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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
20/55

Phase.20











 そんなわけで、ナタリーに連れられ、アルフレッドとミシェルは彼女が幽霊を見たと言うギャラリーに来ていた。窓から外を見ると、ゆるやかに流れる川が見えた。

「ここ! この辺り!」

「はあ……」

 興奮するナタリーに、やはり仮面のミシェル。ナタリーがギャラリーの中間地点の辺りを示す。豪奢な宝石箱が飾られているあたりだ。ちなみに、見に来たという絵はかなり大きなもので、玉座の間と思われる場所で多くの人物が描かれていた。

 アルフレッドはそれを見て思った。昨日来たとき、こんな絵は飾ってあっただろうか。


 それはともかく。


「何か分かりそうか」

 周囲を調べまくっているナタリーとミシェルに尋ねると、二人は首を左右に振った。

「いいえ」

「やっぱり本物だったのよ……!」

 ナタリーが身を震わせて言った。そこに、サロメがやってきた。

「ナーシャ様! ヴィクトワール殿下が突撃訪問してるんですけど!」

「なんですって!? あの迷惑娘!」

 ナタリーは叫ぶと、ミシェルとアルフレッドに「ちょっと行ってくるわ!」と言ってサロメに続いて去って行った。我が妹ながら、嵐のようだ。

 二人きりになったので、アルフレッドはミシェルに尋ねた。


「本当にナーシャは幽霊を見たのだと思うか?」


 すると、ミシェルははっきりと首を左右に振った。


「いいえ。でも、何かしら見たと言うのは事実なのだと思います」


 ……つまり、幽霊でない何かを見たと言うことだろうか。


「まあ、半分ほど私のせいだが、巻き込んで悪かったな」

 謝ると、ミシェルは首を左右に振った。

「いえ。頼られてちょっと、うれしかったですし」

 相変わらず仮面のせいで表情はわからないが、声は少し弾んでいる気がした。幽霊目撃事件に巻き込まれて喜ぶとは、変わった少女だ。

「そうか」

 思わず苦笑を浮かべ、アルフレッドは無意識にミシェルの頬を指先でなでた。
















 そんな感じで割と和やかだったアルフレッドとミシェルの間の空気であるが、ナタリーがいなくなったのでそのまま解散となり、アルフレッドはミシェルを部屋まで送って行った。

 そして、昼過ぎの午後のお茶の時間のころ、事件は起きた。なんと、今度はナタリーが当事者だった。

 知らせにやってきたのは、ナタリーに付けられているこの城のメイドだった。


「アルフレッド様! 大変です! ナタリー様が毒を!」


 そこで一度言葉を切られたので、わかるようなわからないような微妙な発言になっていた。アルフレッドが「毒を?」と尋ね返すと、メイドは言葉をつづけた。

「毒を、盛られました!」

「……死んでないんだな?」

「今のところは、気を失っているだけですが……」

「ナーシャはどこにいる? 会いに行く」

 アルフレッドは即決した。彼にはナタリーを護る義務がある。何かあったと言うのなら、様子を見に行かなければならないだろう。毒を飲むのは阻止できなかったのか、と突っ込まれても仕方がないが、彼女の行動を制限するつもりはない。


 ナタリーがいるのは、シュザン城に来たときに与えられた部屋ではなく、別の空いている客室だった。そこには泣きそうなサロメと、ヴィクトワール、ベルナデットがいた。

「アルフレッド様! 私がついていながら、申し訳ありません!」

 がばりとサロメが頭をさげる。そんな彼女に「気にするな」と言いながら、アルフレッドはナタリーを覗き込む。顔色は悪いが、浅く息をしているのがわかった。妹が生きているという事実を確認してほっとし、アルフレッドは肩の力を抜いた。


「ああ……ナタリーが毒を飲んでしまうなんて。どうしてわたくしのまわりばかりでこんなことが……」


 見るまでもなくヴィクトワールだろう。彼女の側にはベルナデットがいるので、アルフレッドはひとまず王女を無視することに決める。妹が心配でほかが眼に入らない兄、と言うことでひとまず納得してもらおう。

