Phase.23
ミシェルさんの謎解きの続きです(笑)
ミシェルが呼びかけたのは、ギャラリーのアルフレッドたちがいる方とは反対側の角だった。うまく隠れていたらしい人物が二人、姿を現す。ルシアンとベルナデットのデザルグ侯爵家の兄妹だ。
「おはようございます、ルシアン様、ベルナデット様」
ミシェルが淡々と挨拶をした。彼女から口を開くのは珍しいように思われる。
「……おはようございます、ミシェル嬢」
代表してルシアンが口を開いた。彼も、アルフレッドほどではないが甘い系の顔立ちをしている。後ろ姿しか見えないミシェルが首をかしげた。
「私がわかるのですか?」
「……」
ミシェルは今、最大の特徴ともいえる仮面を身に着けていない。顔の右半分が隠れているものの、素顔だ。正直、やけどの痕が残ると言われるミシェルの素顔が、これほど美しいとは想像しないだろう。
「まあ、それはどうでもいいです」
さらっとミシェルは受け流し、「確かめたいことがあります」と言った。
「おとといの夜、このギャラリーであなた方お二人とヴィクトワール殿下、それにナーシャさんは幽霊を見たと言った。その幽霊を見たと言う事件の犯人は、あなたたちですね」
ズバリと、言った。何の前触れもなかったので、アルフレッドたちも戸惑った。幽霊の犯人って、どういうことだろう。彼らが幽霊に成りすましたとでも言うのだろうか。
当然ながら、そう言う意味ではなかった。
「あなたたちの狙いは、おそらくヴィクトワール殿下でしょう。ナーシャさんが巻き込まれたのは偶然です」
一度言葉を切ったミシェルであるが、誰かが口を開く前に再び自分で口を開いた。
「先に申しあげておきますけど、私、とっても怒ってますから」
淡々とした口調で言われても彼女がどれくらい怒っているのかわからない。だが、彼女が怒っていると言うのならそうなのだろう。
再びアルフレッドに視線が集まる。王太子妃につつかれた王太子が、さらにアルフレッドをつついた。アルフレッドはため息をつく。
「ミシェル。私たちにもわかるように説明してくれるとうれしいんだが」
そう声をかけると、ミシェルはくるっと振り返った。淡い紫の目が細められる。以前ディオンが言っていたが、まるで『この屑が』とでも思っていそうな視線であったが、彼女の性格上、それはないだろう。被害妄想だ。……たぶん。
ミシェルはバルコニーに続く窓の方へ少し歩き、くるりと振り返った。その目の前に、大きな絵画がある。アルフレッドたちの方からはミシェルの左の横顔が見えた。
「今年の初夏、ヴェルレーヌ公爵の妹姫ソランジュ様が亡くなったそうですね」
ミシェルが顔をデザルグ侯爵兄妹の方に向けた。
「ルシアン様。あなたは、ソランジュ様の恋人だったのではありませんか?」
ルシアンの秀麗な顔が少しゆがんだ。王太子が「そうなのか?」と王太子妃に尋ね、わき腹に肘鉄を入れられていた。黙っていろ、と言うことらしい。
「……そんなの、あなたに関係ないでしょう」
「あります。そのせいで、ナーシャさんが毒を盛られ、私とアルフレッド様は襲われたんですから」
ベルナデットの反論を一蹴し、ミシェルはいっそ傲慢に言ってのけた。どうやら、怒っている、と言うのは本当のようだった。
「認めないのであれば、それでもかまいません。ただ、ヴィクトワール殿下がルシアン様のことが好きだ、と言うのは事実でしょうね。あなたと離れたくないがために、彼女は他国に嫁ぐのを嫌がったのでしょうから」
ヴィクトワールが隣国に嫁ぐのを嫌がった。だから、代わりにソランジュが嫁がされた。それがこの国の貴族の共通の認識であった。だがまあ、当時ヴィクトワールが十五歳であったことを考えれば、当然の反応なのかもしれないが。
「今年の夏の初め、あなた方はソランジュ様が亡くなったことを知り、彼女を死に追いやった原因と考えたヴィクトワール殿下に復讐しようと思ったのではありませんか? 舞台には、限られた招待客だけが足を踏み入れられる、シュザン城を選んだ」
ヴィクトワールがルシアンを気に入っているから、ルシアンとベルナデットが招待される可能性は高かっただろうと、ミシェルは語る。可能性の話であるが、彼女が言うと確信的に聞こえるから不思議だ。
「あなたたちはこのギャラリーでソランジュ様の幽霊を見せて、ヴィクトワール殿下を脅そうとしたのでしょう。自分たちとヴィクトワール殿下だけでは疑われる。だから、目撃者としてナーシャさんが選ばれた」
ミシェルはふう、と一度息を吐いた。
「幽霊なんて、いるはずがないのに」
再び、アルフレッドに視線が集まる。いい加減にしてほしい。聞きたいなら自分で聞けばいいのに、と思いながら、今度は促される前に尋ねた。
「だが、ミシェル。幽霊がいないなら、ナーシャたちが見たのは一体誰だ?」
ソランジュに化けるなら、ベルナデットが考えられる。しかし、彼女はナタリーたちと一緒にいたのだ。他にも協力者がいるのだろうか。
「うってつけの人物がいるじゃないですか。ソランジュ様のお兄様である、ヴェルレーヌ公爵エリク様です」
一瞬、しーんと沈黙が降りた。それから「は?」と言う声が重なる。
「いや、ミシェル嬢。だが、エリクは男、だぞ?」
「わかってます」
