Phase.15
今回はミシェル視点。
「ミシェル様。仮面、仮面外しましょう!」
「いやぁっ! なんでアニエスまでそんなこと言うの~!?」
「ほら。やっぱり怪しいんですよ、その仮面」
「駄目ッ。これがないと人前に出られないっ!」
アニエスを含め、ミシェル、ポーラの言い争いである。きれいに着飾ったミシェルが壁際まで後ずさり、ふるふると首を左右に振っている。両手で仮面を押さえていた。これは死守する所存である。
ホワイトリリーのイブニングドレスである。ティアードスカートになっており、かわいらしさと年相応の落ち着きを演出しているのだが……仮面をしているので、ミシェルに似合っているのかははなはだ疑問である。
とはいえ、ミシェルの素顔を知っているポーラが選んだために、似合っているのだろうとは思う。だが、仮面をとる気にはなれない。
一応化粧もされており、髪も結ってもらった。それでも仮面だけは譲れない。
仁義なき攻防戦を続けていたミシェルたちであるが、部屋にノックがあってアニエスが「はーい」と言いながら扉を開けに行った。すぐにアニエスが戻ってくる。
「ミシェル様。えっと、シャリエ公爵家のアルフレッド様がおいでなのですけど……」
「はい?」
「隙あり!」
ミシェルがぽかん、と首をかしげた時、どこかの義母と同じようなことを言ってポーラが仮面を取り上げた。ミシェルが悲鳴を上げる。
「ぎゃあぁぁぁあああっ」
顔を覆ってミシェルはその場にしゃがみ込んだ。アニエスがびくっとしたが、ミシェルは見ていなかった。
「どうし……!? ああ、仮面をとられただけか」
男性の声がした。流れから言って、アルフレッドだろう。顔を上げられないのでわからないが。
「ううううっ」
「あ、ちょ、せっかくお化粧したのに、泣かないでくださいよ、落ちるでしょ。仮面返しますから」
手を取って仮面を渡され、ミシェルはうつむいたまま仮面を装着。それから顔を上げると、思った通りアルフレッドがいた。
「立てるか?」
手を差し出されたので、ミシェルはその手を取って立ち上がった。
「ありがとうございます……どうしてアルフレッド様がここに?」
「晩餐会に行くには、エスコートがいるだろう」
アルフレッドが無造作に答えた。こういうところ、ちょっと不器用な人だな、と思う。ミシェルは顔一つ分ほど背の高いアルフレッドを見上げて笑った。
「このサロンは普通の社交界とは違いますし、別にエスコートはいらないかと」
ミシェルが一人でこのサロンに招待されているところから見ても、そのはずだ。通常、女性は社交界に男性にエスコートされてくる。その男性がいないと言うことは、一人でも参加可能なのだ。
「……そうかもしれないが。あー……」
アルフレッドの歯切れが悪い。何となく、ナタリーにけしかけられてきたのだろうな、という気はした。彼女は、例の王女様と一緒なのだろうか。
「私では、嫌だろうか」
アルフレッドの言葉に、ミシェルは仮面の下で目を見開いた。それから口元に笑みを浮かべ、まだつないでいた手をぎゅっと握った。
「いいえ。よろしくお願いします」
あまり表情に変化は見られなかったが、アルフレッドがほっとした雰囲気が伝わった。確かに、ここまでやってミシェルに断られたら恰好がつかない。そこまで考えて、もしかしたらけしかけた人物にはディオンも入っているのかもしれない、と思った。
「ポーラさん。あの二人、もしかして付き合ってたり……?」
「いえ。友達以上、恋人未満ってところかしらね」
アニエスとポーラが何か言っているのが聞こえたが、あまりいいことではない気がしたので、ミシェルは聞かないことにした。
「それでは、お嬢様をお借りする」
「行ってくるわね。ポーラ、アニエス」
「行ってらっしゃいませ」
ポーラとアニエスが声をそろえた。
慣れないかかとの高い靴にかさばるドレス。ついでにエスコートしてくれるアルフレッドとは身長差があるので歩きにくいが、彼がミシェルに歩調を合わせてくれた。
「言いそびれたが、似合っているな」
アルフレッドがミシェルの恰好を見て言った。ミシェルはくすくすと笑う。
「顔が見えないのに、わかるんですか?」
「自覚はあるんだな……いや、雰囲気が」
「ふふっ。ありがとうございます」
雰囲気でわかるのか? という野暮なツッコミはしないことにした。せっかくほめてくれるのだし、礼を言うのが筋だろう。ただし、顔のことになると彼女はここまで冷静な判断はできないのだが。
晩餐会が行われる食堂には、すでに多くの客人がいた。今回は四十名弱ほどの招待客がシュザン城を訪れている。王妃と王太子夫妻はともかく、ナタリーもまだいなかった。
アルフレッドにエスコートされ、さらに奇妙な仮面を身に着けているミシェルは目立った。すでに席についている招待客たちの視線を集めており、ミシェルは視線を落とした。
