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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
26/55

Phase.26

ひさびさにミシェル視点!









 熱を出して一日寝込んでいたミシェルは、川に落ちた翌日の夕刻になってぼんやりと目を覚ました。同じ日の昼ごろ、ナタリーが眼を覚ましたと聞いて、ミシェルはほっとした。


 熱を出したのは、明らかに冬の川に飛び込んだからであるが、後悔はしていない。生きていれば熱は治るが、死んでしまえばそこで終わりだ。自分は死んだ方がいいのではないか、と思ったことがないわけではないが、死にたいと思ったことはさすがになかった。

 昨日に比べて熱は引いてきているようだが、それでも起き上がるのが億劫で、ベッドに横たわったまま目を閉じていると、熱い額に冷たいものが乗せられた。水を含ませた布だ。うっすらと目を開けると、アニエスが「目が覚めました?」と笑みを浮かべたのが見えた。

「……ポーラは?」

「今、ミシェル様の荷物の中から解熱剤を発掘しようとしています」

「……そう」

 解熱剤は、場合によっては睡眠薬としても使用できる。だから、おいそれと見つからないように隠しておいたのだが、それが裏目に出たようだ。薬を入れた本人が倒れてしまったのだから当然である。


 どこに薬をしまっただろうか……ミシェルが働かない頭で考えていると、アニエスが尋ねてきた。

「ミシェル様。おなかはすいてませんか?」

「すいてない」

 即答した。丸一日以上何も食べていないはずだが、不思議と空腹感はない。アニエスも「ですよねぇ」と苦笑している。

「でも、お薬を飲む前に何か食べておいた方がいいですよね。果物とか、食べられますか?」

「……たぶん?」

 ミシェルがそう答えると、「なら、ちょっと何か持ってきてもらいますねー」とアニエスが寝室を出る。ミシェルは自分の頬に手を当ててみた。うん。熱い。まだ熱は引き切っていないらしい。

 重いまぶたを閉じれば、すぐに眠気に襲われる。アニエスかポーラが戻ってくるまでは起きていようとは思うのだが、それも難しいかもしれない。


 と、空気が動いた気がした。二人のうちどちらかが寝室に入ってきたのだろうかと思い、ミシェルは目を開けた。


「ミシェル様。お薬をお持ちしました」


 そう言ったのは、ポーラでもアニエスでもない、この城のメイドだった。ミシェルと変わらないくらいの年齢に見えるメイドは、薬湯の入った器をミシェルに向かって差し出した。


「……」


 ミシェルはベッドに横たわったまま動かない。メイドはミシェルが動けないのだと思ったらしく、彼女の背に手を入れて、上半身を起こさせた。そして、器をミシェルの唇に当てようとして。

 ミシェルは重い手を動かし、メイドの手をつかんだ。


「誰に命じられたの?」


 メイドはびくっと肩を震わせた。ミシェルはさらに言い募る。

「私を殺すように、誰かに命じられたんでしょう」

「ちっ、違……っ」

 声を震わせたメイドが首を左右に振った。本人に自覚はないが、仮面をしていないミシェルの顔は、かなり迫力がある。時に見下しているよう、と言われる彼女の表情は、メイドにとっては『見透かされているよう』に見えた。


 メイドの手から器が落ちて、毒入りの薬湯がシーツと床にこぼれた。メイドは「ひっ」と悲鳴を上げて、こぼれた薬湯から距離をとる。

 ミシェルは息を吐いた。


「……ポーラを呼んできてくれる?」


 ミシェルが自分を毒殺しようとしたメイドに命じると、彼女はこれ幸いとばかりに寝室を飛び出した。そのまま逃げてしまう可能性もあるが、この部屋から飛び出したメイドを見て不審に思った人が駆けつけてくれることを祈る。

 さすがに毒入り薬湯がかかったベッドに寝ている気にはなれず、ミシェルは何とかベッドから起き上がり、近くの一人がけのソファに腰かけた。肘掛けに頭を乗せるようにして目を閉じる。


「お嬢様!?」


 先ほどのメイドが呼んできてくれたのかはわからないが、ポーラがやってきた。ミシェルは閉じていた目を開く。

「ど、どうしたんですか、これ!」

「毒」

 しゃべるのも億劫で、ミシェルが短く言うと、ポーラは「は?」と首をかしげた。


「それ、毒。飲まされそうになった」


 少し説明を付け加えると、何とか通じたらしい。ポーラが「なんですって!?」と憤慨する。

「じゃあ、さっき出て行ったメイドが!?」

 なんで逃がすんですか! とポーラが毒のかかったシーツを引っぺがしながら言った。ミシェルは半分目を閉じながら、「顔は覚えてるわ」と答える。

「それに、主犯を捕まえないと意味はないわ……」

「それは、そうですね」

 ポーラは納得した様子でうなずいた。ミシェルは目を閉じる。不安定な姿勢だが、この状態で眠れそうだ。

「ひゃーっ。どうしたんですか!?」

 甲高い声が脳に響いた。フルーツの乗ったトレーを持ったアニエスが戻ってきていた。
















 ベッドのシーツを変え、少し果物を腹に収め、自家製の薬を飲んだミシェルは、すやすやと眠っていた。まあ、今は夜なので、他の人たちも眠っているだろう。

 静かな中にミシェルの寝息だけが聞こえていたが、かさり、と何かが動くような音がした。その音はゆっくりとミシェルの眠るベッドに近づく。すぐそばまで近づき、一度動きを止めて様子を見る。ミシェルが起きた様子はなかった。

