Phase.27
今回もミシェル視点!
後で聞いたのだが、ギャラリーでミシェルの首を絞めていた男は、彼女を殺そうとした女性が雇った男だったらしい。ちなみに、その男とミシェルの寝室に侵入して捕まった男は同一人物であった。メイドは単純に買収したらしい。
「でも、どうしてメイドが持ってきたものが毒だってわかったんですか? 無味無臭の毒だって、城の医者が言ってましたけど」
アニエスがミシェルにショコラ・ショーを差し出しながら言った。すっかり熱が引いて元気になったミシェルは、今日も仮面姿だ。
「だって、私は基本的に自分が作った薬しか飲まないもの。それに、アニエス。あなたは、『薬の前に何か食べないと』って言って、果物をとりに行ったでしょう? なのに、いきなり薬が出てくるなんて、どう考えてもおかしいでしょう」
「ああ! 確かに」
ぽん、と手を打ってアニエスが納得した様子を見せた。アニエスは薬の前に何か腹に入れないと、と言って出て行ったのに、そのすぐ後にやってきたメイドが薬を差し出すのだ。おかしいに決まっている。
「お嬢様、申し訳ありません。私が目を離したばっかりに、危険な目に……」
ポーラのその言葉は、毒を盛られそうになったことと、夜に侵入者があったこと、どちらも指しているのだろう。ミシェルは首を左右に振った。
「いいえ。ポーラのせいではないわ。私一人でもなんとかなったし」
結果論ではあるが、ミシェルは無事だった。だから、いいのだ。
「伯爵様からも奥方様からもお嬢様のことを頼まれておりますのに……!」
ポーラが悔しげに言う。ミシェルは、ああ、そっちなのか。と思った。たぶん、ミシェルの身を案じているのも本当だと思うが、信じて預けてくれた伯爵夫妻に申し訳が立たないと考えているのだろう。
「……そうだね」
ミシェルは適当に受け流すことにして、ショコラ・ショーのカップを口に付けた。
「そう言えば、ミシェル様、アルフレッド様に告白されたとか」
場を和ませようとするアニエスの言葉に、ミシェルは唇からカップを離した。少し考えてから、言った。
「……いいえ。私の勘違いよ。じゃないと、こんな顔の女に……っ」
ミシェルもアルフレッドに告白をされたような、気がした。しかし、そうではない、勘違いするな、と言い聞かせておなければ、ミシェルはもっと混乱していたかもしれない。
「え、勘違いって……」
「ここまで来ると、アルフレッド様が浮かばれない……」
アニエスとポーラが呆れ口調であるが、ミシェルは自分の洗脳に忙しかった。
「そうよ。あんなに素敵な人が、私なんかに……!」
「いえ、言うほどミシェル様も悪くないと思うんですけど……」
シュザン城でのミシェルの世話を任せられたアニエスだ。その成り行き上、ミシェルの素顔を見たことがある。実は、『顔が焼けただれている』と言われているミシェルなので、どんなご面相なのだろう。本当に焼け爛れていても、悲鳴を上げないようにしなきゃ、と覚悟していたのだが、実際に見てみて拍子抜けした。思ったより、きれいな顔だったからだ。
「そんなはず……そんなはずはないわ……!」
「……アニエス。こうなった時のお嬢様は面倒くさいから、放っておきましょう」
「……はーい」
アニエスはポーラの言葉にうなずき、布巾を持ってきてテーブルを拭き始めた。
△
しばらくして、まさかの王妃がミシェルの元を訪れた。引きこもる気満々で完全に部屋着姿で油断していたミシェルは、あわてて身支度を整えようとするも、明らかに時間が足りない。結局、王妃が「そのままでよい」と言ったので、部屋着の上にショールだけ羽織って王妃を出迎えた。
「元気そうね」
「はい。妃殿下に置かれましては、ご機嫌麗しく。このような格好で、申し訳ありません」
「いいえ、構いません。病み上がりなのでしょう。気を遣わなくて結構」
「……ありがとう、ございます」
ミシェルは小さく礼を言った。王妃に勧められて、ソファに座り直す。
「カジミールから、だいたいのことは聞きました。被害者であるあなたや、シャリエ公爵令嬢が訴えないと言うので、エリクたちはそのまま放免することにしたわ」
「構いません」
「でも、あなたを殺すように依頼したと言う令嬢は捕まえましたからね。立派な殺人未遂だわ」
「……ええと、はい。ありがとうございます……」
一応、殺されかけた身としては礼を言うべきだろうと判断し、ミシェルは礼を言った。だが、彼女も銃を突き付けて脅してしまったりもしたので、ちょっと素直に喜べないところがある。
「まったく。エリクもエリクです。部下はちゃんと把握しておきなさいと、あれほど言っているのに……」
「……はあ」
どうやら、王妃とエリクは思ったより気安い仲であるらしい。しかも、王妃の言葉が的を射ている。実は、それはミシェルも思っていたことであった。
