミシェルをかばうように両肩に手を置いている。ミシェルのことを苦手としているフェリシテも、サレイユ伯爵にどん引きしてミシェルをかばってくれたようだ。

 そんなわけで玄関ロビーで開かれる緊急会議。冷静に若い女性に『踏んでくれ』とねだる四十がらみの伯爵をどうすべきか。

「まさかサレイユ伯爵がそんな変態だとは」

「人とは見かけによらないものですね」

 さらっとひどいこのあたり、王太子と王妃は似ている。


「ですが、変態と言うだけで実害はないのでは? 性癖としてはまだましです」


 王太子妃も、言うことがすごい。確かに、周囲がどん引きしているだけで実害はない。今の所。


 王太子が妃の発言を受けて考えるように顎を撫でた。


「確かに、リュカの言うとおりだなぁ。というわけで、再び当事者のミシェル嬢、どうだ?」


 王太子に話をふられたミシェルであるが、彼女は首を左右に振った。

「お、驚いてしまっただけで、私は……。シュザン城の城主である妃殿下にお任せいたします」

 思わず王妃に丸投げしてしまった。王妃は一度射抜くような視線をミシェルに向けた後、サレイユ伯爵には白い目を向けた。

「……まあ、賢明な判断でしょう。とはいえ、わたくしもさすがに陛下の許可なしに伯爵をさばくことはできませんから、今回は厳重注意と言うことでどうでしょうか」

「母上とミシェル嬢がそれでいいなら、私は構わないと思う。ただ、次があれば考えるけど」

 王太子が言った。王太子妃もうなずいて、当事者であるミシェルを見た。

「ミシェルは? それでいいかしら」

「え、っと、はい」

 ミシェルはうなずいた。驚いて逃走してしまったが、落ち着いて考えてみれば誰にも被害が出ていない。強いて言えばミシェルの精神的被害が出ているが、顔を焼かれた時に比べれば大したショックではない。


 ただ、サレイユ伯爵の変態属性が強化されていくようなら、王太子が言うように何か手を打たなければならないと思う。しかし、それを考えるのはミシェルではない。どちらにしろ、次の誕生日で修道院に入るミシェルにはどうすることもできない話ではある。

 緊急会議があっさりお開きとなり、ミシェルは大勢に見送られてシュザン城を後にすることになった。萎縮するミシェルであるが、城をでるのはミシェルだけではなく、ニヴェール侯爵夫妻や件の変態サレイユ伯爵、さらに言えばヴェルレーヌ公爵もそうだ。


「ミシェル!」


 馬車に乗り込む寸前、男性の声で呼び止められた。びくっとして振り返ると、思った通りアルフレッドだ。本日一度目の逃走の件もあり、ミシェルは気まずさに動揺した。

「あ、アルフレッド様」

 別れの挨拶なら、済ませた。ミシェルを呼び止めるのならナタリーだと思っていた。

 こちらに近づいてきたアルフレッドは、ミシェルから数歩離れたところで立ち止まり、一度息を吐いてから言った。

「……あなたが本気にしていないから、言っておこうと思ったんだが」

「え、はい」

 とりあえずうなずく。

「川に落ちた時、あなたに見とれたと言うのも本当だし、私があなたを思っているのも本当だ」

「……」

 衆人環視の中で(おそらく)口説き文句を言われたミシェルはキョトンとした。そして、じわじわと理解が追い付いてくると、たじたじと後ずさり、本日三度目の逃亡を決行した。

 挨拶もせず、ミシェルは馬車に駆け込み自分で馬車の扉を閉めた。熱い頬に手を当て、それから鼓動が激しい胸をぎゅっと押さえた。


「気のせいだから、勘違いしちゃダメ……っ」


 動き出した馬車の中で、呪文のようにそう言うミシェルをポーラが半眼で見つめ、そして口を開いた。


「私はそろそろアルフレッド様に同情を覚えますよ……」


 冬は盛り。馬車の外ではちらちらと雪が降り始めていた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


これで、第一部は終わりです。次回から第二部。たぶん、第二部で決着がつくと思います。

にしてもアルフレッド、ほんと頑張れ。強く生きろ……。


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