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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
25/55

Phase.25











 まあ、エリクの発言は当然と言えば当然なのだ。何しろ、王族の姫君であるヴィクトワールに『いたずら』を仕掛けたのだ。いたずら、と言うには趣味が悪いか。素直に『脅した』と言えばいいのかもしれない。

「……被害者はヴィッキーとナタリー嬢、ミシェル嬢、それにアルだろ。この四人の意見によるだろ。どうする?」

 そう言って、現在にこの場にいるアルフレッドとミシェルに意見を求める王太子。アルフレッドは困ってミシェルを見ると、彼女は軽くうなずいた。少しアルフレッドから離れる。


「別に私はそこまでする必要はないかと。厳重注意くらいで済ませてしまえばよろしいのでは?」


 ミシェルが言うと、その言葉が無駄に恐ろしく聞こえるのはなぜだ。いや、彼女とももうかれこれ半年近くの付き合いになるアルフレッドは、それがただの錯覚だとわかっているのだが。外見と言うものは、こんなにも印象に影響を与えるのか。

「……ミシェル嬢、怒ってるんじゃないのか?」

「怒ってます」

 王太子が尋ねると、ミシェルは深くうなずいた。彼女の感情の機微は、見た目からはわからない。その点で言うなら、彼女は仮面をしていてもしていなくても一緒だ。


「まあ、本人がそう言うのなら、いいんじゃないですか。ナーシャも厳罰を望むことはないでしょう」


 アルフレッドがミシェルの意見に追従する形で答えた。ナタリーも、なんだかんだ言ってルシアンたちを罰するのに賛成しないだろう。ナタリーが死んでいたなら別であるが。

「ヴィッキーには……つたえない方向で行くか」

「面倒くさいものね」

 王太子も、王太子妃も、さりげなくひどい。

「まあ、そんなわけで、もうやるなよ。次があったら怖いぞ。ミシェル嬢が」

「……」

 王太子が茶化すように言うと、ミシェルはうつむいた。今更、先ほどの所業を悔いているのだろうか。アルフレッドは何となくミシェルの頭を軽くたたいた。

「エリクはもう少し部下に気を配れよ」

「それについては、すまん」

 王太子の指摘に、エリクが軽く頭を下げて謝った。自分の部下を把握しきれていないのはまずいだろう。


 ふと気が付くと、ミシェルはエリクをじっと見つめていた。一瞬、見惚れているのかと思ってドキッとしたが、よく見ると、どちらかと言うと観察している、と言った方がよい視線だ。


「……どうかしたのか?」


 アルフレッドが尋ねると、ミシェルは彼を見上げてほんわかした笑みを浮かべた。しかし、何となくほんわかしているとわかるのに、顔立ちのせいで妖艶に見えるのはなぜだろう。

「いいえ。何でもないです。あっ、ナーシャさんの容体が気になります~」

 ミシェルが話しをそらすように言ったが、確かに、ナタリーの様子は気になる。

「殿下。ナーシャの様子を見に行ってもかまいませんか?」

「ん? ああ、もちろんいいぞ」

 むしろ行って来い、という調子で王太子は答えた。アルフレッドは王太子に礼を言い、ミシェルに尋ねた。

「一緒に行くか」

「行きます」

 そう言って一歩踏み出したミシェルだが、すぐに「あ」と声をあげた。


「かっ、仮面……!」

「……」


 ああ、まだ引っ張るのか、それ。もう素顔を見せてしまったし、いいのではないだろうか。アルフレッドには不快感を覚えるほどひどいやけどの痕には見えないのだが。

「いや、もう遅いだろう」

「……」

 本人も自覚があったのか、アルフレッドのツッコミに、ミシェルはがくりとうなだれた。先ほどまでの威勢はどこに行った。
















 その後、アルフレッドとミシェルはナタリーの様子を見に行ったが、彼女は眠っていた。寝息は安定していて、今はただ眠っているだけだと聞いて安心した。どうやら、ミシェルが言っていたことは正しかったらしい。

「ナーシャに薬を飲ませたのは、ベルナデット嬢か?」

「おそらくは……使われているのは東方の薬ですから、高価ですし。ベルナデット様なら、自然に飲ませることができますし」

 ベルナデットなら、ナタリーに水やお茶を勧めても不自然ではない。同僚だからだ。ヴィクトワールの友人役という。

 それから朝食をとり、一度与えられた客間に引っ込んだ。そして、昼ごろになり、アルフレッドはミシェルが熱を出した、という話を聞いた。


「まあ、仕方ないよな。川に落ちたんだし」


 成り行きでともに昼食を取っているディオンがミシェルの発熱を聞いてそう言った。アルフレッドもうなずく。

「かなり水温が低かったからな。当たり前だが」

「冬だもんなぁ。よく無事だったよな、お前たち二人」

「……まあ、ミシェルは自分から飛び込んだらしいけどな」

「……うん。そんな気はした」

 逃げるためとはいえ、自分で飛び込み、熱を出すとは。何度も言うが、仕方のない話ではあるのだが。熱は治るが、万が一死んでしまえばもうどうにもならないのだから。


「……お前やフェリシテが、ミシェルを怖いと言っていた理由がわかった気がする」


 アルフレッドがぽつりと言った。ちなみに、そのフェリシテも昼食には来ていない。彼女も体調があまりよくないようだ。ディオンは笑って言った。

「怖いだろう、あの子」

「ああ。冷静過ぎるんだ。どんな危機的状況であっても冷静なんだ。どんなに追い込まれても、取り乱さない。殺されそうになっても、落ち着いて生き延びるすべを考えられる。だから、怖い」

