Phase.13
皆さんメリー・クリスマス。今日はミシェル視点です。
王家所有の別荘、シュザン城は、トラントゥール城とは別の意味で目を引く荘厳な城だった。
代々王妃が使用しているだけあり、繊細な作りのきれいな城である。シンメトリーの庭に、水上にそびえるギャラリー。城自体も水の上にあるため、橋を渡る必要がある。
「……すごい」
「さすがはこの国五指には入る名城の一つですね」
ポーラも感心したように言った。馬車は、まっすぐに橋を渡って、門の前で停車した。そこからは歩きになる。
ミシェルが招待状を見せて名乗ると、門番は頭を下げて中に通してくれた。先触れは出しておいたので、大丈夫だと思うが、若干緊張しながら城の中へと進む。
「レミュザ伯爵令嬢ミシェル・クレマン様ですね。お待ちしておりました」
微笑みをたたえて出迎えてくれたのは、初老の男性だった。おそらく、執事だと思うが。
「シュザン城の管理を任されております、執事のマリュスと申します。よろしくお願いいたします」
「ミシェル・クレマンです。こちらは侍女のポーラです。しばらくお世話になります」
「我が家と思ってお過ごしください。お荷物、お預かりいたします。お部屋に案内させていただきますね」
マリュスが慣れた様子で荷物を預かり、他の侍従に持たせている。ミシェルとポーラはマリュスに続いてシュザン城の回廊を歩く。さすがは王家の別荘と言うところか。窓枠や天井の梁までこっており、調度品も触るのがためらわれるほどの金額のものであるとわかる。
階段を上り、三階の客間をあてがわれた。聞いてみると、もう何名かの客人が来ているらしい。他の招待客がだれかはわからないが、一人くらい知っている人がいるといいな、と思う。
客室も見事だ。寝室のベッドは天蓋付きだし、シーツも最高級のもの。クローゼットなどの調度品からドアの取っ手などの小さなところまで、繊細で高品質なものが使われている。
「こんな部屋でしばらくお泊りかぁ」
「お願いですから、薬を煎じはじめたりしないでくださいね」
「そんな事、しないわ」
さすがのミシェルでも、お泊り先で薬を作り始めたりしない。一応、必要と思われる薬はいくつか持ってきているが、よほど必要に迫られない限りは煎じたりはしない。
「それならいいです。さあ、着替えましょう」
「うん……」
とうなずきかけて、ミシェルは「ん?」とポーラが持っているドレスを見て首をかしげる。
「部屋着じゃないの?」
「まず、妃殿下にご挨拶でしょう」
そろそろ誰かが呼びに来ると思いますよ、とポーラが言った。彼女は手早くミシェルに濃い青のドレスを着せ、髪を軽く整える。ちなみに、仮面をつけているミシェルは、基本的に髪を結ばない。
「……とっていいですか、仮面」
「だ、だめよっ」
「妃殿下に対して失礼にあたるのでは……」
「私の素顔を見せたほうが失礼だわ! 高貴な方に見せられる顔じゃ……っ」
「なら、私はいいですね。はい、お化粧しましょう」
「ぎゃあああああっ」
何とか仮面を死守したところに、ノックがあった。ポーラが「どうぞ」と声をかけると、女性の使用人が顔を出した。
「あのう。大丈夫でしょうか?」
「ええ。何でもありません」
ポーラはすまし顔で答えた。ミシェルはばつが悪い様子で立っているが、仮面をしているので表情は見られていないと思う。
「大丈夫でしたら、その、妃殿下がお呼びなのですが……」
メイドが首を傾げて言った。ポーラがミシェルを一度見て、メイドに言葉を返す。
「大丈夫そうですね」
「でしたら、ご案内いたします」
ミシェルはうなずき、ポーラに部屋で待っているように言いつけた。どうせ、彼女は王妃に謁見できる立場ではないから、謁見の間まで行っても、外で待ちぼうけになってしまう。なら、最初から部屋で待たせて、荷解きでもしていてもらった方が建設的である。
メイドが先導し、ミシェルはその後に続く。ひときわ豪華な両開きの扉の前に、警備の衛兵が二人立っていた。
「こちらで、妃殿下がお待ちです。おひとりでどうぞ」
「……ええ。ありがとう」
メイドは表情を変えずに「いえ」と頭を下げてさがる。衛兵が見計らったように両開きの扉を開けた。ミシェルはその場でドレスをつまみ、頭を下げる。
「レミュザ伯爵令嬢ミシェル・クレマンね。シュザン城へようこそ。こちらにおいでなさい」
「し、失礼いたします」
ミシェルが顔をあげて謁見の間に入ると、背後で扉が締められた。目の前の一段高い場所に置かれた豪奢な椅子に腰かけているのは、四十代後半ほどに見える女性だ。淡い茶髪の女性で、少し目力が強い。その隣には、女性の衛兵が控えていた。
