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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
19/55

Phase.19

今回もアルフレッド視点!











 アルフレッドとミシェルがギャラリー鑑賞に行ったその次の日、再びアルフレッドは妹のナタリーにたたき起こされた。


「お兄様、起きて!」

「……またお前か……と言うか、どうやって入った……」


 まだ薄暗い中、妹の金髪を見つけてアルフレッドはツッコミを入れた。アルフレッドはまだベッドの中だし、ついでに眠い。まだ夜は明けきっていないのに、ナタリーは元気だ。

 当たり前だが、客室には鍵がかかっている。ナタリーとは違い、アルフレッドは使用人を連れてきていないので、部屋の鍵はアルフレッドとこの城の管理を任されている執事マリュスしか持っていないはずだ。

「マリュスに借りたのよ! って、それはどうでもいいの! いいから起きてちょうだい!」

 ナタリーが叫びながらアルフレッドを揺さぶる。観念したアルフレッドは身を起こして伸びをした。

「なんだ。どうした」

 夜着の上にガウンを羽織りながら、アルフレッドは尋ねた。見ると、ナタリーも軽装だ。さすがに夜着ではないが、ワンピース姿である。金髪もとかしてあるだけのようで、下ろされたままだ。


「幽霊が出た!」

「……」


 叫んだナタリーに、アルフレッドは不審げな目を向けた。不機嫌な視線すら色っぽいと言われるアルフレッドであるが、さすがに妹のナタリーには通じなかった。


「本当なのよ! ちゃんと見たもの! 私と、殿下と、ベルと、ルシアン様と一緒に!」


 四人が一緒に見た、と言っているのなら、確かに見たのかもしれない。しかし、幽霊などと言う非現実的なものが存在するのだろうか。何より。

「何故私にそれを言うんだ」

「え、だって、頼る人がお兄様以外に思いつかないんだもの」

「……」

 確かにここは領地の館でも王都の屋敷でもない。いるのはナタリーとアルフレッドだけで、ナタリーが頼るのならアルフレッドになるのは当然だ。

「……まあ、それは納得したが……だが、幽霊なんているわけがないだろう。見間違いだ」

「四人とも同じ幽霊を見ているのに!?」

 駄目だ。興奮状態のナタリーに正論が通じない。アルフレッドはベッドを挟んでナタリーと向き合い、腕を組んで提案した。

「とりあえず、着替えて朝食をとらないか」

 無駄な話をしている間に、結構いい時間になってきていた。
















 まず、アルフレッドの部屋の外でおろおろしていたサロメにナタリーをつき返し、着替えることにした。着替えて部屋を出て、隣のナタリーの部屋へ向かう。しばらく待つと、ナタリーが出てきた。

「行くか」

 ナタリーがうなずいたのを確認し、アルフレッドは義理程度に妹をエスコートする。そして、食堂付近で不審人物を発見した。

「……彼女を幽霊と間違ったと言うことはないのか?」

「確かに、仮面をつけた怪人の物語はあるけど、私が見た幽霊はもう少し上背があったわね」

 ついでに言うなら、その仮面の怪人は男のはずだ。食堂付近の不審人物、つまりミシェルは女性だ。ちょうどいいので巻き込んでしまおう。


「ミシェル!」


 先に声をかけたのはナタリーだった。彼女は「おはようございます」とあいさつをするミシェルに駆け寄り、その手をとった。

「ミシェルは、私が幽霊を見たって信じてくれるわよね!?」

「……はい?」

 そんなことを言われて戸惑うのは当然だ。首を傾けたミシェルを見て、アルフレッドはため息をついた。


「ナーシャ。とにかく中に入ろう」


 入り口で騒いでいては目立つ。まあ、もう目立っているので一緒だが。

 時間が早いため、食堂にはあまり人がいなかった。ミシェルの隣に座ったナタリーは、早口に昨夜のことをミシェルに聞かせていた。その話にアルフレッドも耳を傾ける。

「昨日の夜、私と王女殿下、ベル……デザルグ侯爵令嬢のベルナデットのことね。それと、その兄のルシアンと一緒に夜のギャラリーを見学に行ったのよ。夜、月明かりに照らされて美しい絵画があると聞いて」

「……月明かり、ですか」

「そう。それで、見に行ったんだけど、そこで」

 幽霊を見たのだ。と、ナタリーは言った。それは何度も聞いた。


「……それは、本当に幽霊なのか? 生きた人間を見間違ったとか」


 アルフレッドが指摘すると、ナタリーは「それはないわ」と否定した。

「だってその人、死んだはずの人だもの」

 コーヒーに口をつけていたアルフレッドは、カップを唇から離した。思わずミシェルを見ると、彼女はデザートのスプーンを持ったまま停止している。

「死んだはずの人って、誰ですか」

 スプーンを皿に戻し、ミシェルが完全に聞く体勢に入った。


「ヴェルレーヌ公爵家のソランジュ様。二年前、隣国に嫁いだわ」


 ヴェルレーヌ公爵令嬢ソランジュ。王弟の娘で、仮装舞踏会でミシェルをダンスに誘ったエリクの妹にあたる。生きていれば、今年で二十二歳になっているはずだ。


 そう。生きていれば。


 彼女は半年ほど前に亡くなったのだ。


 アルフレッドは、ソランジュの姿を見たことがある。体が弱いと言うことで、あまり社交界に出てこない人ではあったが、何度か夜会や公式行事で見かけたことがある。儚げな美女、と言う風情の女性だったと思う。

