Phase.16
今回はアルフレッド視点。
そして、今年最後の投稿です。
「お兄様!」
妹の高い声に呼ばれて、アルフレッドは目を開いた。いつの間にか、ソファに座って寝ていたらしい。胸ぐらをつかまれてがんがんゆさぶられる。
「やめろ。舌をかむ」
ナタリーの腕をつかみ、アルフレッドは彼女を押しとどめた。ちなみに晩餐会の翌日で、まだ朝も早い時間だ。まだ日も昇らない時間に目覚めたアルフレッドは、着替えて暖炉の前のソファでウトウトしていたのだ。そして、そのまま眠ってしまったらしい。
「寝るならベッドで寝ればいいのに」
「自分でも思ったから、言うな」
わざわざ起きずにベッドで寝ればよかった、と思ったのはアルフレッドも同じである。
「それより、何の用だ」
アルフレッドが問うと、ナタリーは目的を思い出したらしい。
「! そうよ! お兄様、昨日、晩餐会のあとミシェルを送って行かなかったでしょう」
「ああ。サレイユ伯爵が一緒だったからな」
「ロリコン!」
「ろ、ロリコン?」
妹の口から飛び出たとんでもない言葉にアルフレッドが戸惑う。ナタリーは勝手に向かいの揺り椅子に腰かけた。いや、咎めたりしないけど。
「若い子好きで有名なの!」
「そうなのか……ミシェル嬢は社交界に出ないから知らないんだな」
「そんだけ通じ合ってるなら奪い取るくらいしてきなさいよ」
「次からはそうしよう……というか、前から思っていたが、なんでそんなに押せ押せなんだ」
ナタリーは以前からアルフレッドとミシェルの仲を押している。いや、友人関係であるが、それ以上になれと言っているのはわかる。
「意識し合ってるの、見る人が見ればわかるわよ。お兄様はなんだかんだでミシェルを気にしているし、彼女も彼女でお兄様を見て嬉しそうにしてるし」
「……」
ナタリーにそんなことを言われて思わず表情が緩みそうになったが、根性で無表情を保った。
「仮面をしているのに、表情がわかるのか?」
「雰囲気よ。雰囲気」
この時、アルフレッドはやはり自分はナタリーと兄妹だなと思った。
「……まあ、それはともかく。ヴィクトワール殿下はどうだ?」
ナタリーがヴィクトワールについてきたように、アルフレッドは王太子カジミールについてきた。だが、王太子は夫婦で来ているので基本的に二人は放置している。二人の幼い子供は乳母に預けているらしい。一人宮殿に残った国王が孫と遊んでいるだろう。たぶん。
「相変わらず悲劇のヒロイン気取り。愛のない結婚なんて、って、貴族社会では恋愛結婚の方が珍しいわよ」
ふん、とナタリーの機嫌は急降下だ。貴族でも身分が高くなるほどその傾向は強くなる。王族に生まれたからには他国に嫁ぐこともあるだろう。
と思って、思い出した。
「そう言えば、去年あたり、ヴィクトワール殿下が他国に嫁ぐと言う話があったな」
「ああ、あったわねー。結局、王弟殿下の娘さんが嫁いだけどね」
まあ、その方が無難でしょ、とナタリー。さすがに彼女は情報通だ。そのことでいろいろごたごたがあったらしいが、アルフレッドはノータッチだったので詳しくは知らない。王太子がその処理に追われていたので、アルフレッドが代わりに政務を行っていた思い出ならあるが。
アルフレッドとナタリーは連れ添って朝食をとりに行った。食堂にはすでに人が多く、その人々の中にアルフレッドは見知った顔を見つけた。
「おはよう。ディオン、フェリシテ、ミシェル嬢」
「ああ、おはよう。アル、ナタリー嬢も」
「おはようございます」
アルフレッドが声をかけると、妻と従妹とともに朝食をとっていたディオンが愛想よく挨拶をした。女性陣も挨拶を交わしている。
「同席して構わないか?」
「もちろん」
やはり愛想の良いディオンである。怜悧な印象なのに、それを見事に裏切っている。まあ、それはアルフレッドもよく言われることであるが……。そして、ミシェルは安定の仮面である。
