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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
22/55

Phase.22

そろそろミシェルさん、本領発揮?











 アルフレッドは何かが崩れる音を聞いて目を覚ました。ソファの肘掛けに頬杖をついたまま眠っていたらしい。何かが崩れるような音は薪が崩れた音で、見ていなかったので火はだいぶ弱まり、室内の気温も少し下がっている気がした。


「ん……」


 膝の上で何かが動いた。ふと見ると、アルフレッドの膝を枕にしていたミシェルが眼を覚ましたらしい。眠れないだろうと思ったのに、いつのまにか寝ていた。思ったより疲れていたのかもしれない。

「おはよう」

「お、おはよ、ふわぁぁぁあああっ!」

 反射的にあいさつを返したミシェルであるが、自分の体勢に気付いたのか悲鳴をあげた。アルフレッドはあわてて彼女の口をふさぐ。

「落ち着け。何もしていない」

 ミシェルがこくこくとうなずいたので、とりあえず口をふさいでいた手を外した。ミシェルは起き上がったことでずり落ちた毛布を肩にかけ直す。アルフレッドも彼女が薄着であることに気が付き、何となく視線を逸らした。


 微妙な空気になったところで、部屋にノックがあった。どうやら、橋が降ろされてお迎えが来たらしい。アルフレッドが返事をすると、扉が開いて男女の二人組が入ってきた。ミシェルが顔の右側を押さえて顔をそらす。アルフレッドには見られているので、もう遅いと思うのだが。

「お、思ったより元気そう。一線は越えなかったのか?」

「ディオン様。変なこと言わないでください。ほら、お嬢様が顔をそらしてる」

「いや、それは顔を見られたくないからだろ」

 怜悧な顔にへらっとした笑みを浮かべたディオンと、ミシェルの侍女であるポーラだった。二人は着替え用の服を持ってきてくれたらしい。

「誓って何もしていない」

「う、うん」

 アルフレッドの宣言に、ミシェルも同意してくれた。まあ、顔を逸らしたままだけど。


 そんなわけで、アルフレッドとディオンは追い出された。ミシェルが着替えるためだ。しかし、部屋を出た門番の待機場所で、申し訳ないがアルフレッドも着替えさせてもらう。

「んで? なんでお前ら川に落ちたんだ?」

「いろいろあってな……まあ、ミシェルが落ちたので、私も追ったというか」

「……ふーん?」

 ディオンが口の端を片方持ち上げて笑みを浮かべた。アルフレッドはシャツのボタンを閉めながら彼を一瞬睨んだが、すぐに礼を言っていないことに気が付いた。

「それより、助かった。ありがとう」

「いや。俺とお前の仲だからな」

 腐れ縁と言うやつだ。寄宿学校時代からの付き合いだから、もう十年以上の付き合いになる。

「別に使用人に任せればよかっただろう。ナーシャはどうしてる?」

「それを聞かれると思ったから、俺が来たんだよ。ナタリー嬢はだいぶ回復してる。大丈夫だ」

「そうか……」

 アルフレッドはほっとして肩の力を抜いた。任されていた妹を危篤状態のまま置いてきてしまったので、気にかかっていたのだ。ミシェルもナタリーの無事を聞けば安心するだろう。


 さっさと着替えたアルフレッドに対し、やはりミシェルの身支度には少し時間がかかった。薄い壁越しに、仮面論争がなされるのも聞こえた。どうやら、ポーラは予備の仮面を持ってこなかったらしい。だから、着替えたミシェルは仮面をしていなかった。その代り、やけどの痕のある顔の右側を髪の毛で隠すように結われている。長い髪を緩い三つ編みにし、右肩から前にたらしていた。

 その髪型が、ミシェルのどこか理知的で色気のある顔立ちによく似合っていた。そして、比べてみるとやはりディオンとどこか似ている。

「ディオンと顔立ちが似ているな」

「まあ、いとこだし。美人は顔立ちが似てくる傾向もあるらしいからな」

 まあ、ディオンが述べたのは順当な理由であろう。美人は顔立ちの傾向が似てくる、と言うのも何となくわかる気がする。なんと言うか、目鼻立ちがはっきりした癖のある美人はそうでもないが、ディオンやミシェルのようなどこか怜悧な印象の美人はやはり顔立ちが似てくるのかもしれない。

「ほら。お嬢様美人なんですから、仮面なんてやめればいいのに」

 ポーラがアルフレッドとディオンの発言を受けて言った。しかし、ミシェルは首を左右に振る。

「今は仮面よりも先にやることがあるだけ。だって、や、やけどの痕なんて……っ」

 ミシェルが顔を両手で覆ってしゃがみ込んだ。駄目だ。これは残念なタイプの美女だ。アルフレッドも人のことは言えないが。


「ミシェル。そんな嫌なことを言ってくる少数派の人間の言うことなんて気にすることないって。人を貶す事しかできないかわいそうな連中のことなんて、お前が気にかける必要はないんだよ」


 ディオンがミシェルの側にしゃがみ込んで、慰めているのか言い聞かせているのかよくわからない主張をした。ぽんぽん、と背中をたたいてやっている。ミシェルもアルフレッドと同じことを思ったのか、「ディオンお兄様、ひどい……」とツッコミを入れていた。