「レミュザ伯爵が長子、ミシェル・クレマンと申します。本日はお招き下さり、ありがとうございます」
何とかお決まりのセリフを言えてほっとするミシェルに、王妃は言った。
「本当にいらっしゃるとはね。しかも、仮面をつけたまま。わたくしに失礼だとは思わないの?」
冷たい、当然と言えば当然の言葉に、ミシェルは再び頭を下げて「恐れながら」と口を開く。
「私の顔は、右上半分にやけどの痕が残っています。とても妃殿下にお見せできる顔ではございませんので、御無礼を承知で付けさせていただいております」
「わたくしが構わない、と言ったら?」
「……おそらく、御気分を悪くされると思うのですが」
「あなたがこの城で仮面をつけて生活すべきか、わたくしが決めます。仮面を外しなさい」
強引だ。だが、伯爵令嬢風情が王妃には逆らえない。ミシェルは震える手で仮面を外し、少し顔をうつむかせながら上目づかいに王妃を見た。
王妃はじっとミシェルを見ていた。隣の衛兵も目を見開いてミシェルを凝視している。耐えられなくなって、彼女は下を向いた。
「思ったよりひどくはないわね。でも、貴族令嬢の顔ではないわ。いいわ。許可します。仮面でその醜い顔を隠しておきなさい」
ミシェルはほっとして「ありがとうございます」と言いながら仮面を付け直した。
「三日後には、招待客の全員が集まるはずよ。パーティーやお茶会を楽しみましょう。この城にいる間は、この城を我が家と思ってお過ごしなさい」
「ありがとうございます」
「顔を見れてよかったわ。……最後に一つ、いいかしら?」
「もちろんです」
むしろ、王妃に質問攻めにされてもミシェルは反対できない。
「その顔では、おそらく結婚も無理でしょう。あなた、どうやって生きていくつもりなの?」
先ほどから王妃はさりげなくグサッと来る言葉をさらっと吐いてくださる。その上でミシェルを気遣うような言葉も出てくるのだから、この人がどういう人なのかミシェルにはよくわからない。
「次の春のころ、修道院に入るつもりです」
「修道院での暮らしはきついと聞くわよ」
「ですが、実家にこのまま居座り続けることもできませんので」
「殊勝な心がけね。変なことを聞いて悪かったわ。さがりなさい」
「はい。失礼いたします」
ミシェルはもう一度頭を下げて退出した。謁見の間を出て背後で扉が閉まったとたん、ほっとして肩の力を抜く。
「ミシェル様。お部屋までご案内いたします」
「ええ……ありがとう」
メイドに付き従い、ミシェルは元の客間に戻ってきた。中には、ポーラと、もう一人この城のメイドのお仕着せを着た少女がいた。彼女はミシェルを見て「ひぃっ!」ととても素直な悲鳴を上げてくださる。
「私の主人のミシェル様よ」
「は、初めまして……ミシェル様がこの城にご滞在の間、お世話を申し付かりました、アニエスと申します……よろしくお願いします」
ポーラにせっつかれ、アニエスと名乗った少女は言った。ミシェルは「よろしくね」と言うが、彼女の怯えようを見て言う。
「別に、嫌なら私はポーラだけでいいんだけど……」
すると、アニエスは首を勢いよく左右に振った。
「い、いえっ! 精一杯お世話させていただきます! 申し付かりましたので!」
要するに、上司に反発するのが怖いらしい。ミシェルがどうしたものかと思っていると、ポーラは言った。
「大丈夫よ。怖いのは見た目だけだから」
それはどういう意味だ。聞こうと思ったが、藪蛇のような気もしたので黙っておいた。
まあ、要するに彼女はミシェルの様子を監視するスパイの役割を担っているのだろう。彼女にスパイが務まるかは別にして。客人を監視するのはよくある話だ。特にここは王家の別荘。あまり自由に動き回れないであろうこともわかっている。
「えーっと。とりあえず、妃殿下に謁見してきたから、着替えたいんだけど」
いつまでも正装用のドレスでは重い。部屋着に着替えたい、と訴えると、ポーラが横目でアニエスを見た。アニエスがはっとする。
「あ、部屋着ですね! わかりました」
もしかして新人だろうか。まあ、ミシェルより年下に見えるし、新人メイドでも不思議ではないのかもしれないが。
少し、この城での生活に不安を覚えるミシェルだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
王妃は辛辣ですが、現実主義者であるだけです。たぶん。悪い人ではないんです。たぶん。
どうでもいいですが、この作品の世界でも、季節は冬、クリスマスの時期です。