しどろもどろにツッコミを入れる王太子に、ミシェルは深くうなずいて見せた。仮装舞踏会で彼と踊ったミシェルはエリクが男性であることをちゃんと理解しているだろう。
「ですが、現実として、エリク様はソランジュ様に似ているでしょう? 私は数えるほどしかソランジュ様にお会いしたことがありませんが、面差しはよく似ていらっしゃると思います。それに、みなさんが最後にソランジュ様にお会いしたのは二年も前。多少面差しが変わっていても気づかないでしょう」
「いや、だが、身長とか、体つきとか!」
王太子がなおも食い下がるが、ミシェルはとことん冷静であった。
「それも何とかなるでしょう。エリク様、わりと細身でしたし。背丈はありましたけど、そんなの、距離があって比較対象がなければ大きさなんてわかりません。かつらをつけて、体の線がわからないような服を着ればばれません。ああ、白っぽい服なら、月明かりにぼんやり浮かび上がって幽霊みたいに見えるかもしれませんね」
「……」
「何より、ベルナデット様かルシアン様が、『ソランジュ様!?』とでも叫べば、目の前にいる人物をヴィクトワール殿下もナーシャさんもその人をソランジュ様だと認識するでしょうね」
「……」
唖然、としか言いようがないだろう。淡々とした口調で、筋が通っていることを述べている。だから、説得力があるのだ。
確かに、アルフレッドの記憶にあるソランジュの面差しとエリクの面差しは何となく似ていると思う。エリクもどちらかと言うと中性的な顔立ちだと思うし、ミシェルの言うように、暗ければ体格や顔立ちなどよくわからない。それに、暗闇と言う日常とは違う空間の中、正常な判断ができなくても不思議ではない。
だが、一つ思いだした。
「……しかし、ミシェル。その幽霊はしゃべったんだろう? ナーシャは『あなたのせいだ』と聞いたと言っていた」
「さすがに声はごまかせないだろ!」
エリクはばっちり男声だからな! と王太子が叫び、再び王太子妃に足を踏まれる。もう何なのだろうか、この夫婦。
「確かにその通りですが、その声もはっきり聴いたわけではない、とナーシャさんは言っていました。それに、別に幽霊がしゃべる必要はありません。さすがに、声をごまかすのは難しいですし」
ミシェルは音楽に造詣が深いと言う。つまり、これに関しては彼女の専門分野であろう。
「でも、これも単純な話です。ベルナデット様が代わりに話せばいいんですから。やはり、ソランジュ様の声を正確に覚えている人なんていませんからね」
こちらも単純だった。
「だが、ベルナデット嬢はナーシャやヴィクトワール殿下の側にいたんじゃないのか?」
アルフレッドが再び口をはさむと、ミシェルがこちらを見た。アルフレッドと目があったのを確認すると、ニコリと微笑んだ。
顔立ちのせいもあるだろうが、その笑みが恐ろしく見え、彼女が怒っていることを再認識させてくれた。
息を吸い込んだミシェルは、何故か聖歌の一小節をうたった。その歌声が、反響して聞こえた。
「たとえそばで言葉が発せられたとしても、このギャラリーは音が反響します。石造りであり、このアーチ形の建物の形はただでさえ音が反響しやすいんです。さらに、円錐状のものを幽霊の後ろに置いておけば、よりよいですね」
……後ろにそんな物体があっても、黒く塗られていれば気づかれないだろう。
「おそらく、ナーシャさんはルシアン様たちのもくろみに気が付いたんでしょう。でも、あなた方はもともと、ヴィクトワール殿下のことですら殺すつもりはなかった。ただ、自分がやったことの結果を理解して罪悪感を覚えてほしかった。だから、あなた方はナーシャさんに毒を盛った」
だんだん、ミシェルの口調が崩れてきている。
「せめて、自分たちの復讐がすべて終わるまで、ナーシャさんが口をつぐんでいてくれればいい。だから、一時的に危篤状態に陥る毒を盛った」
「……だから、私たちに解毒剤を渡せ、とでもいうのかしら」
再び、口を開いたのはベルナデットだ。アルフレッドはそれほしい、と思ったが、何とミシェルは首を左右に振った。
「いいえ。水を飲ませて三日もすれば自然に目を覚ますでしょう」
「……」
彼女は怒っている、と言う割には冷静であった。だからこそ、怖い。
「私、初めに怒ってるって言いましたよね」
ミシェルがやはり淡々と言った。彼女の視線は、完全にルシアンとベルナデット向けられていた。
「あなたたちがヴィクトワール殿下に復讐をしたいのなら、それは自由だと思います。でも、関係のない人を巻き込むのは間違っていると思うのです」
関係のない人。つまり、ナタリーやアルフレッド、そして自分のことを指しているのだと思われる。そして、広義にはこのシュザン城に集まっている招待客全員のことか。
「今回は、全員無事でしたから私は何も言いません。その権利もないと思っています」
でも、とミシェルが言葉を続けた。
「次はないと思ってください」
それは、具体的にどうする、とは言っていないただの脅し文句であるが、その迫力に気圧されたか、ルシアンとベルナデットは数歩後ずさった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ミシェルは冷静に怒るタイプの人です。