 そうしている間にも人は増えていく。王妃もナタリーの様子を見に来た。彼女はすぐにいなくなったが、入れ替わるように王太子夫妻が入ってくる。そのあとからやってきたのは、ディオンだった。

「……おお。集まってるね」

 どこかいつも不遜な態度であるディオンも、どこか引いたような調子だった。まあ、王族が集まっているので仕方がないのかもしれないが。

「ナタリー嬢は大丈夫か?」

「ああ……いま、解毒剤を探しているところらしい」

 アルフレッドはディオンに向かって答えた。こればかりは医者を頼るしかない。解毒剤が存在する毒物だといいのだが。

「ところで、フェリシテ夫人は?」

「ミシェルを呼びに行ってる」

「……」

 ミシェルが苦手な妻に呼びに行かせるとか、どんな罰ゲームだ。と思わなくはない。

「まあ、フェルもミシェルが苦手なだけで嫌いなわけではないからね」

 むしろ仲はいい方だと思うよ。とディオンはうそぶく。気の弱そうなフェリシテ夫人におっとりしたミシェル。二人でいると、どんな会話をするのだろうか。ちょっと気になった。

 しばらくしてからフェリシテに連れられてミシェルがやってきた。彼女は横たわるナタリーを見て息をのんだが、悲鳴は上げなかった。


「……ナーシャさぁん」


 少し泣きそうな声だった。兄のアルフレッドはともかく、男性陣はナタリーの側に寄らないようにしているが、ミシェルは同性の友人なので遠慮なくベッドに近づいて行った。

 そんなミシェルを、ヴィクトワールが涙目で睨んでいる。そして、アルフレッドと目があったかと思うと、切なげにため息をつくのだ。何をしたい、王女よ。

「お前、うちの妹に何かした?」

 王太子カジミールが尋ねてきた。しかし、そんな王太子の足を王太子妃リュクレースがヒールで踏みつける。カジミールの顔が一気に蒼ざめた。リュクレースはそんな夫を睥睨し、ぐりっと足をひねる。容赦がない……。


「……うわぁ」


 声を漏らしたのはディオンだ。ちなみに、彼とアルフレッド、リュクレースの三人は同い年になる。

 結局のところ、医師は解毒剤を見つけられなかった。もう夕食の時間で、一度退出しようと王太子が言いだした。何となくみんな揃って廊下に出る時、アルフレッドはくいっと服の裾を引っ張られるのを感じた。

「……」

「……」

 振り返ると、仮面をつけた少女が無言でアルフレッドを見上げていた。仮面越しなのでわかりづらいが、たぶん上目遣いだと思う。


「あの、お願いが」


 小さなその声は思いのほか真剣だった。どうやら、狙って上目遣いになっているわけではないらしい。アルフレッドが少し身をかがめると、ミシェルは囁いた。

「あとで、ナーシャさんに会わせてください」

「わかった」

 つまり、他に人がいないところで、と言うことだろう。何か調べたいことでもあるのだろうか。アルフレッドは、ミシェルが薬の調合に凝っていることを思い出していた。

 ふと気づいて目をやると、王太子とディオンがこちらを見ていた。それぞれの妻もこちらを見ている。


 見られた、と思った。
















 ミシェルと仲良くしているところを見られたからと言って、何かが変わるわけではない。ただ、無駄に王太子とディオンがにやにやしているだけだ。ちなみに、そのたびに王太子は王太子妃から制裁を受けている。前から思っていたのだが、この二人は一体どういう関係性なのだろう。