エスコートしてもらったが、アルフレッドとは席が離れることになる。アルフレッドは公爵家の人間で、ミシェルは伯爵家の娘だ。身分が違う。ミシェルは下座にある席に着いた。上座の方には、ディオンとその奥方の姿も見えた。知り合いたちは、みんな遠い。
「よろしくお願いします、レミュザ伯爵令嬢」
突然隣の席の紳士に話しかけられ、ミシェルは「はあ」と間抜けな声をあげてしまい、あわててあいさつを口にした。
「よろしくお願いします。ミシェル、と申します」
「私はサレイユ伯爵位を賜っております、ブリアック・ペルチエと申します」
四十歳前後に見えるサレイユ伯爵はミシェルの仮面に引くこともなくあれこれと話かけてくれる。単純に、いい人だな、と思った。
静かにおしゃべりを続けていると、つづけざまに晩餐会の参加者が入ってきた。ミシェルは姿を初めて見るが、おそらく第二王女ヴィクトワールと、王太子妃であるリュクレース。さらにナタリーも一緒だ。最後に、主催者である王妃マティルドが王太子カジミールにエスコートされて入室した。全員が立ち上がり、王妃が上座に着くのを待つ。
「皆様、お集まりいただき、ありがとうございます」
上座に立った王妃が全体を見渡すようにして言った。
「このサロンでは堅苦しいものはやめにしましょう。皆様、どうぞお楽しみくださいね」
それが晩餐会開始の合図になった。王妃が席に座ったのに合わせ、招待客立ちが席に着く。ミシェルも席に着くと、給仕が前菜と食前酒を持ってきた。
コース料理、と言えばいいのだろうか。持ってこられる料理を食べながら、ミシェルは隣のサレイユ伯爵と話をしていた。
「あの結末には驚きました。最後までだまされましたよ」
「私もです。最後まで犯人を悟らせない。見事です」
親子ほど年が離れているが、意外にも二人は話が合った。サレイユ伯爵が合わせてくれているだけかもしれないが。だとしたら申し訳ない。
「そう言えば、レミュザ伯爵令嬢はシャリエ公爵子息と食堂にやってきましたね。知り合いなのですか?」
「えーっと」
答え方としてはいろいろある。ただ知り合いと言ってもいいし、従兄の友人だと言ってもいい。
「ええっと。アルフレッド様の妹のナタリーさんと仲が良くて」
「ああ。なるほど」
サレイユ伯爵が納得したようにうなずいた。ミシェルとナタリーの年は近いし、不自然ないいわけではないはずである。
最後にデザートが出て、晩餐会は滞りなく終了する。少し上座が騒がしかった気がするが、ここは上座から遠い……わけではないが近くもないので、ミシェルは巻き込まれていない。
「さて。送って行きますよ、ミシェルさん」
「ありがとうございます、ブリアック様」
話が合いすぎて名前で呼び合うようになった二人である。ちなみに、ブリアックにはミシェルと変わらないくらいの年の娘がいるらしい。つまり、ミシェルは娘がわりと言うことだ……。
「ミシェル嬢」
甘い響きを持つ、しかし、落ち着いた声音に振り返った。わかっていたが、アルフレッドだ。
「あ、アルフレッド様」
「送って行こうかと思ったんだが……大丈夫そうだな」
アルフレッドはブリアックを見てそう言った。何となく、王妃や王太子たちの集まりから逃げてきたような気がするのはミシェルの気のせいだろうか。
「私が責任を持ってお送りしますよ」
ブリアックが微笑んで言うと、アルフレッドは何故か生真面目に「よろしくお願いします」と言った。何故彼が頼むんだろうか……。
「あ、お兄様。こっち~」
ナタリーがアルフレッドに声をかけた。何となく、助けを求めている気がした。ナタリーはミシェルに気づき、小さく手を振った。ミシェルも振りかえす。
「ミシェル嬢。また明日」
「あ、はい。また明日」
アルフレッドがミシェルの手を取って指に口づけるふりをした。ナタリーに強制的に巻き込まれつつ、アルフレッドは華やかな一団と歩いて行った。
「ミシェルさん、シャリエ公爵子息のことが好きでしょう」
ブリアックはミシェルを部屋まで送る途中でそんなことを言いだした。思わずミシェルはどきりとする。
「……どうしてですか?」
「公爵子息に声をかけられたとき、嬉しそうでしたよ」
「……私、仮面してるんですけど、表情わかります?」
「意外とわかるものですよ。年の功と言うやつでしょうかね」
ブリアックが笑ってそんなことを言うので、ミシェルも笑った。
そう。たぶん、ミシェルはアルフレッドが好きなのだと思う。だが、どうせあと三か月もすればミシェルは修道院に行く。だから、黙っていようと思う。
「じゃあ、次から気を付けることにします」
「いや、仮面をしつつ無表情だったら怖いですよ」
「それもそうですね」
父親ほどの年齢の男性とそんな阿呆な話をしながら、ミシェルは与えられた部屋まで戻ってきた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ミシェルが仮面を外すのを嫌がるのはやけどがあるから、と言うのもありますが、単純にいまさら顔をさらすのが怖いだけと言うのもあります。




