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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
18/55

Phase.18

ここからしばらくアルフレッド視点です。たぶん。










 仮装舞踏会の次の日。アルフレッドはミシェルの部屋を訪ねていた。

 舞踏会で、ミシェルはヴェルレーヌ公爵と踊っていた。それを見て、アルフレッドもミシェルに声をかけたわけだが。

 こうしてみると、自分はミシェルが好きなのだと思い知らされる。ミシェルの手を取るヴェルレーヌ公爵に嫉妬したし、その手を取るのが自分だったらどんなにいいだろうと思った。

 ナタリーにそそのかされたからではなく、アルフレッドがそうしたいから、昨日ミシェルに声をかけたし、今日はこうして彼女の元を訪ねている。


 正直なところ、アルフレッドには慢心があったのだと思う。仮面をしていて、その素直な性格をほとんどの人が知らないミシェルは、誰かに誘われたりしないだろうと。彼女を誘うのは、自分くらいだろうという高慢な思いもあったのは否定できない。

 アルフレッドが彼女の性格に惹かれたように。同じように、彼女に惹かれるものもいるかもしれない。それを予想すべきだった。

 後から出てきてかっさらわれるのはたまらない。なら、自分から動こうと思った。結局のところ、ナタリーは正しかったのだ。


 そんなわけでミシェルの客室を訪れたアルフレッドだが、ミシェルは留守だった。部屋にいたこの城のメイドによると。

「お庭を見に行かれましたが」

 とのことだった。この城の庭は二つあり、シンメトリーのものとアンシンメトリーのものがある。似たようなつくりであるが、これは時の国王の王妃と愛妾がそれぞれ作ったものである。人によって、好きな方は違うようだ。ミシェルはどちらを見に行ったのだろう。


 何となく、彼女はどちらも見に行きそうな気がする。彼女は順序立てた合理的思考も持ち合わせているが、同時にパッと目を引くような芸術的思考も持ち合わせている。

 何となく、先にシンメトリーの王妃の庭を見に行った。一発目で発見した。ミシェルは、小さな花壇の所でしゃがみ込んでおり、その後ろにこの城の執事マリュスがいた。どうやら、彼はミシェルに何やら解説しているらしい。


「ミシェル嬢」


 パッとミシェルが顔をあげた。雪は積もっていないが、外はかなり寒い。ドレスの上から外套を着た彼女は少しもこもこして見えた。


「あ、アルフレッド様」


 自分を見て嬉しそうにしてくれた、と思うのは都合のいいアルフレッドの幻想だろうか。しゃがんでいたミシェルが立ち上がり、軽くスカートを払う。

「おはようございます。何かご用ですか?」

「おはよう。……まあ、用と言うほどのことではないんだが……邪魔をしたか?」

 アルフレッドがミシェルとマリュスを見比べて尋ねると、ミシェルは首を左右に振る。

「いいえ。少しお話を伺っていただけですから」

 なんでも、この花壇に植えてあるハーブについて話を聞いていたらしい。ハーブも薬になる。だから、ミシェルは興味を持ったようだ。

「ちょうど、話を聞き終わったところだったので」

 仮面をしているのに、彼女がほんわり微笑むのがわかった気がした。

「そうか……ならいいんだが。よければ、私と一緒にギャラリーを見に行かないか?」

「ギャラリー? って、川の上にある橋みたいになった、あそこですよね」

 ミシェルが首を傾けて言った。アルフレッドはうなずく。


「アーチ橋の所だな。美術工芸品や絵画が飾ってあるらしいが……」

「あ、行きます」


 言うと思った。彼女は芸術が好きなのだろうか。基本引きこもりである彼女は、興味があることには即答するのだ。

「マリュスさん、ありがとうございました」

「いいえ。これくらいならばいつでも。デート、楽しんできてください」

 マリュスがにっこりと笑って二人を見送った。アルフレッドに手を引かれたミシェルが一瞬ぽかんとしたが、すぐにアルフレッドを見上げる。手を組んでいるので、仮面越しに彼女の淡い紫の瞳が見えた。

「デート、ですか?」

「まあ、そのようなものかもしれないな」

 他人にデートと言われて実は少しうれしかったアルフレッドであるが、ミシェルが無邪気に「デートなんて初めてです」などと言うので少し気落ちした。楽しげに言う彼女は、たぶん、冗談としてとらえている。


 城の中に入り、川をまたぐギャラリーに向かう。ギャラリーは橋のようになっており、アーチ橋、ともいわれる。中はギャラリーなのだ。バルコニーもついており、外に出ることもできる。川の上だけど。

 ギャラリーは思ったより閑散としていたが、ミシェルは「おおっ」と感動の声をあげた。

「……誘っておいてすまないが、私にはどこに感心する要素があるのかわからない」

 正直に言うと、ミシェルは言った。


「とても調和が取れているんです。このシュザン城は今から三百年以上前に建設されていて、当時はアルシェ様式が主流で、この城も基礎部分はアルシェ様式です。でも、それ以降にも増築、改築がなされており、シュザン城は今や各年代の建設様式が調和する珍しくも美しい城となっているんです」


