Phase.02
本日2話目。
ちょっと残酷な描写が入りますので、ご注意ください。
「仮面姫、レミュザ伯爵令嬢ミシェル・クレマン、十八歳。レミュザ伯爵の長女で、趣味は音楽と薬づくり。超絶引きこもりで、社交界にはほとんど出てこない、仮面着用歴三年の変人娘だ」
すらすらと個人情報をしゃべってくれたディオンに、アルフレッドは少し引き気味である。
「く、詳しいな、お前……」
引き気味に言うと、ディオンは「ああ」とうなずく。
「ミシェルは従妹だからな」
「……いとこ? 誰のだ?」
「俺の」
怜悧な顔にニヤッとした笑みを浮かべ、自分を指さしている。そんな笑みを浮かべられると、何かたくらんでいるようにしか見えない。
「ミシェルの母親が俺の父親の妹なんだよ」
「ああ、それで従妹……というか、レミュザ伯爵夫人はジスカール伯爵家の出身じゃなかったか?」
アルフレッドの記憶ではそうなっている。だが、ディオンが嘘をつくとは思えない。親戚ではないのにそんな詳しい情報を知っていたら、ただのストーカー、変質者である。
「ああ。今の伯爵夫人は後妻だからな。ミシェルの母親は先妻。ミシェルが四つの時に亡くなってる」
つまり、十四年前か。その頃ならアルフレッドたちはまだ子供で、しかも寄宿学校に行っていた時期だ。知らなくても無理はないかもしれない。
「なるほど……それで、あの時薬が出てきた理由はわかったが、何故仮面をつけているんだ? お前の従妹なら、それなりに美人だろう」
ディオンは文句なしに美形だ。性格がちょっと残念であるが、そこはアルフレッドも人のことが言えないので黙っておく。ディオンは「まあ、そうなんだけどね」と肩をすくめた。
「それが彼女の不幸と言うか、仮面をつけている理由と言うか」
意味が分からん。それが顔に出たのだろう。ディオンが少し声を低めて話し出した。
「時は三年前、彼女が十五歳で社交界デビューしたときにさかのぼります。彼女の社交界デビューに付き添ったのは俺でした」
「そうなのか……ミシェル嬢もかわいそうに」
「いや、さすがに従妹に手を出したりしないから。で、話戻すけど、社交界デビューしたミシェルは、美人だったよ。当時はまだ可愛いって言った方がいいかもしれないけど。若いけど色気のある顔立ちでね、従妹じゃなかったら口説いてたかもしれない」
「……」
そんなことを言いだしたディオンを、アルフレッドは冷たく見つめた。ディオンが咳払いをする。
「まあ、そんなことはどうでもいいな。とにかく、彼女は色っぽくて少し傲慢そうに見えたんだよ。なんと言うか、怜悧な顔立ちで『屑どもが』とか言ってそうな感じ」
「ああ。黙ってる時のディオンとか、そんな感じだよな」
「悲しいことに否定できない! まあ、そうなんだよ。で、さっき、図らずもお前が証明してくれたけど、ほとんどの人間は俺とミシェルがいとこ同士って知らないわけだ。当時、俺は未婚でお前と同じくこっそり見守ってくれる粘着質系な女性が結構いました」
「……そうだな」
今は結婚して落ち着いたが、ディオンも独身の時は女性に付きまとわれていた。だからこそ、アルフレッドとディオンは仲がいいのかもしれないが。
「そう言う女性に、ミシェルは顔を焼かれた」
今、とんでもない言葉が聞こえた気がした。
「……は? すまんが、もう一度言ってくれ」
「ミシェルは、顔を焼かれたんだ」
今度はとてもゆっくり言われた。アルフレッドは目を見開く。
「本当か? あれか。ミシェル嬢がお前の恋人だと思われたのか?」
「そうみたいなんだよな。ご丁寧に、彼女が一人で夜会に参加している時を狙われたんだ。当時の彼女は趣味音楽のただの美少女だったから、回避するすべなんてないよな」
「……」
「ミシェルに危害を加えた女性は捕まえて、傷害罪で王都追放になってる。ミシェルは回復したけど、顔にやけどの痕が残った。それを散々醜い、気持ち悪いと言われて仮面を身に着け、今に至る」
「……なんというか、壮絶だな」
アルフレッドはなんと言っていいかわからず、そう言った。従兄であるディオンと共に社交界デビューしたミシェルはとても美人で、それがお似合いに見えたのだろう。アルフレッドと同じように、二人がいとこ同士だと知らないものは二人が恋人同士なのだと思う。
そして、当時ディオンに付きまとっていた女性が嫉妬のあまり、十五歳の少女の顔を焼くと言う凶行に及んだということらしい。話し終えたディオンがため息をついた。
「お見舞いには行ったけど、謝る俺に、彼女は俺のせいじゃないっていうんだよ。何となく、いたたまれなくて気まずくて、それ以来会ってなくてさ。彼女、引きこもりだし」
「まあ、引きこもりたくもなるよな」
たとえ美少女でなくても、顔を焼かれると言うのは衝撃的だ。男でもショックを受ける。社交界に出たばかりの少女がそんな目にあって、さぞ恐ろしかったことだろう。
「顔を焼かれて以降、社交界に出てきてるって話は聞かなかったんだけどな。仮面をつけていてもいなくても、彼女の容姿は目立つはずだから話題に上らないはずがないし」
「確かに、あの仮面は人目を引くな」
アルフレッドは同意する。そして、仮面が外れた時、彼女が取り乱したのはやけどの痕を見られたくなかったからなのだ、と納得した。……いや、取り乱すと言う意味では最初から取り乱していたが。人間不信なのかもしれない。