「実は、ヴィクトワールの代わりにソランジュを嫁がせるように進言したのは、わたくしなのです」
「……そうなのですか?」
反応の仕方がわからずに驚いたようにして見せる。唐突な話に、ついて行けなかったのだ。王妃は構わずうなずく。
「ええ。直系と言う点では、ヴィクトワールの方が良いかと思ったのだけど、あの子の性格では嫁いでもうまく行かないだろうと思いまして。悪ければ外交問題ですからね」
「……」
やはり、王妃は現実が見えていた。ヴィクトワールは王女であるが、国外に嫁ぐのに向かないだろう。どう考えても監視者がいる。そうしなければ、彼女はすぐに暴走してしまうだろう。我がままではないし、他人に迷惑をかけるわけではないが、他人をイラつかせる名人であるから。
「……エリクやルシアンには、申し訳ないことをしたわ。ソランジュとルシアンが恋人同士であることを知っていたのに、わたくしはソランジュを嫁がせてしまったのですから」
「……」
だから、そんなことをミシェルに言われても困るのだ。
「世間ではヴィクトワールが悪いように言われていますが、本当に悪いのはわたくしなのでしょうね」
王妃は息を吐いた。何かを言うべきなのだろうが、ミシェルは迷った。そうなのですか、と言うのも違う気がするし。
「……それでも、ソランジュ様はご自分で隣国に嫁ぐことを決めたのでしょう? だとしたら、その意志を尊重すべきで、誰が悪いとか、そういうことは関係ないと思います」
考えながら、ゆっくりとそう言うと、王妃はかすかに笑みを浮かべた気がした。
「そうね。あなたにこんな話をしてしまってごめんなさい。なんだか楽になった気がするわ。誰かに聞いてもらいたかったのかもしれないわね」
そう言って王妃は目を閉じた。
王妃は、おそらく、ソランジュが亡くなったことに責任を感じていたのだろう。ソランジュが隣国に嫁ぐように勧めたのは自分で、そのせいで彼女が亡くなったのだと思っていたようだ。
「それから、あなた、わたくしをかばってくれたようね」
「?」
ミシェルは意味がよくわからなくて首をかしげた。王妃は再び笑みを浮かべる。
「ギャラリーの絵画のことよ。何人もこの城に人を招いたけれど、気づいた人は、あなたが初めて」
「……ええと。気を付けて見れば、何となくわかるものかと……」
「そんな細かいことなど、人は気にしないものだわ」
「……」
ミシェルは仮面の下から上目づかいに王妃を見た。マリュスの王妃に対する偏見も、思い込みによるものだ。他国から嫁いできた高慢な姫君。だから、この国の歴史に敬意を払わない。そう思いこまれていたのだ。
「……思うのですよ。あなたは、少し、ソランジュに似ていると」
「私が、ですか?」
ミシェルが首をかしげると、王妃はうなずいた。
「ええ。気性が少し似ています。彼女も優しく聡明で、落ち着いた子でした。それでいて、自分の意見を曲げない強さがあった……」
「……」
ミシェル、再び沈黙。
「エリクもあなたの中に、ソランジュを見たのかもしれないわね」
「……はあ」
ついにミシェルは間抜けな声を出した。王妃は冷たい目でミシェルを見据えると、ソファから立ち上がった。
「お邪魔して申し訳なかったわ。よく養生なさい」
「いえ。ありがとうございます」
ミシェルも立ち上がってスカートをつまんで礼をした。王妃はもう一度口元に笑みを浮かべると、連れてきた侍女を連れて去って行った。
「……なんだったのでしょうかね、妃殿下」
「さあ……?」
ポーラの言葉に、ミシェルが首をかしげる。たぶん、熱を出したというミシェルの様子を見に来てくれたのだろうが、それにしては余計な話が多かった。
「でも、妃殿下の笑顔なんて初めて見た気がします。いっつも気難しそうで」
アニエスが遠慮なく言った。彼女はシュザン城のメイドであるが、それは同時に王妃に雇われていることを意味する。つまり、雇い主に対して『気難しい』などと言ってのけたわけだ。
「アニエス。長く勤めたいなら、口は慎んだ方がいいわよ」
「ポーラが人のことを言えないと思うのは私だけ?」
ミシェルは思わず口をはさんだが、ポーラは「気のせいです」と言ってのけた。
「私のお嬢様に対する態度は愛です。愛」
「……愛?」
本当か? と疑わしげに尋ねると、ポーラは深くうなずいた。
「ええ。もちろんです」
「……そう」
深く突っ込まないことにして、ミシェルは立ち上がって読みかけの本を手に取った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
前回、アルフレッドが言ってのけた後、ミシェルの反応がある前に城の警備隊が踏み込んできました。空気読め。
と言うことで、告白は宙ぶらりん。アルフレッド、頑張れ(笑)