「まったくもってその通り」

 ディオンが賛成の声をあげた。軽く両手を上げ、ふっと笑う。その笑い方がミシェルとそっくりだった。

「……お前とミシェル、顔立ちが似ているな」

「藪から棒になんだよ。いや、まあ、久しぶりにあの子の素顔を見たら、確かに似てると思ったけど」

 兄妹と言っても通じるくらいには似ていた。おそらく、ミシェルは母親に、ディオンは父親に似ているのだ。ミシェルの母親は、ディオンの父親の妹らしいので。


「……暗闇だったら、見間違うと思うか?」


 ミシェルは、女装したエリクをソランジュだと思い込んだのだろうと言った。ディオンは苦笑する。


「いや、本人に聞いてもわからんだろ」


 確かに。比べる対象はミシェルとディオンで、その一方であるディオンがミシェルと見間違う可能性があるかはわからない。客観的に見られないから。

 そんなディオンであるが、冷静に指摘してきた。

「だが、雰囲気だけなら見間違うかもな。思い込みっつーのは結構人の認識に影響を与えるし。ミシェルなんか、いい例だろ」

「ああ……」

 確かに、とアルフレッドはうなずいた。


 ミシェルは他人から散々『やけどの痕が醜い』『気持ち悪い』と言われ。仮面をつけ続けていた。これも思い込みだ。ミシェルは他人から中傷され、『自分の顔は人に見せられない』と思い込み、仮面着用歴三年になったのだろう。


 また、ミシェル・クレマンは仮面をつけている、という思い込みがあり、人々は素顔だとミシェルを認識できない。これも思い込み。

「それは納得できる」

「自分で言ったけど、結構説得力があるから驚いている」

 ディオンはぐいっとコーヒーを飲みほし、カップをソーサーに戻した。アルフレッドもムースの皿にスプーンを戻した。


 シュザン城に居られるのも、あと数日。


 まだ、伝えたほうがいいのか、覚悟は決まっていない。
















 翌日になり、ナタリーが意識を取り戻した。簡単に経緯を説明すると、彼女は憤慨した。


「何それー!? 逆恨みもいいところじゃない!」


 というのが、ナタリーのルシアンとベルナデットに対する評価だった。ちなみに、ナタリーは水の入ったグラスを持っている。ミシェルからの伝言、『水分をたくさん取れ』が彼女にまで伝わっているらしい。

「しかも、自分たちの復讐にミシェルたちも巻き込んだんでしょ!?」

「ああ……彼女もお前が巻き込まれたことに憤慨していたな」

「え、ミシェルが怒ったの!?」

「反応するところはそこなのな」

 ミシェルは冷静に怒るので、見た目からは怒っていることがわからなかったが。

「で、そのミシェルは? お見舞いに来てくれると思ったのに」

「熱を出して寝込んでいる」

「……何したの? 寒空の下、散歩でもしたの?」

「惜しいな。川に落ちた」

「何考えてるのよ!」

 ナタリーから常識的なツッコミが入った。やはり、この冬の時期に川に入るのは頭がおかしいと思われるらしい。いや、アルフレッドもおかしいと思うが、自分も落ちた人間なので何も言わないことにしている。


「お見舞いに行ってもいいかしら。寝てるなら、ミシェルの素顔が見れるでしょ」


 ナタリーが興味津々で言った。まあ、確かに寝ているときに仮面をつけているとは思えない。

「お前も病み上がりだから、駄目だろう。それに、素顔なら私が見たぞ」

「!」

 ナタリーがサイドテーブルにグラスをたたきつけるように置いた。

「なんですって……!? 私も見たことないのにっ」

「いや、王太子殿下たちも見たぞ」

「何それ……」

 ナタリーががっくりとうなだれた。そんなにミシェルの顔を見てみたかったのだろうか。

「……印象としては、ディオンに似た理知的美少女だな」

「ニヴェール侯爵に似てるのね……」

 アルフレッドが一言でまとめると、ナタリーは背中に積んであるクッションに寄りかかった。

「まあ、そのうち見せてくれるわよね」

「……だが、次に春ごろには彼女は修道院なんだろう」

 アルフレッドが指摘すると、ナタリーはじっと兄を見つめてきた。何か藪蛇だっただろうか。


「お兄様、ミシェルに何も言ってないの?」

「……」

「ねえ、お兄様。お兄様、ミシェルのこと、好きでしょう?」

「……」

「……乙女か! 見ている限り、両想いっぽいのに……!」


 ナタリーが歯噛みする。こういうところが貴族の令嬢には見えないところである。

「……お前の主観だろう」

「それは否定しないけど! でも、当たってみなきゃわからないでしょ。お兄様、そんな女を手玉に取るような顔をしておきながら、妙に奥手よね……」

「顔は関係ない」

 そこはきっぱり否定させていただく。甘い顔立ちをしているのは認めるが、その顔立ちが性格にまで反映されているわけではない。ミシェルもそうだ。アルフレッドは勝手に、ミシェルは童顔だと思っていた。パニックを起こす様子などが、子供っぽく見えたのだと思う。

 まあ、それはともかく。


「考えておこう」


 アルフレッドがそう言うと、ナタリーが背中に当てていたクッションの一つを投げつけてきた。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


私の中で、ミシェルの顔は童顔の印象なのです。でも、初期設定を見てみると、理知的美少女なのですよね……。


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