 音の主は、持っていた銃をミシェルの頭に向け、そして。


 すさまじい発砲音がした。ミシェルの頭を狙ったはずが、飛び散ったのは血ではなく、枕の中に入っていた羽毛だ。発砲者が驚愕していると、横からがちゃり、と聞きなれた音がした。


「こんばんは」


 視線だけ向けると、寝間着姿のミシェルが襲ってきた人物に向かって銃を突き付けていた。形勢逆転である。

 そこに、寝室の鍵が開いて中に人が入ってきた。そちらの侵入者は。

「……アルフレッド様?」

 この頃ものすごくお世話になっている青年の姿を見つけ、ミシェルは首をかしげた。アルフレッドは現状を見て少し顔をしかめた後、「連れ行け」と短く命じる。この城の警備兵がミシェルの襲撃者を拘束して連れて行った。


「……怪我はないか? 熱は?」


 アルフレッドが夜着姿のミシェルを見ないようにか少し視線をそらしつつ尋ねた。ミシェルは少し微笑む。


「大丈夫です。熱も下がりました」


 自画自賛であるが、ミシェルの作った薬は、ミシェル自身によく効く。実験体が彼女自身だからだ。まだ無理はできないが、体はだいぶ楽だ。

「お嬢様」

 ポーラが駆け寄ってきて、ミシェルにガウンを着せる。ガウンを着ると、アルフレッドがこちらを向いた。猛烈に仮面が欲しくなったが、どちらにしろ、暗いので互いの顔はよく見えていない。

「邪魔をしてすまなかった」

「いえ……ありがとうございました」

 でも、何故アルフレッドなのだろうか。確かにミシェルは、ポーラに警備兵に話を通すように頼んだ。しかし、彼も乗り込んでくるなんて聞いていない。たぶん、警備兵から王太子に話が行き、そこからアルフレッドの元に届いたのだろうが。

 まあ、それはともかくだ。


「私を殺すように依頼した人、わかったんですか?」


 ミシェルがこてん、と首をかしげた。夕刻にミシェルを毒殺しようとしたメイドと、今の侵入者を雇った人物は同じだろう。何となく尋ねると、アルフレッドは答えづらそうに口を開いた。

「それ、何だが」

「はい」

「……どうやら、私の熱心なストーカー関連のようだ。すまない」

「……」

 ミシェルは少しアルフレッドから距離をとった。そして、震える唇から飛び出してきたのは。

「ごめんなさい! すみませぇんっ。わ、私なんかと一緒にいたせいで……!」

「そっちか!? そっちなのか!?」

 ミシェルの口から飛び出してきた謝罪に、アルフレッドがツッコミを入れた。ミシェルは顔を隠すように手で覆った。


 ミシェルが殺されかけたのは、アルフレッドと仲良くしていると思われたからのようだ。つまり、ミシェルが顔にやけどを負ったときと同じ状況である。殺すように指示した人は、アルフレッドのことが好きなのだろう。


「ふぁぁあああっ。この世に存在していてすみませんーっ。アルフレッド様にもご迷惑を……!」


 膝から崩れ落ちたミシェルは、その場で小さくなりながら叫んだ。すぐそばにアルフレッドもしゃがみ込んだ。

「いや、迷惑だとは思っていない。むしろ、申し訳ない……」

「せ、せめて私ではなく、もっときれいな……間違っても顔にやけどがある人でなければ……!」

 まだ話は理解できる。なのに、現実として襲われたのはミシェルだった。世の中、不思議なことも多い。

「いや、頼むからミシェル! 落ち着け!」

「僭越ながら、アルフレッド様も落ち着くべきかと」

 ポーラからツッコミが入り、アルフレッドが沈黙するのがわかった。ミシェルは顔の右側を手で覆ったままアルフレッドの方を見た。

「……ミシェル。私が関わったばかりに危険な目に合わせてすまなかった」

「いえ……殺されそうになったことに関してはそんなに身の危険は……」

「前から思っていたが、結構肝が据わっているな」

 開き直ると、人間、なんでもできるものだ。


「その……どうせ修道院に行くのだと思ったら、法に触れなければなんでもできる気がして」


 その結果が、自分より上位の貴族であるエリクやベルナデット、ルシアンたちの復讐を暴くという事態なのだ。自分でもよくできたものだ、と思う。

「なるほど……だが、それは困るな」

「え。何か、法に触れていましたか?」

 ミシェルの記憶では、侮辱罪は親告罪のはず。つまり、エリクたちが訴えなければ、ミシェルが罰せられることはない。後ろ暗いことのある彼らは、ミシェルを訴えたりしないだろう。

 だが、ミシェルの考えていることとアルフレッドの考えていることは違った。


「そうではなくて。私は、あなたが好きだから修道院に行かれては困ると言うことだ」











ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


アルフレッドがさらりと言ってくれやがりました。


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