 アルフレッドはミシェルを連れて、再びナタリーが寝かされている客室を訪れていた。夕食前に見た時よりも少しやつれて見えるナタリーは、やはり苦しげに息をしていた。

 ミシェルはそんな彼女に近づくと、額に手を当てたり、首筋に触れたりしていた。アルフレッドが尋ねる。


「医学の知識があるのか?」

「いえ。私にあるのはあくまで薬学の知識です」

「だが、以前、ナーシャが貧血ではないかと言っていたな?」

「女性は大概貧血ですし、それくらいは触れればわかります」

「……」


 ミシェルの基準がよくわからない。

「ど、どうですか?」

「……うーん」

 サロメに尋ねられ、ミシェルは首をかしげた。しばらく考え込むようなしぐさをした後、「あ!」と声をあげて立ち上がった。ベッドを回り込んで部屋を出ようとする。

「ミシェル嬢?」

「確かめたいことがあります!」

 そう言ってアルフレッドを振り返ったミシェルは扉に手をかけようとして、そこで手が滑った。先に扉が開いたので、取っ手に手がかからなかったのだ。勢いのままミシェルは前に突っ込む。アルフレッドはあわてて駆け寄り、床に激突する寸前でミシェルを抱き留めた。


「大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます」


 ミシェルが無事なのを確認して立たせる。それから、外から扉を開けた人物を見た。ナタリーに付けられているこの城のメイド・ドミニクだった。

「も、申し訳ありません! 大丈夫でしたか?」

「だ、大丈夫」

 ミシェルがうなずいた。そんな彼女は、さすがに仮面ではなく自分の身をかばおうとした形跡があった。それでいい。

「すまない、ナーシャを頼む」

「もちろんです」

 サロメが力強くうなずいたのを確認し、アルフレッドはミシェルと共に客室を出た。彼女を一人で行かせるつもりなどなかった。

「どこに行くんだ?」

「ギャラリーです」


 即答だった。基本引きこもりであるミシェルにしては思い切りの良い行動であった。


「何故だ?」

「確かめたいことがあるからです」

「……ナーシャと関係あるのか?」

 正確には、ナタリーに毒が盛られたことと、と言うことである。ミシェルはあいまいな答え方をした。

「あると言えば、ありますが、直接の関係はないかもしれません」

「どういうことだ?」

「おそらく、ナーシャさんに盛られたのは致死性の毒ではありません」

 意外な回答にアルフレッドは目を見開いた。

「どういう……ことだ?」

「それの確認に行くんですよ」

 口元だけに笑みを浮かべて(もともと目元は仮面で見えない)、ミシェルは言った。素顔が見れたらより素敵だっただろうと思われる笑みだった。


 ギャラリーについたミシェルは、無言で絵画や置物などを調べ始めた。アルフレッドはカンテラを持って彼女が見ているものを照らしているだけだ。今日は月が明るいのだが、雲も出ているので不意に月が隠れることがある。


 また、窓から差し込んでくる月明かりが途切れた。その時。


 アルフレッドは隣に気配を感じ、そちらにカンテラを向けた。カンテラが高い音を立てて割れる。明かりが消え、アルフレッドはとっさに用をなさなくなったカンテラから手を離した。


「アル……っ」


 アルフレッドを呼ぼうとしたらしいミシェルの声が不自然に途切れた。


「ミシェル!」


 アルフレッドはあわてて彼女の元に駆け寄ろうとするが、目の前に剣を振り下ろされて踏みとどまった。とっさに剣を避け、相手の手首を目算でつかみ、そのままひねり倒した。

 ばりん、とガラスが割れる音がした。バルコニーへ続く窓が割れたらしい。そちらに目をやると、ミシェルが男に首を絞められていた。


「ミシェル!」


 一瞬、彼女の目がこちらを見た気がした。いや、仮面越しだから(以下略)。

 そして、彼女の自分の首を絞めている男ののどに拳を叩き込むと、緩んだ手を引きはがした。そのまま手すりを乗り越えて後ろ向きに倒れ込む。


 もちろん……落ちる。


「っ!」


 息をのんだアルフレッドは、反射的に彼女を追ってバルコニーに出ると、手すりに足をかけて、


 ギャラリーの下を流れる川に飛び込んだ。
















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


お約束……お約束? 一度、川に飛び込む! というシーンを書いてみたかっただけです。すみません……。


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