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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
17/55

Phase.17

あけましておめでとうございます。

新年一発目の仮面姫です。今年もよろしくお願いします。

今回はミシェル視点です。











 その夜は仮装舞踏会だった。仮装、と言うことは何か仮装をしなければならない。招待状にはあらかじめ仮装の用意をしてくるように書かれていたので、ミシェルも仮装の用意はしていた。

 ミシェルの仮装は魔女だ。用意したポーラ的には『眠り姫』の話に出てくる『善の魔女』らしいのだが、仮面の印象が強すぎて『悪い魔女』にしか見えない。

「……『王の指輪』の仮装がよかったなぁ」

「仮面をとったらそうしましょうか」

「……」

 ミシェルよりもポーラの方が上手だった。ミシェルは黙ってあきらめた。黒いローブに黒いブーツ。ついでに杖も持っている。


「……怪しいさ倍増ですね」


 アニエスが正直に言った。ミシェルが怒らないので、アニエスがだんだん失礼になりつつある。ミシェルが怒らない代わりにポーラが怒るけど。

「本当のことでもそう言うことは言っちゃダメでしょ」

「いや、ポーラも大概失礼だよ。事実だけど……」

 怪しいのは事実であると認識できるくらいの冷静さが、まだミシェルにはあるのだ。ならやめればいいのに、と思うかもしれないが、理性と感情は別なのだ。


「……まあ、行ってきます」


 今日はニヴェール侯爵夫妻が迎えに来てくれることになっている。ディオンの妻であるフェリシテはミシェルによそよそしいが、嫌われているわけではないようだ。まあ、夫の従妹だという仮面の怪しい娘とすぐに仲良くできるわけがないが。二人は世間的にはまだ新婚なのである。

 そんな二人を邪魔するのはどうかと思ったので、断ろうと思ったのだが、身の安全のためにも一緒に行こうと言われてうなずいた。よくわからないが、うなずいた方が良い気がした。

「こんばんは、ミシェル。仮装がよく……本当によく似合ってるね」

 迎えに来たディオンの第一声である。そんなにミシェルの魔女は似合っているのだろうか。

「……こんばんは、ディオンお兄様、フェリシテ様。お二人も、エキゾチックで素敵です」

 ディオンとフェリシテの二人は、夫婦でおそろいの異国的な衣装だった。この国のものよりも体のラインがわかる衣装であるが、ディオンもフェリシテも良く似合っていた。

「こんばんは、ミシェルさん」

 フェリシテが少し遅れてあいさつをした。ミシェルも「こんばんは」と返して、ミシェルは二人について歩き出す。場違い感がすごいが、付き合ってくれている二人にあたるわけにもいかないのでミシェルは黙って舞踏会の会場に向かった。


 会場にはすでに人が集まっていて、何と言えばいいのだろうか。壮観だった。


 通常の舞踏会よりも色彩が鮮やかで、奇抜な格好の者が多い。女性の中にはきわどい恰好をしたものもいる。

「……すごいわね」

「ですね……」

 ミシェルに苦手意識があるはずのフェリシテが彼女に話しかけると言う珍現象が起きた。フェリシテも体のラインがわかる恰好をしているが、それよりもきわどい衣装もたくさんある。

 すでに音楽が鳴り始めていて、踊っている人もいる。王太子夫妻やヴィクトワールはいるようだが、王妃はまだいないようだ。


「フェル。一曲どうだ?」


 フェルとは、フェリシテの愛称だ。ディオンに手を差し出されたフェリシテは、彼を見上げ、それからミシェルを見た。

「でも、ミシェルさん……」

「あ、大丈夫ですので、気にしないでください」

 ミシェルは快く夫婦を送り出す。ディオンは「あとで迎えに行くよ」と手を振った。何となく、ディオンの作為的なものを感じた気がしたが、ミシェルは口元に笑みを浮かべていた。


 ニヴェール侯爵夫妻と別れたミシェルは壁際に移動し、用意されている軽食をもそもそと食べ始めた。食べながら参加客を観察する。

 王太子夫妻は、大陸の東側にある巨大国家の民族衣装を着ている。ニヴェール侯爵夫妻と同じで、夫婦でおそろいだ。

 ヴィクトワールはナタリーと一緒にいた。ヴィクトワールはふわふわとしたお姫様的格好だ。たぶん、『眠り姫』の眠り姫だ。ミシェルは『眠り姫』の魔女なので、なんだか面倒なことになりそうだ。顔を合わせないように気を付けよう。


 一方のナタリーは、どこかで見たことのある衣装だな、と思ったら悲恋オペラ『シャーロット』のヒロイン・シャーロット役だ。相手のブルースはアルフレッドだった。ちなみに。ここもおそろいだ。

 さまざまな童話やオペラ、異国の衣装で踊る人々を見ながら、ミシェルはデザートに手を伸ばす。今日に限っては、仮面のミシェルもあまり目立たない。他にも仮面をしている人はいる。