 王族に連なる令嬢として、彼女は隣国の王太子に嫁いだ。しかし、心労がたたったのか、一年余りで亡くなってしまったのだ。もともと体が弱く、隣国に嫁ぐのは厳しいだろう、と言うのが当時の世間の風潮であった。

「ヴェルレーヌ公爵家の、ソランジュ様……確か、プラチナブロンドのきれいな女性ですよね」

 ミシェルがそう言うと、ナタリーが「知ってるの?」と驚いた声をあげた。ミシェルが苦笑する。

「私だって、社交界デビューした当初はちゃんと夜会に出ていました」

 ミシェルが引きこもるようになったのは、ディオンのストーカーの女性に顔を焼かれてからだ。そのため、十五歳初期のころは夜会に出席していたのだろう。

 と言うことは、どこかでアルフレッドと遭遇していてもおかしくないのだが、残念ながら記憶になかった。


 話を戻して。


「そうですか……ソランジュ様、亡くなられたのですね……」

 半年前のことなのだが、ミシェルは知らなかったようだ。社交界に出ていても、情報には疎いらしい。

「そのソランジュ様の幽霊が、ナタリー様たちの前に現れたんですか?」

「そうなの」

「姿だけですか?」

「いいえ。何か言っていたと思う」

「なんて言ってました?」

「ええっと……はっきり聞こえたわけじゃないけど、たぶん、『あなたのせいだ』かな……」

「『あなたのせいだ』ですか……」

 一通り聞きたいことを聞き終えたのか、ミシェルは残っていたデザートを平らげた。ナタリーがミシェルの感想を待つようにじっと彼女を見ていた。


「誰に向けられた言葉なんでしょうか」


 この言葉に、アルフレッドは、ミシェルは本当に貴族社会の情報には疎いのだな、と思った。





 『あなたのせいだ』。そのセリフを聞いて、アルフレッドとナタリーが最初に思い出したのは、ヴィクトワールである。

 先ほども言ったが、体が弱いソランジュが他国に嫁ぐことはリスクがあった。そして、隣国の王太子からの縁談は、もともとソランジュではなく第二王女ヴィクトワールに来たものだった。

 だが、ヴィクトワールはその縁談を嫌がった。他国に行くのを嫌がったのと、それに、彼女は当時、すでにデザルグ侯爵子息ルシアンのことが好きだったのではないかと思われる。つまりは、彼の側を離れたくなかったのだ。


 ヴィクトワールは、他の兄弟と少し年が離れているため、甘やかされて育った。親族で一番年の近いソランジュですら、五歳年上だった。根っからの末っ子気質で、他国に嫁ぐのを泣いて嫌がったのだと言う。これは王太子に聞いたので本当なのだと思う。

 当然、国王は困る。娘は可愛いが、これは外交上の問題だ。すでに第一王女は違う国に嫁いでおり、年ごろの王族の娘はヴィクトワールとソランジュのみ。体の弱いソランジュを他国に行かせるわけにはいかない。


 だが、あまりにも泣き叫ぶヴィクトワールに観念したのか呆れたのか同情したのかわからないが、ソランジュ自身が自分が嫁ぐ、と言ったのだそうだ。国王は渡りに船とばかりにそれを許可した。

 そして、二十歳で隣国の王太子に嫁いだソランジュは、まずまずの結婚生活を送っていたようだ。しかし、結婚してから一年と少し。今年の初夏、病で亡くなったのだと言う。

 葬儀はひそやかに行われたという話だ。兄のエリクが隣国で行われた葬儀に出席したのだと聞いている。

 それから間もなく、王弟夫妻も亡くなっている。ソランジュが亡くなったことが、ショックだったのかもしれない。なので、エリクが爵位を継いだ。つい最近、今期の社交シーズンの最中のことだ。

 慣例により、エリクは三か月間喪に服していたので、その間に社交シーズンは終了してしまい、彼の姿はほとんど見なかった。なので、今回、王妃は彼を招待したのだろう。


 と、また話がそれている。


 まあ、何が言いたいかと言うと、ソランジュが隣国に嫁ぎ、そこで亡くなったのは、考えようによってはヴィクトワールのせいだと言うこともできるのだ。

 と言う話をナタリーがミシェルに聞かせていた。ちなみに、場所はナタリーが使っている客室である。少女たちが並んで座り、その向かい側にアルフレッドは腰かけて頬杖をついている。


「なるほど。ソランジュ様が嫁がれたのは知ってましたけど、そんなことがあったのですね……それって事実なんですか?」


 他人事であるせいか、ミシェルは嫌に冷静だった。ここで仮面をはいだらどうなるのだろう、とちょっとだけ思う。いや、そんなことはしないが。

「少なくとも、王女殿下が騒いだのは事実みたいよ。ま、その頃のことは私はよく知らないんだけど」

「そうですか……」

 ミシェルは首をかしげた。

「でも、だからと言って、ソランジュ様が幽霊になって出てくるとは限りませんよね」

「でもでも、実際に見たのよ!? 私を含めて四人も!」

 ミシェルも見間違いだと言うの!? とナタリーは半狂乱だ。自分の考えを押し付けるあたり、ちょっとヴィクトワールと似ていると思ってしまったアルフレッドは兄失格だろうか。

「……でも、何故シュザン城に出るんですか? 王都の宮殿ならわかりますけど」

「……それは。王女殿下についてきたとか……」

「背後霊ですか」

「……」

 ナタリーが言い負かされている。ミシェルすごい。とにかくミシェルは論理的で冷静なのだ。いつもはナタリーの方が大人びて見えるのだが、やはり、ミシェルの方が年上なのだな、と思った。













ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


友人にまで不審者扱いされる今日のミシェルはとても冷静です。


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