 興味があることだからか、ミシェルはとても饒舌だ。飾られた壺や剣、装飾棚などを見ながら、ミシェルは続ける。


「このギャラリーは約百年前の建築様式、ドラノエ様式で作られています。華美でないながらもこった装飾が特徴の様式です。ここにある絵画などの芸術作品はすべて、同じ年代の同じ様式のものなんです。調和、と言うか統一感の方が正しいかもしれません」

「……よくわからないが、きれいだとは思うな」

「はい」


 アルフレッドには芸術的なことはよくわからないが、ミシェルが喜んでいるところが見られただけでも誘った甲斐があった。

 ゆっくりと工芸品や絵画を見て回る。一つの絵画をじーっと見ているミシェルをアルフレッドは眺めた。


「アルフレッド……」


 ギャラリーの大半を見終わったころ、聞き覚えのある声で名を呼ばれて、アルフレッドは振り返った。振り返って、見なければよかったと後悔した。そこには、ヴィクトワールが一人で立っていた。侍女はどうしたのだろうか。侍女でなくても、ナタリーやほかにもう一人令嬢がいつもくっついていた気がするのだが。

「やっぱり、だまされていたのね……わかってるわ。わたくしが思わせぶりだったのも事実だし……」

 アルフレッドは思わずぽかんとしてミシェルと目を見合わせた。ミシェルも視線だけこちらに向けたようだった。実際には、仮面越しだったのでわからないけど。

 しかし、次の瞬間、涙目でキッ、とヴィクトワールがミシェルを睨み付けたので、ミシェルがびくっと肩を震わせた。


「わたくしが、馬鹿だったんだわ……」

「……」


 駄目だ。脈絡がなさすぎて意味不明。ナタリーが参るのもよくわかる。


「こんな女に負けるなんて……でも、アルフレッドも騙されているだけかもしれないし……」

 独り言が大きい。しかも、推察するに、ミシェルが悪女のような扱いになっている気がした。

「殿下」

 平坦な女性の声がヴィクトワールを呼んだ。明るめの茶髪の令嬢だ。おそらく、ヴィクトワールやミシェルと同じくらいの年だろう。十代後半の、顔立ちの整った女性だ。この城に泊まっている招待客の一人で、アルフレッドの記憶が正しければ、デザルグ侯爵令嬢のはず。

「まあ、ベルナデット」

 ヴィクトワールが令嬢の名を呼んだ。確かに、そんなような名前だった気がする。

「殿下。お兄様が探していました。戻りましょう」

「ルシアンが?」

 その途端、涙目だったヴィクトワールの頬が緩み、別の意味で目が潤んだ。わかりやすすぎる。

「戻りましょう。アルフレッド様、ミシェル様。失礼いたしました」

 ヴィクトワールを押しやるようにしながら、デザルグ侯爵令嬢ベルナデットが言った。王女を回収しに来てくれたのだろうか。ありがたい。


「……なんだったんでしょう」


 ミシェルがつぶやいた。アルフレッドも苦笑する。

「確かに。何となくわかる気もするけどな」

 ミシェルもそうですね、と苦笑気味だ。おそらく、二人は同じことを考えていて、それはおそらく正解なのだ。

 ヴィクトワールはルシアンのことが好きで、彼の気を引きたくてあちこちにちょっかいをかけているのだ。まあ、彼女が『自分ヒロイン!』気質なので周囲に多大なる迷惑が掛かっているようだが。

「きっと、王女殿下は『シャーロット』とかが好きなタイプですね」

「『シャーロット』って、あの悲劇のオペラか? ああいうタイプなら最後はハッピーエンドがいいんじゃないか?」

「いえ、あのタイプは自分をヒロインに重ね合わせて「ああ、なんてかわいそうなわたくし!」ってなるタイプです」

「……冷静だな」

 ミシェルの冷静な解析がちょっと怖いアルフレッドである。ミシェルは口元に笑みを浮かべた。

「ミシェル嬢は悲劇は観ないのか?」

 アルフレッドに尋ねられ、ミシェルは首をかしげた。

「嫌いではありませんけど、好んでは観ません。全体的に、話が似通っていますから」

「……視点が違うな」

 通常、オペラなどは『鑑賞』するものだが、ミシェルの場合は『観察』しているような気がする。


 ギャラリーを見終え、ミシェルを部屋まで送り届けると、彼女はアルフレッドを見上げて言った。

「アルフレッド様。お誘いくださってありがとうございました」

「いや……こちらこそ、付き合わせてすまない」

「いえ。実は、ギャラリーには行ってみたかったんですけど、一人で行くのは、その、ちょっと気が引けて」

 どうやらミシェルははにかみ笑いを浮かべているようだ。仮面で見えないけど。

 ミシェルはアルフレッドたちよりも数日早くこのシュザン城に到着している。その間にも見に行かなかったと言うことだろう。顔が関わらなければ冷静であるミシェルだが、やはり根本的なところで引きこもり令嬢だと言うことなのだろうか。

 アルフレッドは思わず笑みを浮かべた。

「それならよかった」

 その笑顔に、ミシェルが一瞬だが見とれたことに、アルフレッドは気づかなかった。主に仮面のせいで。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


今回もアルフレッド、ちょっと頑張った!(当社比で!)

あと、無邪気なミシェルのセリフに心が痛い……←


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