 透明な皿に乗ったババロアを手に取り、一口食べたところで声がかかった。


「お嬢さん。よろしければ、私と一曲踊っていただけませんか」

「……」

 プラチナブロンドの男性だった。やわらかそうな髪質で、淡い空色の瞳の男性である。

 スプーンを加えた状態で硬直し、仮面の下で大きく目を見開いたミシェルは、とりあえず口からスプーンを抜いた。

「ええと。私ですか」

「ええ。あなたです」

 ふっと微笑んだその顔に既視感がある。だが、すぐに思い浮かばなかった。

「ああ。私はエリク・ベルレアンと申します。どうぞお見知りおきを」

「あ、えっと。ミシェル・クレマンです……」

 というか、ヴェルレーヌ公爵じゃないか。現在のヴェルレーヌ公爵は国王の甥にあたる。王弟の子供なのだ。少し前に前ヴェルレーヌ公爵であった王弟殿下は亡くなっている。ヴェルレーヌ公爵は若き公爵なのだ。と言っても、ニヴェール侯爵であるディオンより少し年上だったと記憶しているが。


 たぶん、既視感があると思ったのは、王太子に似ているからだ。従兄だから当たり前かもしれないけど。ミシェルは、自分の記憶力がそれなりにいいことは自覚している。

「いかがでしょうか」

「……その」

 ミシェルは戸惑って一歩後ろにさがった。壁際にいたのでそれ以上さがれない。手には間抜けにババロアの皿とスプーンを持ったまま。給仕が気を利かせてミシェルの手から皿とスプーンを取り上げた。

 落ち着け私。顔が関わらなければ冷静、と言われるミシェルであるが、慣れない社交の場でここにはミシェルが一人。公爵の誘いは断ることはできない。


「……よろしくお願いします」


 ミシェルはそう言ってエリクの手を取った。エリクは微笑んでダンスフロアの方へミシェルを連れて行く。あらかじめ、ミシェルは釘を刺しておいた。

「あまりダンスが得意ではないので、おみ足を踏んでしまってもご容赦願います」

 エリクは苦笑してうなずいた。どちらかと言うと、これは決まり文句のようなものであり、男性は笑って受け流すのがだいたいであるらしい。

 夏の社交シーズンは、ミシェルは社交界に出ていたが、ほとんど逃げていた。だから、誘い文句などには慣れていない。というか、たいていの人はミシェルの仮面を見て引く。第二王女のヴィクトワールなどがいい例だ。

 だが、ここは仮装舞踏会。あまりミシェルの仮面は目立たないのだろう。エリクのリードに身を任せながら、ミシェルは冷静にそう分析した。

 エリクとダンスを踊っている間に、王妃が入場してきた。王妃は男装していた。それが微妙に似合っている。まあ、似合っているのならいいのだろうか……。


 音楽が一度止まり、新たな入場曲が流れ始める。ダンスをしていた人々は動きを止め、王妃に向かって礼をとった。エリクとミシェルも同様である。

「みなさん、楽しんでいただけているようね。どうぞ、そのまま楽しんでいらして」

 王妃がそう宣言すると、再び曲はダンス曲に代わる。エリクが続きを踊ろうとミシェルの手を取った。


「すみません。譲っていただけますか」


 男性の声だ。しかも、聞き覚えがある。

「アルフレッド様」

 思わず声が漏れた。彼は真剣な顔をしているはずなのに、ミシェルがたぶらかされているような錯覚を受ける。ここまで突き抜けているともはや見事である。言わないけど。言うなら、ミシェルも仮面を突っ込まれるから。

 それに、錯覚を受けるだけで、アルフレッドが実際にそんな性格なわけではない。それがわかっているから、ミシェルはそれでいいと思っているのだ。

 だが……この状況、どうしよう。

 そもそも、参加者が四十人程度の小さな舞踏会だ。公爵と、公爵子息と、その間にいる仮面の伯爵令嬢は無駄に目立った。いや、仮装舞踏会で仮面は関係ないか……。


「ああ……またなのね……」


 不意にそんな声が聞こえた気がして、そちらを見た。すると、少し離れたところにヴィクトワールが立っていて、潤んだ瞳で此方を……正確にはアルフレッドを見つめていた。その様子は憐れみを誘うようでかわいらしく、庇護欲をかきたてるものでもあるが……。


 白々しいな……。


 そう思ってしまったミシェルはたぶん悪くない。彼女、全体的に振る舞いがわざとらしすぎるのである。

「ミシェルさん。残念ですが、この辺りで失礼いたします」

「あ、はい。ありがとうございました」

 エリクが突然方針転換した。ミシェルはスカートをつまんで礼を言い、エリクを見送る。彼はヴィクトワールに手を差し出した。一瞬、ミシェルとヴィクトワールの視線が合う。勝ち誇ったような顔をされた、と思ったのはミシェルの被害妄想かもしれない。

「……ミシェル嬢、一曲付き合っていただけないか」

「……構いませんが」

 すでにエリクと踊った後だ。断るのは不自然であるし、アルフレッドに誘われて悪い気はしなかった。


「ところでアルフレッド様。ヴィクトワール殿下に何かなさったのですか?」


 優雅に踊りだしたアルフレッドが動揺したように見えた。それでもステップを間違えないのはさすがだ。

「いや……そんな覚えはないが。何故だ?」

「うーん。なら、私の勘違いなのでしょうか」

 ヴィクトワールは、アルフレッドに意味ありげな視線を向けていた。あれは……なんというか、アルフレッドに思いを寄せているようなそぶりだった。そぶりだけかもしれないけど。そうだといいな、と思う自分がいる。

 人の思いとは難しいものだ。ミシェルはそう思いながらリードに従ってくるりと一回転した。













ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


アルフレッド、頑張りました(当社比)。


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