「でも、仮面をつけた十代後半くらいの女性なんて、ミシェルくらいだから、やっぱりあの子だと思うんだよなぁ」
そう言って首をかしげるディオンに、アルフレッドは「そう言えば」とポケットに手を突っ込んだ。
「彼女、一度こけたんだが、その時にこれを落としたようだ」
と、ディオンに見せたのは紫水晶のイヤリングだった。おそらく、ミシェルがこけた時に落としたのだろう。手に取ったディオンは「うわー」と言う。
「これ、ミシェルのやつだ。本当にいたんだ……よく潜んでいられたなー」
はい、とイヤリングがアルフレッドに返される。いや、返されても困るんだが。
「私にこれをどうしろと? お前がミシェル嬢に返しに行けばいいんじゃないか?」
「いや、もうずいぶん会ってないんだぜ。気まずいよ。お前がこれ拾ったからって言って、渡しに行けばいいだろ」
「いや、私が会いに行く方がおかしいだろう。まあ、礼は言いたいから手紙は預かってくれ」
本当は直接言えばいいのだろうが、会いに行ったら不審がられるだけだろう。何しろ、庭は暗くて顔もほとんど見えていないはず。アルフレッドの方は、ミシェルの仮面が印象的で覚えていたが。
「あ、そうだ。レミュザ伯爵は軍部省の副大臣のはずだから、彼に返しに行けばいいんじゃないか?」
「そう言うことは先に言ってくれ」
アルフレッドがディオンにツッコミを入れたが、それを思いつかなかったアルフレッドもディオンと同じである。
とりあえず区切りのいいところまで仕事を終わらせ、二人はともに軍部省に向かった。副大臣の執務室でノックをすると、中から返事があった。部屋の扉を開けながら、ディオンが挨拶をした。
「お久しぶりです、レミュザ伯爵」
「これはディオン君……いや、ニヴェール侯爵。お久しぶりです」
たとえ甥であろうと、爵位はディオンの方が上だ。レミュザ伯爵が言葉を正すのは当然である。だが、ディオンはからからと笑った。
「いやですね、叔父上。俺がそんな事気にするわけないじゃないですか」
「……相変わらずのようだな、ディオン君」
レミュザ伯爵が苦笑してそう言った。彼の視線がアルフレッドに向かう。
「そちらの彼は、確か、シャリエ公爵家の方ですな」
「はい。アルフレッド・ル・ブランと申します」
「顔立ちが母君に似ておられる」
「よく言われます」
アルフレッドの甘い顔立ちは母親似だ。母親を知っている人間には、必ず言われるのでもう慣れている。
レミュザ伯爵は精悍な顔に笑みを浮かべる。
「それで、どんなご用でしょうか」
レミュザ伯爵がソファを勧めつつ尋ねると、ディオンはさらっと尋ね返した。
「伯爵。昨日の夜会、ミシェルも参加していました?」
「……参加していたが、よく気付いたな。やはり仮面か? 仮面なのか?」
父親にもそんなことを言われている。だが、仮装舞踏会でもないのに仮面は目立つ。
「いやー。俺は会場で見つけられなかったんですよ。見たのは彼。しかも、庭で遭遇したらしいですよ」
「あの子は……庭に隠れていたのか」
レミュザ伯爵はため息をついた。まあ、気持ちはわかるが、行きたくないと言う娘を無理やり連れだすのもどうかと思う。
「その時に、ミシェルがイヤリングを落としたらしくて、届けてもらえませんか?」
ディオンがアルフレッドにイヤリングを出すようにせかした。アルフレッドはイヤリングをだし、レミュザ伯爵に手渡す。それを眺めたレミュザ伯爵は、困惑気味に言った。
「確かに、うちの娘のものですが……なんでしょうか、うちの娘は、アルフレッド殿と正面衝突でもしましたか?」
「いえ。こけました」
「こけて!? ああ、それでドレスに芝生が……」
納得したように二度ほどうなずくレミュザ伯爵。アルフレッドは再び口を開いた。
「それと、ミシェル嬢に薬をありがとうと伝えていただけますか?」
そう言うと、レミュザ伯爵はぴくっと眉を動かした。
「……あの子は、あなたに自作の薬を渡したのですか」
「私には判断できませんが、そうみたいですね。よく効きました」
「殴られている現場を見て、ミシェルが腫れに効く薬を渡したらしいですよ」
と、ディオンがフォローを入れるが、余計なお世話だ。思わず睨んでしまう。
「ああ。また厄介な女性にでも捕まったんですか」
レミュザ伯爵の言葉に、アルフレッドばかりでなくディオンも驚いた。
「何故わかるんですか?」
「伯父上すげぇ」
とりあえずディオンの称賛は無視し、レミュザ伯爵は言った。
「アルフレッド殿の仕事ぶりを見ていれば、誠実な人間であることがわかります。そんな人が、何人もの女性を手玉にとったりしないでしょう」
だから、巻き込まれたのかと、とレミュザ伯爵。正直、観察眼が半端なさすぎる。
「そうですな。どうせなら、直接娘にこのイヤリングを返していただけませんか?」
と、また手元にイヤリングが返ってくる。アルフレッドは眉をひそめた。
「しかし、ミシェル嬢は人見知りなのでしょう」
「すでに人間不信の域ですが、だからこそ、他人と関わることも必要なのですよ」
駄目だったら、それはそれでいい。レミュザ伯爵はそう言った。
「ディオン君もどうだろう。久しぶりにミシェルに会って行かないか?」
ディオンも巻き込まれた。二人して目を見合わせる。たぶん、二人とも同じことを考えていた。
こいつがいるなら、大丈夫かな、と。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
まさかのヒロイン出てこない。