Phase.14
今日はアルフレッド視点!
アルフレッドはサヴァール渓谷にある王家の別荘、シュザン城を目指していた。もちろん、一人ではなく、王太子夫妻が一緒だ。さらに、ナタリーと王女も一緒である。シュザン城で開催される、冬の王妃のサロンに参加するためだ。
招待状が送られたものだけが参加できるサロンであり、ナタリーとアルフレッドの元にも招待状が届いていた。断るなどと言う恐ろしいことはできないので参加することにしたら、王太子に呼び止められた。
『うちの妹も行きたいって言ってるから、ちょっとお前の妹貸してくれない?』
『……』
これが五日ほど前の話である。
王太子カジミールと王太子妃リュクレースは問題ない。カジミールは生活態度はどうあれ、自らの立場を理解しており、なんだかんだで頭がいい。リュクレースは落ち着いた女性でよくカジミールの手綱を握っていると思う。
だが、王女……第二王女ヴィクトワールは問題だった。今はナタリーに任せているが、彼女はこの道中かなりイライラしている。
ヴィクトワールは、王族四兄弟の末っ子だ。兄が二人に姉が一人。やや年も離れているので、甘やかされて育てられたのは確かだ。ちなみに、カジミールとヴィクトワール以外の二人は、すでに他国で結婚している。
我がまま、と言うわけではないのだ。むしろ、我がままの方がやりやすい、とはナタリーの言である。ヴィクトワールは、そう。『悲劇のヒロイン』気取りの少女なのだ。ぶっちゃけ、物語の読み過ぎである。
年齢が同じと言うことで、アルフレッドの妹が駆り出されてしまったが、そんな彼女はかなり不憫である。妹の性格を知っているから、カジミールはアルフレッドに『妹を貸してくれ』などと言ったのだ。同じ妹でも、ずいぶん違うな、と同じ馬車に乗っていたカジミールはアルフレッドに言ったものだ。
一方のナタリーはヴィクトワール、王太子妃リュクレースと同乗していた。ナタリーはリュクレースのことを『素敵な女性』と評したが、ヴィクトワールのことは『ありえない』と言っていた。
「本当に、何がしたいのよ。『またわたくしの好きな人を奪おうと言う人がいるの。どうしてわたくしの前にはこんなにも障害が立ちはだかるのかしら』とか、『わたくしといると不幸になってしまうのに、どうしても一緒にいると言うの。わたくし、どうすればいいのかしら』とか。もう妄想も甚だしいわ。誰もお前と一緒にいたくないっつの」
「……ナーシャ」
アルフレッドはため息をついてたしなめた。これは、シュザン城についてすぐの出来事である。アルフレッドの客室にナタリーが乗り込んできたのだ。勝手にソファに座り、頬杖をついて愚痴る。
「『わたくしがなんでも持っているからって、みんな嫌がらせをしてくるのよ』ですって。やってるのはあんたでしょ」
「……ナーシャ、声を小さく」
「どうせ誰も聞いてないわよ」
ナタリーはぷいっと顔をそむけた。確かに、ナタリーは侍女を一人連れてきているが、アルフレッドは自分のことは自分でするつもりで、従僕などは連れてきていない。
「お前には悪いと思っている。しばらく耐えてくれ」
アルフレッドが懇願するように言うと、ナタリーは美しい顔をしかめる。
「わかってるわ。耐えるわよ。私だって、反逆罪で捕まりたくないわ。でも、ねぇ。ストレスたまるのよ、本当に!」
かといって王太子妃様に丸投げするのも申し訳ないし! とナタリー。ヴィクトワールはリュクレースを良く思っていない節もあるからだろう。
言いたいことを言って少しすっきりしたのか、ナタリーは立ち上がって部屋に戻ると言った。
「いい加減にしないと、サロメが怒るわ」
サロメとは、ナタリーの侍女だ。ナタリーより少し年上の侍女は彼女の姉のような存在である。
「そうだな。送って行こう」
アルフレッドとナタリーはそろって部屋を出た。兄妹ではあるが、男女なので部屋のある場所は離れている。女性の客人の部屋が固まってあるあたりまで行くと、ちょうど一つの客室から女性が出てきた。長い栗毛をなびかせた少女は。
「ミシェル!」
「あ、ナーシャさん、アルフレッド様」
今日も銀色の仮面がやや怪しいミシェルだった。彼女も招待客の一人らしい。
「お久しぶりね! あなたも呼ばれていたの?」
先ほどまでの不機嫌さはどこへやら。ナタリーが弾んだ声で言いながらミシェルの手を取った。ミシェルの口元もほころぶ。
「ええ。ナーシャさんとアルフレッド様がおつきになったと聞いて、あいさつに伺おうと思ったところです」
「そうなの。うれしいわ……いえ、でも、よくないわ」
「はい?」
上機嫌で話していたナタリーだが、不意に顔を曇らせた。彼女を見上げてミシェルが首をかしげている。
「そうね……まずいわ。ミシェルと会えてうれしいけど、私と一緒じゃ、巻き込まれるわね……」
ナタリーがちらっとアルフレッドを見た。しばらく見つめていたが、やがて「駄目ね」と首を左右に振った。何となく腹が立つのはなぜだろうか。