「とにかく! 一刻も早く城に戻りましょう。ナタリー様が心配なのでしょう?」


 ポーラが話しを進めようとしてそう言った。ミシェルは「そうね」とうなずいたが、しかし、その後にこう言った。


「でも、私はナーシャさんのところに行くのは後にする」


 えっ、と声をあげたのはアルフレッドだけではなかった。ディオンとポーラも驚いた様子でミシェルを見た。よっこいしょ、とばかりに立ち上がっていた彼女は、急に注目を受けてぎょっとした表情になった。

「な、何ですか」

「……何故だ?」

 先に朝食を、とかそう言う意味だろうか。質問に質問で返した形になったアルフレッドは、しまった、と思ったが、言葉は引っ込まない。

 しばらく沈黙が続く。それから、ミシェルは口を開いた。

「先に、確認したいことがありますから」

「……」

 彼女は昨日もそう言ってギャラリーに出かけ、そして川に落ちたのだ……。と考え、そこで納得した。

「あの時、私たちを襲ってきた犯人を突き止める、と言うことか?」

「そう言うことです」

 うなずいたミシェルは、「確認をとるには、やはり本人に話したほうが早いですから」と独自の理論を披露してくれる。いや、確かにその通りなのだけれども。

 ケロッとしているミシェルとアルフレッドに対し、襲われた、と聞いたディオンとポーラは驚愕の表情を浮かべた。

「襲われたって、どういうことだ!?」

「そんな危ない目にあっていたのなら、どうしてすぐに言わないんですか!」

「別にそんなに危ないとは思わなかったから。実際に逃げ切れたし」

 ミシェルが少し目を細めて言った。その真剣な表情は、彼女の理知的な顔立ちを際立たせる。


 注目を浴びていたミシェルは、一度目を閉じてからまた開いた。

「あとで話します。とりあえず、城に戻りませんか?」

 ミシェルもそう提案したので、とにかく四人はシュザン城に戻ることにした。
















 シュザン城の裏門の入り口で出迎えてくれたのは、執事のマリュスと王太子夫妻だった。王太子はアルフレッドを見て「無事か!」と喜びの声をあげた。


「変わらぬ色男っぷりで安心した。で、そこの泣きぼくろの女性がまさかのミシェル嬢か?」


 アルフレッドの斜め後ろにいたミシェルは、王太子からの視線を受けてディオンの後ろに隠れた。その反応で、王太子も彼女がミシェルであると察したらしい。

「そんな顔をしていたのか! なんだ。噂に聞くより全然美人……っ」

 不自然に言葉が切れたのは、王太子妃が無言で王太子の足を踏みつけたからだ。本当に、この夫婦はどうなっているのだろうか。これで仲が悪いわけではないのだから、ますます謎である。


「ミシェル。うちの旦那が申し訳ないわね。悪気があるわけじゃないから、許してあげて」


 にっこり笑ってそう言う王太子妃は、今もその夫の足をぐりぐりと踏みつけている。王太子、完全に尻に敷かれている。そして、ミシェルはどん引きしていた。

 とにかく城に中に入ることができたアルフレッドはほっとしたが、ミシェルはギャラリーに行きたがった。

「確認したいことがあります」

 と、ミシェルは再度主張した。アルフレッドはナタリーの様子を見に言ってもいいと言われたが、何となく心配なのでついて行くことにした。流れでディオンとポーラ、マリュスどころか王太子夫妻がついてきた。

 そして、ミシェルは再びギャラリーを調べまくる。昨夜、アルフレッドが落としたはずのカンテラの残骸はすでに片づけられていた。

「なあ。ミシェル嬢ってあんな子だったか?」

 先ほど怒られたからか控えめに王太子カジミールがアルフレッドに囁いた。ミシェルは現在、大きな絵画をじっと見つめている。

「……どうでしょうね。私はさほど付き合いが長いわけではないので」

 と、ちらっとディオンを見る。彼も肩をすくめた。

「俺だってよくわからん。ちょっと突き抜けた子だとは思うけど」

 ちょっとどころではなく突き抜けていると思うが、そこはとりあえず無視しておこう。

「そもそも、何を調べてるんだ?」

「……ヴィクトワール殿下とうちの妹たちが目撃したと言う幽霊について、だと思いますが」

「あ~。そう言えばそんなこと言ってた気がする」

「幽霊なんかいるわけないじゃない」

 王太子だけでなく、王太子妃リュクレースまで参戦してきた。いや、そんなことを言われても、調べているのはミシェルだ。


「あっ」


 ミシェルが声をあげた。絵画から離れ、窓の方を見て、それからもう一度絵画の方を見た。

「なるほどぉ」

 その横顔に笑みが浮かぶ。王太子たちがアルフレッドをじっと見つめる。聞いて来い、と言うことだろうか。何がわかったのか。


 しかし、アルフレッドが覚悟を決める前に、ミシェルが再び口を開いた。


「隠れてないで、出てきたらいかがですか」

 彼女はそう呼びかけた。













ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


個人的に、さりげなく隅で存在感を出している王太子夫妻がお気に入り。


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