ナタリーはさっさとミシェルの隣に座った。アルフレッドも並んで座る夫婦の隣に座るのは気が引けるので、そのままナタリーの隣に座る。
「お邪魔してごめんなさい、フェリシテさん」
「あ……いえ。気になさらないで」
ナタリーが正面に座るニヴェール侯爵夫人フェリシテに向かって言った。フェリシテははにかむように微笑みながら首を左右に振る。アッシュブロンドに淡い緑の瞳をしたフェリシテは、はかなげな女性だ。しかし、聡明な女性でもあり、ディオンが彼女を選んだのも納得できる。
それなりに楽しい朝食となったが、少し気になることもあった。フェリシテはミシェルと話す時だけぎこちないのだ。ミシェルが紅茶のお代わりをもらいに行っている隙に、ナタリーが尋ねた。
「フェリシテさん、ミシェルが苦手なの?」
今更であるが、ナタリーとフェリシテは顔見知りだ。アルフレッドとディオンが友人であり、アルフレッドの妹であるナタリーとディオンの妻であるフェリシテが顔を合わせる機会は何度かあったのだ。
直球で聞かれたフェリシテは、夫をちらりと見てから言った。
「その……苦手と言いますか。怖い、んです」
「怖い? 仮面が?」
「アル、お前、結構ミシェルに失礼だからな」
思わず聞き返したアルフレッドに、ディオンから冷静なツッコミが入った。確かに、今の発言は軽率だった。しかし、ミシェルの仮面姿は少々……いや、結構不審ではある。
だが、フェリシテはアルフレッドの失礼な言葉にも首を左右に振った。
「いえ……外見とか、そう言うことではなく、あの子の性格が怖いのです」
「……面白い性格だと思うけど」
ナタリーが首をかしげた。すると、今度はフェリシテではなくディオンが口を挟んできた。
「怖いよ。彼女は。優秀な官僚になれる」
いまいちピンとこないシャリエ公爵家の兄妹が眼を見合わせる。そこに、ポットを手にしたミシェルが戻ってきた。
「……お邪魔でしたか?」
「さっきまで一緒にいたのに、何言ってるの。ほら、座って」
「はい」
ディオンに言われて、ミシェルは元の席に腰かける。紅茶をティーカップに注ぎ、ついでにほかのみんなの分も注ぎ足してくれる。
基本的におしゃべりなナタリーとディオンが話し、アルフレッドとミシェルが相槌を打つ。社交的とは言い難いアルフレッドとミシェルの二人よりも、フェリシテは控えめだった。
そして、朝食後に嫌な人に出会った。
ニヴェール侯爵夫妻は食後の散歩に行ってしまったので、ミシェルはアルフレッドとナタリーと共に客室のある方に歩いて向かっていた。
「ミシェル。あとで部屋に遊びに行ってもいいかしら」
「いいですよ。何かして遊びましょうか」
「何かゲームを持って行くわ。お兄様もどう?」
「……私は遠慮しておく」
ナタリーに話をふられたが、アルフレッドは断った。心が惹かれないわけではないが、未婚の男女が一室にいるのはどうかと思ったのだ。いや、妹が一緒だけど。
「ナタリー!」
ナタリーの声も高めだが、それよりさらに高い……正直に言って不愉快なほど甲高い声でナタリーの名が叫ばれた。例のヴィクトワールである。外見だけははちみつ色のふわふわの髪に碧眼と言う典型的な美少女なのだが、中身はナタリーがストレスを覚えるほどの娘だ。
「何してるのよ。わたくし、あなたがいないと……っ」
そう言ってヴィクトワールが涙目になる。だが、うん。ナタリーの言いたいことがわかった。とてもわざとらしいのだ。ミシェルもどこかぽかんとしている雰囲気が伝わる。
「それは申し訳ございません。殿下はしっかりなさっているので、常についていなくても大丈夫かと」
見事なまでの棒読みでナタリーが言った。ミシェルが「ナーシャさんもアルフレッド様の妹なんですね~」と感心したようにつぶやいた。どういう意味だろうか。