「お兄様じゃ、ミシェルを守りきれないわね」
「えっと。何の話ですか?」
話について行けないミシェルが戸惑っている。アルフレッドはヴィクトワールの話だと分かるが、社交界にはほとんど出てこないミシェルは、ヴィクトワールの性格を知らないのだろう。
「今、シュザン城には第二王女が来ている」
「第二王女……と言うと、確か、ヴィクトワール様、でしたか? 王太子殿下は遅れていらっしゃるとは聞いていましたが」
アルフレッドが補足説明を入れると、ミシェルが自分の持っている情報を引き出した。合っていたので、アルフレッドはうなずく。
「その第二王女だ。ナーシャは王女の、まあ、何と言うか、『お友達』役だな。ちょっと性格がきつい女性だから、あなたが巻き込まれるかもしれないと思っているんだろう」
「ああ……何となくわかりました」
ミシェルがうなずいた。言葉を選ぶセリフだったが、理解してくれたようだ。そのまま伝えた気もするけど。
「私は別に、何を言われても気にしませんが」
「私が気にするのよっ。私に巻き込まれたばっかりに、お友達を悪く言われるのは嫌だわ」
確かに、ミシェルは顔が関わらなければ何を言われてもけろりとしているところがある。だが、ナタリーは気にするらしい。まあ、正直に言えばアルフレッドも気にする。ミシェルが怪しい仮面姿であることはアルフレッドやナタリーも認めざるを得ないが、彼女は聡明で、そして性格の良い優しい娘だ。そんな子が悪く言われるかもしれないと思うと、ちょっと腹が立つ。
「でも、ここにはナーシャさんも私も王女殿下もいるのですから、今更どうしようもないかと。王女殿下のことを気にするよりも、私はせっかく会えたナーシャさんたちと一緒に居たいです」
「!」
こういうところがいい子だな、と思う。いや、聴きようによってはヴィクトワールに対して失礼なセリフである気もするが、相手はあの勘違い王女なのでこの際気にしないでおこう。ナタリーがミシェルに抱き着いた。
「私もよ、ミシェル!」
「ふわっ」
ミシェルが驚いた声をあげた。ナタリーに抱き着かれて不安定に体が揺れたので倒れるかと思い、手を伸ばしたのだが、ミシェルは踏みとどまった。
「ナーシャ。危ないだろう。気をつけろ」
「ごめんなさい」
アルフレッドの指摘に、ナタリーは謝罪を口にしたが、その顔は笑っていた。
「おーい。そろそろ声をかけてもいいか?」
そんな不思議な声がかかり、三人は声のした方を振り返った。漆黒の髪に怜悧な顔立ち。その割には軽薄な口調。ニヴェール侯爵ディオンだ。
「久しぶりだな、ナーシャ。ミシェル」
ディオンが少女二人に挨拶をする。アルフレッドとディオンは、二人とも宮廷に官職を持っているので、冬の間も王都にいる。そのため、たびたび顔を合わせているのだ。
「お久しぶりです、ニヴェール侯爵」
「お久しぶりです。ディオンお兄様もいらしていたのですね」
ナタリーとミシェルがドレスをつまみ、淑女の礼をする。そんな少女二人を見て、ディオンは「仲いいな」と笑った。
「アル。ちゃんと二人を守ってやれよ」
「難しい注文だな」
ナタリーはなんだかんだで自分で何とかするだろうし、ミシェルはミシェルで何を言われても気にしないだろう。
「ディオン。お前、一人か?」
「いや。嫁も一緒。夫婦で招待されたからな」
「そうか……後であいさつに行くべきか?」
「そのうち顔を合わせるだろうから、その時でいいぞ」
「わかった」
廊下で立ち話をしていると、「お嬢様!」と声が聞こえた。基本的に『お嬢様』と呼ばれているナタリーとミシェルが振り返る。
「あら、サロメ」
呼ばれたのはナタリーの方だった。ナタリーの侍女のサロメがナタリーの手を握った。
「もう。どこをほっつき歩いていたんですか……まあ、ミシェル様、ご機嫌麗しく」
「こんにちは、サロメ」
すっかりナタリーの侍女とも顔見知りになっているミシェルである。
「まったく。こんなところで油売ってないで、行きますよ。今晩は晩餐会なのですよ」
最後に到着予定だった王太子が着いたので、今夜は晩餐会であるらしい。その準備のためにサロメはナタリーを探しに来たと言うことらしかった。
「わかったわよ。わかったから引っ張らないで! ミシェル、またあとでね!」
「ええ」
ミシェルが微笑みながらサロメに引っ張られていくナタリーに手を振った。いや、目元が隠れているから本当に笑っているかはわからないのだが……。
「楽しくなりそうだな」
ディオンが楽しげに言ったが、アルフレッドは嫌な予感しかしなかった。そんな二人を見て、ミシェルはやはり笑っていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
陽気なナタリーやディオンがいると書きやすい。でも、ディオンはこんな性格で理知的なインテリ系美男子なんだ……。