その声に反応したわけではないだろうが、ヴィクトワールがアルフレッドとミシェルの方を見た。そして、仮面姿のミシェルを見て大げさに悲鳴をあげた。
「きゃあっ。何、その人!」
そして、悲鳴を上げられたミシェルもびくっとした。ナタリーは「私の友人です!」と叫んだ。
「ゆ、友人!? ナタリー……騙されてない!?」
「騙されるって。彼女、レミュザ伯爵家の長女ですよ」
ナタリーが冷静にヴィクトワールに言った。ミシェルは不参加を決め込んだようでじっと黙ってナタリーとヴィクトワールの様子を見ている。アルフレッドも口を挟まずに見ていた。だが。
「殿下、彼女はレミュザ伯爵令嬢のミシェルです。ミシェル、こちら第二王女のヴィクトワール殿下」
ナタリーに強制的に巻き込まれたミシェルはスカートをつまみ「初めまして、ヴィクトワール殿下」とあいさつをする。
「レミュザ伯爵家のミシェルと申します。どうぞお見知りおきを」
「え、ええ……」
アルフレッドは少しヴィクトワールが戸惑う気持ちもわかる気がした。所作は完璧な淑女なのだが、顔の半分を覆う仮面が異様すぎるのだ。
「確かに貴族のご令嬢のようだけど、どうして仮面なの……」
とりあえず、ミシェルが貴族令嬢であることに納得した様子のヴィクトワールだが、仮面についてが不明なのだろう。ミシェルがバッと仮面に手をやる。
「顔を隠すなんて、相手に失礼よ」
「い、いえっ。お見せできるような顔ではありませんのでっ」
何とか冷静さを保とうとしているように見えるが、すでにミシェルが少し錯乱しているように見えた。
「殿下。申し訳ありませんが、控えていただけますか? 本人が嫌がっているのに、強要するのはいかがなものかと」
ミシェルが錯乱する前に、とアルフレッドはヴィクトワールに話しかけた。残念なことに、王太子の側近であるアルフレッドは、ヴィクトワールと面識があるのだ。
突然アルフレッドに話しかけられたヴィクトワールは一瞬目を見開き、何故か戸惑ったように「そうね……」とうなずいた。
「ヴィクトワール!」
男性の声だ。駆け寄ってきた男性はヴィクトワールを見てほっとしたように言った。
「ずいぶん探した。ここにいたのか」
「まあ、ルシアン。ナタリーの所に行くって言ったじゃない」
ヴィクトワールが心底嬉しそうに言った。男性、ルシアンはデザルグ侯爵子息だ。年はアルフレッドよりいくらか上であるが、宮廷で見かけることは多々ある。確か、王太子の学友であるはずだ。
「妃殿下が探している。私の側を離れないでくれ」
「まあ」
嬉しそうに微笑むヴィクトワールを連れ、こちらに「失礼する」と声をかけたルシアンが去っていく。ナタリーがほっとした表情になった。
「ルシアン様が来て下さって助かったわ」
「あのお二人は、恋人同士なのですか?」
珍しくミシェルが首を突っ込んできた。ナタリーは「さあ」と首をかしげる。
「でも、ルシアン様は殿下を気にかけているし、殿下もまんざらじゃない様子なのよねぇ」
「……そう」
ミシェルが思慮深げに同意する。何か考えているようだが、表情がわからないのでわからない。
「それよりもミシェル。巻き込んでごめんなさい」
ナタリーが謝罪すると、ミシェルはあっさりと「どちらにしろ巻き込まれていたと思うので、いいですよ」と言ってのけた。それから、アルフレッドにも振り返って、口元に笑みを乗せた。
「アルフレッド様も。かばってくださってありがとうございます」
「……いや」
ミシェルに微笑まれてうれしくないわけではないが、それよりもにまにまするナタリーが気になるアルフレッドだった。一体何なのだろうか、うちの妹は……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今年最後の投稿でした。みなさん、よいお年を!




